Fishから、「Jennyが今年も来日するよ」という話を聞いたのは、2008年のお盆明けだった。
Fishは台湾人留学生からそのまま日本の企業に就職した女の子で、Jennyはその小学校時代の親友。Jennyは現在台北に住み、IT系企業に勤めているらしい。このあたりの話は、2009年02月「おもてなし三昧の世界」に詳しい。
「え、また来るの?」
2007年秋にもJennyは来日していたので、1年と開けずに再来日ということになる。日本人として、日本を愛してくれてありがとう、と頭を下げたくなるが、逆になんだか申し訳ないような気にもなる。この「すみません」的発想がいかにも日本人ならでは、なんだろう。
聞くと、Jennyの勤務先は「年に一回、海外旅行に行ってくること」がルールになっており、その旅費も一部は会社が負担するのだそうだ。もちろん休みだって、余裕で確保できる。なぜなら、それが当然の権利として認められているからだ。
すげえ。「優雅なバカンス」なんてのは、白人様の特権だと思っていたのだが、すぐお隣の国でもそんな異次元な福利厚生がまかり通っていたとは。
で、Jennyは昨年の「海外旅行権」を日本にし、今年もまた日本を選択、というわけだ。ちなみに後日談になるが、2009年はフランスに行き、2009年後半からはワーキングホリデーでオーストラリアに長旅に出かけちゃった。一体どういう会社なんだ。
「googleは社員食堂の飯がタダで食えるらしい。ええのぅ」程度で悶絶していた自分がなんとも馬鹿馬鹿しくなるスケール感だ。
話を戻す。そのJennyだが、2007年はちょうど11月の来日だったということもあり、霧降高原から日光を日帰りドライブに御案内した。日光が良い、というチョイスはFishによるものだ。微妙に紅葉の時期を取り逃がしていたが、それでも少々残っていた紅葉に南国の人・Jennyは大喜びで一眼レフカメラをブンブン振り回していた。
で、今年だ。2度目の来日、大変ありがとうございます。そして、またもおかでんに旅の案内人ご指名、身が引き締まる思いでございます。
しかし、一体どうすりゃJennyに最大限喜んで貰えるのか、そこが悩ましかった。わざわざの再来日だ。Jennyが期待する以上の日本を紹介しないと、「もう日本は大体分かった。次回からは別の国に行こう」と思われかねない。それはなんとも悔しい。「うわ、まだまだ日本って見るところが山積みだ!また来なくちゃ!」と思わせて、後ろ髪を引っ張られつつ離日させるくらい、あれこれ日本を紹介したい。・・・だけど、何がグッと来るのかね?台湾人の心境というのは全くわからないので、Fishに相談するしかない。
Fishにこちらの基本的な考えなどを提示し、ざっくりどういう場所に行きたいか、と聞いてみた。すると、返ってきた答えがこちら。
行ってみたいところは
(1)白神山地
(2)伊豆半島、鮎+温泉
(3)川中温泉
なんだこりゃ。すごすぎてよくわからんのが出てきたぞ。
(1)は・・・秋田だぞ。しかも、トレッキングになるのでそれなりの身支度と時間が必要。もちろん交通費だって相当なものだ。多分Fishは場所をあまり理解しておらず、そのせいでこういう奇抜なアイディアが出たらしい。しかし、それはそれで面白い。地理に明るいおかでんなら、絶対に思いつかない案だからだ。・・・ただし、「絶対に思いつかない」だけあって、事実上無理に近い案だが。
(2)は・・・これ、「鮎の茶屋」という鮎料理専門店が西伊豆にあって、その話を以前Fishにしたのが記憶に残っていたらしい。うん、確かにこれは十分に選択肢としてあるだろう。天城温泉あたりの宿泊とセットにすると楽しかろう。
台湾では鮎は「香魚」と書き、高級魚として珍重されているらしい。以前Fish妹が来日時、宿の食事で鮎が出たら姉妹そろって大喜びしていたのが印象的。
ちなみに、このメールの翌週末、「試しに鮎料理食べてみよう」とFishを「鮎の茶屋」に連れていったのだが、鮎づくしのコース後半で「もう鮎は当分いいよ・・・」とギブアップしてしまった。どうやら、台湾人にとって、「同じ食材がいろいろな料理になるコース料理」という手法は飽きるらしい。さすが、「前菜~野菜料理~肉料理~スープ~デザート」などと、バランスよく食べる中華料理の国だけある。日本人はむしろ、「○○づくし」というのは「面白いねえ、こういう料理もあるのか」とその七変化を面白がるのだが、台湾では事情が違うらしい。そんなわけで、この「伊豆半島鮎」計画は、Fishが身をもって体験して、却下と相成った。
(3)の川中温泉は、思わずにやりとしてしまった。群馬県にある小さな一軒宿だが、「日本三大美人の湯」として知る人ぞ知る温泉地だ。なるほど、「日本三大美人の湯に行ったぜ」というのは、Jennyにとっても話のネタになるだろう。
ただ、川中温泉って微妙に都心から近いようで近くないようで。悪くはないのだが、何か他の観光地と組み合わせたい。さてどうしたものか。
いずれにせよ、気をつけないといけないのは、台湾物価からすると日本の物の値段はありえないほど高い、ということだ。あまりにもお金がかかるプランを提示すると、Jennyに申し訳が立たない。「そこそこの値段だけど、すこぶる満足」ができる企画にしないといけない。さあどうしたもんかな。しばらく悩む。
何で「白神山地」なの?とFishに聞いてみたら、「世界遺産だから!」という答えが返ってきた。そういえば、昨年の訪問先である「日光」も世界遺産だったな。Fish曰く、「台湾には世界遺産がないので、JennyもFishも世界遺産にすごく惹かれる」んだそうな。
世界遺産は、ユネスコが認定するものだ。つまり、国連に加盟している国でないと、世界遺産登録はあり得ない。そのため、国連に加盟していない台湾(中華民国)は、タロコ渓谷などいろいろ風光明媚な場所がありながらも、「世界遺産」は皆無なのだった。
世界遺産がお好みなのか・・・と、日本の世界遺産リストをFishに送付しておく。
[文化遺産]
法隆寺地域の仏教建造物 - (1993年12月)
姫路城 - (1993年12月)
古都京都の文化財 - (1994年12月)
白川郷・五箇山の合掌造り集落 - (1995年12月)
原爆ドーム - (1996年12月)
厳島神社 - (1996年12月)
古都奈良の文化財 - (1998年12月)
日光の社寺 - (1999年12月)
琉球王国のグスク及び関連遺産群 - (2000年12月)
紀伊山地の霊場と参詣道 - (2004年7月)
石見銀山遺跡とその文化的景観 - (2007年6月)
[自然遺産]
屋久島 - (1993年12月)
白神山地 - (1993年12月)
知床 - (2005年7月)
うわ、どこも東京から遠いぞ。唯一の近場、日光は既に昨年行ったしなあ。
とりあえず、「白神山地」は最低2泊3日だし、お金だって相当かかる。まさかおかでん車で移動するわけにはいかないので、新幹線か飛行機だ。
結論:無理。
それ以外の世界遺産だって、交通費だけとってもJennyには申し訳ない価格帯になってしまう。とてもじゃないがお奨めできない。
「温泉を中心に考えてはどうか」とFishにはプッシュしておく。温泉+風光明媚なところをドライブ、という事を考えたら、福島県の土湯峠あたりにある秘湯宿なんてのが魅力だろう。会津若松、裏磐梯あたりと組み合わせると日本的で良いのではないか。
そんな検討の同時期、FishからJennyにこんなメールが飛んでいた。
A.去吃香魚大餐+温泉
B.去日本東北部(福島縣會津若松)兜風+温泉
(以上預算約一萬八日幣左右)
C.去世界遺産白神山地
(預算約三萬日幣所右)
会津若松の事を「兜風」と形容しているのが面白いねえ、なんて思って見ていたのだが、待て、白神山地が3万円で行けるかのような記述が。東京からじゃどうやっても無理だ、やめとけ。
強引に「温泉」に軌道修正する。ちょうどこの頃、Fishは「日本秘湯を守る会」のスタンプを集めていた時期でもあったので、「秘湯を守る会」会員宿に限定し、検討してもらうことにした。その際に軽くFishの意向を聞いたのだが、やたらとマニアックすぎる宿を選ぼうとしていたので「いや、それはどうよ」と忠告。
Fishは「渋いところはきっと喜ばれるはず。なぜなら、日本文化がいっぱい入ってるから。」と言ってきたが、とはいえ、渋すぎるのもリスキーですぜ。単にぼろいという事もあるし、「渋い」をJennyまで含めて喜んでくれるかどうかは疑問だ。現に、以前Fishは冬季休業するような秘湯に一泊したらしく、その施設がぼろかったと僕に愚痴をこぼしていたことがあった。「渋さ」を美化しすぎると、うっかり落とし穴にはまる。男性よりも女性の方が「渋さ耐性」は弱い。
この後、温泉宿の選択を巡って、Fish~Jenny~おかでんの意見のやりとりがあり、結局Jennyから希望として出されたのは以下の3候補となった。
1、法師温泉
2、滑川温泉 福島屋
3、奥会津三島町 宮下温泉
1の法師温泉は王道っちゃあ王道の有名な旅館だが、辺鄙な場所なので滅多に外国人観光客は来ないだろう。外国人セレクトとしては、これでも相当マニアックな部類に入る。なんでも、この湯船の渋さにJennyは惚れたらしい。
それはまだしも、2と3のマニアックな事よ。3に至っては日本人でも知っている人の方が少ないんじゃないか、という温泉。只見線沿線にある宿なのだが、まあとにかく山奥だわ。2も山奥過ぎて、どうすりゃいいの状態な場所にある。「渋い」のを選びすぎだ。でも、お客様であらせられるJennyがこう希望しているのだから、そりゃもちろんどこだって僕が手配するつもりだ。
ちなみにこの一段階前の検討時点では、「幕川温泉」だとか「高湯温泉」といったキーワードが出ていたので、よりマニアック化していったということになる。
第一希望の「法師温泉」だが、一度は泊まりたい旅館として名高い。
群馬県と新潟県の県境、三国峠の近くにある一軒宿。風情のある木造建築が旅情をそそるのだが、宿代は決して安くはない。17,000円~くらいだったと記憶している。台湾物価と比較して大丈夫かな?と心配になるが、たぶん人気宿だからそう簡単には予約がとれないだろう。「やっぱり予約は取れませんでした」という実績を作って、第二希望以下の温泉宿にTELだな・・・と思って法師温泉に電話。すると、空室がちょうどできたところだ、といううれしい返事。何そのナイスタイミング。この好都合を最大限活かそうと、肺活量最大で「3名予約をお願いします」と電話口でバリトンボイス。
というわけで、一泊二日Jenny様ご接待旅行は、群馬県の法師温泉に行くということに決定。
さてその後が悩ましい。法師温泉で一泊するのは良いが、その前後に何をして過ごそうかね、というのが決めかねる。ゆっくりと温泉浸かって帰りました、というだけでも十分なのだが、せっかくだからあちこち観光地を御案内したい。日本スゲエ、と思わせたい。しかし、法師温泉は山奥のどん詰まりにあるので、どこかに行くついでに温泉にピットイン、というわけにはいかない。もの凄く緻密に、あれこれ行き先を練らないと。
紅葉のシーズンには早いし、かといって高原の避暑ムードを楽しむような季節でもない。ちょうど中途半端な時期にJennyは来日する。どうしたもんかね。
さんざんこねくり回し、カーナビで所用時間を確認し、やり直し、を繰り返し、相当むちゃ苦茶なプランを作成した。作っている途中で、本当にこれは台湾の人に喜んで貰えるのか?と自分自身が信用できなくなってきたが、多分大丈夫ということにしておこう。
今回のキモは、「世界遺産暫定リスト」登録されたという富岡製糸場に行く、ということだ。世界遺産ではないけど、将来的には世界遺産になるかもしれませんよ、というところに行ければ、台湾勢のお二方は喜んでくれるだろう。あとは、伊香保温泉や水沢うどんあたりを組みあわせて・・・。
でき上がったルートは、群馬県を二回転ループするようなものすごいいびつな形になった。分刻みで移動することを前提とした、相当トリッキーなルートだ。つくづく自分はツアーコンダクターにでもなった方が良かったんじゃないかと思う。
2008年09月13日(土) 1日目
旅行開始の前に、旅のプランをここで説明しておく。
[1日目]
都内のFish宅前で2名をピックアップ→富岡製糸工場→水沢で水沢うどん→伊香保温泉→榛名湖→法師温泉
[2日目]
法師温泉→谷川岳一の倉沢、土合駅→横川で峠の釜めし→碓氷峠→軽井沢→白糸の滝→鬼押し出し→草津温泉→Fish宅で解散
ぱっと見ると2日目は相当しんどいのが分かるが、1日目はそれほど激しいスケジュールには見えない。しかし、この微調整が非常に悩ましかった。「早朝出発だと、相手が疲れるだろうから旅の満足度は落ちるだろう」という事と、「せっかくの法師温泉なのだから、チェックイン時間直後には宿に入って、ゆっくりと宿時間を過ごしたい」という事のバランスをどうとるか、ということで悩む悩む。こういうチマチマしたことで延々と悩み続けられるところが、おかでんの良いところでもあり、悪いところでもある。いずれは精神をすり減らして、参ってしまうと予測。
さて当日朝、Jenny御一行様をお出迎え。そのまま首都高速C2、外環道経由で関越道へと抜ける。土曜日の朝なので、都心に車を突っ込ませると確実に身動きが取れなくなるので、それは避けた。
しかし、外環道の時点で10kmの渋滞が発生していて、早くもおかでんはへこむ。予定が狂いまくりじゃないか。
事故渋滞がおきていて、明らかにサンデードライバーと思しき事故車の横を通る際は舌がもげるのではないかというくらい強く舌打ちをする。もちろん心の中だけだが。
ようやく関越道に入って一安心・・・と思ったら、ここでも事故渋滞。やあ、のっけから試練の連続だな。今度はどこのサンデードライバー様だ?と思って、辛抱しつつじりじりと前へと進んでいったら、あれれ、個人タクシーだった。べっこしフロント部分がへこんでしまっている。一体何がどうなったんだ。運転のプロである個人タクシードライバーがこうなっちゃ、もうどうしようもないわな。
日本って事故だらけですねー、なんてJennyに思われるのは大変に残念なので、「なんだか今日はたまたま事故が多いようだねえハハハ」と先手を打っておく。でもJennyはこの事故をカメラで撮影していた。なんだか興味深かったらしい。
上信越道富岡ICから下道に降りる。降りたところにはぐにゃりとねじれたコンニャクがお出迎え。Jennyはこれも大層珍しがって、写真を撮っていた。聞くと、台湾にもコンニャクはあるが、一般的には白っぽい色をしているんだそうな。へー。
「なぜこんにゃくが?」と聞かれたので、「この辺りはこんにゃくいもの産地で」と説明しておく。確かに、リボン状にねじれた板こんにゃくがインター出口のところでお出迎えじゃあ、知らない人からしたら何事かと思うだろう。ましてや外国の人ならなおさらだ。
おかでん自体富岡製糸場へは行ったことが無かったので、案内表示に従って車を走らせる。製糸場の前には駐車場がないので、ちょっと離れたところにある市営駐車場(有料)からてくてくと歩く事になる。
そこまでの道中、繭の形をした「富岡製糸場→」という看板が出ていて、ちょっと可愛い。女工さんが素朴な顔立ちで描かれているのも好印象。最近の、変に記号化された萌えキャラ町おこしと一線を画していて、清々しさを覚える。
道中、「富岡製糸場を世界遺産に」というのぼりがあちこちでたなびいていた。「富岡製糸場が世界遺産に」となる日はいつになることやら。
一応「世界遺産暫定リスト」なるものに登録はされているらしい。要するに、世界遺産候補として認識はされとりますよ、ということだ。
でも、富岡製糸場程度・・・といったら地元で保存活動をやってらっしゃる方には失礼だが、明治期の建造物だけで世界遺産なんて登録できるのだろうか?富岡製糸場は日本史における近代史で必ず登場する、歴史的意味のある建物であるのは事実だが、「世界」的な「遺産」かどうかはちょっと不明。
建物一つで世界遺産をゲットしてしまった「原爆ドーム」は世界的にあまりに意味がある建物なので当然として、一体どこまでを「世界遺産」として認可するのか、基準がよくわからない。
とりあえず、アメリカと宇宙人が密約を結んで、UFOの開発を行っているとされるネバダ州の「エリア51」も世界遺産登録しようや。まずはそこからだ。
入場料500円を払って中に入る。
赤レンガの大きな建物が眼前に迫る。
おかでんは岡山県倉敷市の「アイビースクエア(旧倉敷紡績跡)」には頻繁に行っているので、それと比べて「まあこんなもんだよな」と思ってしまう(決して富岡製糸場を卑下しているわけではない、念のため)。だからこそ、引率者の立場として「これはちょっと地味すぎる場所かな?台湾からわざわざお越し下さった方に見せるにはどうかな?」とドキドキもんだ。自分のセンスと情報力を、案内先を通じて見透かされているような気がしてならない。
建物をくぐるアーチ型トンネルの上には「明治五年」と書かれている。文明開化の音がする真っ盛りだ。
敷地内に入って正面の建物は、「原料科」と書かれた部屋になっていた。その中にはいると、非常に天井が高い空間になっている。コンサート会場にもできそうな感じ。ただ、これは冬になると相当寒そうだ。この辺りは空っ風が吹くので、この部屋は底冷えすること間違いなしだ。ストーブを用意したって、熱気は全部上へと逃げていく。この時期に訪問して正解。
解説パネルがあるので一つ一つ見ていく。こういう時、台湾の人がお客様だと気が楽だ。漢字の解説でも、なんとなく理解はしてもらえるからだ。もちろん読めない漢字はあるだろうし、ひらがなは100%読解できない。しかし、理解できないひらがなをすっ飛ばして読んでも、何となく文意は分かるはずだ。日本人が繁体字の台湾文章を読むより、台湾人がひらがな混じりの日本語を読む方が楽・・・だと思う。
Jennyは性格が真面目なのか、そのパネル一つ一つを丹念に読んでいる。どこまで理解できているのだろう?
パネルの中には、「世界遺産」対象になっている、富岡周辺の建造物の紹介があった。富岡製糸場単品じゃちょっとインパクト不足、ということで合わせ技一本を狙ってきたらしい。そういえば、奥州平泉も同じ作戦で世界遺産入りを狙っていたっけ。
世界遺産登録のタイトルは「富岡製糸場と絹産業遺跡群」だ、そうで。古い養蚕農家の民家などが入っていて、中には「風穴」という、なぜこれが世界遺産?なぜこれが「絹産業遺跡」?というものも混じってはいるが、いろいろ意味があるのだろうか。
なぜ、というものの一つには碓氷峠の鉄道アーチ橋も含まれていた。これは・・・絹の輸送にも使われたかもしれないが、それ目的だけで作られたものではあるまい。ちょっと強引では・・・おっと誰かが来たようだ。
ただ、碓氷峠が世界遺産暫定リストに入っているのはうれしい誤算ではあった。今回、碓氷峠を通る予定があったからだ。もともとは横川のおぎのやドライブインで「峠の釜めし」を食べよう、という計画であり、その流れで碓氷峠にも寄るつもりだった。今回、「碓氷峠も世界遺産の対象だよ」と一言添えられれば、それだけでJennyの旅行に箔が付くってもんだ。企画したおかでんさん格好いい、というわけだ。
さもお見通しのように、「ほらJenny、明日僕たちはここにも行くんだよ」と伝えておいた。
【後注】風穴が世界遺産の対象として登録されているのは、夏の間おかいこさんの卵を保存するための「天然冷蔵庫」として使っていたから。一応「絹」「富岡製糸場」とは繋がりがある。しかし、でもやっぱり強引ではあるが。
原料科の部屋の片隅では、蚕の繭から絹を紡ぎ出す実演が行われていた。
「オー」と言いながら、Jennyが写真を撮る。和服を着た女性が繊細な絹の糸を紡いでいる。これぞ日本文化の象徴とでも思ったのかもしれない。
でもねJenny、日本古来は、鶴が機織りをやったりしてたんだよ。覗いたらダメなんだよ。このおばさんは、堂々としているのできっと鶴ではない。
たった一つの繭から糸を繰り出すだけでも大変な時間と労力だ。おばさんは糸がよれないように常にチェックしているし、こりゃ座り仕事とはいえ相当疲れる。まだ、刺身盛りあわせの上にタンポポの花を載せる仕事の方が楽だ。
でも、今までは鶴に恩を着せ、その恩返しでなんとか反物を作ってきた事を考えると、産業革命によって人類はずいぶんと進化したものだ。産業革命があったからこそ、こうやっておばさんは僕たちと談笑しながら糸をつむぐ事ができている。何せ、昔は納屋の中を覗いちゃいけなかったんだから。
おばさんは「台湾から来ました」という話を聞いて大喜びで、いろいろ話を聞かせてくれた。ありがとうおばさん。Jennyと意気投合しちゃって、「写真を後で送るから」とJennyはおばさんの住所をメモっていた。
鶴が昔話でやっていたのは、既に糸になっているものを反物にする作業。このおばさんがやっているのは糸を作っている作業。根本的に違うものだが、敢えて同じ土俵で語ってみた。意図的な誤認識っす。
外に出てみると、広い中庭が広がっていた。
中庭から、原料科の建物を振り返ってみる。
レンガと、重厚な金属扉。重々しさが良い雰囲気。マンションにありがちな、「タイル地の外壁」の薄っぺらさとは比べものにならない。現在の技術だと、もっとリアルレンガに近い外壁にできるはずなのに何でやらないのか、と思う。・・・が、多分本当にそれをやったら、重苦しすぎて買い手が付かないかもしれない。近隣住民からは、「崩壊するんじゃないか」と恐れられそうだし。
ここまでは何だか「普通のレンガ建築だよね、横浜とかにもありそうだよね」という風情だったが、乾燥場というところに行ったらようやくそれっぽくなってきた。ベルトコンベアがあるぞ。二階に麻袋を運びあげられるようになっている。
・・・ただそれだけなんだけど。これが産業革命なのか!
何を乾燥させるのかというと、繭を保存するために高温殺菌するためなんだそうだ。確かに、生き物であるおかいこ様は年中供給があるわけじゃない。ある時期まとめて入荷してくるので、ストックしておかないといけないというわけだ。なるほど。
おかでん一人で納得しているのだが、台湾小姐2名がどれだけ理解しているかは不明。中華文化圏なので、絹は当然馴染みがあるものだが、おかいこさんとか、養蚕農家の事まで理解があるかどうか。
昔は農家の屋根裏にかいこ棚ってのがあって・・・というところから話をしなくちゃいけないかもしれん。いや、それ以前に、絹ってのはおかいこさんの繭からできているんだ、という話もしなくちゃいけないのか?台湾で、絹の成り立ちがどこまで知られているのかが分からないので、説明に困る。結局、「それくらい知ってるよ!」と言われるのもアレなんで、自主的解説は控えておいた。このあたりは両国の事情を知っているFishに任せよう。
おかでんは小学生の時、実際にカイコ蛾を飼育して、繭作って、ゆでて、っていう過程を学校の授業でやったからなあ。子供心に、ゆで死んだカイコの蛹を見てなんて残酷なんだ、というのが非常に印象に残っている。
正直、関東在住者が旅行ついでに立ち寄る場所としては面白いと思う。しかし、わざわざ台湾からお越し頂き、短い滞在日程の中でこの地を訪れる価値があるかどうかは、本人に聞いてみないとわからない。
旅先案内人おかでん、だんだん不安になって参りました。でも、世界遺産を、とリクエストしたのは台湾勢だし、一応問題はないと思いたい。
せめてもの罪滅ぼし、といった感じで、目に入るものいろいろに対して「へええ」とか「おおう」と20%増し程度の驚きの声を上げておいた。こうすれば、「日本人でさえ感心しているような場所なんだ。ということはここは凄いに違いない」とJennyは思ってくれるだろう。
その甲斐もあってか、彼女たち、やたらと写真を撮りまくっている。風景写真というよりも、お互いのポートレートが専らの興味対象。その様はグラビア撮影か?という感じ。いろいろなポーズをとって撮影し、写真を二人で見てケラケラ笑って、攻守交代でまた同じような写真を撮りあっている。それがひととおり済んだら、今度はペアでやっぱり同じ場所で写真を何枚も。これもメンバー交代を頻繁に繰り返し。かなり写真が好きな人たちだ。
彼女たちは、日本人ではまずしないであろう、いろいろなポーズで写真に収まる。首をかしげたり、手を振ったり、足をクロスさせたり、そりゃもうあれやこれや。そんなわけで、同じ人が同じ場所で、違うポーズで無限大に写真を撮っていく事になる。いつまで続けるの、それ。見ていて呆れるのだが、「おかでんサンも一緒に!」なんて言われるので、日本男児おかでんもこわばった笑顔で仲間入り。
台湾の女性はもともと自己愛が強いようで、たとえば台湾のメッセンジャーサービスやブログ、出会い系サイトにいけば素顔を当たり前のように公開している。で、そのいずれもがポーズをバッチリ決めているので、可愛い反面ずっと見ているとおなかいっぱいになってくる。正直、くどい。その光景がまさに今目の前で展開されようとは。
無駄に広い中庭がある。繭を各地から運び込んだ荷馬車がずらりと並んでいたのか、それとも朝に女工さんがラヂオ体操をするためのものか。ひょっとしたら、夏祭りとか収穫祭(繭の?)をやって盆踊り踊ってました、というのかもしれん。別の紡績所跡でも、この手の中庭は見たことがあるので、何か意味はあるのだろう。
その広い中庭の先に、長大なレンガ倉庫が見える。われわれが先ほどいた原料科、すなわち東繭倉庫と対をなす形である。西繭倉庫、らしい。
中には入れないようなので、さてどうしたものかちょっと悩ましい。遠くから眺めてはい終了、で良いような気もするし、せっかくだから近づいた方が良いような気もするし。
さすがに観光客のほとんどはこの西繭倉庫までは行っていなかった。歩くだけ面倒、と手前で引き返していた。まあ、賢明ではある。
われわれは一応、西繭倉庫まで行ってみた。後になってJennyに「富岡製糸場?うん、行った事あるよ。ざっと見ただけだけどね」と友達に語られるのは何だか悔しいので。「じっくり見たぜ!」と言わしめたい。富岡製糸場を背負って台湾に帰れ。
ただ、近づいてみるとホント単なるレンガ造りの建物でした、以上おしまい、だったのにはちょっと参った。ただ、観光客が少ないせいで建物の重厚感はより強く出ていて、写真を撮るにはお奨め。
・・・と思ったら、小姐2名は今度はベンチに座って交互に写真を撮りだした。もうね、背景はどうでも良いらしい。とにかく写真が撮りたくてしかたがないお年頃。あと20年もすれば「老けて見えるわぁ」なんて言って写真を嫌いはじめるはずなので、今のうちに撮りまくっておくのは正解だと思う。
ただ、日本人の常識を覆す長時間撮影をあちこちで展開するので、旅先案内人兼タイムキーパーのおかでんはヒヤヒヤしっぱなしだ。相当あれこれ立ち寄り地点を設定したギュウギュウ詰め企画なので、時間管理がピーキーなのだった。
今回の旅のメインはなんといっても法師温泉。食事時間ギリギリに到着、じゃああまりに残念だ。温泉旅館は、チェックインから夕食までの時間がある意味最高のぜいたくであり、楽しみでもある。できるだけ早く宿には到着したい。・・・しかし、こうやって無邪気に、キャッハウフフと写真を撮っているのを制止することはできない。最大限楽しんで貰おうじゃないか。この相反する状態に悶絶しつつも、表情には一切出さずに彼女達のキャッハウフフを眺めていた。
何だか、さっきから繭の倉庫とかそういうのばっかりを見ている。
「製糸場」という名前の通り、「糸を製造」する工場っぽくはない。てっきり、この手の場所ってのは女工さんが機械に張り付いて、糸と格闘しているのがずらーっと並んでいるようなものだと思っていた。で、その傍らには女工さん用の寮や食堂や風呂があって、女工さんは朝から晩までずっと働いて、と。しかし、そういうのは工場のごく一角にしかないということを知った。
さっきまでのレンガ造りの荘厳な繭倉庫とは違う、こじんまりした細長い建物がその「繰糸場」だった。長さが140mあるというのだから、相当なものだ。新幹線でたとえると・・・あれ?6両くらいか。いかんな、喩えた対象が悪かった。
新幹線は1両=25m。
木造レンガ造り、という、ぱっと聞くとなんだかよくわからない製法でできている。きっと、木でできたレンガーなんだーっ!・・・いや、それは違うと思う。
1987年まで操業していたというのだから、結構最近の話だ。そのため、中にある操糸機は蒸気機関で動くような物ではなく、半自動の機械だった。今は埃がかぶらないように、ビニールがかぶせてある。この辺りはちょっと風情がないが、撤去するとスケボーでもやってくれ、みたいな空洞になってしまうので、無いよりはましだ。
でもこういう工場が目指せ世界遺産、なんだから、静岡にあるバンダイのガンプラ工場もあと100年、施設を維持して世界遺産目指したらどうだろうか?
製糸場ができた当時、フランスから招へいされていた技師さんの家。
非常にぜいたくなところに住んでいる。一体どれだけ厚遇されていたんだ?メイドさん付きだったらしいし。
ただし、当時の日本に赴任するのは相当勇気が要っただろう。船旅で遠路はるばる、というのも相当キッツいが、この地に赴任したって当時は肉すら満足に食べられないだろう。召使いが「がんもどきの煮付けでございます」なんて持ってきたら、「こんな味気ないのはいらん!カツレツ食わせろ!」と暴れ出しそうだ。ワインくらいはかろうじて手に入っただろうから、もうやけ酒するしかない。ただし、飲み過ぎたら「お酒の在庫はこれしかないので・・・あとは地元の清酒でご勘弁を」と言われてもうにっちもさっちも。
一箇所目の観光地で、既に相当な枚数写真を撮ったJennyを連れ、次の観光地を目指す。時刻は11時20分過ぎ。デジカメならではですな。フィルム写真だったら、こうも大胆には写真は撮れない。カメラ界の産業革命だ。
さて、二箇所目は、お昼ご飯食べなくちゃね、ということで、「日本三大うどん」の一つ、と言われている(誰が言い出したんだ?)、水沢うどんを食べに行くことにした。
榛名山の山麓、伊香保温泉にもほど近い水沢観音の近くにうどん集落がある。ここいらで作られているうどんは製法がやや独特で、いったん麺を天日干しにすることで麺の表面にひびを作る。それがゆでた際にええ塩梅になるそうな。
「日本三大」とは言われてはいるが、水沢うどんとは水沢地区のうどん屋だけを指すのが一般であり、「讃岐うどん」のように地域文化として広く根ざしたものではない。古くから、水沢観音という地の利を活かした「観光客向けうどん」という位置づけになる。そのせいで、今やうどん集落は店を巨大化させ、観光バスが余裕で入る駐車場を備えた店など当たり前だ。
「ここに並んでいるお店、全部がうどん屋なんだよ」と言ったら、Jennyはやたらと感心していた。台北にも牛肉麺ストリートというものがあるが、さすがにここまでの駐車場を備えた「うどんだらけ」な場所は見たことがないだろう。
ちなみに台湾では、うどんの事を「烏龍麺」と書く。読み方は「wū lóng miàn =ウーロンミェン」。日本語がそのまま当て字になっている。間違っても台湾で「ウーロン麺?烏龍茶が練り込んであるのかな?」と頼んではいけない。日本人の味覚からしたら相当がっかりなレベルのうどんが出てくるから。実際、2007年にジーニアスと台湾に行った際、まんまとこのワナにはまった。
実はおかでんは水沢うどんをあまり評価していない。値段が非常に高く、ちょっとうどんとしてはありえんだろうそれは、という値札を自信満々にメニュー掲示しているからだ。そのくせ、お客さんは津波のように押し寄せて大混雑なので、混むやら待つやら店員さん大忙しで落ち着かない雰囲気だわお会計でびっくりだわ、と。
そんなわけで自信を持って水沢うどんをお奨め、というわけにはいかないのだが、「日本三大うどん」という肩書きは観光客にとってはたまらんだろうし、実際(値段はさておき)マズいうどんが出るわけではないので安全牌だ。伊香保に行くついでとしては最適だし、ここが一番妥当と言えた。
・・・と、そういう動機でこの地を訪れている人、いっぱいいるんだろうな。お店に鈴なりの車を見るにつけ、何でここでうどんを食べるんだろうと不思議でしょうがないのだが、そういう不思議がっている自分もまた水沢にうどんを食べに来ているという矛盾。
われわれが選んだ店は「大澤屋(第一店舗)」。
多分水沢うどんの店の中でもかなり大きなハコを持つ店だと思う。何でこれを選んだのかは忘れたが、有名な店らしいのと、客席が多ければお昼のピーク時でも回転が良いのではないか、という期待感があったからだと思う。
うどんなんて、ゆでるのには時間がかかるが提供されりゃつるッと食べてすぐ終わりだ、と、思う。
店内にはいると、そこはまるで大型日帰り入浴施設のようなロビーが。ええと、まずは靴を脱いで下駄箱に入れて、と。で、岡本太郎の変なオブジェが気になりながらも、順番待ちリストに名前を書く。絶望的な待ち行列だ。13時入店、ということもあって、そりゃそうだわな。覚悟はしていたが、軽く滅入る。
時折、店員さんがやってきて「○名でお待ちの○○様~」と声をかける。その瞬間、待ちくたびれている人たちがビクゥッとするのが見ていて楽しい。で、自分でなかった事を知ると、またぐったりとする。あれ、常に緊張感を強いられるので、何とかしてもらえないだろうか。銀行の窓口みたいに整理券を発行して、現在は何番、って分かればトイレにだって余裕でいける。しかし、それがわからないので、ひたすら死刑執行を待つ人状態でわれわれは緊張を余儀なくされるのだった。
で、時々「○○様~。いらっしゃいませんか~?いらしゃいませんか。はい。」と、店員さんがリストに棒線を引いてその人を取り消すと、一同「よっしゃ」という顔をひそかにするのもこれまた楽しい。
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