アワレみ隊結成20周年記念

10:44
島のよろず屋を発見。こういう場所って、島のいろいろが集約されている。生活の全てが、ここにある。だから、見てみるととても面白いものだ。せっかくなので、中を覗いてみることにした。

食品から、生活雑貨からいろいろなものが売られている。まさに、コンビニエンスストアだ。

われわれが神島で天幕合宿を張った時は、「島のよろず屋であれこれ食材調達をやったら、島民に迷惑がかかってしまうのではないか?」ということを気にし、基本的に食材は全部名古屋から持ち込むことにしたっけ。その判断が正しかったのかどうかは、今でもよくわからない。

11:05
船着き場に戻ってしばらく待っていると、神島行きの船がやってきた。よし、いよいよ本日のメインイベント、神島に行くぞ。周遊券を使って、乗船。いざ、神島へ。

11:09
船内の様子。カーペット敷きのごろ寝シートなどではなく、ちゃんと座席がある。

11:09
船内の様子を写真撮影したのち、そそくさとわれわれは上にデッキに向かった。やっぱり、風を肌で感じる、デッキの方が楽しい。

それに、われわれは「20年前と同じシチュエーションで写真撮影」をしなければならない。20年前、神島に向かう船の中で、アワレみ隊は2枚の写真を残している。それを今回、再現せねば。

デッキには観光客が結構いた。やはりゴールデンウィーク、観光客は多いようだ。みんな神島を目指すんだな。日帰りかな?

11:16
さあ、船はいよいよ神島に船首を向けた。あとはまっすぐ、神島に向かうだけだ。お帰りなさい、アワレみ隊。

11:17
観光客がデッキに大勢いるため、われわれが写真撮影をしたくてもなかなかタイミングがあわなかった。やきもきしながら、「お目当ての場所」から人がいなくなるのを、待つ。その場所とは、船尾。

1993年のアワレみ隊。

ちぇるのぶが、船尾でロープに掴まり、風圧で飛ばされそうになるのを必死にこらえている図。

もちろん、そんなに強い風に煽られていたわけではないが、「飛ばされそうな感じで」と注文をつけて、撮影したものだ。当時は天気があまり良くなく、波はそこそこ高いし、風もそれなりにあったので、「瀬戸内育ち」のわれわれからしたら随分と珍しかったのだった。瀬戸内海は、湖のごとく波は穏やか、風はたおやか。

2013年のアワレみ隊

11:20
で、2013年のアワレみ隊。

「なんじゃこりゃ」

劣化著しい。というか、似て非なるものになっちゃった。20年前に乗った船は、デッキが階層構造になっていて、カメラはちぇるのぶを見下ろす場所で撮影をすることができた。でも、今回はそんな段差がない。よって、真横から撮影したのだが・・・。何をしたいのだか、さっぱり分からない写真に。

「20年前はもっと切迫した雰囲気があったぞ?どうした今は。全然迫力がないじゃないか」
「仕方がないだろ、昔と今じゃ違うんだから」

20年前のアワレみ隊。

強い風を受けてテンションが上がり、風に向かって「うおー」と吠えているおかでん。初めてのキャンプを前に、気合いが入っている証拠でもある。1年がかりでお金を貯め、こつこつとキャンプ用品を買いそろえていった張本人。そりゃ、気合いが入るよなあ。握りこぶしの力の入り具合は、写真からでもよく伺える。

11:19
2013年のアワレみ隊。

・・・とても気合いが入っているようには見えない。なんだ、このへらへら感は。握りこぶしだって、ただ手をグーにしているだけで、全然「意味合い」がこもっていない。この写真を見て一言コメントするなら、「髀肉の嘆」。

でも、体重は20年前と今とではほとんど変わっていないけど。

11:21
おまけ。しぶちょおも、同じようなポーズを取ってみた。なお、この「しぶちょおガッツポーズ」は20年前の写真には存在しない。

なんだか、「よく冷えたビールと熱々のソーセージを頬張って、『うまーい』と叫んだ瞬間」みたいな顔形をしている。でも、言うまでもないがしぶちょおはビールはおろかお酒が飲めない人なわけで。人は外見にはよらない。

11:24
いよいよ神島が接近してきた。伊良湖岬と鳥羽の間にある、孤島。伊勢湾の玄関口にある島。「潮騒の島」。

船は、20年前にわれわれがテントを張った古里ヶ浜の沖合いを通過していった。ランドマークとなる大きな岩が見える。さすがに、これは20年前と変わらぬ姿。

「おー、古里ヶ浜だー。相変わらずだなあ」

相変わらず、といっても、沖合いから見ても何がなんだかさっぱりわからないけど。でも、都会と違って、「宅地造成されてしまいました」とか、「護岸工事されて浜は消えました」ということがないだけ、ましだ。

今日、お昼ご飯を食べたのち、約束の彼の地に足を踏み入れる予定。待ってろよ。

11:26
船は速度を落とし、神島漁港へと侵入していった。灯台がある防波堤がお出迎え。

防波堤で釣り

この防波堤、20年前の合宿時は、釣りをしに毎日ここに通ったものだ。天幕地である古里ヶ浜から港まで結構距離があるというのに、さらにそこから長大な防波堤を歩かなければならなかった。結構面倒臭かったのだが、なにしろ天幕合宿には時間が腐るほどあった。格好の時間つぶし、ということでてくてく歩いたものだ。

なお、釣果はというと、小さなアジとかイワシ、そしてベラ程度だった。汁物の出汁程度にしかならないサイズのものを釣っては、ご満悦だったっけ。

その防波堤だが、漁港港内の構造をいじったらしく、一部作り替えられていた。防波堤が今まで以上に長く伸びていた。港内には、切断され、放置されている防波堤の残骸が所在なく突っ立っていた。今、この防波堤で釣りをしようとすると、20年前以上にてくてく歩かないといけない、というわけだ。結構骨だぞ、おい。

11:27
船は着岸体制に入った。ゆっくりと港内を進むので、集落の様子がよくわかる。

「おー」

思わず嘆息する。「おー」の後に、「懐かしい・・・」と続けたいのだが、さすがに全くこの風景は覚えていなかった。えーと、どうだったっけ。まあ、なんとなくこんな感じだったよね、ということにしておく。

船の上からも、本日のお宿「山海荘」の姿を確認することができた。神島で最大規模?の宿だ。神島にはいくつか小規模な民宿があるようだが、webサイトを持っているのはこの山海荘だけ。だから、神島に一泊しようと思った人は、大抵この宿に吸い込まれていくことになる。

11:27
船着き場周辺の集落。山の斜面に張り付くように家が建っている。神島において集落はこの一カ所だけで、古里ヶ浜がある島の反対側には何もない。学校があるだけだ。学校だけは、校庭を確保するために辺鄙なところに作らざるをえなかったようだ。おかげで、子供たちは毎日ちょっとした距離を歩いて学校まで通学しなければならない。

集落は民家が密集していて、この一角だけを切り抜けば日本有数の人口密度なんじゃないか、とさえ思えてくる。防火対策はしっかりやらないと、危ない。

11:30
神島、到着。

アワレみ隊、20年ぶりの凱旋。

始まりの地、神島に、今立ち戻る。これまでのアワレみ隊は終わり。さあ、この先20年のアワレみ隊は一体どうなっていくのだろう?それを占うためにも、これから変わっていったであろう神島の姿を目に焼き付けたいと思う。

1992年のアワレみ隊

1992年のアワレみ隊。

1992年12月の神島下見の時に訪れた時の写真。船着き場に下り立つと、そこにはドラム缶が雑然と並ぶ場所だった。島の案内地図が、ドラム缶に埋没してしまっている。

11:34
2013年のアワレみ隊。

「あれ?ドラム缶があった場所はどこだ?」

それらしきものがないので、しばらく船着き場近辺をうろうろする。しかし、20年前の写真に決定的な証拠が残っていた。背後に見える、建物だ。これは、20年前も今も変わっていなかった。

「ということは、ここら辺、か」

しぶちょおとおかでんが立ったのは、整備されて、階段と石垣がある場所だった。がらんとしている。小学校の遠足なんかで、集合場所にするには最適、みたいな場所。

実際に、カメラで写真を撮ってみる。何度か、背後の建物の位置関係を確認しつつ、撮り直しを繰り返す。当時は「写ルンです」で撮影していたわけで、今のデジカメとは勝手が違う。同じアングルを見つけても、どうしても当時そっくりの写真を再現するのは難しい。

ようやく、納得がいったというか、諦めがついたというか、そういう1枚が撮れたところで終了。それにしても、変わっちゃったもんだなあ。観光客向けになった、と言える。

神島でアワレみ隊

11:36
なにしろ、こんなものができちゃってもるもんなー。「三島文学 潮騒の地」。

神島といえば、なんと言っても三島由紀夫の名作「潮騒」の舞台だ。観光客も、それを目的にやってくる。5度も映画化されているくらいだから、よっぽど日本人の琴線に触れる話だったのだろう。おかでんも、この小説は読んだが、特にこれといって感想は無かった。

「なんだ、僕らが天幕を張った古里ヶ浜の話は出てこないのか」

程度の認識。そっけないな、我ながら。

11:38
神島の地図。地図下に展開する漁港のでかいことでかいこと。防波堤が、島の大きさに対して相当な割合を占めていることがわかる。

島右側のところに広がるのが、古里ヶ浜。ここでわれわれは20年前、天幕を張った。集落から徒歩で30分程度だったかな?

この島は、ぐるりと一周周回することができる歩道がある。今日は、往時を偲びながら、島一周をしたいと思っている。そんな中、ばばろあ一人だけは高射砲台の跡だかなんだかが神島の山奥に潜んでいるらしい、ということで、その探索にやる気満々。この人、相変わらずだ。アワレみ隊活動の中では、小笠原に行った時に彼の趣味を全面的にフィーチャーして戦跡巡りをやったが、その後も地道に戦跡巡りを続けているらしい。

「砲台跡なんかに行くなら、もうこの時期で限界なんよ」

と彼は言う。なんで?

「下草が生えてくるから。藪漕ぎが大変だから、行くなら冬から春にかけてしか、無理」

だそうだ。なるほど!そういうことか。「山に行くんだから、夏」と勝手に思い込んでいたが、それは大いなる間違いということだ。彼が目指すのは、登山道が整備された場所ではなく、道なき道をかき分けていく場所。

11:37
島の様子をいろいろ見て回りたいところだが、まずはお昼ご飯を先に食べる事にした。とっとと食べて、行動を開始しようじゃないか。

お昼ご飯は、今晩の宿でもある「山海荘」で食べる。事前に予約をしておいた。なぜなら、「たこかつバーガー」を食べたかったからだ。最近、鳥羽では、「とバーガー」と称してご当地バーガーを売りにしているらしく、ハンバーガー店がたくさんあるようだ。神島でもそうで、山海荘では「たこかつバーガー」なるものを提供しているのだという。

「わしね、バンズがしっかりしたヤツを食べたいのよ。スカスカしたやつは食べたくないんで。これ、うまそうじゃろ」

たこかつバーガーが紹介されている雑誌を見ながら、昨日、ばばろあは語った。それで、予約をとったわけだ。でも、ハンバーガーだけじゃなんなので、普通の昼定食も頼んでおいた。昼から結構な食い地獄になりそうな予感。

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