13:43
岩場を乗り越えてみたら、見事なまでにまだまだ高度を下げてくれる道のりが待っていた。ぱっと見、楽しげな稜線歩きコースに見えるのだが、よく目を凝らしてみるとそれなりの岩場が連続している。
13:50
がっかりするくらい高度を下げたなー、という実感が五感にひしひしと感じられたところで今来た道を振り返ってみる。
うはー。
こりゃあ想像以上に下がったな。そして、想像以上にごつい岩場だこと。逆ルートでこの道を登れ、といわれたらちょっと憂鬱だ。
先ほど追い抜かしてきた人たちが、ありんこのように岩場にへばりついている。岩場では、その人の勇気、体力、経験がものを言う。遅い人は亀のようにのろい。
早ければ偉い、というわけではない。安全に通過することが最重要だ。こういう岩場だと、一歩間違えれば即命取りだ。
白馬岳一体の山容は総じてそうなのだが、富山側がなだらかな斜面なのに対し、長野側は切り立った崖を形成している。稜線を境にがらっと趣を事にする。そんなわけで、登山道はもっぱら富山県側に作られていた。
・・・なるほど。ここで滑落したら、富山県警のレスキュー隊が救助してくれるのだな。
山ヤのブラックジョークとして、「滑落するなら、長野県側ではなく富山県側にしろ」という言葉がある。長野県では、頻発する山岳事故に対して民間会社が救助にあたることが多く、高額な費用が請求されることがある。何しろヘリが出動するので、あっという間に百万円近いオーダーになってしまう。しかし、富山県だと県警のレスキュー隊が全て対処するので、お金がかからない(=税金によって対処される)。だから、「滑落するなら富山県」というジョークがあるわけだ。ま、本当に悪い冗談だが。
ひどい話で、長野県の民間会社が救助に訪れたものの、救出される人が「有償?それは困る。県警を呼べ、民間会社はイヤダ」と駄々をこねるという信じられない事が最近は起きているようだ。助けにきてもらって、お前じゃダメだ他を呼べ、とは一体何様だと思う。最近は携帯電話をみんな所持しているので、安易に救助申請をしすぎている弊害だろう。文句言える体力があるなら、自力で下山しろや、と思う。
いずれ、自分で見聞きしてきた「山歩きドキュン列伝」なるタイトルでしょーもない人たちの素行を編纂してみたい気がするが、多分編集する方も、読む方も胸くそが悪くなるだけだからやっぱりやめた。
14:00
また後ろを振り返ったところ。
いやぁ、下がるったらないねぇ。
14:06
相変わらず五竜岳ご本尊は姿を見せない。
ま、まさか山火事で炎上して、煙が山を覆い尽くしているのでは!?それとも五竜岳が水蒸気爆発を起こして・・・
悪いことは言わない、そんな事態を妄想するなら今すぐ下山しなさい。五竜岳に向かうと危ないじゃないか。
14:08
がっかりするくらい高度を下げたが、ようやく最低鞍部っぽいところが見えてきた。
このあたりになると随分と歩きやすい道になり、ごつごつした岩肌から砂利道に変わっていた。稜線もおとなしい感じだ。
まあ、それはすなわち高度を下げました、という証拠に他ならないわけだが。
14:13
最低鞍部から黒部方面を眺める。なんだか、めっぽうのどかな光景だ。高度感を全然感じさせない。奥多摩か、秩父の山歩きをしているような気分になる。
「なんだ、こっち側からだとひょいひょいと稜線に来ることができるじゃあないか」と思ってしまうが、いやいや、こっちはとんでもなく大変なルートだ。この谷は餓鬼谷と呼ばれていて、ぐぐぐーっと下っていくと黒部渓谷下の廊下に出る。日本最強の渓谷であり、まともに歩くのは困難。
唐松岳頂上山荘から、餓鬼山経由で黒部渓谷の欅平に降りる登山道は整備されているが、登山地図には「非常に長いコースなので健脚向き。下りも唐松山荘を早立ちすること。山荘でコースの確認を」と注意書きがされているくらいだ。
14:14
さあ登り返しだ。ここ最低鞍部が標高2,300mくらい。唐松岳山頂から約400m近く降りてきたことになる。そして、これから目指す五竜山荘が標高2,490m。途中アップダウンがあるものの、それほど高度を稼がなくても良さそうだ。
この写真、典型的な地形を見せている。右側が富山側、左側が長野側。稜線を境に、こうも景色が変わるのが後立山連峰の特徴。
14:27
高原散策でもやっているかのような景色も見せつつ、稜線歩きはすすむ。
山の醍醐味(だいごみ)は稜線歩きにあり、だな。楽しい。晴れていれば最高だが、まあ今日はこの辺で勘弁しちゃる。
14:35
こういう時こそ、格好の雷鳥遭遇チャンス。
しかし、あたりを注意深く眺めていたが雷鳥の気配は無かった。
15:02
15時過ぎ、おや、何か前方に標識が見えるぞ?と思って近づいてみたら、遠見尾根分岐点と書かれていた。すなわち、ここから稜線を離脱すれば、明日下山ルートとして使う遠見尾根に入ることができるというわけだ。
どうやらそろそろ五竜山荘に到着しそうだ。あともう一息。
15:04
・・・と思ったら、どぅわぁ。「さあ、あともうちょっとだ頑張ろう」と自らに気合いを入れた瞬間に赤い山小屋が見えてきた。
まるで、「思いっきりペダルをこぐぞぉ」と自転車のペダルに力をいれようとしたら、チェーンが外れてペダル空回りでバランスを崩してしまった、みたいな感じ。早かったなぁ。
15:06
五竜山荘到着。先ほどの稜線に出てくるまでの過程でもそうだったけど、「あれっ、もう着いちゃったの?」というくらい身軽にここまでくることができた。全然余裕なんである。すごいぞ俺、やっぱりトレーニングの成果が・・・
ここでも、山荘の入り口に向かう道すがら「シャキーン、シャキーン」と言いながら歩く。自己満足の世界だ。
でもよく考えると、歩くたびに「シャキーン」と音がするってことは、油が切れているか無駄な摩擦抵抗が発生しているわけで、マシンとしては失格だよな。
ま、それは兎も角。
五竜岳と、先ほどの白岳との鞍部に位置する五竜山荘。収容人数300人。今日はこれにて行程終了。本日は4時間7分の山歩き。思ったよりも短かった。標準コースタイム6時間半を想定していたので、ちょっと拍子抜けだ。
五竜岳は、ここからさらに南に往復1時間40分先だ。明朝はこの山小屋と山頂をピストンし、それから遠見尾根経由で下山する予定。
15:07
では早速山小屋の中に・・・と思ったけど、うわぁ。
入り口の看板を見て、浮かれていた気分が急に現実に引き戻された。
本日は大変混雑が予想されます、だって!?
今頃になって、今日が三連休の中日であることを思い出した。そうだった、山小屋は混むに決まってるじゃないか。
最近は山小屋の混雑を嫌い、1日ずらして金曜日から山に入るといった対策をとることが多かった。しかし今回は、久々の山歩きということもあって、うっかりそういう対策を忘れ去っていたのだった。山小屋に到着してから思い出すとは、浅はかだった。いくら9月下旬、登山シーズンは終盤とはいえ、三連休だったら混むに決まってるよなぁ。そりゃそうだよなあ。「1日ずらす」ことはしたんだけど、それって、三連休初日からの入りじゃなくて、三連休二日目からの山入り。全然意味がない。
思わず身震いする。1畳に2-3名?今まで、1畳に2名程度なら経験があるが、3名というのはちょっと未体験ゾーンだ。あまりお客さんが来ませんように。来る前にみんな遭難しちゃいますように。・・・おい!縁起でもない事をいうな。
それは冗談として、1畳に3名はキツいなあ。山小屋によっては、「1畳に4名押し込んだ」という事態もあるようだが、幸い僕は未体験だ。1畳に4名はもう笑っちゃうしかないけど、1畳に3名?どうやって寝るの、それ。
ま、こういう事態は想定して、というかあまり想定はしていなかったのだが緊急用として、寝袋は持参してある。寝床が確保できないようであれば、廊下でもどこでも寝ることができる。
15:10
山の上でもちゃんと領収書が印刷されて出てくる。
税務署からの指導だろうか。山小屋なんて正直脱税しやすいと思うんだが、こうやってきっちりと入金を管理しているのは見事。
いや、そんなのはどうでも良くって。
「夕食5回目 19:40」という字がとても気になるんですが、ええ。要するに、食堂のキャパシティの問題があるので、1回 に食事ができる人の数に限りがあるということだ。で、僕のばあいは5回転目の食事をお楽しみください、というわけだ。15時着で「5回目」ということは、最終的には7回転くらいするんじゃないか。
15:15
指定された「チングルマ上」という寝床に向かう。この時間にして、すでに人であふれかえっていた。通路はザックで占領され、人ひとりが歩くのも大変だ。
この山小屋は、かいこ棚状の作りになっていて、寝床が二段になっている。ところどころ壁で仕切られていて、それぞれの個室的空間にネーミングがなされていた。
この手の山小屋タイプだと、廊下に向かって頭か足を向けて、人が一列に並んで寝るスタイルのところが多い。しかし、この宿はそうではなく、仕切られている部屋ごとにごった煮状態で寝ることを要求していた。
15:26
チングルマ上に到着してみると、まさに寝床の争奪戦がはじまっていた。
争奪戦といっても、「お前どけよ」「こら、侵入するんじゃないぞ、おいっ!」といったやりとりが展開されるわけではなく、パズルゲーム的な感じだ。
まず、今いる人間の数を数え、これからあと何人くらい追加でこのスペースにやってくるかを想定し、「んじゃとりあえず壁際からひとりずつ寝てみて」って感じ。
最初は各自めいめいやっていたのだが、一人仕切ってくれるおっちゃんがいたので助かった。
15:31
とはいっても、この寝方を記した張り紙には困惑した。
一部屋に押し込まれる人数によって、寝る位置・方向をかえてくれということなのだが、例示してある3パターンともに「同じ方向に頭を向ける」寝相となっていた。
本当にこれで大丈夫なのか?
普通、山小屋で人数が多くなると、隣同士で頭と足を交互に向けあうかたちで寝るスタイルをとる。すなわち、自分の頭の両隣には、隣の人の足がすぐそこにあるといった寝相だ。人間、肩幅が一番横幅をとる生き物なので、こうやって一人ずつ寝る向きを180度かえることによって土地収納効率が良くなる。
しかしこの紙、あくまでも「例」であると赤ペンで強調されているとはいえ、みんながお行儀良く同じ方向を向いている。この山小屋初心者であるわれわれは、「そうか、こうやって寝ればベストなんだろうな」と解釈せざるを得ず、大丈夫かなあ、おっかしいなあと思いつつもこの寝相を受け入れた。
チングルマ上では、例示3パターンのうち、真ん中のパターンで対応することが決定された。
15:31
寝床にじっとしていたら、薄暗いやらじめじめしているやら、息が詰まるやらでろくなことがない。外に待避することにした。
一般的に待避とは、「外から室内へ」するものだが、山小屋の場合それが逆になる。開放的な気分になるために山に来ているのだが、山小屋に到着するや否やその開放感は没収される。特に今晩は苦行に近い状況になりそうな予感。
つくづく、山小屋に到着するまでこういう状況になることを連想していなかった自分の浅はかさに呆れる。
受付のボードには、今日は中秋の名月であることが書かれていた。そうだったんだ、知らなかった。山上で眺める満月はさぞや美しいことだろう。これはちょっと楽しみだ。
15:32
しばらく、受付周辺の様子をうかがう。
この山小屋では絵はがきを何種類か売っていた。お土産として、かさばらないものとしては手頃なのだろう。とはいっても、これを売るために下界から高い輸送料を支払って運びあげて、そして購入した人は自分のザックにしまって下界に下りる。何だか無駄な上下運動のような気がする。
山小屋と下山口近辺のお店とで提携して、「山小屋で購入したグッズの引き渡しは下山口のお店で」とすりゃあいいのに、と思う。そうすればとても効率が良い。
・・・しかし、よく考えてみると、登山客なんてどこから下山してくるか全く予想がつかないんだった。縦走する人もいる。全ての登山口に「おみやげ物引き渡し所」を作らなければならないこのアイディアはどう考えても無理そうだ。
この時間でもぞくぞくと登山客がチェックインをしている。今晩壮絶なことになるのは覚悟しているので、その様子を静かに眺める。
15:32
宿泊料金なんぞを写真で収めておいた。
どんなに劣悪な寝床の環境であっても、素泊まりすれば6,000円なり。
ここでは、「快適に過ごす」ことに対して対価を払うのではなく、「山小屋があるだけありがたい」と、山小屋そのものの存在に対して対価を支払うことになる。
まあ、山小屋経営者としても、夏の数カ月間しか営業できないわけで、それなりに高い価格設定にせざるを得ないのだろう。
一泊二食にお弁当をつけたら、ほぼ1万円。俗化著しい下界で1万円使うよりも、雲上の山小屋で1万円使う方がたやすいという状況。
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