発祥の地・神島再訪
日 時:2013年(平成25年) 05月03日-06日
場 所:三重県鳥羽市 神島、三重県伊勢市 伊勢神宮
参 加:ちぇるのぶ、おかでん、ばばろあ、しぶちょお(以上4名)
一時は、「三連休」などまとまった休みがあるたびにどこかに出撃していた「アワレみ隊」。最近はすっかり大人しくなってしまい、活動頻度は激減している。それは「アワレみ隊活動記録」のコーナートップページを見れば歴然としていて、ああ、おかでん一味も随分と大人しくなったものだな、と思われても仕方がない。
隊員が各方面にちりぢりになってしまっているというのが、企画を開催しづらい最大の原因だ。アワレみ隊の中でもアクティブメンバーである「おかでん、ばばろあ、しぶちょお」の3人が、それぞれ「埼玉」「愛知」「山口」に分散して住んでいるという現状。これで頻繁に集まれ、というのが無理というものだ。そんなわけで、昨年(2012年)は1回しかアワレみ隊は活動をしなかった。
これでは、いかん。明らかに衰退ではないか。
そんな危機感を強く持った、というほどではないが、2013年はもう少し何とかしようと考えている。とりあえず、目下の目標は日本全国行楽日和であるゴールデンウィーク。ここを確実に攻略してこそ、一年の展望が見えてくるはずだ。
そこでおかでんは、メーリングリストを使って、隊員全員にこう衆知した。
2013年のアワレみ隊活動としては、5月のGW中に何かしでかしたいところです。
僕は原則、日曜日と旗日しか行動ができないので、なかなか難しいところですが。
キャンプが一番かな。
それか、離島シリーズを今回やってもいい。
それに対して、ばばろあから「神島はどうか」という提案があった。彼は数年前から、「神島に久しぶりに上陸してみるのは面白そうだ」と言い続けてきた過去がある。
神島。三重県鳥羽市、伊勢湾の入口に浮かぶ小さな孤島。
それは、アワレみ隊にとって切っても切り離せない、ゆかりの地だ。なにしろ、「アワレみ隊」として活動を開始した最初の地が、かの「神島」だからだ。まだ若かりし当時のわれわれは、段ボールに梱包したキャンプ用品や食料品を大量に担ぎ、この島に下り立った。椎名誠の著書「わしらは怪しい探検隊」に触発したおかでんが、その本の内容をトレースしようとして、怪しい探検隊同様にキャンプ地と定めたのが神島だった。
神島で過ごした4泊5日は、今でもとても思い出深い。
その時の様子は、「第一回夏季強化天幕合宿in神島」にてレポートしてあるので、興味がある方は今回の旅行記を読む前に、立ち寄ってみて欲しい。
やはり特に強く印象に残っているのは、「巨大ウミガメの襲来を受け、テントをひっくり返されそうになった」ということか。こんな強烈な思い出を提供してくれたのは、きっとその後のアワレみ隊活動を祝福するためだったのだろう。
でもそれも随分と昔の話。懐かしいね。ええと、今から何年前だろう・・・?
あれ?
20年前?まじで?
ええと、神島に行ったのは、1993年だから・・・ああ!本当だ、確かに20年前のことだ。もうそんなに経つのか!時間の流れは本当にはやい。
というかちょっと待て、すなわちそれは、今年が「アワレみ隊20周年」という事でもあるわけだ。なんだ、とてもおめでたい節目イヤーだったんだな、今年は。
ならば、神島に行くしか、あるまい。
神島に行って、20年という歳月を肌で感じようじゃないか。そして、自分達の20年も今一度振り返ってみようじゃないか。
よし、決定。神島へGO。あの思い出のテント地にも訪問して、昔とどう変わったのか、確認してこようと思う。でも、相手は悠久なる大自然。何事もなかったかのように、昔と全く同じ姿で出迎えてくれるかもしれない。それはそれで楽しみだ。
結局、この後メンバー間で何度か検討を重ね結果、以下のスケジュールでアワレみ隊20周年記念ツアーを開催することになった。
5月3日(金) 名古屋のしぶちょお宅に前泊。
5月4日(土) 神島で往時の面影をたどる。神島泊。
5月5日(日) 伊勢神宮参拝。名古屋しぶちょお宅一泊。
5月6日(月) 解散。
しぶちょお宅2泊+神島1泊の合計3泊4日となる。参加メンバーは、ちぇるのぶ、おかでん、ばばろあ、しぶちょおの4名で確定。20年前の神島合宿では、この4名に加えて蛋白質がいて合計5名だった。だから、彼にも参加して欲しかったのだが、仕事の都合で欠席となった。残念だが、仕方がない。われわれはいつまでも過去に生きているわけにはいかない。現在をサバイブしないと。
さあ、アワレみ隊20年の重みを背負って。いざ神島へ。
2013年05月03日(金・祝) 1日目
前日、荷造りをしていたら、クローゼットからこんなものが見つかった。「アワレみ隊ブルゾン」。
これは、2001年に行った「アワレみ隊お遍路チャレンジ2001」の時にこしらえたものだ。白地にアワレみ隊のロゴが入っている。背中と、、胸。ロット数が少なかったため、単価が異様に高くなってしまった。確か、一着当たり6,000円くらいしたはずだ。ぺらっぺらのブルゾンなのに。でも、さすがにそんな価格で頒布するのは気が引けたので、結局4,000円くらいにディスカウントして売った。ブルゾン作り損。何をやってるんだかよくわからない。そんな思い出の品。
今回、偶然にもそんな品が出てきたので、旅に同伴させることにした。道中、着用してみようと思う。白衣を着た巡礼者の気分だ。
当日、14時前に東京駅を出発する新幹線に乗り、名古屋を目指す。GW後半戦の初日ということもあって、新幹線は満席。自由席に乗車したが、始発駅だったということもあり着席は問題なくできた。
さて、名古屋駅といえば名物は「立ち食いのきしめん屋」だ。一説によると、「名古屋で本場のきしめんを食べたかったら、町中の店を探すよりも駅の立ち食いを食べるのが一番」なんだそうだ。その代表格が、この新幹線ホームにある「住よし」。
16時近い、非常に中途半端な時間だというのに、店内はぎゅうぎゅう詰めになっていた。とても繁盛している。上記の口コミが浸透しているのだろう。
お品書きを見ると、「名古屋コーチンきしめん 840円」の文字が見える。立ち食いで840円というのは相当すごいお値段だ。こんなメニュー、頼む人はいるのだろうか?せっかく840円払っても、やることといったら「立ち食い」。ものの2、3分で食べ終わってしまう。あっという間だ。ああ、なけなしの840円が。
僕はこのきしめん屋で何度も食べたことがある。時には、広島への帰省途中、わざわざ名古屋で途中下車してまで食べたことがある。その際の感想だが、「絶賛するほどは美味くない」というものだった。そりゃそうだ、きしめんだもん。しかも立ち食いだもん。さらに言うと、新幹線ホームだもん。絶品を出せ、という方が無理がある。だから、これから食べに行こうと思っている方、ご注意を。前評判で期待に胸を膨らませすぎないように。物事には限度ってものがあります。
一方こちらは在来線ホームのきしめん立ち食い屋。新幹線ホームとは業者が違う。一般的には、新幹線ホームのお店の方が評価は高い。
駅ホームの立ち食いといえば、関東は「そば」、関西は「うどん」。その間に位置する名古屋は「きしめん」というのが面白い。
さらに面白いのが、この立ち食い屋では清酒を扱っているということだ。なんと、その数4種類。「売れるかどうかわからないけど、とりあえず置いてみました」というレベルではない。明らかに売る気、満々だ。愛知の人って、駅の立ち食いでいっぱい酒盛りやる習慣があるのか・・・?関東ではまずお目にかからない、光景。
大阪界隈だと、駅ホームにある立ち食いで酒を堂々と売っているのをよく目にする。そういう文化圏に名古屋も属しているのかもしれない。電車を待ちながら酒を飲む。うーん、そこまでして酒って飲みたいものなんだろうか。酒好きの僕でさえ、分からない世界がそこにはあった。
16時半、しぶちょお宅に到着。すでに山口からばばろあが到着しており、久しぶり、とあいさつをかわす。しぶちょおとは1年ぶり、ばばろあとは2年近くぶりの再会だ。今回、旅行には同行しないもののこの場に居合わせているひびさんに到っては、一体何年ぶりだ?計算ができないくらい、ご無沙汰だ。
アワレみ隊、久しぶりの再始動。
全国の皆様お待たせしました。でも、今回はサイコロを振ったりもしないし、道の駅をひたすら巡り続けることもない。単なる、ひたすら単なる「旅行」。まあ、のんびり行こうや。ネタ企画はおいおい、計画していこうと思う。今年、アワレみ隊のメンバーのほとんどは40歳の大台を迎える(おかでんは39歳)。この年でも、アワレみ隊創設当時のテーマ「むちゃしてナンボ」をやらないと。そう簡単には老けるわけには、いかん。
まずは、明日以降の行程について全員で意識あわせ。ガイド本やネットを見ながら、出発時刻などを決めていった。明日は、早朝にレンタカーを借りて鳥羽を目指す。しぶちょおは車を持っているのだが、2シータ-のロードスターなので4人は乗れない。だから、レンタカーになる。
鳥羽に着いたら、そこから船に乗るわけだが、せっかくの鳥羽だ。いきなり神島に渡るのではなく、神島に向かう途中にある答志島に立ち寄ることにした。一時間くらい答志島を散策して、それから本丸の神島に攻め込む。これで、鳥羽の島々はわれわれアワレみ隊の軍門に下ったと解釈してよろしかろう。多分。おそらく。
となると、どうしても名古屋を早朝に出発しないといけない。途中の渋滞を考慮して逆算すると・・・ああ、レンタカー屋さんを5時出発か。ということは、4時起き。こりゃ、初日からなかなかヘビーだ。今日は早く寝ないとダメだな。
ゴールデンウィークの前半戦、沖縄に行ってきたというばばろあがお土産をたくさん持ってきていた。辛い物好きの僕へのお土産は、「練り唐辛子」だった。あ、これ、辛くて美味いんだよな。でも、予想以上にお値段が張る一品でもある。ありがたく頂戴し・・・いや、ちょっと待て。念のために材料を確認しておかなければ。最近のおかでん、食料品については必ず「原材料名」を確認するようにしている。
あった!ビンゴ!原材料の中に、「酒(泡盛)」という記述、発見。2013年バージョンのおかでんは、お酒が含まれている食品は一切口にできない。抗酒薬、というお酒が飲めなくなる薬を飲んでいるからだが、うっかり酒入りの食品を食べてしまったら酷い悪酔いをして苦しむことになる。そんな目に遭うのは御免なので、残念ながらこのお土産は受け取れなかった。
ちぇるのぶがやってきて合流。ちぇるのぶとも随分久しぶりだ。みんな、相変わらず元気そうでなによりだ。いや、僕を始めとし、メンバーそれぞれがこれまでの間に入院したり、病気をしたりしている。細かい事を挙げていけばきりがないが、それでもひとまず集合できたのは良かった。
夕ご飯を食べに行くことにした。ちぇるのぶがお薦めする、中国料理店に行くことになった。彼は中国留学経験がある他、中国に何度も行ったことがある通。なにしろ、「何事も経験だから」と、わざと公安警察を挑発して連行されたという経験を持つ男だ。彼がお薦めするお店なら、間違いはなかろう。
そのお店で、てくてくと歩いて行く。
道中、JR千種駅の駅前を通ったが、ここは予備校密集地だ。駅前に河合塾がある他、複数の予備校が建ち並ぶ。その中に、駅から河合塾に繋がっている陸橋があるのだが、ここはネーミングライツが競売にかけられ、今では「河合塾ビクトリーブリッジ」という大層な名前が付けられている。
「以前は『親不孝橋』ってあだ名がついていたのにね。いつのまにかこんな名前を河合塾が付けちゃったのか」
「他の予備校がネーミングライツを買い取って、『親不孝橋』って付けちゃえば良かったのに」
「それはひでぇ。ライバル予備校を蹴落とす作戦に陸橋を使うか」
もし実際に、そんな策略があった場合、どうなるんだろう?やっぱり、「あまりに不謹慎」ということで却下されるのだろうか?
地下鉄今池駅からしばらく歩いたところに、目指すお店はあった。「中国料理 麒麟楼」。
「え、こんな店なんだ。美味いお店だって話なので、てっきり丸いテーブルがくるくる回るような高級店だと思ってたよ。これは、町中にある普通の中国料理店って感じだ」
「いや、これが実際に美味いんだよ」
「中国料理は侮れんな。安くても美味い店ってのがひょいっと存在するから。汚い店でも美味かったりするし」
メニューを見る。ぶ厚いメニューには、メニューがびっしりだ。本格中華を出す雰囲気が漂ってくる。中華って、牛肉を豚肉に、豚肉を鶏肉に替えただけで別のメニューになるから、ものすごい料理の数になる。非常に目移りして、困る。
お店を運営しているのは、中国の人らしい。
メニューに、「4人様らか」という奇妙な日本語が書かれていた。「らか」?・・・ああ、「4人様から」ということか。どうしてこういうイージーミスをやっちゃったんだろうか。
料理の注文に関しては、中国経験が長いちぇるのぶと、アワレみ隊の炊事班長であったばばろあに一任した。おかでんは二人が料理を検討している様を眺めながら、グラスの水をぐびり。
そう、僕はもうお酒が飲めなくなったのだった。2013年5月3日、断酒56日目の今日。
アワレみ隊20年の歴史を振り返ると、「おかでんのビール愛」とは切っても切り離せない。常に傍らにはビールがあり、ビールを中心に僕は動き、そしてアワレみ隊もそれにつられて動いていった。アワレみ隊の第一回活動となった「神島」でも、僕がビールを飲んでいる写真が残っている。
これまでの20年が「おかでんと、ビールと、アワレみ隊」という構図で時間が流れていったのに、これからは「ビール」がなくなってしまう。そのぽっかりと空いた穴に、この後何が埋まるのかはまだ現時点では分からない。でも、「何も埋まらないまま」でアワレみ隊を続けていくのも、いいのかもしれない。
これまでの20年間、おかでんと対極をなしてきたしぶちょおと記念撮影。
アワレみ隊活動記録において、「山盛りのご飯を食べるしぶちょお、ビールを美味そうにぐびぐびと飲むおかでん」というのは黄金の構図だった。「いよっ!定番!」とかけ声がかかってもよいくらいだ。
しぶちょおは遺伝的にアルコールを受け付けられない体。抗酒剤を常に体の中で製造しているようなものだ。一方のおかでんは、毎朝抗酒剤を飲んでいる身。状況こそ違え、「酒を飲まない・飲めない」というのには変わりない。さあ、これからはお互い仲良く、釜のメシを食おうではないか!
本来ビールジョッキを持っている手をお冷やのグラスに置き換えて、二人で肩を組む。
これからはおかでんも飯をもりもり食うぞー!・・・でも、いい歳なのだから、食べ過ぎて血糖値が上がらないように注意しなくちゃいけないけど。
頼んだ料理の数々。さすがちぇるのぶが太鼓判を押す店だけあって、おいしかった。
今回、おかでんがお酒を飲まないだけではなく、本来お酒が飲めるはずのばばろあ、ちぇるのぶも一緒にお酒を飲まなかった。断酒してしまったおかでんに対する配慮、というのも理由の一つだが、本当の理由についてばばろあはこうメールで語っていた。
本格的な中華を食べに行くときは、だいたい酒が入ってしまっていたので、おかでんには悪いけど、こういう機会でも無いと酒なし中華なんてなかなかできなかった。
ご飯でも饅頭でも片手に、おいしい中華も食べに行きましょう。
そんなわけで、アワレみ隊4名全員、このツアー中はお酒を一滴も飲まなかった。なんだか申し訳ない。
ちなみにおかでんは、目の前で酒を飲まれても全然平気だ。人によっては、そんな光景を目の当たりにしたら我慢ができなくなるらしいが、おかでんは平気。むしろ、どんどん楽しくお酒を飲んで欲しい。自分自身がお酒を飲めなくなった分、友達がおいしそうに酒を飲む姿を見るのが楽しみだ。自分の分も、代わりに飲んで欲しい、と思う。
大量の「おかず」を前に、「白いご飯が欲しいね」という話になった。
そう。今、食べているのは「おかず」だ。
おかでんにとって、中華というのは、常に「酒の肴」だった。「おかず」であったことは、ほとんどない。今回、「白いご飯」を頼む事によって、過去あまり例がない「中華をおかずにしてご飯を食べる」構図が完成する。オラ、ワクワクしてきたぞ!
目の前に並ぶ、白いご飯。3つではない。4つ、だ。しぶちょおが二つ食べるんじゃないぞ?おかでんも、食べる。シメに食べるんじゃないぞ?今、食べる。
というわけで、ご飯を頬張る。うまー。最近、あらためて白いご飯っておいしいな、と思えてきた。
でも、まだ「ご飯を食べる時の顔」ってのがいまいちだな。表情が硬いというか、なんというか。一方、「白いご飯のプロ」であるしぶちょおは、写真慣れしまくった顔でフレームに収まっていた。場数が違うよな、やっぱり。僕もいずれはそういう境地に達するのだろうか?
料理はまだ来る。ある程度の人数がいる状態で、中華料理屋さんに行くのは楽しい。いろいろ楽しめる、いろいろ食べられる。
写真右は、ちぇるのぶお薦めの「牛肉の旨煮」。これを食べるがために、先ほどの白米が用意されたといっても過言ではない。実際、とてもおいしかった。
さておかでんさん、大好きなビールが無い状態での会食でしたが、いかがでしたか?
・・・いやぁ、何とも思わないっすね。ご飯はとてもおいしいし、会話は弾むし。お酒なしでも、全然いいと思う。近くの席で生ビールを何杯も飲んでいるお兄さんを見て、「おお、中華でビールはよく合うよな!」と思ったけど、特に羨ましいとは思わなかったし。
無理して断酒している訳ではない、というのが僕にとっては救いだ。今後も引き続き、酒抜きの白米お食事ライフを楽しんでいきたいものだ。それって、全然「おかでんっぽくない」けど。
「せっかくだから、デザート頼もうぜ」
甘い物が大好きなばばろあが言う。もう好きにして。酒を飲まなくなった僕にとっては、甘い物は「苦手分野」ではなくなりつつある。目の前に出されたら、何でも食べますよ、ええ。
というわけで、白玉団子みたいなやつを食べた。おいしゅうございました。
お会計をしてみて、びっくり。お一人様、2,100円だった。安いなあ。結構食べたと思ったけど、この程度で済むのか。そうか!お酒を一切頼んでないからな。なるほど、「酒を飲まないということ」ってこういうことなのか。
食後、われわれアワレみ隊ご一行様は、今池にあるスーパー銭湯「スオミの湯」に向かった。
ここは、20年前からアワレみ隊が利用してきた銭湯だ。当時のしぶちょおの家の近くにあったということで重宝した。しぶちょおの家には風呂は完備されていたのだが、「足が伸ばせる風呂」が珍しかったわれわれは、わざわざこのスオミの湯を利用しに出かけていたものだ。
神島合宿の前日も、われわれはここを訪れている。翌日から潮風で体がガビガビになることを見越して、入念に風呂に入ったものだ。
1993年、アワレみ隊一同、スオミの湯にて。
スオミの湯の1階にはゲームセンターがあった。そこで脱衣麻雀に興じるばばろあと、それを見守るその他隊員たち。当時は脱衣麻雀ゲームが、ゲームセンターの一角には必ず置いてあった。「スーパーリアル麻雀」というゲームが特にクオリティが高く、人気があったっけ。
2013年、スオミの湯1階。
ゲームセンターがあったはずの場所は、2013年においてはスロット専門店になっていた。時代の流れを感じる。もし、ゲームセンターが残っていれば、往時を偲びつつ何かゲームをやろうと思っていたのだが、残念だ。
でも、ゲームセンターは滅びても、われわれアワレみ隊はしぶとく生き残っている。今日はひとまずそのことを喜ぼうじゃないか。
2013年版アワレみ隊、スオミの湯で記念撮影。
これまでも、これからも、よろしくお願いします。
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