日本満喫お接待【群馬ぐるぐる観光】

対面の部屋

窓のふすまを開けてみると、道路を挟んで向かいには「法隆殿」と呼ばれる宿泊棟があった。多分ここに泊まるのが一番お値段が高いんだと思う。こちらは場所的に「新館」にあたるようだが、それでも外観は古くて風情がある。

本館二階から渡り廊下でこの建物にはアクセスするので、若干段差が気になるし、遠い。とはいっても、この建物、至る所が階段だらけだ。バリアフリーとは無縁だし、今後もそう有り続けるのだろう。

教訓。古い宿や建造物には、若いうちに行け。

歳とってからだと、大変不自由する。もっとも、大阪城や名古屋城のように、「天守閣の中にエレベーターがある」というとんでもない歴史建造物もあるにはあるが。

木製バルコニー
木の札

法隆殿を眺める窓の風景、というのも悪くないのだが、われわれが興奮したのはこの窓の外がバルコニーになっていたことだ。

もちろん木造のバルコニーで、しかもそこには木のベンチと椅子がしつらえてある。

うおおお、今晩の夕食はここでバーベキューでもいいや。なんなら塩シャケが一番偉そうにしているくらいの幕の内弁当でもいい。それくらい、このバルコニーには味わいがあった。すげえすげえすげえ。

一間ずつに1セットずつベンチと机が用意されており、われわれは二間続きの部屋なので2セット。なんともぜいたくすぎる。団体宿泊客向け部屋ですかここは。

隣の部屋とは、低い棒一本で仕切られているだけ。これだったら、お宅のワンちゃんでも飛び越せるくらいだ。窓側から隣室に侵入するのは容易だが、さすがにここでそういう大胆な犯行に及ぶ宿泊客はおるまい。それにしても昔はなんともおおらかだったんだな。

おかでん以下合計3名、わーわー言いながらベンチで記念撮影しまくり。よく考えてみると、この段階でまだ浴衣にすら着替えていない。風呂なんてまだはるか先になりそうな予感。いいのか、こんなにゆっくりしていて。というか、温泉宿に泊まって、「さあ『とりあえず』温泉入ってこようぜ」と言わなかったのは初めてだ。

ベランダの端は板でふさがれていて「うだつ」のようになっているのだが、そこには木の看板が打ち付けてあった。既に文字は薄れつつあるが、「湯入浴客定宿」と書かれていた。これまた風情があってうれしい。きっとこの部屋だけにあるものだろう。

何でわれわれ、この部屋に案内していただけたんだろう?なんだか不安になる。別に、予約時に「外国からお客さんをお招きしているので」などとも言っていないのに。あれ?言ったっけ?よく覚えていない。

温泉のご案内

たっぷり時間をかけて写真撮影をし、ようやく一息ついた。所用時間20分以上。その間、ひたすら興奮してバタバタ室内をうろつきながら、かわるがわる写真を撮っていたのだから変な人たちだ。でも、この部屋に泊まった人なら誰しも同じ行動に出るはずだ。

遅いチェックインだった割には余裕をかましているのは、「食事時間は19時からにしましょうか?」と仲居さんから提案していただけたからだ。本来は18時からなのだが、1時間遅れ。有り難くこの提案を頂戴し、おかげで風呂入る前に既に喉がカラカラ状態まで興奮して室内徘徊したのだった。

さて、ようやくお風呂だ。この宿を有名たらしめたのは、「法師乃湯」という、とんでもなく味があるお風呂場があるからだ。逆に宿の部屋がスゲーとか、そういう話は聞いた事はない。でも、その部屋の段階で凄い凄いと3人で100回以上連呼しているわけであり、そうなると温泉は一体どうなっちゃうというのか。

少々入浴時間はややこしい。お風呂は3箇所あるのだが、それぞれ「男女別」には作られておらず、「女性専用時間」などの設定で対処されている。

まず、メイン浴場である「法師乃湯」だが、基本的に「混浴」。で、それじゃああんまりなので、20時~22時までは女性専用となる。

「玉城乃湯」は、20時~翌朝7時までが男性専用、それ以外は女性専用。

最後に「長寿乃湯」は、終日女性専用。男性は中身を伺い知ることができない秘密の園。

これらを踏まえて、自分がどの時間にどこの湯船に行くのが良いのか、よく計画を立てないといけない。女性の場合はなおさらだ。

以前、「2時間おきに混浴時間と女性専用時間が入れ替わる」という超絶ややこしい温泉宿に泊まったことがあるが、このときは非常にこんがらがった。しかも、同伴したのが女性だったので、お互いが交互に「じゃあ今から風呂行ってきます」状態。もう一人は部屋に取り残され、ぽかんとして時間を過ごすハメに。そういうマニアすぎる宿もあることにはある。

館内図

女性陣が浴衣に着替えるというので、男性おかでんは「今日から僕も女性になります」と宣言したが、部屋から追い出された。スリッパを脱いでいる玄関のところで、薄暗い中着替えが終わるのを待つ。

ふすまの向こうからは、キャッハウフフと声が聞こえる。多分Jennyは初めて浴衣を着るはずであり、その着こなしを「日本生活の先輩」であるFishが伝授しているようだ。どれ、ネイティブジャパニーズであるおかでん様がここは指導を、とふすまをガラッと開けようかとも思ったが、国際問題化するからやめとけ。

なお、遡ること2年前だか、Fish妹来日時に泊まった宿では、姉妹そろって浴衣の着方が左右逆だった。西洋のガウンと同じで、女性なので「右前」で着てしまっていたのだった。仲居さんに指摘されてあら大変、となっていた。それが今やJennyを指導できるまでに成長するとは、随分たくましく成長したものだ・・・と、ふすまの隙間から中を覗きながら涙腺が熱くなるのを覚えた。あ、いや、うそです。

着替えが終わるのを待っている間、館内案内を見ていた。地味な存在だが、いざ中を見るといろいろな情報が載っていたりして案外面白いものだ。非常経路とかモーニングコールの設定の仕方しか載っていないというのは早とちりだ。

館内図を見ると、やっぱりこのわれわれがいる「本館20番」は無駄に広い事が判明した。もちろん、ここより広い部屋は数室あるようだが、だとしても3名がベーッシック料金で泊まるにしては素晴らしすぎる。

浴衣姿の女性陣

浴衣を着ました、じゃあタオル持って風呂に行こう!とならないのが今回の3名。

「せっかくの浴衣姿だから」

と、ここでまた大撮影会のやり直し。部屋の中でも、バルコニーでも、写真撮影が行われるのだった。

ようやく写真はもういいや、という段取りになって、風呂場に向かう。

途中、飲泉所があって、二人ともそこで源泉を飲んでいた。今日は伊香保の源泉を飲み、そして今法師温泉の源泉を飲んでいる。体調がより良くなるといいですな。

でも、日本の源泉を飲んで、慣れない水なのでおなかを壊しました、なんてなったらたまらんな。飲むのはほどほどにしておいてください。

温泉の成分表がずらりと並ぶ

風呂場エリアに向かう途中、男女の密会・・・じゃなかった、待ち合わせにどうぞ、といった風情のロビーがあった。その壁にはずらりと温泉の成分表が。どうだ、見ろ、と言っている。わかった、見る。

この宿には4つの湯船があり、それぞれにご丁寧に成分表がついている。法師乃湯、玉城乃湯、長寿乃湯内湯・露天風呂。源泉は3つ持っている。だから、湯船によって全部お湯は違う。源泉A、源泉B、源泉C、源泉A+Bとなっているからだ。大したもんだ。

玉城乃湯

女性陣を玉城乃湯に送り出し、おかでんは一人「法師乃湯」へ。混浴風呂とはいえ、さすがに脱衣場は別だ。昔ながらをあんまり厳格に守ると居心地が悪くなることもあるが、この宿は適度に改築を加え、快適にお風呂に入れるようにしている。

法師乃湯

でも、混浴だろ?女性用脱衣場に入ってもバチはあたるま・・・あたるな。やめとけ。

食事開始時間が19時からと遅くなったため、他の宿泊客はおかでんと入れ替わりくらいで出て行った。こうなると、風呂場は貸し切り状態。これだから「遅メシ」はたまらない。

風呂場を占領できることもさることながら、おかでんの場合「皿数の多い宿メシを前に一人盛り上がり、ぐいぐい飲んで、食後はもう眠い」というのが毎度のパターン。せっかくの温泉宿の夜を、あっけない幕切れにするのはもったいない。だから、食事は遅い方が好きだ。今回、宿のご厚意には本当に感謝だ。

法師乃湯1
法師乃湯2

風呂場に入った瞬間、血管が切れそうになった。高血圧の方が風呂場やトイレで倒れる事はままあるが、高血圧でもないおかでんが、冬場でもないのに、温泉を見ただけで卒倒しそうになるのは異常。

でもそれ以上に異常、というか凄いのはこの法師乃湯。何だこの味わいのある空間は!

これまで、様々な温泉で興奮してきたが、おかでんの経験の中では一番血圧及び血糖値が上がった湯船はここだった。

「うおおおおお」

誰もいなくなった事を良いことに、おかでん、カメラ片手に走る走る。歩く歩く。

壁面だけでなく、床から湯船まで全てが木製。湯船は4つあり、どれも湯温や泉質は一緒。女性が入浴している時は、男性は気を利かせて男性脱衣場側の2つの湯船を使い、棲み分けるのがスマートなんだろう。

それぞれの湯船の真ん中には、丸太が一本横たわっている。ここにまたがって、お互い向き合って棒で殴り合いをし、つるっと滑ってドボンと落ちたら負け・・・という20年くらい前のバラエティ番組を思いだしてしまうが、これは多分頭を載せる用のもの。別に、おでん鍋の仕切りではない。「こっちはイケメン、こっちはブサメン」などと仕切っているわけではなさそうだ。

面白い事を考えたもんだなあ、と頭を載せてみると、ずるずるーと動く。こいつ、動くぞ。連邦のV作戦をキャッチしたであります。つまり、この丸太は固定されていないので、変に踏ん張ったりすると動くので注意だ。自分一人ならいいけど、他の人が居るときだと、「交通事故」になりかねん。丸太で人の頭を轢いてしまいました、なんて。

法師乃湯3
提灯とあんどん
しとやかに掛け湯人柄にじみ出る

窓がまた、いい。

引き戸になっている窓と、まるで教会のステンドグラス窓のような形の窓とが共存し、独特の陰影を壁に描いている。夜の光景も良かったが、朝、外が明るい時にあらためてこの湯に入ると、外の明るさが切り絵のように窓から入ってきて、これまた風情があった。

ゆらゆら湯船1
ゆらゆら湯船2

お湯は樋からとうとうと流し込まれているのだが、水面の波の立ち方がそれとは違う複雑な動きをしている。良く見ると、これ、床下湧出なのだった。場所によってよく沸いているところと大人しいところがあるが、わっさーと沸いているところに行くと至福の時。

で、この浴室の裏側に巨大ポンプと循環装置があったら一体どうやって床下湧出を?と思うが、「源泉かけ流し」ならぬ「源泉湧きっぱなし流しっぱなし」状態。湯船脇の溝にどばどばとお湯が溢れていた。なんてぜいたくなんだ。

こんな何のことはない山奥の川沿いに、こうも蕩々と自噴している温泉があるなんて驚きだ。近くに火山があります、なんてこともなく、自然の神秘だ。しかも好都合な事に、この源泉温度は42.7度。これがダイレクトに湯船に湧き出てきているんだから、もう「鴨が葱しょってやってくる」としか言いようがない。なんてベストな湯温なんだ。いくら「ビバ床下湧出」ったって、60度のお湯じゃ温泉卵製造しかできん。

そんなわけでますます興奮したおかでんで、湯にじっくり浸かる暇もなく、カメラをセルフタイマーでセットしては風呂に飛び込み、自分の写真を撮り、また別の角度から・・・なんてことを延々と繰り返していた。透明なお湯だけど、もっさーと下からお湯が沸いているので、おかでんの股間がダイレクトにアナタの網膜に焼き付くような事態は無いので安心。

そんなことを繰り返してやっていたら、排水用の溝にがっぽし足を挟み込んでしまい、大変に痛い思いをした。気をつけよう。

法師乃湯5
法師乃湯6
法師乃湯7

この法師乃湯、両側の壁には脱衣棚が据えつけてあった。昔は、湯船から見えるところで服を脱いでいたのだろう。しかし、時代は流れ、今は前述のとおり浴室の隣に男女別の脱衣場が用意されている。

混浴はちょっとねえ、という女性でも、この法師乃湯はお勧めしたい。透明の湯なのでますます抵抗があるとは思うが、夜は大変に暗いので、人口密度が高くない限りはあまり気にする必要はない。掲載している写真は夜景モードでの撮影なので明るく見えるが、実際は相当に暗い。

この温泉に入ってこそ、法師温泉に来た甲斐があるってもんだ。たった2時間しかない「女性専用時間」だけの利用というのはもったいない話だと思う。ただ、この浴室にはカランが無いので、かけ湯しかできない。その点注意。

売店

女性陣に部屋の鍵を預けてあったので、風呂上がりは一階ロビーの売店で待つ。

いやあ、せっかく独占できた法師乃湯だったが、興奮しすぎて自分の体温で湯温を上げちゃったような感じ。熱帯魚飼うときに必須な、水温調整用の電気棒みたいな。落ち着かないったらありゃしない。ある意味、全くくつろげなかった。連れと一緒だったら、まだ

「・・・いいねえ。」「ああ、くつろぐねえ」

なんて、お互いがけん制しあってゆっくりできたと思う。でも、一人風呂でやること無いもんだから、そわそわしちゃって。また明朝にでも入り直して、今度こそゆっくりとあの湯を楽しみたい。

さて売店だが、この手の古い温泉旅館にしては充実しな品そろえの、そこそこ広いスペースが確保してあった。大型観光旅館なら当然だが、こういう山間の一軒宿にしては気合いが入っている。でも、商売っ気満々、という臭気を発していないあたりが、この宿の絶妙なところだ。一事が万事、この宿は適当な鄙び感を残している。

売店周辺には写真のとおり宿泊客が大勢いる。

・・・ごめん、これうそだわ。写真そのものは翌朝撮影した。

おかでんの写真集は、えてしてこういう「時空すっ飛ばし」が多い。人に見せて理解して貰いやすいように、撮影順を無視してファイル名を付けている。だから、夜のはずなのに窓の外が明るい写真が混じっていたり、細かいところを見出すと訳が分からなくなる。だから気にすんな。これ命令。

お酒が並ぶ
法師温泉グッズ

お酒がずらりと並んでいる。

食事の際、冷蔵庫から引っこ抜くより、ここで買って部屋に持ち込んだ方が安くつくな、こりゃ。

宿はこういった二重価格を見て見ぬ振りをしているわけだが、館内で買ったものを食事の際に飲んでもストップはかけられないだろう。一応、外部からの持ち込みについては「食中毒など食品衛生上の心配があるため」禁止しているところが多いが、館内で買ったものです、となれば宿側は反論がしづらい。

事実上競争原理を排斥しているわけであり独占禁止法的にどうなんよ、と思うが、居酒屋に「外のコンビニで缶ビール買ってきました」っていう客が来たらそりゃ常識的に考えて「お前、出て行け」になる。それと一緒の事なんだろう。

でも、館内で、同じ経営者がやっている売店で、部屋よりも安くお酒を買うことができたら?・・・断られる理由って、無いよな。部屋の冷蔵庫物価がやたらと高いのは、冷蔵庫に飲み物を装てんする人件費や冷蔵庫の初期・ランニングコストを上乗せしているからと考えるべきだが、そこはもういらん、と。自分が階下の売店で買ってくるから、となると反論の余地はないだろう。

宿の冷蔵庫物価って、高すぎなんだよな。あれでもまだ結構な割合で存在しているって事は、値段そっちのけで飲む人がいるって事なんだろうが、信じられん。あんなものが今後も生きながらえるとはとても思えないので、おそらく10年後、20年後には絶滅危惧種になっていると思う。まさか、冷蔵庫老朽化で宿が冷蔵庫リプレースを考える際、再度あの手のタイプを買うとも思えないし。というわけで、飲むなら今のうち、とも言える。

話が長くなった。売店のお酒だが、売られているのはお隣の新潟のお酒がずらり。久保田、八海山など。峠一つ越えたらすぐ越後の国なので、ごもっともだ。

隣には、「法師温泉グッズ」としていろいろな食器が。どこが法師温泉グッズなのか?と思うが、お猪口や調味料入れ?だけでなく、電気スタンドまで売られていたのにはびっくりした。これ、お持ち帰りするには荷物だなあ。まあ、ここに来るには車が必須なので、少々でかい荷物になっても大丈夫なんだが。

法師温泉オリジナル菓子1
法師温泉オリジナル菓子2

驚いたのは、本当にオリジナルお菓子が売られていた事。

こんな山奥の宿なのに何やってるの、と思ったが、考えてみりゃ、標高3,000mにあるような山小屋でもオリジナルバンダナとかピンバッジを作って売っているくらいだから、案外「オリジナル商品」作りってのは造作ないのだろう。とはいえ、賞味期限がある食品を売るとは、自信がみなぎっている。

「玉子せんべい」や「ごまだれ大福」、しょうがや大根の味噌漬け。それらのパッケージに「法師温泉長寿館」の字が誇らしげに書いてある。いくら法師乃湯に興奮したおかでんでも、さすがに興奮の勢い余ってこれらを買う気にはならなかった。でも、SAの売店よろしく山積みになっているところを見ると、「うおおお法師温泉!」と買い求めるお客さんが後を絶たないのだろう。

フルムーンのポスター

廊下に、大きなポスターが貼ってあった。

「フルムーン」と書かれている。国鉄が作ったものだが、何でもこのポスターがきっかけで法師温泉が脚光を浴びるようになったんだそうだ。そのあたりの詳細については、他のサイトでいくらでも書かれているので割愛。

キャッチコピーが「湯の音、・・・。・・・。湯の音」で、何が言いたいのかさっぱりわからない。なんか、一昔前の「ひねくれている演出=俺って格好いい」的雰囲気を臭わせる。また、「そういう意味不明な表現を理解できる俺たち消費者も格好いい」と、読み手側にも選民意識を持たせる、みたいな。
恐らく、フルムーンという企画そのものよりも、「あのお堅い国鉄が、男女混浴しているポスターを作るとはすごい(けしからん)」的なところで話題になったんだと思う。

ただ、残念ながら今となってはこの写真にエロスを見いだす事はできない。それは企画段階で却下されたか、それとも当時はコレでも十分にエロかったのか。まあ、夫婦あわせて88歳以上の方への企画きっぷなので、エロくてセクシーというのはちょっと趣旨からズレるんだが。

渋谷の『ギャル系』100人に聞きました。

それが時代は変わるもんだ。2000年、JRが作ったポスターにも法師乃湯が使われていて、ポスターが「フルムーン」の横に貼ってあった。「トレイング2000ポイントキャンペーン」だかなんだかっていう企画。

「渋谷の『ギャル系』100人に聞きました。」と書いてある。なんという時代の変化。20年弱で、加齢臭漂う世界から一気に若返りしちまったぞ。写真には、「これのどこが渋谷系だ?」という女子が浴衣丹前の姿で、法師乃湯で集合写真をとっている。さすがに一般受けしづらいような過剰なファッションの女性はおらず、黒髪の女性が多いあたり全年齢層への配慮が伺える。

それはまだいい。問題なのは、「友達と列車でワイワイ行きたい旅。」というランキングが記載されているのだが、うそだろそれ、というかうそも大概にせえ、としか思えない結果になっており、大変に香ばしくてよろしゅうございました。

1位:東京ディズニーランド

というのはまだいい。

2位:法師温泉 

ありえん。「渋谷系ギャル(誰だそいつ)」が法師温泉を知っている訳がない。少なくとも、2位に入るほどの知名度は無い。

3位:角館

えー。もう何のこっちゃ。うそも大概にせえよ

4位:軽井沢

まあ妥当

5位:箱根

まあこれも、わからんでもない。でも小田急や箱根登山鉄道が儲かる

6位:お台場海浜公園

渋谷のギャルが今更何で?

とまあ、惨憺たる結果なのだった。恐らく写真を見せて、どこに行きたいですか?という質問をしたのだろう。自由回答にして、法師温泉が2位なんてあり得ん。誘導尋問やんけ。そもそも、法師温泉に電車で行く人がどれだけいるんだ?上毛高原まで新幹線で行って、そこから猿ヶ京行きのバスで、終点の猿ヶ京からはタクシーに乗るかなんとかするしかない。到底、「電車で行く旅」ではない。

虫退治中
ガムテープに虫
虫だらけのガムテープ

女性陣と合流し、部屋に戻る。

するとお部屋の中はエギゾチックジャパン。なんだか大量に小さな虫が飛んでるー。

ここは虫かごか。

とにかく、その量が尋常ではない。ああ窓から虫が紛れ込んでしまったね、と「やれやれ」のポーズをすれば終了、という次元ではないのだった。

ここが我らの新しい約束の地、とばかりにこの小蝿?どもは畳の上をてくてくと歩き、大地を踏みしめていた。せめて虫なら虫らしく飛べよ。なんだよそのくつろぎ方。

先ほど、ベランダで撮影しまくっていた際、窓をちゃんと閉めずにいたのがいけなかったらしい。ここまで無防備に開放感ある宿ってのはなかなか無いので、せっかくなので窓を開けっ放しにしちゃったわけだ。その結果がこれ。おい虫ども、お前ら宿泊代払っていないだろ。帰れ帰れ。

女性陣は「わー」とか言っているくらいで全然余裕。台湾最南端の自然豊かな地、恒春(=熱帯地方に属する)で生まれ育っているので、少々の虫ぐらいでは何ともないようだ。

でも、一歩歩いたら虫を数匹殺生してしまうようなこの場で、部屋食というのは罰ゲームに等しい。さてどうしたものか。

「部屋の明かりを消したら、出て行くんじゃない?」

という提案があり説得力があったが、外と中の明るさが一緒になるだけであり、いったん居座った虫どもが奇麗さっぱり退去してくれるかどうかは怪しい。

結局、仲居さんがこの騒動を聞きつけて、「殺虫剤よりもガムテープを使った方が効果的」とのことでガムテープを持ってきてくれた。さあ3名がかりの駆除作戦の開始だ。

仲居さんは「山の中なので虫が多くてごめんなさいね」となぜか謝っちゃう。いえいえ、そういうがっつりシチュエーションを求めてこの地に来たわけで、「手荒い歓迎」と寧ろ捉えたい。

ちなみに、網戸を閉めた程度ではまだ虫が入ってくるので、ちゃんとふすままで閉めないとダメらしい。おい虫ども、お前らそこまで光が好きか。

ガムテープを畳にぺたぺた貼り付けるだけで、あっという間にガムテープが虫だらけになる。生類哀れみの刑が現代にも適用されていたら、何百回獄門の刑にされるかわからない。

それにしても面白いくらいにとれるとれる。コロコロでカーペットについた抜け毛とか糸くずを拾うのは結構楽しい反面神経質になりがちだが、これは全く神経質にならなくてよい。畳を遠目から凝視し、「ほら、いた!」と駆けつけ、ぺたりとやれば一匹ゲット。飛び疲れたら地面に降りて休む習性がある昆虫なのか、しばらくするとまた新参者が畳に降りてくる。そこをぺたり。

写真右のようなガムテープを、結局3人がかりで30シート近くは作り上げた。ものの10分程度で、だ。まさに大漁。

虫なんて平気、というお嬢様二人は適当なところで「もういいや」と虫取りに飽きてしまい、お互いをカメラで撮影していた。しかし日本人おかでんだけはこの虫が許せない。ほぼ完全に虫が姿を消すまで、執拗に大量殺戮を続けた。

部屋食だぞ。楽しいお食事の真っ最中、ぽとりと虫がお皿の上にダイブするのは止めていただきたい。

ビール自販機

仲居さんが食事の準備に取りかかっている間もおかでんは虫取りをしていたが、なんとか食事には間に合ったので本日の潤滑油を調達に一階へ。

一階には缶ビールの自販機があり、そこで買うと冷蔵庫ビールよりもはるかに安く手に入る。ちなみに500ml缶で550円、350ml缶で400円だった。こういう施設だと「1ml=1円」の相場が多いが、さすがに山奥ということでその相場にそれぞれ50円上乗せされている。

発泡酒もあったが、Jennyに「日本のビールはおいしくない」と思われるのは悔しいので、却下。ビール見本市よろしく、各銘柄のビールを全部買ってみた。一番搾り、スーパードライ、キリンラガー、モルツ、ヱビス。

抱きかかえるように缶を部屋に持って帰ると、Jennyは「オー」と感心していた。見慣れない銘柄ばっかりだ、と。一番搾りだったかスーパードライだったか、どっちかは忘れたが、何か一銘柄だけは知ってる、と言っていた。

そもそも、台湾はバイクで夜市に繰り出すようなお国柄だ。屋台料理がどんなに美味かろうが、飲酒運転になってしまうので酒を飲まない。「警察に捕まらなければちょっとくらい飲んでも」というのが通用しないのが、特に台北界隈。バイクの量が多いし、運転は荒いので酔っ払ったら即死だ。飲もうという気にもならないだろう。そんなわけで、Jennyはあんまりビールには詳しくないそうだ。また、台湾では女性がお酒を飲む事にまだ若干の抵抗感が残っているらしい。数十年前の日本と同じだ。

とはいえ、旅行先の国のビールがずらりと並ぶと血湧き肉躍るのは、酒好きかどうかに関係はない。Jennyはビールをテーブルに並べ、何枚も「我和日本的啤酒」な写真を撮影していた。それに感化されて、Fishも「私も私もー」と、ビール缶と一緒の写真をせがむ。

「いやアンタ、普段見慣れている缶でしょ?」

と諭したが、「何だか私も写真撮ってもらいたくなった!」だって。

法師温泉長寿館の夕食

仲居さんが一人で料理を運び込み、配膳してくれる。お膳で一人前ずつ持ってこられたのだが、「机で食べた方がよろしいですよね?」と気を利かせてくれて、わざわざお膳から移し替えてくれたのだった。

宿メシの定番として、皿数の多さは相当なものなので、結構な大きさだと思っていた机はみるみるいっぱいに。テトリス好きな人なら、ぜひ高得点目指して絶妙に配置してみてください状態。挑戦状だな、これは。おかでんはテトリスにはまらなかったクチだが、MS-DOS時代からの筋金入りデフラグ大好き野郎なので、こういうのを見るとがぜん燃える。

Jennyは、さっきから何かのショーでも見ているかのように、目を大きくして仲居さんの所作をうれしそうにじっと見ていた。日本の温泉旅館の食事が珍しくて仕方がないのだろう。大皿料理がテーブルに並び、それを取り皿に取り分けるスタイルの国とは、180度方向が違う料理、それが日本料理。台湾の人からすると、「万華鏡を覗いているみたい」に見えているかもしれない。

でも気をつけろよー。宿メシって、酒飲みながら食べるとたまらんように、濃い味付けになってるぞー。薄味に慣れている台湾の人はちょっとキツいかもしれんぞー。それもまた異文化体験と思って、ここは頑張れJenny。とりあえず、ご飯は先に持ってきてくれるよう、仲居さんにお願いしておいた。

菊花胡麻味噌和え あわび茸煮
きのこ土瓶蒸し

ざっくりと料理の解説をば。

先付:菊花胡麻味噌和え あわび茸煮
吸物:きのこ土瓶蒸し

Jennyは土瓶の形が気になったようで、「これは何か?」と聞いてきた。なぜ急須できのこを煮ているの?と思ったのだろう。

「これはスープをお猪口に・・・こうやって注いで、中の具もお猪口に。ほらこれで食べる」

と解説すると、大変に喜び、自らも笑いながら体験していた。こういうのを見ると、つくづく日常にもまだまだいっぱい、驚きと喜びってのが転がっているんだなと思う。普段日本人として日本で生活していると、「ふーん、そうなんだ」で終わってしまうような事であっても、外国人と一緒だとあらためてこっちも「あれ、そういえばこれって面白いな」と気付く。

とろ湯葉・鯉洗い 岩魚酢漬・レモン
南瓜豆腐・占地・絹さや・鳥なん骨つみれ・花人参

造り:とろ湯葉・鯉洗い 岩魚酢漬・レモン
煮物:南瓜豆腐・占地・絹さや・鳥なん骨つみれ・花人参

器の大きさとお造りの量のバランスがとれておらず、ちょっと見た目寂しいお皿。湯葉なんて、お弁当に入れるような容器に入っているし。

だが、安易にマグロやサーモンを載っけてしまうことなく、川魚で勝負したところは非常に好感。岩魚の酢漬けはおかでん、初体験だ。

Jennyは桜の花の形に細工されている人参を大変に面白がっていた。この手の技術は中国台湾にも当然あり、豪快な料理を信条とする国とは思えない繊細さを持つ。しかし、一人一人のお皿の上にまで、こういう飾りがつくというのは日本ならではだろう。

Fishは、途中で「うーん」と言いながらお皿をこっちに回してきた。「食べてー」と言う。日本在住歴が数年にも及ぶが、いまだに川魚は食べられないのだった。にぎり寿司は食べられるのに、なぜ?と聞くと、「川の魚には寄生虫がいるから」という答えだった。

まあ、そうなんですけどね。今ここに出ている鯉の洗いだって、寄生虫が0%であるとは断言できない。「寄生虫がいるから」と言われたら、「いや、それはあり得ない。ぜひ食べてみるべし」と言い切れない食材ではある。あと、実際鯉の洗いって、無理して食べるほど絶品ではない・・・と思うし。

ちなみにJennyはお造りを全部食べていた。台湾人=生もの苦手=特に川魚はアウト、というわけではないようだ。食べる人は、食べる。

写真下の煮物は面白い。日本風ですなあ、という感じで、ぜひJennyには満喫していただきたいところ。ところで、お品書きにある「占地」って何だ、と思ったら、「しめじ」の事だったんだな。こんな漢字だったんだ。

黒毛和牛鍋
黒毛和牛鍋、煮える

鍋物:黒毛和牛鍋

すき焼き風なのだが、生玉子は出てこなかった。サルモネラ菌の関係もあって、この宿では生玉子を提供しないスタンスなのかもしれない。でもそれはそれで良かった。Jennyはどうか分からないが、すくなくともFishは生玉子を食べることができない。加熱調理されていないと気持ち悪いんだそうだ。

写真下はJennyが撮ったもの。わざわざ食事中にカメラを取り寄せ撮影したくらいだから、何かこのぐつぐついっている鍋に感じ入るものがあったようだ。

台湾だって、卓上でぐつぐついわせる「一人鍋」はある。だから、珍しい光景ではないのだが、何があったのだろう。

ちなみに、おかでんが台湾で鍋と聞いて思い出すのは、どうしても「麻辣臭豆腐」になる。半径5mくらいは臭い臭い。それを一瞬頭の中で思いだして、一気に和の風情が頭から消し飛んでしまった。大丈夫、この鍋は臭くないぞ。

岩魚唐揚あんかけ
姫ますりんご焼き 秋寄せ豆腐

揚物:岩魚唐揚あんかけ
焼物:姫ますりんご焼き 秋寄せ豆腐

岩魚本日二度目の登場。岩魚の立場からすると、「法師温泉はわれわれの仲間を大量虐殺している!」と憤慨してもおかしくない。いや、おいしく骨まで丸かじりで頂いていますので、どうぞ心おきなく成仏してください。

いずれ、「岩魚を捕獲するのは禁止すべきだ!岩魚は知能があって、われわれの仲間だ!」という一派が現れて、映画撮ってアカデミー賞獲る奴が出てくるかもしれん。

姫ますりんご焼き、というのは面白い工夫。この宿、料理に一手間掛けているし、独創性があってとても面白い。宿の内装もそうだが、絶妙に鄙び感とご時世を融和させているところがいいバランス感覚だ。仕出し屋さんから料理を届けてもらっている宿じゃあ、こうはいかない。

Jennyは、姫ますの上に偉そうにふんぞり返っているはじかみを、「コレは何?」と聞いていた。生姜であるということ、飾りの要素が強いので、食べても食べなくても良い、と伝えたら納得していた。

ここでおかでん、Jennyがはじかみを咥えてタバコを吸うマネをするか、それとも笛吹くポーズをして「ピー」とか言うかどうかじっと凝視したが、普通に囓っていた。そうかー、おかでんなら多分やっていたんだけどなー。

酢の物:山菜寄せ
蒸物:茶わんむし

酢の物:山菜寄せ
蒸物:茶わんむし

茶碗蒸しは、JennyもFishも特に喜んで食べていた。日本人も、老若男女問わず愛してやまない料理だ。そうか台湾人も好きか。

台湾にも、台湾版茶碗蒸し「蒸雞蛋羹」というものがある。食べたことがないし実物も見たことがないので詳細は不明だが、レシピを見る限り、やっぱりダシという概念が無いっぽい。玉子と水を2対1の割合で混ぜて塩を入れ・・・なんて書いてある。あと、恐らくこれも大皿料理の類だろうから、日本のものよりも固めになっているはず。だから、日本製「蒸雞蛋羹」は似て非なるものと言える。二人とも、器を揺すって茶碗蒸しをプルプルさせていた。そうそう、こういう楽しみ方ができるのも、日本の茶碗蒸しならではだ。

小ナスの浅漬け
メロン

香の物として、小ナスの浅漬け。お漬物の器まで、あしらいが施されているのには驚いた。でも、台湾の人たち、食後に漬物でお口をリセット、という概念は理解できないだろうなあ。

最後にはフルーツとしてメロン。さすがにフルーツに関しては南国台湾には勝てないので、さっきまで「日本の料理、どや!?」という態度だったおかでんも急にしおらしくなるのだった。

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