
鍋が煮えるまでの間のお楽しみは、焼き物だ。
せっかくみんな遠方から集まってきているわけだから(神奈川県在住のおーまさんに至っては、片道2時間近くかけてここまでやってきている)、「単に芋を煮ました。おしまい」というわけにはいかない。何か心くすぐられる料理を作ろう、というのが「野外炊事部」における毎回のテーマになっている。
特に野外炊事部初期は、「ビール鶏」「キャベツ大爆発」「ベーコンエクスプロージョン」という派手目な料理を連発した。その印象が強く、「今回も何かやらなくちゃ」という気持ちが毎回ある。
とはいっても、年度末で公私ともにゴチャゴチャしている時期だったためにあれこれ検討する時間が足りなく、「何か珍しい肉を買ってきて、それを焼こう」ということで落ち着いた。肉を焼くだけなら、楽だ。
よこさんの職場が港区にあるので、麻布十番にある「日進ワールドデリカッセン」で買い物をお願いしてあった。ここは、いろいろな肉が売られているらしい。
よこさん曰く、
偵察結果、ウサギはなかったけど、カエルが有りました。
あと、山羊(冷凍スライス)、鳩、ホロホロ鳥、ターキー、ウズラ…
一キロ近いチーズの塊とか。40センチオーバーなアスパラガスとかー。
とのこと。
ならば、この際だから「希少肉サミット」と称していろいろな肉を買い集め、それをシンプルに鉄板焼き+塩胡椒の味付けにして、トーナメント制で「どの肉が一番うまいんか、舎人公園で白黒つけちゃる!」というイベントをやろうとたくらんだ。
しかし、よこさんから
ちなみに、カエルの冷凍太もも4〜5個で1900円とかやからね?量もそこそこ有って2000円台〜
種類そろえると、喰い地獄と高額支払いのダブルパンチですよぉ。
と指摘され、あえなくこの考えは没となった。そりゃそうだ、「豚肉細切れ、100g98円」みたいな価格なわけがない。あれもこれも、と買ったら当然とんでもない値段になるし、「100グラムだけください」という売り方はされていないだろう。
結局、肉は一種類で、選択はよこさんにお任せでお願いした。
そして、当日姿を現したのは、緑色の袋。おう、羊肉・・・いや違う、やぎ肉だ!
パッケージには、「GOAT MIX WITH SKIN」と書いてある。皮付きやぎ肉ミックス、というわけだ。かなりパンチがあるやつがやってきたぜオイ。

やぎ肉って、こんな色と形をしているのだな。骨付きのぶつ切り。
日本でおおっぴらにやぎが食べられているのは沖縄だと思う。僕はそこでひーじゃー汁(やぎ肉を煮込んだ汁)を食べたことがあるが、聞きしにまさる臭さだった。羊肉の臭さをさらに強力にした感じ。癖が強い料理が好きな僕としては、「こういう料理もいいものだな」と好印象だったけど、だからといって頻繁に食べたいとは思わなかった。何度か食べているうちにやみつきになるらしいけど。
そのひーじゃー汁は、やぎ肉の臭み消しのために生姜、ふーちばー(よもぎ)を使っているのが特徴だ。
で、だ。そんなくっさい肉を、鉄板で焼いて食べようというわけだ。もちろん、臭み消しなんてまったく無しだ。ノーガード戦法だ。本当に大丈夫なのか、これ。
「煮込み以外で、やぎ肉を食べたことってあります?」
とみんなに聞いてみたら、何人かが「沖縄に行った時に、やぎ刺しを食べたことがあります」と教えてくれた。えっ、やぎ肉って刺身でも食べるのか。
刺身がありなら、鉄板焼きもありだろう。きっとそうだ。

やぎ肉に火が通ると、サイズが一回り小さくなる。
空いた鉄板のスペースに、福井県の「谷口屋のおあげ」を配置する。
この野外炊事部で何度も登場しているおあげさん。肉厚なあげは、食べ応えがあって、豆の味わいを楽しめるから大好きだ。ちょうど数日前、銀座にある福井県のアンテナショップに立ち寄ったら、この揚げの取り扱いがあったので衝動買いしたものだ。
昔は「東京では入手困難」と言われたものだけど、その割には案外手に入れている機会が多い気がする。

さらに、おあげの隣に先ほどのハムも置き、焼く。

ハムが焼けたところで、とんばら彼女さんが網のところで焼いていたトーストにハムをダイブ。そして、そのまま食べていた。
やるなあ。
本来僕もこうあるべきだな。大鍋いっぱいの芋煮を前に、「セーブしておかなければ」なんて考えているだなんて。老いたな、アンタも。

谷口屋のおあげ、焼き上がった。
よい焼き色だ。そして、とても美味しかった。外はカリッと焼けて、中はふんわりしたままだから。
これまで何度か、野外炊事部で焼いた中では一番良かった。
これまでは、炭火が少ない中での弱い火力での調理だった。そのため、油揚げが焼き上がるのは、水分が飛んでしまい若干パサついた状態になる頃だった。それが今回はちゃんとうまい。谷口屋の面目躍如。
これまでは、「ん?思ったより美味しくないかも・・・」と心の中で首をひねりながら、それでも油揚げを持ってきた手前、「美味しいね!」なんて空元気でニコニコしていた。でも今回は、僕が「うまいうまい」と言わなくても、みんなが喜んで食べていたのでほっとした。

大鍋がふつふつしてきたので、牛肉を投入する。
よく考えてみれば、「こんにゃくと牛肉を一緒に煮ると、牛肉が硬くなる」というのが本当ならば、時間差で肉を入れても駄目だよな。「肉が硬くなる成分」がこんにゃくを煮込めば揮発し、鍋から消えるというならともかく。
傍らでは、やぎ肉が鉄板からお皿に移され、空いたスペースにさつま揚げも焼かれはじめた。
やぎ肉だが、「くさい」なんて心配は無用だった。もちろん、独特の香りはある。そして、それは「珍しいお肉を食べている!」という高揚感と非日常感によって、大変に喜ばしい刺激だった。
だけど、そんな香りを忘れさせるほど、この肉は硬かった。骨離れが悪いので、まず骨から肉を引き剥がすのに苦労する。前歯がブリッジになっている僕の場合、「かみちぎる」ということができないからだ。あと、なんとか肉だけにしてからも大変。弾力が強く、噛んでも噛んでも小さくならない。まるでガムを噛んでいるように、みんな無口で黙々とやぎ肉を噛むひととき。
やぎ肉を煮て汁料理にするのは、臭み消しという意味もあるけど、柔らかくするという要素もあるのだな。これだけ硬い肉を食べるのは久し振りだ。おかげで、2きれ食べた時点で顎が疲れてしまった。顎の筋肉を鍛錬したいという特殊な人には、大変に向いている料理だ。
こういう体験ができ、驚きをみんなで共有できるのも「野外炊事部」の楽しみだ。自宅で一人、ごそごそとやぎ肉と調理して「硬い!」なんてやっていても、たんなる「料理失敗」であり「ぼやき」に過ぎない。みんなでやるからこそ、面白い。

牛肉を入れ、そして最後になめこを入れて具の投入は終了。
このあと、秋田県の調味液「味どうらくの里」を投入して味を付けるので、完成した時点では鍋がパンパンになる見通し。僕ら平均年齢40歳オーバーの6名。我ながらよく食べると思う。
(つづく)
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