ダウンヒルに焦がれて。【奥多摩トレックリング1】

自転車で下り坂を疾走する。こんなに身近で、気持ちが良いことはなかなかないものだ。

この快楽に気が付いたのは早く、すでに幼稚園の頃には自覚していたと思う。ゴーという風を切る音とともに、肌に感じる冷たい空気、そしてペダルをこがなくても前へと進む驚きと興奮。万有引力の法則は、快楽の根源でもあった。

時には怪我をしたこともあった。制御不能になり、電柱にぶつかり、全身傷だらけになったものだ。その時は、「もうやるもんか」と思ったものだが、しばらくするとやっぱりまた下り坂を目指すようになった。下るためには、まず坂を上らないといけない。しんどくても、やる。それがまた、楽しかった。

そんな思い出がセピア色になりかけていた時、奥多摩で「トレックリング」というお店がレンタサイクルをやっているという情報をキャッチした。

奥多摩といえば、東京都の際奥地。自然豊かで、都民がアウトドアを楽しむ場所としての定番だ。そんな場所でのレンタサイクルなのだから、さぞやリア充どものキャッハウフフの世界が展開されているのだろう、と最初は思った。または、ちびっ子を小さな自転車に乗せ、それを温かく見守るパパの図、みたいなものを想像した。まあ、どっちにせよ僕には関係のないことだ。

しかし、「えっ?」と思わずその情報を二度見してしまったのは、このレンタサイクルがダウンヒルにうってつけだという事がわかったからだ。奥多摩駅近くのレンタサイクル屋「トレックリング」で自転車を借り、そのまま山を下っていき青梅市の別のレンタサイクル屋にその自転車を返却することができる。つまり、「下るために上らなくちゃいけない」という面倒なことが一切ないのだった。ひたすら、引力に任せて山を下っていけばいい。美味しいところだけつまみ食い、ってわけだ。こんなことがあっていいの?イチゴのショートケーキでイチゴばっかり食べさせてもらうようなものだ。

これまでも、ダウンヒルできます!というレンタサイクル屋はあった。たとえばMTBを貸してくれるお店で、山の上まで車で自転車ごと運んでくれて、そこから下山はMTBでご自由にどうぞ、といった形だ。しかしそれだと、お店出発の時間は決められてしまうし、送迎費用が上乗せされるので高い。しかしこのトレックリングの場合、自転車を勝手に借りに来い、そしてどこをプラプラするのも自由だ、閉店時間までに返しに来い、ただそれだけ。気楽で、安くて、楽しい。そしてダウンヒルも楽しめる。これはいい。

早速試してみることにした。ただし、さすがに一人で行く、というのははばかられたので、広く参加者を募集してみたら、一人の女性の方が趣旨に賛同してくれた。よし、二人で行ってくるか。

2013年10月14日(月)

青梅線直通の中央線

気楽に始められるレンタサイクル、と先ほど書いたが、実際は1か月前くらいから自転車を予約することから計画は始まる。奥多摩駅近くのレンタサイクル屋「トレックリング」は、多種多様なレンタサイクルを取り揃えているのだが、いかんせん台数に限りがある。そして、「多種多様」であるがゆえに、希望する車種の、希望するサイズの自転車というのはなかなか借りられない。たとえば身長が比較的高い僕の場合、当然Lサイズの自転車を借りたいわけだが、Lサイズの自転車は数が少ないので早めの予約が必須、というわけだ。

レンタサイクルはMTB、クロスバイク、電動アシスト付き自転車という枠組みで、その中でも細かく車種が分かれている。好きなものをピンポイントで予約できるのだが、正直言って「クロスバイク」と「中・上級者向けクロスバイク」の違いなんてわからない。でも、今回は40キロを超える長丁場のサイクリングとなるので、車種選びは慎重にしないといけない。同伴者である女性は、おとなしく電動アシスト付き自転車をチョイスしていた。

彼女は、会社の山サークルで一緒の人なのだが、今回が初対面。往路の電車の中で合流し「はじめましあて」とあいさつをした。週末になると、新宿駅から奥多摩までは直通の「ホリデー快速奥多摩号」が走るので、便利。

で、その女性なのだが、二十代ということで油断していてはいかん。胸元には、まだちっちゃい赤ん坊の姿が。そう、一児の母なのだった。道理で、山に登るような人なのに電動アシストを利用するわけだ。

「大丈夫なの?赤ちゃんおぶって自転車だなんて」
「予約する際、お店の人に確認したんですよ。で、自己責任ですけど、という条件付きでオッケーもらいました」

今回、予約は各自で済ませてから参加表明すること!ということにしていたのだが、そこまでしてでもこのダウンヒル会に参加してくれたのか。ありがたくて涙が出るぜ。

ただし、さすがにお店としても「自己責任とはいえ、赤ちゃんはまずいだろう」と思い直したらしい。現在では、小さい子供のトレックリング利用は禁止事項になっているので注意。

聞くと、赤ちゃんはまだ10か月なんだという。1歳にも満たない乳児がダウンヒル!なんてアクティブなんだ。

「いや、あと1年もすればむしろいろいろ行けなくなっちゃうので」

なるほど。まだ小さいうちの方が楽なのか。それは逆転の発想だな。

「旦那にでも預けてくればよかったのに」
「離婚してるんですよ」
「えっ!?」

びっくりの連続だ。

奥多摩駅

JR青梅線の終着駅、奥多摩駅到着。

新宿から直通電車が走ることがあるとはいえ、周囲は東京とは思えない山の中だ。アウトドアを楽しむ人中心の利用であり、沿線人口は少ない。とはいえ、たった今電車が到着したばかりの奥多摩駅はにぎわっており、みんなこれからのアウトドアライフを妄想し上記した顔をしている。僕らもまたしかり。

とはいえ、まずは赤ちゃんのおしめを交換するところから始めないと。これから、運が良ければ長旅になる。何気に、赤ちゃんのご機嫌が最優先されるミニ旅行なので、できるだけ快適に過ごしてもらわないと。

トレックリング

奥多摩駅から青梅街道に出たところに、目指すレンタサイクル屋「トレックリング」はあった。

黒板看板は出ているものの、ひさしのところに大きな看板が出ているわけではない。うっかり見逃す恐れもあるので注意が必要だ。

自転車が並ぶ

中に入ると、カーペット敷きの床の上に自転車がずらり並んでいた。今日は予約がほぼいっぱいだったはずなので、まだ受け取りに訪れていない人が多いのだろう。全員が全員、青梅に向かってダウンヒルをしなきゃいけないというルールはない。このあたりをプラプラサイクリングするだけの人もいるし、さらに奥地にある日原鍾乳洞に向かう人だっている。

レンタサイクル、というと「森林公園」だとか「ナントカ牧場」といった施設にある、ずいぶんガタがきたママチャリをイメージしてしまうが、ここはそんな軟弱なものは一切なし。ヘルメット着用必須!

オリジナルのサイクリングマップ

書類に必要事項を書き込んだりしている間に、トレックリング特製のオリジナルサイクリングマップをもらった。オールカラーで、ここには奥多摩界隈のサイクリングに適した道が詳細に記載されていて大いに役立った。

トレックリングのwebサイトには、4つのサイクリングコースが紹介されている。奥多摩湖に向かう「むかしみちコース」、奥多摩へとダウンヒルしていく「癒しの裏道コース」、裏道コースの亜種である「悠久の文化コース」、青梅市街で寺社巡りをする「青梅七福神巡りコース」だ。ここで予習はしておいたしプリントアウトして持参したのだが、現地でもらったサイクリングマップはより詳細に書かれており、実際にはこっちばっかり使っていた。

公園と違い、自転車専用道なんてのがあるわけではない。時には車がびゅんびゅん走るような道を走らないといけないし、時には路地裏を走ることもある。どこで分岐するのか、目印は何なのかというのは慣れない土地ゆえに結構むつかしく、店員さんからの説明というのはとても大事だった。

「この道はおすすめしません。アップダウンが激しいので、こっちの道をおすすめします」なんて、サイクリングマップに書いてある事を覆す説明がバンバン出てくる。トレックリングが自ら作ったガイドなのに。そういう話を逐一メモっておかないと、迷子になってしまうので聞く方も大変だ。メモは必須。「Google Mapをスマホで見ながら移動すれば問題ないよハハハ」なんて考えは甘いぞ?チャリンコこいでる時にスマホなんてゴソゴソ取り出すわけにはいかないからな。「あっ!今のところが分岐だった?」と気が付いた時はもう遅い、自転車は相当先に進んでしまっている。

相棒となる自転車

おかでんに貸与された自転車。車種は忘れた。クロスバイクだ。

ダウンヒルを軽快に楽しみたいので、摩擦抵抗が大きいMTBは避けた。しかしまあ、こんなスピードが出そうな自転車、調子に乗ってダウンヒルやってたら即死楽勝だな。ホント気を付けないと。ヘルメットをかぶるとはいっても、そんなのは気休めにすぎぬ。

こちらは電動アシスト付き自転車

一方、こちらは同伴者が受け取った電動アシスト付き自転車。タイヤのインチ数が非常に小さなものだ。こんなのでキコキコやってもなかなか前に進まないのでは?と心配になるが、そこは電動アシストで力強くサポートしてくれるのだろう。