長崎の過去と今【軍艦島・池島】

集落

10:02
郷地区と呼ばれる界隈の探索は続く。

「探索」といっても、道は海に向かっていく一本しかないので、そこを下っていくだけだ。さすがに建物と建物の隙間に入り込むような真似はしない。誰も住んでいないとはいえ、不法侵入だから。

池島最後のスナックだった「マキ」の入口脇には、急な階段が取り付けられていた。二階には、スナックの店員さんが住んでいたのだろうか?

階段を登ってそのまま扉がある。踊り場のような場所はないので、結構怖い。出入りするとき、うっかり転がり落ちてしまいそうだ。

そんな場所を確保するのさえ惜しいくらい、狭い土地なのがこの谷。

集落

マキの裏手には、完全にツタに覆われてしまった建物。ここも二階につながる外階段がある。

階段をこれ以上急にすることはできなかったらしく、1階入口に向かう道を塞ぐ形で階段が横切っている。狭い狭い。

この建物はなんだったんだろう?普通のドアブザーが入口についているので、商売をしている家ではなく民家だったのだろうか?

集落

ここは入口が倒壊してしまい、中が丸見えになっている。ベニヤ板やブルーシートで覆わないのは、この島で悪さをするヤンキーとかいないからだろう。廃墟で一番懸念されるのが、その建物で悪さをする人が出没することだが、この島ならその懸念がない。

ここもパチンコ屋だろうか?

集落

「防犯システム設置」のステッカーが貼ってある建物。冗談みたいだ。

もちろん、今やこれも廃墟。

サッシの引き戸で、スナックっぽい雰囲気ではない。縄のれんと赤ちょうちんでもぶら下がっていたのかもしれない。

昔のこの界隈の様子を写した写真というのを見てみたかった。

集落

これはスナックっぽい建物。

ああいう飲み屋というのは、外から中が見えてはいけないという不文律があるのだろうか?洞窟のような、暗くて狭い空間でないと駄目、みたいな。

この建物はわざわざ建物表面にパネルのようなものを貼りつけ、のっぺりとした外壁にしている。そのほうがカッコイイのだろうか。

集落

こちらもスナック系のお店跡と思われる。

やっぱりパネルを貼ってのっぺりさせている。しかし、上を見ると瓦屋根。このギャップが面白い。もともとは和風建築だったんだけど、

「せっかくスナックをやるならちょっと洋風な建物にしないとカッコつかないよね」

とかなんとかで、パネルを貼って、ランプみたいな照明を入口につけて頑張ってみたのかもしれない。

集落

おっと、これはもう完全に個人宅だな。お店ではない。

結構立派な瓦屋根で重厚。

しかし・・・人は住んでいなさそうだ。雨戸がぴったり閉じている。しかし、ガス給湯器だけは比較的新しい。

ガス給湯器の前に、コンクリートで作った風呂桶のようなものが置いてある。これは多分防火用水か防火用砂が入っていたものだろう。以前、僕の実家の前にも置いてあったのでわかる。火事になったら、ここに入っている水か砂をかけて消火する。

建物が密集しているエリアだし、狭い店内で火気を扱ったりするとなると結構危険だ。火事への備えはちゃんとしていたのだろう。

集落

10:05
ここまでくればもうネオン街ではなくなってきたようだ。振り返ってみると、建物密集地は一区切りついたっぽい。

でも、石垣があるところを見ると、空き家になってさら地にした場所というのもあるようだ。

視線の先に、第一立坑のやぐらが見える。

ポスト

おっと!

真っ赤なポスト。

どきっとする。色あせたものばかりを見てきた中で、現役のものが急に現れたからだ。

このポスト周辺に住んでいる人なんて、果たして何人いることやら。ほとんどいないはずだけど、昔の名残で現存するポスト。毎日ゆうびんやさんが回収に来ているのだろうか?

民家

斜面が緩やかになってくると、現役の民家が見られるようになってきた。

道路幅も広くなってきた。家の作りも、土地が確保できるからかゆったりしている。

あらためて、「なぜあんな急斜面の、狭いところに飲み屋街が密集したのか」というのが不思議。

歴史を紐解くと、この郷地区の谷は急峻な崖だったそうだ。そこを、鉱山初期の掘削で出たボタで埋立て、斜面に変えたのだという。だから、歓楽街があるエリアはすべて人工の土地だ。「昔っから、地元民はこの急斜面に住んでいた」というのは間違い。そりゃそうだ、誰が好き好んで急斜面に住むものか。

で、この谷を登りきったところにちょうど鉱山事務所があるし、鉱山の所有地ではないので個人の商売がやりやすかったので、谷の上から順次歓楽街が形成されていき、海沿いまで広がっていったのだという。

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