おかでんさんちの年末年始2020

おせち作りは一段落したので、今はお雑煮作りに取り掛かっている。

パートナーのいしは年末ギリギリまでお仕事があったので、全部僕が作った。仮に一緒に作ることになったとしても、狭いキッチンに二人入ると身動きがつかなくなるので、一人で作るしかなかった。

我が家はシンクとコンロがL字型に配置されているキッチンだ。一人で調理をするときは、洗い物をしながら炒めものをしつつ、野菜を切るなんてことが同時にできる。自分が千手観音になった気になる、楽しいキッチンだ。しかし、分業するには向かないし、「なんでも一人でできる」という驕りのせいで炒めものを焦がす、なんてことをよくやる。孤独の優秀なシェフ向けのキッチンといえる。

男の悪いクセとでもいおうか、炒めものをするときは、アホみたいに最強火力にする。それはそれで間違っていないのだけど、だったらフライパンや中華鍋につきっきりになっているべきなのに、それをやらない。つい、別の作業に浮気をする。

それはともかく。

他人の家は知らないけれど、おかでん家のお雑煮のつゆには、金時人参が入る。細切りにしてつゆで煮ることによって、甘みがグッとでてくるから素敵だ。人参独特のえぐみ、というものはまったくない。

ただ、金時人参はたぶん西日本でよく食べられる野菜であって、東日本ではあまり見かけない気がする。実際、12月に入って近所のスーパーを探しても、どこにも見つからない。東京では手に入らないのかもしれん。

とはいえ、金時人参はつゆの甘みを出すだけでなく、「赤い」ということでお目出度い食材だ。縁起物なので、「じゃあ、普通の人参でいいよね」というわけにはいかない。だって、普通の人参はだいだい色だから。

「岡山県のアンテナショップだったら、ひょっとすると売っているかもしれない」

ということで、新橋駅の近くにあるアンテナショップに行ってみた。すると、売ってた!

まさか、お野菜を新橋で買うことになるとは思わなかった。

さすがに、お値段はそれなりにした。「縁起物だから。正月だから」と言い聞かせて、買う。

なお、クリスマス明けの年末最終週、近所のスーパーで金時人参が安く売られているのを見かけた。しまった、気が早すぎたらしい。そのスーパーのおっちゃん曰く、「くわいも、金時人参も、クリスマス明けになったら入荷する」だって。

僕なんて、焦って12月頭には「おせち・お雑煮用食材リスト」を作り上げ、少しずつ買い揃えていた。でもそれは気が早すぎた、ということらしい。

スライサーを使って、金時人参を細かく刻んでいく。

回りに細かい破片が飛び散り、なんだか犯行現場のようだ。

途中で疲れてうんざりしつつも、なんとかすりおろし切る。

日をまたいで2021年正月。あけましておめでとうございます。

朝ごはんはお雑煮。

家庭によってこのあたりの流儀はいろいろあるようだが、おかでん家は「朝にお雑煮、夜におせち」というのが決まりになっている。お昼は適当だ。だいたい毎年、前日の年越しそばのあまりを食べる。

なんだか実家のお雑煮と違う気がするけど、しょうがない。

かまぼこをケチって、なるとにしたからチープに見えるのだろうか?

いや違う、器の問題だ。この器はたぶん100円ショップで買った、丼だ。だから、それなりに深さがある。一方実家のお雑煮は、ちゃんとした塗椀を使う。底が浅い。底が浅いと、餅、その他の具が盛られると立体的な姿かたちに仕上がる。しかしこの「沼」のような丼の場合、なみなみとつゆが穴を埋め尽くし、その中にドブンドブンと具が投げ込まれて沈んでいる、そんな光景になるのだった。

見栄えが悪いけれど、味は良かったので良かった。幸先のよい正月となった。

なお、丼は100円ショップの安物だけど、グラスと小皿は「倉敷ガラス」の高級品だ。なんでこんなにアンバランスなんだ?我が家の食卓は。

黒豆も、箸休めとしてお雑煮に添えられた。

時間が経てば、しわが消えたり豆が膨らんだりしないかなあ・・・と淡い期待があったのだけど、前日からまったく変化なく正月を迎えることになった。難しいものだね、黒豆って。

しかし250グラムという豆の量の多いことったらないな。豆なんてぱくぱく食べられるとはいえ、モリモリ食べるものではない。日持ちする料理だったこともあって、数日はずっとこの黒豆が食卓に登り続けた。

味は、贔屓目に見て悪くなかったと思う。案外醤油っぽくなったのは想定外だけど、くどい甘さがなくて飽きが来なかったからだ。黒豆って、甘いやつはほんとうに甘い。数粒でもういいや、というくらい甘い。それに比べて、この黒豆は「おかずになる黒豆」だと思った。もちろん、甘いっちゃあ甘いので、ご飯のお供にはならないけれど。

昼下がり、いしがソワソワする。

冷蔵庫に、「迎春カップスイーツアソート」なるケーキ詰め合わせが入っているのを発見していたからだ。このひとは、本当に食べ物にワクワクする人だ。「あっ!いいものみつけた!」と少女のように喜ぶ。ただしこらえ性がないひとなので、我慢できずに食べちゃう人でもある。

この「カップスイーツアソート」は、ドンレミーアウトレットで買ったものだ。ドンレミーアウトレットといえば、過去に記事を2度ほど書いたことがある、「ケーキの切れ端などを激安かつ大量に売っているお店」だ。

“ドンレミー” の検索結果 | アワレみ隊OnTheWeb
東奔西走右往左往。アワレみ隊とその仲間達の生き様。

おせち食材の買い出しついでにドンレミーで買ったものだ。もちろん洋菓子なので、正月とは全く関係のないケーキだけれど、「迎春」と書いてあればなんだかお目出度い気分になるものだ。それでよしとしよう。

午後は夫婦で書き初めをやって過ごす。

新型コロナウイルスが猛威を奮っていて、緊急事態宣言一歩手前という状況になっている。初詣はせず、一日家で過ごした。

夕方、おせちの詰め合わせを始める。

調理は僕がやったので、お重につめるのはいしに任せた。僕は、コンパクトにちょっとずつ盛る、なんてことは苦手なので、いしに任せたほうが適任だ。

2021年のおせちすべて。

岩石卵、椎茸の煮しめ、紅白かまぼこ、伊達巻、くわい、昆布巻、すごぼう、海老、栗きんとん、黒豆、うなぎ、すれんこん、数の子、田作り。

全14品だ。

このうち、昆布巻、かまぼこ、伊達巻、うなぎは出来合いのものなので、残り11品が手作りということになる。

作ったあとになって気がついたのだけど、これら手作り品もその殆どがスーパーで気軽に買えるものだった。よく考えてみりゃ当たり前なんだけど、そこまで想像力が働かなかった。

そもそも僕を狂わせたのが、このお重だ。こんなものは家に装備品としてはなかった。でも、「今年は実家に帰省しないで家で過ごすことにするよ。おせちは自分で作るつもり」と電話で母親に告げたら、母親が「だったらおせちを詰めるお重が余っているから、それを送りますよ」と気を利かせてくれたのだった。それがこれ。

もちろん、漆塗りの立派なものではなく、樹脂製のものだ。しかし、このお重が実家から届けられ、実物を手にしてみると、なかなかの迫力がある。これに料理を詰めるとなると、それなりの体裁ってもんが必要だろう、という気がしてきた。

その結果、予想以上に手間暇をかけて、料理を作りまくるという展開になったのだった。

お重に詰めまくったおせち料理。すごいぞ、迫力ある仕上がりになった!

ええと、どっちが一の重でどっちがニの重かわからないけれど、まあいいや。

いしがとてもきれいに盛ってくれた。

本当なら、ここに穴子を入れたかったのだけど、たまたま冷凍庫に「ふるさと納税の返礼品でもらったうなぎ」があったので、それを入れた。うまいんだけど、つめが甘くてねばっこいので、「あれもこれも食べる」おせちの中ではインパクトが強すぎる味だった。やっぱり穴子の方が向いていると思う。

やっぱり海老はいいよな!真ん中にドスンと配置すると、「お海老様」と敬称をつけたくなる。

まわりが、すれんこんとか椎茸とかくわいとか、子どもがあまり好きそうではないラインナップだったとしても、この海老があることによって華やいだ雰囲気になる。

僕自身、子供のころはおせちがあまり好きじゃなかった。実家では、三が日の間ずっと毎晩、おせちだったのも、飽きた。そんな子どもの心を汲み取って、おかでん家のおせちには必ず「ミートボールとうずらの卵を爪楊枝で刺したもの」が入っていた。これは子どもの味覚に大変よくあった。

今でも、実家のおせちにはこのミートボールが入っている。まだ子どもの姪たちがいるからだ。こうやって、味と文化は伝承されていく。

(つづく)

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