「ゆっくりする暇がない」温泉【高峰温泉】

高嶺の湯

高峰温泉二階、男子風呂「高嶺の湯」。

一階にも「ランプの湯」があるためか、浴室は小さめに作られている。宿の規模にしては小さいかな、と思ったが、実際に混雑していて不自由することはなかった。この連載の本題である「ゆっくりする暇がない」宿だからかもしれない。

湯船は3:7の割合くらいで仕切られていて、狭い方が37度、広い方は41度となっている。源泉はもっと湯温が低いので、どちらも加温。37度だと、長湯ができて大層気持ちがよい。
窓の下はすぐ崖なので、展望がとても良い。

あまりに気持ちがよいので、風呂の中でおしっこをしてしまった。・・・いや、冗談です。小学生じゃないんだから、そんなことは今更しない。

カラン

カランを見ると、やけにシンプルだ。なぜかというと、ボディソープやシャンプーの類が何一つ置いていないからだった。かかとの角質落としやケロリンの洗面器はいらないけど、せめて石けんくらいは欲しい。洗剤類が無い宿というのはちょっと前例がないぞ。銭湯ですか、ここは。

京都にあるラーメン屋で、「調味料持ち込み自由」としているお店がある。そこは、カウンターの上に何も置かれてないため、ある意味清々しい。箸立てすら、ない。それを思い出した。全然関係ない話だけど。

ちなみにそのお店に、「ご飯も調味料に入りますよね」といってご飯を持参しようとした輩が居たとかいないとか。それはいくらなんでも無理だ。商売の邪魔になるので、丁寧にお引き取り願ったに違いない。よっぽどラーメンライスが食べたかったんだろうなあ。

水だけで体を洗う方法

困惑するであろう宿泊客のために、わざわざ鏡の横には「水だけで体を洗う方法」の解説プレートが貼り付けてあった。この宿、確信犯だ。水だけでなんとかせい、と言ってる。

そのプレートによると、体どころか、髪を洗うのにも、ヒゲを剃るのにも水だけでOKと自信たっぷりだ。髪と体は百歩譲るにしても、ヒゲは相当無理があるような。ムースでカミソリの滑りを良くしないと、剃り負けしそうなんですけど。

とはいえ、こんなのは試してみればすぐに分かることだ。「おい、やっぱりシャンプーがないと話にならん。ふざけんな」となるのか、どうなのか。

(翌朝、実際にひげを剃ってみたが剃り負けはしなかった。四枚刃のカミソリが優秀だったからなのか、それともこの水が素晴らしいのかまでは謎。)

奇妙な張り紙

そうえいば、脱衣所に奇妙な張り紙があったっけ。

この旅館の蛇口から出る水は全てナントカ水とかいうもので、洗剤いらずなんだ、と。環境保護のためにも石けんは使わないでくれ、って書いてある。そりゃ環境保護と言われりゃ、もちろん喜んで協力しますが、そのナントカ水というのが、なんだか怪しい。初めて聞くぞ、それ。

わざわざご丁寧に、脱衣所にはその水が汚れを奇麗に落とす、という事を写真入りで説明しているパネルがあった。

そのパネルを見ると、「水道水とごま油」を入れた容器の写真が写っていた。普通の水道水だと、当然水と油は分離する。これ、小学校の理科でもならう常識。しかし、そのナントカ水を使えば、ごま油と分離せず乳化してしまうのである、という。んだもんで、体の皮脂なんかも良く落ちるので洗剤はいらないぞぅー、という論理。

だから、「ほらご覧なさい、この通りですよ。だから皆さんも心おきなく、石けんなしで体を存分に洗ってくれたまえ」というわけか。

化学の常識を平然とひっくり返しているのにはぶったまげた。そんなに簡単に物理化学法則って覆されてええんか?

中学校の時、歴史の先生が「大化の改新というのは実は無かったと私は考えています」と授業中に発言し、教科書と教える人で言ってることが正反対という事があった。でも、それはまだいい。1,500年近くも前の話だ。諸説あってもいいじゃないか。しかしだ、水と油が混じるとなりゃ、そりゃもう大変なことですよ。

疑うなら、己の体で確かめるまで。早速水だけで体や髪を洗ってみたが・・・

「全然分からないですよ。だって私、そんなに汚れてないですもん」
「冬だしな」
「油性マジックでいたずら書きでもしないと、確認できませんよ。普通の生活送ってたら、ボディソープがないと落ちない頑固な汚れなんてなかなかないですもん」
「くっそう、油性ペンがあれば、明日の朝には君のおでこに『肉』って書いておくんだけどな。この水で字が消えるまで頑張って洗え、と」
「残念でしたー、ペン買おうと思っても、山ん中ですからね。雪上車に乗って、山を下りないと売ってないですよ」

結局、何ら検証はできなかった。夏場、汗臭くなった脇の下をこの水で即座に無臭に変えられるか、実験をしてみると面白そうだ。普通の水道水シャワーなら、軽く洗った程度では臭いは消えない。

まさか、「ナントカ水だと、油と親和性があるんです!」なんて、すぐに誰でも検証可能な事を嘘つくとは思えない。一応、これは本当なんだろう。しかし、絶対純粋なH20じゃないよな。何か界面活性させる成分が溶解されていると思うが、どうだろう。

水の紹介パンフ

後で部屋に戻ってみると、宿泊案内の冊子の中に、この水の紹介パンフが入っていた。うへぇ、宿としてはやる気満々ではないか。しかも、宿のご主人による熱きメッセージまで入っている。

それによると、旅館からの排水がいずれは地下水となり、数十年後の飲み水や温泉になる事を考えると、できるだけ洗剤類を排除して環境を保全したかったそうだ。そこで知り合いに相談したところ、洗剤いらずの水であるコイツを紹介されてグッジョブ、という話。スゲー要約したけど。

風呂のシャンプー類だけならまだしも、厨房の洗剤、トイレをはじめとする館内清掃のための洗剤までも撤廃し、この水一本でやっているんだとしたら相当な覚悟だ。旅館業を営んでいる以上、「汚れが全然おちてないけど、環境保護のために許して」と油でテカったグラスが食堂に置いてあったり、床が古い中華料理屋のようにベタベタというわけにはいくまい。この水の真偽は兎も角として、業務に支障がでない程度に機能しているのは間違いないようだ。

とはいえ、パンフレットを読むと、血湧き肉躍る内容ばっかり。典型的な怪しい水ビジネスの用語が羅列されている。「水で商売するならこうやれ!」というお手本ですかこれは、というくらいの優秀な仕上がり。

「クラスター」という、水ビジネスでは定番過ぎる疑似科学用語からスタートして、マイナスイオンだの、トルマリンだの、波動だの、活性水素だの・・・。いやほんと、マニア垂涎の用語オンパレード。凄すぎる。

とはいえ、この高峰温泉ではこの水で業務を行っているわけであり、効果は実業務の中で体感しているわけだ。あながち悪い水ではなさそうだ。

そんなに良い水なら、こんな怪しいキーワードで説明をしなきゃいいのに、と思う。せっかくの良い水が、インチキ臭く見えてしまう。シンプルに「冷やして飲むとおいしいよ」くらいに留めておくとベスト。

なお、われわれごときではそのナントカ水の凄さは全く分からなかった。

ナントカ水を使った後に温泉に浸かっている訳であり、肌のコンディションなどは温泉に由来するのか、ナントカ水に由来するのか、区別がつかなかったからだ。

双眼鏡を覗く

風呂から上がり、隣の休憩所で一息つく。

「あ、もう風呂からあがってたんだ。ごめんね、待たせちゃって。体冷えちゃっただろ」
「おかでんさん、その男女が交わすような会話やめてください。どうせその後に『僕が替わりに君を暖めて・・・』とか言い出すんでしょ?」
「その通りだが、何か不満が?」
「いや、さっきまで一緒に風呂入ってたし。だいたい、体冷えたんなら徒歩30歩で湯船ですから」
「ちぇっ」
「何に対して舌打ちしてるのか、さっぱり意味不明ですよ」

そんな会話をしていると、目に付いたのは窓際に設置された双眼鏡。早速小諸の町を見張る任務に志願。

「ダメだ、ガスってて何もみえん」

標高2,000mのこの地は好天なのだが、下界じゃもう春うらら。水蒸気が湧き出ていて視界は悪かった。これでは小諸市民の安全を守れないじゃないか。火の見櫓として失格だぞ高峰温泉。

しかし、後で知ったのだが、この双眼鏡の醍醐味(だいごみ)は近場の山肌を愛でる事にあったらしい。いやそんな変態趣味はありませんが、と思ったが、時々ニホンカモシカがひょっこり顔を出すんだとか。しまった、それはぜひ見ておくべきだった。火の見櫓、とか言って遠方を見ている場合ではないぞ、馬鹿者。

星座の本

そんなことをしている間に、彼はなにやら熱心に読書中。温泉にまで来て何を読んでいるのかと思ったら、星座の本だった。本棚を見ると、確かに星関連の本が多い。壁は、彗星の写真やら惑星の写真やらがいっぱい額に入れて飾られてあった。そうだった、ここでは夜に観望会があるんだっけ。

満天の星空を見上げる事ができれば、素直にうれしい。しかし、実際に分かる星といえば、北斗七星(あれ?何座だったっけ?)、カシオペア、北極星、オリオン座程度。それ以外はさっぱりだ。だから、星座に詳しい人と比べると、「楽しさ体感」は半分以下だと思われる。くっそう、今回はせっかくだからマニアックな星座も見るぞ。

「しっかしなあ、星座表を何回見ても納得いかないんだよな。ギリシャ人の思考回路ってどうも好かん」
「ロマンが足りないからですよ」
「じゃあ聞くが、この『さんかく座』って何だ。これもロマンか?」
「三角に見えたんですよ、昔の人は」
「まんまじゃねぇか。それにこれ、なんだよ?『かみのけ座』って。星が密集しているだけだろ。これ、星座か?星座を名乗らせる必然性ってあったのか?」
「いや僕に聞かれても困りますよ」
「よし決めた、今晩はかみのけ座をジロジロ見てやる。こんなの、日常生活じゃまず見られない星座だろうからな」

信州小諸
浅間山登山のマップ

壁には、信州小諸、と大きく書かれた観光ポスターが貼ってあった。浅間山の鳥瞰写真だ。うっすらと煙を吐くその山は、圧倒的なインパクトがあって正直不気味。そうか、活火山って上からみたらこんな感じなのか。

「子供の砂場遊びで作った砂山みたいですね。誰かがバーンって叩いたら壊れそう」

と彼は言うが、確かにそんな感じに見える。火口近辺、ザラザラしていて足がめり込みそうだ。富士山を想像すればそんなに違いはないはずなので、「蟻地獄みたい」とまではいかないと思うが。それにしてもぽっかりと穴を開けた火口が、何だか恐怖心を煽る。見ていると、吸い込まれてしまいそうだ。

「玉子掛けご飯のように、生玉子をポンと割り入れたいですね」

隣で幸せな事を言っている人がいるが、彼はきっと楽しい人生を過ごして生涯を閉じることだろう。そういうポジティブシンキングができる彼がうらやましい。

数年前も軽い噴火をしたばかりのこの浅間山、その時々の浅間山さんのご機嫌によって立ち入りができる場所は変わってくる。警戒レベルに応じて、「火口から500m以内は入ったらダメ」とか、「2kmまで」などと変わるようだ。そういう説明書きもちゃんと貼ってあった。

だから、「浅間山=日本百名山の一つ」として捉えている登山愛好者達は、みな一様に「浅間山に登った!」と言うけど、それぞれに話を聞くと「私は賽の河原で引き返した」とか「黒斑山まで行った」とか「前掛山まで行った」と言っている事がバラバラなのでややこしい。

部屋からは、食堂がよく見える

いったん部屋に戻る。いろいろやらなくちゃいけないことが多そうなので、作戦会議をしないといけないからだ。宿の中を探検したいが、それはまた後ほど。

部屋からは、食堂がよく見える。

「そうか・・・夕食時になったら、あそこで温かい明かりに包まれ、楽しそうに食事をしている人たちを僕らはここでじっと見守る事になるのか」
「ちょっと待ってください、ここで素泊まりはあんまりですよ。そりゃあり得ない。勘弁してください」

そりゃそうだ、近くにレストランやコンビニがあるわけではない。ここで素泊まり&自炊は事実上無理だ。食材一式を担いでくれば問題ない?その通りだが、どこでご飯作って食べるのよ。室内調理は当然ダメだから外、となると日没後は氷点下の世界へようこそ。

そんなわけで、この宿には「一泊二食付き」の選択肢しか存在しない。当然だな。だから、「部屋の窓から、食事をする楽しそうな人を眺める」暇があるんだったら早く食堂へGO。温かい食事が冷める。

食堂の下にひさしが突き出ているところは・・・おっと、1階の浴室ですねえ。よーく見ると、波打つ浴槽も見えますねえ。でも男子風呂ですねえ。はあそうですか。興味が急激にうせる。

つらら

屋根からぶら下がるつらら。

そういえばつららをお目にかかる事って、日常生活では皆無になってしまった。僕が小学生の頃は冬になると軒下によくぶら下がっていたものだったが。

つららを折るのが嫌いな子供がどこに居ようか。

手に届くところにつららがあったら、確実にぽっきりと折っていたものだ。

ただ、折ったつららをその後どうしたかまでは記憶にない。友達にカンチョーしたり、斬りかかったりした記憶はないので、多分「折ったはいいけど、もてあまして後で捨てる」という運命を辿っていたのだと思う。

部屋に備え付けの電話

部屋に備え付けの電話。

モーニングコールにも対応。

何でこんなものを写真撮影したのかというと、和風旅館でこのタイプの電話機ってちょっと珍しいかもしれんと思ったから。だからどうした、というわけではないが。パナソニック製。

館主あいさつ

あらためて、部屋に備え付けられている館内案内を見る。

結構分厚い。

宿によっては、非常時の脱出ルート程度しか書かれていないものもあるが、この宿は相当気合いが入っている。読み応えバッチリだ。

まず、館主からのごあいさつが書かれており、ついついこちらも正座して拝読してしまう。

「山の宿のため、なにかと皆様のご期待に添えるサービスや施設ではないかもしれませんが・・・」

と書かれている。いやいやご謙遜を。この一泊二日、「山の宿だから不便だ」とか「まあ、仕方がないよね、山だもの」って感じたことは何一つ無かったし、それどころか下界の宿と比べても凄く素敵な宿だった。これ以上快適にすると、山を下りたくなくなってしまうのでこの辺りでサービス向上はストップしてください。俗世間がイヤになる。

館内見取り図

館主からの先制攻撃に耐えつつ、ページをめくるとそこは館内見取り図。普通は無機質な図だが、この宿のものは手書きであれこれ書き加えられていて楽しい。

「おっ、ここでは熊笹茶のサービスがあるのか」「こっちはそば茶が」なんていう、館内の隠れアイテムを発見することもできる。その他、休憩所の外には鳥の餌台がありますよー、とか、売店ではこんなものを扱ってますよー、とか、情報満載。

こりゃ館内を探検しがいがあるというものだ。館内図だけで4ページも割かれているのは、それだけ「手書きの補足説明」が多い証拠。

「高峰温泉のより有効な入り方」という解説があるのも親切。2ページにわたって、「糖尿病の方」とか「自律神経失調症の方」など、症例別に書いてある。

面白いのは、入浴する時間まで指定してあることだ。糖尿病の人は、インシュリンの分泌が盛んになる夜9時に入浴するのが良いらしい。なるほど、人体の概日リズムまで考慮された入浴法か。そりゃごもっともだ。

でもなあ、温泉旅館なんて泊まったら、ついついうれしくってご飯お代わりしたり、たくさん並ぶおかずでビールが進むんだよな。糖尿病の人にとっては辛い環境だと思う。目の前に美味美食があるのに、節制しなければならないとは。

宿泊料金表

宿泊料金表があった。

表形式になっていて、大変に分かりやすく、すぱっと竹を割ったような表記。

この宿、お一人様でも泊まる事ができるらしい。恐らく祝前日は無理だろうが、お一人様にも門戸を開いているというのはうれしい。

webでお目当ての宿を見繕い、宿泊予約をしようとしたら、「宿泊人数」のプルダウンメニューに「1」という選択肢がない事が多い。このときの情けなさといったらもう。

「いやー、一人で宿に泊まろうなんて思ったことないですねえ。楽しいですか?それ」
「案外楽しいんだよ。あ、こら、憐憫の目でこっちを見てはいかん」

この値段表を見ると、料金には3タイプあるようだ。食事に格差はないようなので、部屋の位置関係で価格が変わると思われる。当然1階、スキー場側の方が安く、われわれのいる山を見下ろす側の方が高い。うお、これを見ると僕ら一番高い部屋に泊まっていたのか。リッチじゃのぅ。単にここしか部屋が空いていなかったからなんだけど。

宿泊人数が1名増える都度、単価が1,000円下がっていくというのがシンプル。こういうのを見ると、「せっかくだからもう一人誘おう」なんて気にさせられる。

食事追加メニュー

さあて、ここからが思案のしどころだぞと。

食事メニュー。

「昼食」なんてのがあるのが普通の宿とは違うところだ。いろいろ外あそびができる宿なので、チェックアウト後も宿周辺で遊ぶ人が多い。だから、お昼のメニューも用意してあるのだった。これをどうするか、考えておかなければ。スキー場のゲレンデまで下りて、そこでお昼ご飯というのも手だし・・・。とりあえず後回し。

それよりも優先順位が高いのが、「追加料理」という欄。夕食にプラスαはいかがですか、というものだ。「準備の都合上、午後4時までにご注文ください」と書いてある。おっといけない、あんまりのんびりしている余裕はないぞ。さあ、どうするかシンキングタイム。

さすが信州だけあって、鯉料理が多い。照焼、旨煮、たたき、洗い・・・。あと、川魚の塩焼きや酒蒸しなども。うーむうーむ、せっかく別世界の地に来た以上、何か一品くらい追加してみたいものだ。ちょうど今、温泉宿だーッって事でテンション上がってるし。

ここで、相方と相談。

「ここ、山の中だから夕食は質素かもしれんぞ?」
「ちょっと読めないですね、傾向と対策が」
「佃煮とか根菜の煮物とか、そういう地味なのばっかりだったらちょっと寂しいな」
「でも、宿メシって基本、量が多いですよね。今まで量が足りなかった、って事、ありました?」
「・・・そういえば、一度もないな。多すぎる、と思ったことは何度もあるけど」

結局、すったもんだの議論をした末、追加注文は無しにした。

食事の量は兎も角として、われわれを考え込ませた要因は二つ。

一つは、追加料理の大半が魚料理だったということだ。

「ということは、デフォルトのメニューには魚はないよ、ってことかな?」
「でも普通、岩魚の塩焼きなんてのが出ますよねえ。華がありますもん」
「だよなあ。でもこの宿、多分魚は出さないぞ。ということは、よっぽどその他の料理でフォローしているか、よっぽど質素かどっちかだ」

もう一つは、野沢菜がメニューにあったということだ。しかも、「大皿」「小皿」と二つもある。

「野沢菜がメニューにあるということは、デフォルトでは食卓に上らないのだろうか?」
「野沢菜、好きですよ。せっかく長野に来たんですから、食べたいですよねえ」
「うーん?」
「うーん?」

結果は夕食まで待て。

外あそび1
外あそび2

この宿の特徴は、夜に星空の観望会をやっているだけでなく、翌朝には外あそび企画を実施していることだ。

6月~9月は、池ノ平湿原の自然観察会。10月からは黒斑山の自然観察会。

数時間のツアーになるが、宿の人がガイドとなり案内してくれる。しかも、無料(ハイキング保険料別途)。なんていう気前の良さだ、と呆れる。普通の金銭感覚だったら、「参加費として1,050円」くらいは申しつけてもよいくらいだ。しかも、「週末だけ開催」とか、「最小催行人数○名」なんて事はなく、どうやら希望者がいればいつでもやっているらしい。つくづく、凄い宿だ。

外あそび3

おっと忘れちゃいけない、積雪期である今だと、「XCスキー&スノーシュー初心者講習会」なのだった。・・・あれ?XCスキー?事前に聞いていたのは「スノーシュー」だったのだが、クロカン(クロスカントリースキー=XCスキーのこと)もこの宿はやっていたのか。サービス精神旺盛すぎ。

いずれも、8;50集合の12時解散の行程。

「前日までにお申し込みをお願いいたします」と説明書きには書いてある。ちょ、ちょっと待った。どうしようかな。

スノーシューは、急斜面もざくざく登ることができるのが楽しい。しかし、しょせんは徒歩なので遠方へはいけない。クロカンだと、急斜面の上り下りはあまり得意ではないが、ある程度平坦なところならばすいすいと滑っていくことができる。さあ、どっちを選ぶ?悩め悩め。

「選択肢が無くて困る」んじゃなくて、「選択肢が複数あって困る」んだから、なんともぜいたくな宿だ。

高峰温泉自然観察会のご案内

結局、翌朝の講習会はスノーシューを選択することにした。クロカンは別の時間でも講習会をやっていることが、別の資料で分かったからだ。

その資料だが、発見したときは思わず「わおぅ」と声をあげてしまった。

「高峰温泉自然観察会のご案内」という資料なのだが、そこにはびっしりといろいろなイベントが紹介されていたからだ。

ええと、時系列順に整理すると、

17:00~17:45 写真講習会 初心者向けカメラの撮り方楽しみ方
20:00~20:30 温泉の療養効果と健康増進法
20:30~21:30 星空観察会かスライド上映
07:00~07:30 野鳥観察会
09:00~12:00 スノーシュー講習会
13:00~14:00 初心者のためのクロスカントリースキー講習会

となっている。まさに分刻みスケジュール。サービス精神旺盛すぎだ。観望会とスノーシューだけじゃなかったのか。これぞまさに芋づる式、出るわ出るわ。フィットネスクラブのスタジオレッスンスケジュールみたいだ。

これ、全部宿泊客は無料で受講できるのだから凄すぎる。おかでんだったら、絶対「一回につき○○円。五回分の回数券を購入すれば一回あたり○○円お得」なんて商売を始めるだろう。

「せっかくだから全部出たいよな」
「そりゃそうでしょう」
「となると、結構慌ただしいぞ?この後5時から写真講習会で、それが終わったらすぐに夕食で、ええと、夕食が終わったら温泉の療養話で、終わり次第星空だ。休む間もないな」
「しかも、その他にも温泉入ったりしてるとあっという間ですよ」
「いけねぇ、のんびりしてられんぞ、これは」

2日目の予定表提出

そういえば、チェックイン時に何か記入用紙を渡されていたな・・・と思ってその紙を見てみたら、明日の予定を事前に宿に通知するためのものだった。

まず、帰りの雪上車の時間を指定。

9:00、9:30、10:00、12:30、13:50、15:00、15:30

と7便ある。これ、指定しそびれると帰れなくなっちまう。さあ盛り上がって参りました、「場当たり的」に適当に過ごすことはできんぞ。明日の行程を今決めろ、さあ決めろ。

紙には、「この用紙は本日の夕食までにフロントに提出」と書かれていた。酒飲みながら考えるべぇ、とはいかない。

ええと、次は「明日のご予定」というところで、スノーシューへの参加の有無、そして人数を指定するようになっている。08:50出発で11:30戻り、と書いてある。

そして、お昼のメニューの指定。お昼を食べるなら、ここで料理を予約する事になっているらしい。

決めなくちゃ行けないことが多くて目移りするな。

ええと、明日は朝、野鳥観察をやって、朝食食べて、スノーシューやって、昼戻ってきて昼食食べて、13時から1時間クロスカントリースキーをやって。その後お風呂入って、となると最終の15:30の雪上車が妥当な気がする。うわ、一泊二日なのに、宿に24時間以上滞在することになるぞ。この宿、どういうシステムになっているんだ。

ただし、チェックアウトは当然といえば当然10時、となっていた。しかし、荷物は一階の休憩所に置いておく事が可能とのこと。ありがたい。さすがに荷物持ってスノーシュー、というのはちょっと冴えない。

しかも素晴らしいのは、チェックアウト後もお風呂は利用できる、ということだ。なんて寛大なんだ。日帰り入湯料金をとってもおかしくないシチュエーションなのに。ええと、スノーシューから帰ってきて一回風呂入って、クロスカントリースキーから戻ってきて最後の締めでもう一回。こりゃ、多分「1泊2日の滞在中、最も多く風呂に入った宿」として俺様的記録樹立は確実だ。

いろいろ頭の中を整理したりしつつ、うんうん唸ってこの書類を書き上げる。お昼ご飯もこちらでお世話になることにし、めいめいが自分の希望する料理を指定しておいた。

季節の便り申し込み用紙

もう一枚、何か書き込む用紙があった。

見ると、「季節の便り申し込み用紙」と書かれている。ここに住所年齢電話番号を書いておくと、四季折々にお便りがやってくるらしい。

これは・・・チェックアウトまでに出せばよいようだが、いいやこの際今書いておこう。

いろいろ提出期限があるものが多くて、気分的に落ち着かない。性格的に、こういうのを全部片付けないと気が済まないもんで。

土星の紹介記事

季節の便りの冬号があったので見てみたが、なんでも今年は14年に一度の、「土星の輪っかがほとんど見えなくなる年」なんだそうだ。普通は土星が傾いているので、輪がよく見えるのだが、今年は地球と真っ正面からにらみ合いをしている年なので、輪が細くなってほとんど見えないんだと。へー。

「そんなことも知らなかったんですか」
「知らないだろ、普通。星好きな人限定の常識でしょ?」

いずれにせよ、こういう楽しいお便りが来るのは歓迎だ。

段差がある廊下

明日の行程表と季節の便り申込書を提出するために、フロントに向かう。

ついでに、館内の探検もしようという算段だ。

旅館の探検は楽しい。この歳になってもワクワクさせられる。増改築を繰り返した宿なんて、特に楽しい。どの建物が先に造られたのか?とか、どこからが新館になるのだろう、なんて推理するのがいい。ただ、そういう増改築を繰り返して拡張路線を走った宿の多くは団体客を想定したものであり、その大半が現代の個人客主流の時流についていけていないのも事実。そういう栄枯盛衰を五感で感じるのも、これまた侘び寂びの境地。

さてこの宿だが、増改築は繰り返していないはずだが段差がある。山肌に立てられているので、どうしてもお山の形に沿って段差ができてしまうのだろう。そのため、この宿は「2階建て」ということになっているのだが、1階には実質「1.3階」「1.6階」といった微妙な段差がある。

売店
売店の売り物

フロントに書類を提出したところで、フロント回りに展開されている売り物に目が行く。いろいろ扱っていて感心させられる。

宿によっては、売る気があるのかどうかわからない、埃が積もったようなカップ麺とか、くすんだ土産物が展示してあるものだ。しかしここはサービスエリアの売店ですか、といわんばかりにいろいろ取りそろえている。まあ、サービスエリア、というのはさすがに言い過ぎだが。

銘菓、漬物、飲み物、酒、ノベルティグッズ、衣類、本、地図などいろいろ。雪上車以外交通手段がない宿とは思えない充実ぶりだ。インスタントコーヒーと紙コップのセットが売られているあたり、山っぽい。お湯はアウトドア用ガスストーブで沸かして、山頂なんぞでこいつを飲むと大層心地よいもんだ。バンダナやTシャツが売られているのも、山小屋売店風ラインナップ。

感心するのは、自家製味噌や石臼挽き蕎麦粉を売っている事だ。この宿、手前味噌を造っているのか。凄いな。そして、蕎麦粉に至っては、後日知ったのだが自家製粉だという。そこまでやるか。だから、お昼ご飯は「十割手打ち蕎麦」がおいしくて人気なんだとか。知らなかった。

変わり種は、ランプ。お値段13,000円。買う人、いるのだろうか・・・。でも、ホームセンターに行ってもそう簡単に売っているものじゃない。欲しいと思ったら、ぜひここで買うべきだろう。ただし、帰りの雪上車の揺れと、チェリーパークラインの猛烈な下り坂で割ってしまわないよう注意が必要。それから、自宅に帰ったら燃料となるアルコールを調達しないと。ちょいと面倒ではあるが、趣味ってのはそんなものだ。

10分で完成!組み立て天体望遠鏡

本もいろいろ売られている。

さすがにコンビニじゃないので、雑誌や文庫本は置いていないが、バードウォッチングの本、高山植物の本、花の本、登山の本、温泉の本、星の本・・・。高峰温泉、懐が深い。これだけのジャンルの本を置いても、全部宿に関係しているんだから。

おっと、見落としていた。さりげなく、「洗剤が消える日」という本もあった。これ、ナントカ水の話なんだろう。

本と一緒に、正座早見盤も各種売られている。それだけじゃなくて、天体望遠鏡まで売られていたのには驚いた。「10分で完成!組み立て天体望遠鏡」だって。そんなものがあるのか。お値段、2,880円。学研の「大人の科学」みたいなものかね。

サンプルが置いてあったので触ってみたが、なるほど、卒業証書入れのような筒にレンズがついている。35倍の倍率なんだそうだが、それがどれだけ凄いのかは全然わからない。「土星の輪も見える」「月のクレーターもくっきり」なんだそうで。

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