2020年7月/コロナ時代の甲府で療養する

21時半。ドーミーインでは夜鳴きそばの時間だ。

一杯のシンプルなラーメンが振る舞われるこの独特なお夜食サービス、ものすごくありがたく感じる。

人件費はばかにならないはずだ、だって普通21時半ともなれば、ビジネスホテルなら人が少なくて済む時間帯だ。そこにわざわざ、調理スタッフと下膳スタッフを配備するのだから。

この時を今かとばかりに待っていた人たちがどっと1階食堂に押し寄せていた。おかげで番号札で調理の出来上がりを待つことになった。ひょっとしたら夕食を食べていないで、この「夜鳴きそば」を夕食がわりにする人がいるのかもしれない。それだったらずいぶんお腹がすいていることだろう。

で、僕らは先ほど「飲み食べ放題」をやらかしてきたばかりだというのに、シメで夜鳴きそばを。「二人で一杯」などという味見程度ではなく、夫婦揃って「一人一杯ずつ食べる」というのが我ながら潔い。

部屋に戻って、また風呂に入ったりして、特にこれといったことをやるでもなくそのまま寝る。

温泉旅館の畳部屋なら、ゴロゴロしながらのんびり過ごせる。でも、狭いホテルの部屋だと、狭いスペースで椅子に座っているかベッドに寝転がるかしか居場所がない。だったらもう寝てしまえ、ということになる。

2020年07月05日(日) 2日目

2日目朝。

さっそく朝風呂に入り、朝から整う。

昨晩は、団体と思われる男性おっちゃん陣がお風呂にやってきて、大きな声で会話をしていてびっくりさせられた。もちろんお風呂ではマスクをしていない。最近、「マスクなしのノーガードで、大声で喋っている人」を見る機会がなかったので、珍獣を見た気分だった。

お風呂なら、湯気が天井に向かって立ち上っている。だから飛沫が飛んでもすぐに上に上っていくからへーきへーき・・・かな?どうなんだろう。

科学的根拠に乏しいことを様式美とばかりにやるのは無駄だと思う。なので、早く「こういうのはセーフだけど、これはアウト」というのを事細かく判明できてほしいものだ。たとえば風呂場ならお喋りしてもセーフとか。

お風呂に入ってさっぱりしたところで、朝ごはんを食べに行く。

朝ごはんは、名目上ではお一人様1,500円という値段になっている。僕らは税込み3,500円/泊で今回泊まっているので、実際のところ「宿代2,000円+朝ごはん代1,500円」という内訳になるのだろう。もっと細分化すれば、「宿代1,500円+夜鳴きそば500円+朝ごはん1,500円」と分けられるだろうか。

ドーミーインといえば朝食ビュッフェが用意されていたが、昨今のコロナ事情によってビュッフェ型式ができなくなっている。

後世この文章を読む人のために説明しておくと、ビュッフェ型式だと

  • 大皿に盛り付けてある料理を取る際、大皿料理に唾液の飛沫が飛び汚染される可能性がある。
  • ウイルスに汚染された手で触った料理取り分け用トングを、不特定多数が使い回す可能性がある。
  • 「ご自由にお取りください」と積んである取り皿を取る際、ウイルスに汚染される可能性がある。

というリスクがある。こういう警戒はいずれ解消されるのか、「そうだよね、当たり前だよね」と新常識として定着していくのかわからない。いずれにせよ、2020年7月においては、「これまでのビュッフェが楽しめないのか!」という驚きがとても強い。

残念かって?もちろん、好きなものを好きなだけ取って、つい取りすぎちゃって苦笑するビュッフェ独特の失敗は大好きだ。それがなくなるのは残念だ。

とはいえ、時代に敏感に変化していくのを見るのも大好きだ。何かが駄目になるなら、その代わりになる新しい何かができればいい。僕はそう思っている。

「あらー、きれいさっぱりだ」

本来なら料理が並んでいるであろうキッチン前のカウンター。しかしそこには大して料理が並んでおらず、また、「何を食べようかな」と嬉しくってウロウロしている人の姿もない。

見よ、これがwithコロナ型の朝食会場だ!

「和か洋か選んでくれ」と言われた。おっと、そうなのか。見ると、カウンター末端に和食と洋食のサンプルが置いてある。へえ、和は重箱みたいな容器、洋はプレートで提供されるのか。

これはあくまでもスターターキットとしての存在。これとは別に並んでいる小鉢を自由に選んで良いのだという。

山梨といえばほうとう。

ほうとうは頼んだら、キッチンスタッフの方が鍋によそってくれた。

これはもともとからそういう運用だったのか、コロナ以降の運用なのかは不明。ただいずれにせよ、今のご時世じゃ、「自分でほうとうを好きなだけよそってください」ということは不可能だ。

昨晩は夜鳴きそばを調理していたアイランド型キッチンのところに、小鉢などが並ぶ。

大皿に料理を盛り上げ、お客はトングで好きなものを好きなだけ取る・・・これがビュッフェの本来の姿だ。

お店側は、盛り付けや配膳の手間を簡略化できるのでメリットが大きい運営方法だ。しかし、今となっては大皿提供ができないので、一品一品、いちいち小鉢に盛り付けている。これはかなり手間が増えてしまった。若干気の毒に感じてしまう。でもしばらくは仕方がない。根性で頑張ろうとしないで、お店の人はぜひかかったコストと手間をしっかり客から回収してほしい。それがむつかしいなら、定食型式にしてもいい。これまでと世界が変わってしまったんだ、ということを理解して、無理してこれまでと同じようにしないでほしい。無理をすればいずれどこかで破綻する。

僕はこの「小鉢あれこれ、好きなものを取る」型式は楽しくて気に入った。街の定食屋さんに入ったかのようだ。どれにしようかな、という選ぶ楽しさがある。「ついつい取りすぎちゃった」という確信犯的失敗、というのはないけれども、案外そんなものは些細なのかもしれない。

サラダも既にお皿に盛られた状態で用意されていた。「ついついサラダで、レタスやキャベツ千切りを盛りすぎて、他の野菜が盛れなかった」なんてありがちなミスも、盛り付け済みサラダ皿の前では遠い過去の思い出話だ。

で、取ってきた料理がこれ。

しまったァァァァァ、取りすぎたァァァァ。

「小皿を選ぶ楽しみ」があるのがこの新方式の良いところなんだけど、ついつい全部取ってきちゃった。朝からやりすぎた。

逆に言うと、ドーミーインの朝ごはんはこれだけの品揃えがありますよ、ということだ。これで不満がある人なんていないだろう。身を持って証明してみせたぞ。

しかし、唯一取っていないものがあった。パンだ。

ご飯があるしほうとうもあるし、さすがにパンまでコンプリートする必要はないだろう、と思ったからだ。「ビュッフェならば、全部食べたい!」と願っている僕でさえ、大抵の宿では「パンと、漬物類」は見なかったことにしている。きりがないからだ。六本木のリッツ・カールトンで朝食ビュッフェを楽しんだときも、パンは優先順位が落とされた。どれも魅力的だったんだけど。

で、胚芽パンを取らないでいたんだけど、いしが

「ねえ、あそこにシフォンケーキみたいなパンがあってさっきから気になってるんですけど。少し食べたいなー。わけませんか?」

なんて言ってきた。この人、僕の総摂取カロリーとか何も考えちゃいねぇ。「はいわかりました」と言い、僕は胚芽パンを取ってきて無事料理をコンプリート。

(つづく)

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