2004年07月19日(土) 1日目
扇沢→種池山荘→爺ヶ岳→冷池山荘
7月下旬頃は、梅雨明けで日本全国すぱっと晴れる日が続くのが「夏の恒例行事」となっている。まさに、「ご存知!夏山シーズン到来!」と太鼓判を押せる、山好きにとっては楽しみな時期だ。加えて、海の日3連休があるということで、この時期は一年で最も山が混む日となっている。
もちろん、山小屋なんて酷いありさまで、全国各地の山小屋で「畳一畳に○人が寝た」という、寝たんだかネタになってるんだかわからんような状況が展開されている。それでも、人間一度楽をしてしまうとやめられないらしく、テントを担いで登るということはせず、ぶーぶー文句を言いながらも「畳半畳の寝床」で寝られない夜を過ごすことになる。
このコーナーでおなじみのおかでん兄弟も、3連休で山を狙っていた。しかし、山小屋の混雑だけはどうしても勘弁だった。おかでんとしては混雑を避けるためにテント担いで登ればいいじゃん、と思っていたのだが、慎重居士の兄貴は「いや、今年初めての山歩きでトレーニング不足だから、あまり重い荷物を持っていくべきではない」とのスタンスから山小屋泊を主張。場所選定は難航した。
で、その難航っぷりをここで書き始めると、軽く「夏休みの自由研究」が仕上がってしまうくらいのボリュームになるので割愛。優柔不断ゆえに、例のごとく北は北海道十勝岳から南は鹿児島開聞岳まで、ありとあらゆる選択肢が浮上して消えていった。その選定理由と却下理由をまとめるだけで、お子さまの地理や社会科の研究に最適、ってなわけで。
そうはいくか。ガキども、自分で調べろ。
・・・と、意味もなくお子さまに闘志を抱きつつ、結局選ばれたのが鹿島槍ヶ岳だった。ターゲットとなる山の選定が遅れてしまったこともあるし、山小屋の混雑を避ける意味もあって入山は3連休最後の19日、山中一泊で平日の20日に下山の行程だ。
鹿島槍ヶ岳は、長野県にある北アルプスの秀峰だ。ネコ耳と言われている、ふたつのピークが特徴。標高、2,889m。今回は、この山に挑戦。
朝6時に兄貴をピックアップし、中央高速道路経由で長野県大町市の扇沢へ。扇沢といえば、黒部ダムへの入り口として有名だが、その手前に鹿島槍ヶ岳の登山道にあたる「柏原(かしわばら)新道」がある。
午前9時45分、柏原新道入り口に到着。登山口近辺の広場には、車がびっしりと停まっていた。そうか、3連休最終日ということは、これまでに入山した人の車が軒を連ねているに決まっている。
ひょっとしたら停める場所がないかも、と危惧したが、なんとか確保。出発準備をする。
登山道入り口。タクシーが常時2台くらいは停まっていた。山の上から電話で予約を入れておいたものだろう。便利になったモンだ、登山口までタクシーがお出迎え。
じき、ヘリコプターが山頂まで連れて行ってくれて、帰りもヘリコプターっていう時代がくるぞ。定期便が運行されたりして。1日5便、鹿島槍ヶ岳の山頂まで10分で貴方をお連れします・・・なんて。
それじゃ、「登山」じゃなくて、「
適切な言葉が思い浮かばなかった。日本語には無い概念だな。
あえて近似な言葉を探すとすれば、「ピークハント」という事になるのだろう。
9時50分、登頂開始。
総じて、オッチャンオバチャン登山家は金をかけた立派な山登りの服装をしているが、われわれ兄弟はなんともやる気のない格好。ニッカポッカではなく、短パンだ。
写真左のおかでんは、ブーニーハットをかぶっているのだが、陸上自衛隊新迷彩と呼ばれる軍用のもの(レプリカだが)だ。日本全国何百カ所もの風景をサンプリングし、その平均値をとった柄だけあって、森の中での迷彩効果は史上最強だ。
・・・遭難したとき、敢えて自分を見つけにくくしようとしてないか?
そんなつもりはないのだが、2日前に買ったばかりなので、ついついかぶってきてしまった。見よ、帽子の迷彩効果の高さを。写真でもよく分かるが、帽子が後ろの光景に紛れてしまっている!
しかも、服装は緑と黒。こういう目立たない格好をして山に入ってはイケマセンというお手本のような格好をしてしまっている。
よい子のみんなはまねしちゃダメだぞ。
と忠告はしておくが、アワレみ隊OnTheWebを読んでいる人で「よい子のみんな」がいるとは思えないので、まあいっか。
登山道入り口脇にあった、立て看板。
冷池(つめたいけ)山荘は昨年からの2年間に渡る工事が無事に終了しまして7/15(木)に新装オープンいたしました。工事中ご協力ありがとうございました。ご利用をお待ち申し上げます。
お待ち申し上げられてしまったぞ。よーしよーし、今日は新装オープンした山小屋に泊まろうじゃないか。
「山小屋なんて、寝泊まりできるだけで十分幸せ。ぜいたく言っちゃイカン」というのはその通りだと思うし、山小屋でビールを飲んだりするのは、物の道理に反しているなあ、と 思う事もある。しかし、「せっかくだったら、きれいな方がいいじゃん。飲めるなら、ビール飲んでもいいじゃーん」という気になるのも事実。
まだ新装開店から一週間も経っていない山小屋に泊まるというのは、ちょっとした楽しみだ。しかも、この冷池山荘、生ビールが置いてあるという情報をキャッチしている。山小屋に着いたら、まずはジョッキでぐぃーっとやらないと。
もう山登る楽しみよりも、山小屋でのビールの方に思いがすっ飛んでいってしまっている。
「おい兄貴。爺ヶ岳過ぎた当たりから水分絶ちだからな。生ビール、ぐいっと飲むぞ。ぐいーーーーっと」
自分の楽しみを他人にまで押しつける。
おかでんの手元には、山と渓谷社が出版した「全国山小屋完全ガイド」という本がある。ここでは、全ての山小屋の営業期間や宿泊料、連絡先などが載っているのだが、その項目の中に「定番メニュー」という欄がある。たとえば「五竜山荘」だと「カレーライス」だし、「キレット小屋」だと「ボリュームのある肉料理」と記載されている。
で、我らが冷池山荘はどうか、というと・・・「生ビール」。
うほっ、その潔さが素敵。料理がどのうのこうの、と言わないで、男は黙って生ビール。わかった。お前の気持ちは分かった。皆まで言うな、俺が全部飲み尽くしてやるから。
この山小屋は、事前に宿泊予約を入れて欲しい、というスタンスをとっているので、出発前日にTELを入れておいた。その際、「生ビールってあるんですよね?」と思わず聞いてしまったくらいだ。すると、「はい、ありますよー」との回答。よし。新装開店しても定番は外してないな、とまずは一安心。
ビールの話になるとがぜん文章が長くなってしまう。ついつい力説してしまった。
そんな興奮気味のおかでんを後目に、兄貴はすたすたと歩き始めた。
登山道は、扇沢の右岸に沿って作られていた。一昔前の登山道は、この扇沢を稜線までずっと詰めて登っていたらしく、結構キツかったらしい。今は、柏原新道ができたために楽な道になったというが・・・さて、どんなもんかな。
雪渓が見える。
これだけの猛暑でも、まだ溶けない雪があるのだな。
しばらくは急登がつづく、とガイドブックに書いてあったが、それほど大した事はない。樹林帯の中の道を進み、高度を稼ぐ。
道は非常に歩きやすい。こんなに歩きやすく整備されている登山道もちょっと珍しいのではないか。何気ないところでも、あちこちにボルトが打たれていて、石が固定されている。
下山する人たちと幾度となくすれ違ったが、皆一様にレインウェアを装着していた。
「ということは、山の上は雨が降っていたということか」
「まあ、そういうことだろうな。まさかファッションで着ているワケではあるまい」
降りてきた人が、わっはっはと笑いながらすれ違いざまに、
「もうこの3連休、ずーっと雨。上の方はまだ雨だよー」
と僕たちに忠告してくれた。ま、そうだろうな、山の中腹より上がガスで全く見えない状態だからな。これで、「いや山の上の方だけは雲が晴れてましてネ」なんて事はありえない。
そういえば、この辺りもところどころ登山道がぬかるんでいる。直前まで雨が降っていたのだろうか。
登り始めて15分くらいで、なにやらアンテナが見えてきた。
どうやら、谷間にある扇沢の施設用に、見晴らしの良いところにアンテナを設置したものらしい。
どれ、ということは、あのアンテナがある場所は眺めが良いという事か。
なるほど、確かにこれは見晴らしがよい。遠く東京タワーまで見える
わけがないな。
ずっと谷が続いていて、その先が松本の平野。
「随分と歩いてきたんだな」
「待て。まるで松本から歩いてきたみたいな言い方だぞそれは」
この登山道は、風光明媚なので歩いていて楽しい。飽きさせない。
信濃大町方面の谷筋を見せてくれたかとおもったら、扇沢に突き刺さる雪渓を見せてくれたり、振り返れば扇沢や針ノ木雪渓方面もばっちりだ。
道が非常に整備されている上に、この景色。疲れにくい道だと思った。
正面に見える雪渓は、さすがに7月も下旬となると青色吐息。白いはずが、崩壊した部分があるために茶色く汚れてしまっていた。雪渓ならぬ泥渓だ。
歩きやすい道です。しつこいですが。
こういう何気ない登山道の風景も撮影して置いた方が、後々いいかなーと思って多めに保存しております。
山歩きの紹介サイトって、大抵「ウツクシイ山の写真」ばっかりじゃないですか。あとは、見たくもない山頂での記念撮影写真。へべれけ紀行では、敢えてこういう「日常的な登山道」に目を向けたい。スポットを浴びせたい。
以上、今この文章を書きながら思いついたコンセプトでした。思いつきかい。
開放的な明るい道を歩く。
前方に、何やら団子状の石組みが見えた。あれが登山地図にも書かれているケルンだろうか。
「おい、あれがケルンじゃないか?」
「もうケルンに到着か?早すぎじゃないか?あれ、単なる石じゃないのか?」
「馬鹿言っちゃいけない、あれがケルンでないとしたら何だ」
「八方尾根みたいに、第一ケルン、第二ケルン・・・ってあるかもしれないぞ」
近づいてみたら、やっぱりここがケルンだった。
「ほらー。馬鹿言ってルンじゃないよ、ここがケルンじゃなかったらどこがケルンなんだよ。第一でも第二でもないし、ホルンでもサルーンでも無いだろ?これぞ見まごう事なき、真のケルンだ」
10時41分、ケルン着。標準コースタイムは登山口から1時間20分ということだったので、随分と時間短縮をしてしまったことになる。
あちこちに雪渓が見える。しかし、そのほとんどが土で汚れていた。白馬大雪渓のような豪快な雪渓までは至っていない。
進行方向を見る。
一瞬、ちらりと稜線が見えたが、すぐまたガスに覆われてしまった。
本当は、ケルンのあたりで稜線沿いにある山小屋である種池山荘が見えるらしいのだが、今日は全くその気配をみせない。
振り返ったところ。
扇沢のバスターミナル、針ノ木岳方面。
おっと、また一瞬ガスが晴れてきたぞ。稜線が見えたので、慌ててカメラを構える。
しかしだ、撮影した後に思ったのだが、稜線ごときを撮影してなんの意味があるというのか。
晴れていれば一文の価値もない。
歩きやすい道はまだまだ続く。
登山道のあちこちに、地名を記した看板が置いてあった。
ちなみにこの地は「石畳」と言うらしい。
道ばたに咲いていた高山植物。
「これは何という名前の花だろう」
「ええと、チングルマじゃないか」
「ああ、そうだそうだ、チングルマだ。道理で見たことあると思った」
白い花=チングルマ、という認識しかもっていなかったので、適当な事を言う。家に帰って調べてみたら、この花はゴゼンタチバナだった。全然違うじゃん。自信満々でうその花名を言うおかでんもおかでんだが、それに話を合わせる兄貴も馬鹿だ。
「それにしても僕ら、全然草花の名前って知らないよなあ。残念な事だよな。山に登っていても、全然わからないからな。たとえば、広島県の木として認定されているくすのき。兄貴、どんな木がくすのきって分かるか?」
「いや、わからん」
「だろ。僕もわからん。ほら、こんなレベルだもんな。そこで、だ」
「ん?」
「植物図鑑、買え」
「お前が買えよ」
「馬鹿いえ、今兄貴はものすごく向学心に駆られたはずだ、その情熱を失わないように、自分で買え」
「人に勧める前にオッサンこそ買えよ」
「何を押しつけあってるんだ、みっともないぞ」
「お前が言うな」
水平道、という場所。
確かに、道が比較的水平だ。しかし、やはりそうはいっても、斜度はついている。
「おい!水平道、じゃないのか。傾斜があるじゃないか!看板に偽りありだぞ」
「ここは山だぞ。水平であり続けるワケないじゃないか。何を期待してたんだ?」
「そりゃそうだけどさ、水平道なんて名前がついていたら、ビシーッとまっすぐな道がだ、こうね、力強く伸びている事を期待してしまったわけですよ」
「そんな道があったら、いつまで経っても山頂につけないぞ」
「いや、程度問題ってヤツだよ。そうか、これぞ水平道だな、とこっちを納得させてくれる程度までは水平であって欲しい、と切なる願いなんですよ僕の」
「そんな道があったら、後でキツい登りになりそうだからイヤだな。少しずつ登っていった方が楽だ」
「また!そういう面白みのない堅実な事を言う。人生浮き沈みだぞ?手堅くいく人生もいいけどさ・・・」
「はいはい」
山の上が瓦礫になっているところが見えた。どうやら、森林限界が近づいているようだ。
そういえば、気がつくと周囲の木がだんだん低く、か細くなってきた。
登り始めのころには白樺が生えていたのだが、じきに姿を消し、ダケカンバに変わり、そして消えていった。
おかでん、シャリバテで疲労困憊。朝、おまんじゅうを1個しか食べなかったのが災いした。
「瞬間カロリーチャージ」用として持参したはずのあめ玉は、なぜかザックの中に入っていなかった。パッキングする際、間違えて車のトランクに置き去りにしてしまったらしい。
兄貴からヨーグレットを恵んでもらい、なんとか一息。
こちら、栄養補充でパンを食ってる男。
おそれていた雨がぱらぱらと降って来だした。レインウェアを着るべきか、そのままで行くかの判断が難しいところだったが、
「どうせ登っていったら、今よりも雨がひどくなるんでしょ?」
ということでレインウェアを着た。ズボンは面倒なのでそのまま。
(つづく)
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