疲れ果てて雪国【那須湯本】

僕の2014年は、本当にあわただしい年だった。2013年の終わりに引越しをした話は「俺の引っ越し2013」に詳しく書いたとおりだ。この引っ越しを契機に、10年間グダグダに過ごしてきた生活を一気に入れ替え、文化的かつ快適な生活を送るようになった。

一度家がきれいになると、本当に生活が変わる。活力が生まれるし、楽しくなるし、家は労せずともきれいをキープし続けるようになった。

もともと僕は完ぺき主義なので、「やるなら徹底的に100%。やらないなら『見なかったこと』にして0%」という判断をしてしまう。既に汚れている家を苦労して掃除して、「うすら汚れた状態までなんとか回復させた」というのでは全く満足ができない。満足できないことはやるだけ無駄だ。・・・だから、「掃除はしない」という極端な選択をしてしまい、家をどんどん散らかしてしまっていた。

しかし新居に移り住んだことにより、「徹底的に100%」ができる環境を手に入れた。新居では「急な来客、どんと来い。飛び入り客歓迎」というスタンスを標榜していたので、家は常に緊張感を持って掃除し続けた。

引っ越しの前日訪れた川越氷川神社だが、そこで入手した「縁結び玉」のご利益はてきめんだった。おかげでわずか二週間後には良縁に恵まれ、今に至っている。そんなわけで40歳を迎えたおかでん、公私共に充実した一年だったといえる。まる。

・・・なのだが、さすがにそんなに話がうまくいくわけがない。なぜなら、世の中に永久機関が存在しないのと同様、人間の気力・体力・時の運というのは有限だからだ。ワタミの会長みたいに「無理というから無理になるのです、無理といわなければそれは実現できるんです」なんてしれっと言えるほど、僕は強くない。

秋の日はつるべ落とし、という言葉があるように、日照時間が短くなってくると共に体調が悪くなっていった。そりゃそうだ、あれこれやりすぎた。ちなみに「アワレみ隊OnTheFacebook」にその全記録が載っているが、この年は213件の美術・博物展覧会を訪問していた。その他イベントごとには60件以上顔を出している。また、北海道ハタケ遠足をはじめとする遠征も何度も繰り返している。これが「精力的な活動」といえるうちは良いのだけど、ガス欠になってくれば重荷以外の何物でもない。だんだん、予定していたスケジュールに取りこぼしが出始めた。

まあ、そうはいっても所詮は余暇の娯楽だ。他人に迷惑をかけるわけでもないので問題はなかったのだが、だんだん「自分のやりたいこと」と「気力・体力」のズレが精神的に負担になってきた。

そもそも、30分刻みで余暇の予定を詰め込むような生活がすでに強迫観念に満ち溢れており異常だ。スケジュール帳はまるで高得点を狙うテトリス状態で、15分予定をこなして15分で次の場所に移動、なんてことを立案し、実際にこなしていた。都内を1日15カ所移動、なんてのはざらで、そのためにどうすれば最短で移動できるかというのを計画・調整するだけで毎日30分から1時間をつぶしていた。

どう考えても頭がおかしいのだが、こういう詰め込みスケジュールでさまざまな体験をしていると、それなりに知見が広がっていく。そしてそれが「成功体験」として脳内に刷り込まれてしまうのだった。だから、「もっとアクティブに動くべきである」という「べき論」に囚われてしまい、疲労困憊しようが関係なく動き回っていた。動けない時があるとすれば、それは「自分がだらけているからである」という発想になり、自分を責めたてた。

この頃になると、もう随分異常状態であり、たとえば朝起きて服を着替える際も、どうすれば最短かつ効率よく動けるか?ということが気になって仕方がなかった。右手でハンガーにかかっているシャツをとりながら左手でその下に置いてあるスラックスに手を伸ばし、振り向きざまに鏡をみて、ついでにスマホを手に取り胸ポケットに入れる、みたいな動作の一つ一つに神経質になっていた。「あ、今二度手間な動作をした!」と思ったら、それだけでものすごく損した気になったし、そうならないように段取りを詳細に決めてからでないと動けない状態だった。今となっては笑い話だが、当時はまさにそんな感じだった。

もちろん、こういう状況を手をこまねいてみているほど僕は馬鹿ではない。これでもアートギャラリーめぐりの頻度を2014年は抑えたほうだ。おそらく2013年後半のペースだったら、300件をはるかに越えていたはずだから(何しろ15分刻みでスケジュールが構成されていた)。

大胆に一日休む、という日を作ったりもした。

しかし、それはそれで負担となることに気づくのに、さほど時間はかからなかった。朝目を覚まして、「あー、さて今日は何をしよう?」と考える。それそのものが負担だったし、不安だった。「とりあえずメシ食おう」。これもまた、「何を食べればよいのか?」「外食か、自炊か」で悩み、心が落ち着かなくなった。とりあえず外食にしよう、と外に出て最寄り駅周辺をうろうろするのだが、「あれもいいし、これもいい。んー、それもいいなあ」と決められず、結局家に帰って空腹のまま昼寝する、なんてこともあった。とにかく、すべての事柄において、「選択肢」というものが存在することが重荷になっていた。ベストな選択をするために、あらゆることに考えを巡らし、検討しないと気がすまなかった。

これはいかん。

このところ随分疲れているようだし、いっそのことバーンと療養したほうがいいらしい。

しかし、好き好んであっちこっちウロチョロしまくっている僕のことだ、納得づくで「療養」なんてできるわけがない。家で数日間おとなしく過ごすといったって、メシどうしようか、とか今日は何をしてすごそうか、なんて些細なことを考えること自体が負担なのだし、あまり意味がない。どこか、非日常空間に脱出しなくちゃ。

そこで思いついたのが、「湯治」だった。

言うまでもなく、僕は温泉が好きだ。温泉に行ってのんびりします、ということにすれば、スケジュールを詰め込みまくる僕でさえも納得感を持ってゆっくりできる。そして、ひたすら湯に浸かっていれば、カリカリと昂ぶっている気持ちも治まることだろう。

湯に浸かって、ぼんやりして、メシ食って寝る。ただそれだけの生活を送る・・・うん、随分よさそうな気がする、これにしよう。

ただし、行き先を考える際には慎重を期した。今の自分にとっては、「選択肢があれこれある」ということ自体が負担だしソワソワする。どれを選べば最適なのかということが心配で不安だ。だから、あんまりあれこれ考えず、さっさと決断してしまいたい。結局、こんな条件をつけて旅程を検討をした。

  • 2泊3日。
  • 温泉宿。長居するので、泉質はある程度こだわりたい。
  • メシにあれこれ思案しないで済むように、二食付きの宿にする。
  • ゴロンとできるように畳。
  • 観光は往復含めて一切しない。
  • 観光したい気にならないように、公共交通機関を使う。レンタカーは使わない。
  • 探検したり食べ歩きしないように、温泉街が形成されていない温泉地を選ぶ。
  • 「一人で遊ぶ」という罪悪感があるので、一泊二食で1万円をはるかに下回るような宿。
  • 世間体があるので、著名な名湯秘湯の名旅館に泊まるのはやめよう。

2泊3日ともなれば、決して安くはないお金がかかる。しかも一人旅だ。療養を前提としているので、今回は同伴者を想定していないからだ。「一人旅だからこそ、好き勝手にお金が使える」とも言えるが、逆に言えば「一人旅なのに贅沢すると罪悪感がハンパない」。しかもやることといったら、宿でひたすら温泉に浸かるだけだ。観光しますといった派手な要素はまったくない。お金はあまりかけたくなかった。

そんなわけで、平日に出かけることにした。平日だと宿がぐっと安くなるし、一人泊の受け入れも歓迎してくれるからだ。ただし、安くなる分職場や世間体という点でこれまた罪悪感がハンパないのだけど。

楽天トラベルを使ってあれこれ調べて候補は10以上出てきたのだが、さすがに岩手県の大沢温泉や宮城県の鳴子温泉はやめた。魅力的であっても、遠方すぎたからだ。会社を休んで療養に行く身として、金銭面でも世間体でも東北のいで湯、というのはそぐわなかった。

そんな中ちょうど手ごろな場所として選ばれたのが、栃木県の那須湯本温泉だった。

那須湯本なら、何度も訪れたことがあるなじみの場所だ。一年半前、那須岳登山の際にも入浴のために立ち寄っているくらいだ。東京から程近く、でも自然に恵まれ、楽しい場所だ。

ここなら、那須塩原まで新幹線で行き、バスに乗りかえればアプローチが容易だ。距離感としても、交通の便にしても、金銭面にしても、世間体にしても、すべてにおいて説明が付く場所だと思えた。しかも、見つけた宿は二食付きで6,300円と格安だった。そうそう、この程度でよいのですよ。凝ったものはいらないのですよ。

そして、那須湯本には温泉街がないというのも魅力だった。那須高原にはたくさんの商業施設が点在しているが、それぞれが散らばって存在しており、車で移動することを前提としている。公共交通機関で現地入りだと、そういう施設で遊ぼう、という気が起きない。まさに僕が望んでいる「選択肢がない安心感」が得られる場所だった。おそらく本当に現地では「風呂に入るか、入らないか」くらいしか選択肢がないだろう。でもそれがいい。

思い返せば、これまでも体調を崩すたびに温泉泊をしてきたな。沢渡温泉2泊、というのもあったし、草津温泉2泊、というのもあった。今回は随分久しぶりだ。癒されたいものだのぅ。

2014年12月16日(火) 1日目

上野駅

09:50
1日目。

のっけから逡巡していた。

「観光は何もしない!」といっても、宿のチェックイン時間は15時だ。できるだけ宿でゆっくり過ごしたいので、15時過ぎには宿に入ることが確定だとして、それまでの時間を何してすごそうか。

ほら、ここで「選択肢」が出てきた。今の自分は、こんなことさえも心を揺らす。

早々に「宇都宮で餃子を食べる」ということを決めて、心の揺らぎをブロックしておいた。しかし、「じゃあ宇都宮にどうやって移動しようか?」というのが次の選択肢になり、またもや不安にさせられた。

東北新幹線で宇都宮に行く?

それとも、

宇都宮線で宇都宮に行く?

時間はあるんだから新幹線なんて使わなくてもいいじゃないか、と思う反面、せっかくの宇都宮なんだから、早めに到着して町歩きをしたほうがいいじゃないか、という気持ちもある。

ここで「せっかくだから」という言い訳を使っている時点で、駄目なんだけど。まだ、スケジュールを詰め込もうという「悪い気」が残っている。湯治を通じて、こういうデフラグ的な詰め込みから開放されるというのがこれからの目標となる。

とりあえずどっちでも選択できる上野駅までふらふらとやってきた。駅の改札のところにある大きな電光掲示板をしばらく眺めた上で、結局在来線で宇都宮を目指すことに決めた。そのかわり、生まれて初めてのグリーン車を使ってみよう、ということにした。

何かを選択すれば何かを捨てなければならない。今の僕はそれがとても苦手だし、つらい。ひょっとしたら、切り捨てた選択肢のほうが正解じゃないか?と未練が残るからだ。「選択したなりの納得感、切り捨てたなりの妥当感」がそこには欲しい。今回については、「人生発!在来線のグリーン車両に乗る!」という新しい体験が、その「納得感」となった。

「在来線のほうが安いからいいじゃん」という理由だと、僕にとってはネガティブであり嬉しくない。そうでなく、ポジティブな理由で前向きな選択をしないと気がすまないのだった。

・・・と、ここまで所要時間1時間。それが2014年末のおかでん。

駅弁屋

上野駅の構内売店は一種独特だ。高崎線、宇都宮線、常磐線といった比較的長丁場の路線の始発駅であるし、特急列車や寝台列車も発着する。最近でこそ寝台列車は壊滅したが、そんなわけで売店にはこじゃれたチーズにお高いワインボトル、なんてものもしれっと売られている。そんなラグジュアリーでなくても、ちくわとかチューハイなどの入手には全く困らない。

以前僕は通勤に高崎線・宇都宮線を利用していた時期があったのだが、夕方以降の「電車の中で酒飲んでるおっさん率」の高さにびっくりしたものだ。座席に座っているならまだしも、立って飲んでらっしゃるダンディたちの意味が僕には理解できなかった。僕みたいに酒をがぶ飲みしたい人には、「350ml缶をちびちび飲む。しかも揺れて不安定な車中で」というのがとても不思議に見えた。おそらく彼らは彼らなりの美意識とか飲みたい気持ち、というのがあるのだろう。

上野駅の売店を眺めつつ、そんなことを思い出す。じゃあ僕もせっかくの旅行なんだからビールでも、と思うが、残念ながらもうお酒は飲まないんだよな。お茶でも買っておこう。

お酒をやめてしまったことが、こうも余裕のない性格と生活になってしまったというのは皮肉なものだ。お酒をやめる前・やめた後では、僕の性格は確実に変わってしまった。昔は「酒飲むために頑張る、酒飲んだら頑張らない」みたいなメリハリが1日の中でもきっちりついていたものだけど。今じゃ24時間ずっと気が張りっぱなしだ。

それを今回、強制的に緩めようというわけだ。

グリーン車に乗ろう

09:53
高崎線・宇都宮線は10両編成の場合と15両編成の場合がある。15両で運行されるなんてなにごとだ?と驚くが、それでも客がしっかり乗っているのだからすごいものだ。そもそも、在来線にグリーン車が連結されている、という発想自体がいかにもメガロポリス東京的だ。僕の出身地広島じゃ、どう逆立ちしたってそんなのは無理だ。

話はずれるが、広島エリアのJR(山陽本線、可部線、芸備線、呉線)は予算がないからか非常に古い車両を使っていることで名高い。「國 鐵 廣 嶋」と揶揄されているのは、いまだに僕が生まれる前に製造されたような車両が現役で走っているからだ。脱線終わり。

グリーン車なんてあっても、所詮は中・近距離の移動なわけであって、お代がもったいないと思う。しかしこれが高崎線・宇都宮線だけでなく、常磐線、東海道線、総武線快速(横須賀線)にも組み込まれているのは、それだけニーズがあり、JRが儲かるからだ。実際、朝夕の通勤ラッシュ時では、このグリーン車は満席になっている。満員電車でガタゴト揺られるよりも、ちょっと贅沢してでもゆっくり座って通勤したい、という人がいるということだ。そういえば今度中央線もグリーン車を導入するらしいし。

グリーン乗車券を買う

JR東日本のすごいところは、ホーム上にグリーン車専用の券売機があるということだ。しかもSuica専用。紙券は発券されず、手持ちのSuicaにグリーン券が登録されるということになる。

宇都宮線

09:55
折り返しで宇都宮行きの列車が入線してきた。

さあここから旅が始まる。

とはいっても、以前通勤で使っていた電車だしホームだから、特にこれといった感慨はない。いや、ここで残念がってはいけない。むしろ、そういう「平凡」かつ「日常の延長線上」だからこそ、今の僕にとっては療養になるのだと思う。

憧れのグリーン車

09:58
4号車と5号車がグリーン車になっている。

2両とも、二階建て車両だ。

二階建て車両で、上の階の席を取りたがる人はバカまたは幼稚、下の階の席を取りたがる人はパンチラ狙いのスケベ、と思うがどうだろう。僕は上も下も魅力に感じるので、バカで幼稚でスケベなんだと思う。