広島、ふるさとの味は今も【広島ミニ食べ歩き】

商店街

22:08
チキンレースに負け、我々は同級生たちがお店から出てくるのを待たずにお店を後にした。ばばろあは終バスに間に合い、バスに乗って広島郊外にある実家へと帰っていった。

翌日聞いた話だと、同窓会は23時頃まで開かれていたらしい。チキンレースに見切りを付けて良かった。さすがに23時までは待ってられなかった。さらに一部のメンツは飲み直しということで、向かいのバー(我々が潜伏しようと画策していたお店のひとつ)で夜中の2時過ぎまで痛飲していたとのこと。よくやるぜ、すでに44歳なのに。

僕に限らず、すでに広島に拠点を失っている人は多い。親が実家を継いだ関係で広島を引き払っている人がいるからだ。「支店経済の地」として中国地方の中核として発達している広島は、広島以外からやってきた人たちの数も多い。

そういう「広島に拠点がない人たち」の今晩はホテル泊なので、終電を気にせずに飲むことができるのだった。そりゃあまあ、飲むよなぁ。

あと、広島という土地の特性上、終電はあまり気にされないのかもしれない。郊外に住んでいるならともかく、繁華街からさほど遠くない場所に住んでいる人だったら、タクシーが非常に便利だからだ。さすが地方都市だけあって、タクシーに乗ってもそんなにお金はかからない。

僕が実家住まいの時、繁華街で家族で食事会があった時は、まだ電車が走っている時間でもタクシーを使ったものだ。家族4人同乗だったら、タクシーでもさほど割高感がないからだ。しかも、路面電車でゆっくり移動するよりも圧倒的に早い。お酒を飲んだ後なら、タクシーの手軽さは大きな魅力だ。

あらためて広島っていいな、と思うのは、繁華街でタクシーを拾っても、マンション名を告げるだけで自宅玄関先まで車が移動してくれたことだ。「○○町の○○マンションまで」と告げると、それで運転手さんは理解してくれた。いや、別に僕んちが超高級マンションだとか、すげー目立つタワマンというわけではない。それでも、話が運転手さんに場所を理解してもらえる。こういう「こぢんまり感」が広島の良さだ。

胡子さん

商店街のアーケードの中を歩いて行く。

「胡子大祭」の看板が出ている。この近くにえびすさんを祀る神社があり、そのお祭りがもうじき開催されるからだ。広島三大寺社祭りの一つ、とされるが、僕はこの手のお祭りには顔を出したことがない。僕の広島在住時代は、全くナイトライフというのがなかったからだ。夜はひたすら勉強。なにしろ、早く宿題を終わらせないと、深夜1時から始まる「オールナイトニッポン」を聞くことができなくなる。

高校時代は、毎日深夜3時近くまでラジオを聴いていたものだ。さらには、深夜3時から5時に放送されている「オールナイトニッポン第二部」を聴くために、愛媛県の「南海放送」をなんとかキャッチしようと、微妙にラジオのアンテナと周波数を調整しながら聴いていた。おかげで学校の1時間目はほぼ寝ていた記憶がある。よく体がもったものだ。

母親の目を盗んでラジオを聴くのはかなりの困難で、「英語のリスニングテープを聴くため」と称してラジカセを自室に持ち込み、抱きかかえてスピーカーに耳を押し当て、ボリュームを最小限にして聴いていた。で、うっかり笑ったりすると母親が目を覚まし、「勉強してる?」と様子を見に来るので、必死だった。本当に、日々必死だった。

・・・勉強しろ、おい。

胡子神社の先には、中四国地方最大の歓楽街である流川・新天地・薬研堀といった土地が広がっている。大学から上京してしまった僕にとっては、ほとんど縁がなかった場所だ。実家に帰省しているときも、夜このあたりで飲もう!という話になったことは少ない。集まるとなると、「肉のますゐ」とか「中国飯店」といったネタ的要素のあるお店であることが多かったからだ。

ちなみに「中国飯店」はこのサイトで取り上げたことがないお店だが、広島人の間ではちょっと知られた中華料理店だ。値段が安くて盛りが良い、ということで知られるし、個室お座敷席がいくつもあるので腹を空かせた学生どもの打ち上げとして最適だった。

変わっているのは、どの料理でもライスがサービスで付く、ということだ。ものは試し、と「チャーハンにライスを付けてください」というオーダーをしてみたら、ちゃんとライスがついてきた。

あと、このお店の店頭には、「大騒ぎ!大騒ぎ!中国飯店で大騒ぎ!」という看板が掲げられていた。女性がタンバリンを持っている絵が描かれているくらいだから、本当に大騒ぎをして良いのだろう。実際、TVCMでも、「大騒ぎ!」とナレーションが入っていた。

・・・で、実際に大騒ぎをして、店のおばちゃんに「うるさいから静かにして」と怒られた、という話は枚挙にいとまがない。1回ならずとも、何度もだ。どうやら、本当に大騒ぎしたら駄目なお店だったらしい。

「看板に偽りありじゃないか!」と苦笑しながら憤る、というのが当時の定番だったっけ。

そんな中国飯店はもう今は存在していない。惜しいお店を無くした、と思う。

話がずれた。流川エリアの話題に戻す。

このあたりは非常にゴチャゴチャしていて猥雑なエリアだ。夜、営業真っ盛りの時間帯にこの界隈を歩く機会はこれまでほとんどなかったので、あらためて歩いてみて感心する。

スタンド(広島では、クラブやスナックのことを「スタンド」と呼ぶことが多い)がびっしりと入った雑居ビルが並ぶだけでなく、普通の飲食店も多い。もちろん、風俗の無料紹介所といった下世話なお店も並ぶ。

若かりし頃のおかでん少年は、「あの界隈はエロの巣窟」と信じて疑っておらず、さらには「うっかり足を踏み入れるとヤクザに因縁を付けられてボコられる」と思っていた。なので、むやみに足を踏み入れなかったし、踏み入れた時は非常にびびりつつ、高揚感を覚えたものだ。

しかし齢40を過ぎ、世の中の常識を知っているオッサンおかでん、流川をざっと見わたすにそこまで危険な町ではないことに気づく。観光客が普通に歩ける場所だ。

とはいえ、こういうところでカメラを取り出し、写真を撮るのはさすがにまずい。なので町の風景は撮影していない。ただ、最近は町のあちこちに防犯カメラが設置されているので、治安は悪くない・・・と思う。

流川エリアは、東側に向かうにつれてディープなエリアになる。風俗街があるのも、奥まった東側界隈だ。少年おかでんは、さすがにこのエリアに足を踏み入れたことはなかった。特に用事が無い限り「迷い込む」場所ではないし、ぶっちゃけ、びびっていたからだ。

大人になって、この界隈からさほど遠くない場所にある「春帆楼(しゅんぱんろう)」(山口に本店がある、ふぐの名店)でごちそうになった際、初めて通過したことがある程度だ。おかげで、そっちの記憶が強くて、せっかくのふぐの味をまったく覚えていない。

今晩のホテル

そんな欲と俗にまみれた場所に、今晩の宿がある。

ニュージャパン。

昔、東京で大火災を起こしたホテルの名前と一緒だけど関係は全くない。ホテル、といってもサウナ併設のカプセルホテルだ。

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