トラムに乗ってセントラルに戻る。二階席に登ってみたが、街を見下ろしながら風景が流れていくという様は結構斬新。楽しませてもらった。
セントラルで降りるつもりだったが、チョンボしてしまい手前の金鐘(アドミラルティ)あたりの停留所で降りてしまった。社内アナウンスが無い上に、停留所名も無いので、こういうことになってしまう。
ついに雨が降ってきだした。
われわれは雨を避けるため、近くにあった「パシフィック・プレイス(太古廣場)」という巨大ショッピングモールに彷徨いこんだ。
ここはアドミラリティ駅ビルという位置づけの他に、ショッピングモール、ホテルなど複合的な要素を持っている。ただ、われわれとしては偶然迷い込んだだけの「雨宿り場所」だったため、この場所に対する事前知識は皆無に等しかった。
「とりあえず、フードコートでも見ていくか」
地階に「フードフェア」というフードコートがあるようだったので、香港庶民がどのようなものを食べているかを調べるのも一興、というわけだ。
現地に着いてみてびっくり、こりゃデカい。「フェア」と称するのも理解できるスペースが、そこには広がっていた。壁側にはずらりと各国料理のブースが並んでいて、ええと、香港でおなじみの叉焼飯を売ってるお店から、タイ、韓国、日本、イタリア・・・とあらゆる国の料理が楽しめるようだ。これは、スバラシい。羨ましい。
「僕、ここに住んでもいいかもしれない」
と思わず興奮して口走ってしまうおかでん。
「だってよ、ここにあるメニュー一つ一つ食べていくだけで、一体何カ国の・どれだけの料理が食べられると思う?」
しかし、こちらの興奮をよそに、ジーニアスは
「おかでんサン、さっきのお店よりこっちの方が興奮してないか?ダメだよ、せっかく香港に来たのに、庶民的グルメでウハウハ言ってちゃ」
とたしなめる。
「いやー、確かにそうなんだけど、日常生活に地に足をつけて考えてみるとだね、美味いフカヒレ屋があって一年に何回かしか食べる機会がありません、というよりも安くてそこそこの味の店があって毎日のように食べる事があります、って方がうれしいじゃん」
必死になって言い訳をする。
日本食コーナー。リトル・ミソというお店らしい。
他のコーナーと比べて、お客の寄りつきが悪いような気がするが、気のせいだろうか。
でも、確かにあまりおいしそうには見えない。日本人は丼物ばかり食う、と勘違いしているのか、丼メニューが充実していた。
「こうして日本人が日本食コーナーを見たらまずそうに見える、って事は他の国の料理も地元の人が見たらまずそうなんだろうな」
「まあな。で、結局どの料理も本場と比べりゃまずいってわけよ。だからお前、こんなところで食いたくてしょうがない光線を出してちゃダメなんだよ。全てにおいて中途半端だからな」
フードコートの一番端に、ケンタッキーフライドチキンがあった。ひょっこりとこういうところに米国資本が出てくると、ちょっとびっくりする。
しかし、肝心のカーネルサンダースは存在せず・・・カウンターの脇には、ノベルティグッズとしてドラえもんが飾られていた。
いつの間にか、日本文化が融合してしまっとる。日本ではあり得ない光景だ。
ノベルティは、ドラえもんに登場する主要メンバーがそれぞれ楽器を演奏しているフィギアだった。スネ夫の頭が、あまりに真っ平らなのがさりげなく衝撃的だった。そうか、スネ夫の頭を3D化すると、こういう形になるのかと二人で爆笑。
この日、ビクトリア・ピークで100万弗の夜景を見下ろして「虫けら共め、せいぜいあくせく働くがよい」と勝手な妄想でもしちゃろうと思っていた。しかし、外はあいにくの雨。強行突撃しようかと思ったが、雨脚が強くなったので断念した。
その代わり、どうもセントラルに着いてから気になって仕方がない建物を見に行くことにした。何やら、えらく高いビルだ。・・・いや、えらく高い、なんて表現は呑気すぎる。もう、何かの縮尺間違いじゃないか、というくらいでかい。地球という惑星の一部ではないか、というくらい他のビル群と違う。48階建てのHSBCビルが虫けらのように見えるのは遠近法の関係ではあるまい。
「一体あれは何だ、バベルの塔か」
「いや、俺以前香港に来たとき、あんなん無かったと思うけどなあ」
「じゃあありゃ何だ、長さが伸縮自在になってるのか?それとも、香港パワーであっという間に作ったのか。いずれにせよ、信じられないくらいデカいぞ」
ただひたすら、感嘆とその異様なまでのデカさについて語っているうちに、建物の下に到着した。
「しまった、近づきすぎたら、見上げるのが大変だ!」
首を物理的に曲がってはいけない角度にまで曲げて見上げてみたが、最上階を見るのが相当難儀だ。いかん、これ以上無理すると、死んでしまう。
全体像を見たけりゃ、遠くからで十分だったということに今更気づき、痛い首を元に戻しながら入り口に向かう。あわよくば最上階で夜景を・・・
ああ、ガードマンががっちりと入り口を守ってるぞ。これじゃ入れない。はいそうですか。
日本のように、高層ビル最上階を開放するという文化はないんですかいな、この地は。格好の観光名所になると思うんですが。
入り口には、「国際金融中心 THE WORLD FINANCIAL CENTRE」と書いてあった。ここまでデカいと、「中心」と名乗るのを認めざるを得ないな、とジーニアスと会話する。
「ところでこの建物、何階建てなんだ・・・?」
「ええと待てよ、あそこが20階だから、あそこが40階で、60階で・・・首痛ぇ」
またやってしまった。
首を痛め、なおかつ雨に濡れただけだったが、とりあえず謎のビルの名前がわかっただけでも何となく収穫だったような気になった。地下鉄駅に引き上げる。
HSBCビル、夜になったらド派手なネオンを光らせていた。目立つ目立つ。パチンコ屋のようだ。さらに、隣のビルでは下から上へ光がまたたく光のショーをやっていた。エレクトリカル・パレードかよ。
写真手前のビルは、窓が丸かった。船室みたいだ。もう、何の気なしにそびえているビルそれぞれが、「どうだ、俺の風貌は」と自慢しまくり。どうなっとるんだ、この街は。
そういえば、この辺りのビルは非常に夜景に映える。派手だからだろうか、と思ったら、下からビルそのものに照明をあててライトアップしていたのだった。きっと観光用としてやっているのだろう。さすが抜け目がない。
でも、香港人にとっては、同じライトアップでも「冬の白川郷における合掌造りライトアップ」なんて地味でつまらないものに見えるんだろうな。ああいう「渋い世界」「静の世界」は、香港とは無縁だ。
ということで、「派手」で「動」の世界に逆戻りだ。ビクトリア・ピーク行きを雨天中止としたので、尖沙咀の北にある廟街(ミウガイ、通称名男人街)に行ってみる事にした。ここは、ナイトマーケットとして栄えていて、深夜まで屋台が繁盛しているという。
セントラルから地下鉄に乗り、尖沙咀の一駅先・佐敦(ジョーダン)で降りる。ここから次の駅である油麻地(ヤウマティ)までのブロックに、廟街がひろがっているという。
夕方降り始めた雨はますます酷くなってきて、微妙に我慢ができない降りっぷりになってきた。諦めて、傘を買うことにした。
駅近くのお店で折り畳み傘を購入。9.8HKDだった。すなわち、150円弱。やっすぅ。
「でもよ、安い替わりにすぐに壊れそうだぞ、これ」
ジーニアスが傘をばさばささせながら言う。
「開け閉めしてるうちに折れそうだし、傘の生地から水が漏って来そうなんですけど」
「でも、150円って言われたら文句無いなあ。香港って物価がよくわからん」
日本とほぼ同じの物価水準のものがあるかと思えば、トラムやこの折り畳み傘みたいに妙に安いものもある。西洋文化と東洋文化がごちゃまぜになっている街だが、物価も庶民と観光客向けでごちゃ混ぜになっているということか。
せっかく買った傘だが、微妙に使えそうで使えないシチュエーションだった。何しろ、街の中には人があふれかえっている。傘があると、まともに前に歩けない。さらに、通りに面しているお店は大抵ひさしが出ているため、ビルにへばりつくようにして歩けば濡れなくて済む。
・・・ということで、みんなビルの側に張り付いて移動するため、ただでさえ混雑している歩道がますます混雑する。
これが廟街。
入り口でこうして写真を撮ってみたが、何が何だかさっぱりわからない写真になってしまった。両側から迫る屋台。そして、頭上にぐいーんと無理矢理伸びる看板。
そもそも、この場所は片側二車線くらいの車道になっている。にもかかわらず、その車道に屋台を隙間無く並べてしまい、車が通れなくなってしまっている。・・・いや、車どころか、人が歩くのも狭い。そんなに密着しなくてもいいだろうに、と呆れるくらいギチギチに店が並んでいる様は圧巻。上野のアメ横と神社の縁日とフリーマーケットを足して、香港風味にしてみました、という感じ。しかしまあ、無節操な造りだ。
売られているものは、衣類が多い。Tシャツを中心として、古着・・・あれ、ひょっとしたら新品の服だったかもしれない・・・何しろ、無造作に積み上げられているので、新品には見えない・・・なんかがたくさん。あと、バッグやアクセサリー類。
「あまりに情報量多すぎで、一つ一つ見る気がうせるな」
歩き始めて数分で、圧倒されてしまった。
「情報の洪水だからな。人間は自己防衛のために、過多な情報は排除するんだよ、きっと」
ということで、われわれはずいずいと廟街の奥に向かっていった。結構、こうなるとわれわれも無表情になってくる。目にする光景全てが珍しく、驚きだ。しかし、いちいち反応していたらきりがないので、「ふーん、あっ、そう」という感じでスルーしてしまうのだ。「自己防衛」という表現はあながち間違っていないと思う。
廟街散策の中で、一つ大きなテーマがあった。それは、「庶民が集う屋台で、B級料理を食らう」というものだった。
フカヒレやアワビもいいけど、よそ行きの味じゃなくて庶民的な味を知っておかないと。
これ、旅の企画が立ち上がった時点でおかでんが強く希望したものだった。
廟街のあちこちに、ざっくばらんとした飲食店があった。大抵は、丸テーブルがいくつか並んでいて、そこに椅子が数脚配置されているだけのシンプルな構成。
「さて・・・どうしたもんか」
いざ、屋台を前にして躊躇してしまう二人。なんか、ディープなんである。われわれ観光客が入るには、世界観が違いすぎるような。
「いまいち。次行こう」
「おい、何をもってイマイチとしてるんだよ。どの店もあんな感じだぞ。小きれいな店なんてここにはありゃしないんだから」
「いやー、わかっちゃいるんだけどねえ、どうもフィーリングがね、こう、ぐっとこないというかなんというか」
「何を訳のワカラン事を」
とかいってるうちに、脇道にもう一軒の屋台を発見した。立て看板に書かれているお品書きを眺めていたら、店員さんがそれに気づいて猛烈に「こっちに来い、席は空いてるぞ」と呼びかける(広東語なので何を言ってるのかわからん。推測)。
「まあ、ここは別にいいだろう」とおかでんがきびすを返しかかったところで、ジーニアスはそのまま店員の導きに観念して、店の中へ。
「えっ、おい、ホントに入るの?」
あわてて後を追いかける。
「おかでん。キミのケツの穴のナロウぶりには付きあってられんのだよ。どこだって一緒だって、しょせんB級なんだから。考えてみ?ここで、さっきのフカヒレを越える味が出てくると思うか?」
「うんにゃ」
「じゃあよ、フカヒレに僅差で負ける程度の味が出てくると思うか?思わないだろ。それにさぁ、他の屋台と比べて『こっちにしとけば良かった!』ってな事になると思うか?」
「うーん、あんまり無いような」
「そういうことよ。だから、さっさと入っちゃえって事だ。ま、諦め給え。店員のオッチャンにメチャ勧誘されたのが運の尽きだと思って」
店内の様子。結構広い。
丸テーブルがたくさん並んでいて、それぞれで飯を食らっている。もう既に夜の10時なので、居酒屋モードになっているかと思ったのだがそういうわけでもないようだ。ただ、あちらこちらのテーブルでビールが飲まれていたので、香港人も外食しながらお酒は飲むんだな、と言うことを認識。
テーブルの真ん中には、赤いプラスチックの箸とコップが用意されていた。非常に軽く、まるでおままごと用だ。そして、しばらくしたら湯気を立てまくっている、お茶が入ったポットを店員さんが持ってきた。
われわれが滞在している途中、ポットを一度下げて、また新しいポットを持ってきた。またもや湯気がふんだんに次ぎ口から吹き出ている。感心して
「凄いな、あんなに湯気が出てるなんて。いつもできたてを供給してくれるんだな。気がきいてるじゃん」
と言ったら、ジーニアスが困った顔をして言った。
「いや、このお茶あんまり飲まない方がいいぞ。さっきから店員の動きを見ていたら、ポットに残ったお茶は一度鍋に戻して、また注ぎ直してたぞ」
そして、おかでんの背後を指さした。そこは、おでん屋台でおでんを煮るような、四角い鍋があった。そして、その中にはなみなみと張られたお茶。しばらく観察していたら、店員がポットを下げてきてその鍋の中にじゃーっと戻していた。そして、ひしゃくで鍋からお茶をすくい上げ、またポットに戻して別の新しいお客のところへ。
「ということは、何だ。ひょっとしたら、『秘伝のタレ』みたいにこの店創業当時からのお茶が薄まって混ざってるかもしれんということか」
「そいうことだ。お茶なんて継ぎ足ししたって美味くならんぞ。逆にこんな不衛生そうなところであんな事やってたら、腹壊すんじゃないか。あんまり飲まない方がいいと思うぞ、いやマジで」
メニューを手にしたジーニアスが固まっていた。
同じく、おかでんも固まってしまった。
・・・
さっぱり、メニューがわからん。
漢字だから、何となく理解できるものだろうとたかをくくっていた。しかし、しかしだ。何を言っているのか皆目検討が着かないのだ。
「と、とりあえずビール」
「もういい加減注文は決めただろ?」という顔をして側に立っていた店員に、時間稼ぎのオーダーをした。ジーニアスが慌てて「ツービア、プリーズ」と付け加えた。
「え・・・ジーニアス、お前も飲むの?」
「いや、このお茶あんまり飲みたくないし、何となく」
夕食の時、ジーニアスは「俺最近お酒弱くなってさ、最初のビールだけでいいんだよねもう」と語っていた。しかし、ここではなぜか注文。おかでんに付きあってくれたのだろうが、それにしても二本は多すぎやしないか。
でも、「ビール」という注文が通じた、ただそれだけでもうれしかったのは事実。それくらい、メニューを前にして途方に暮れてしまったのだった。
どうやらここには2軒のお店が入っているらしく、二種類のお品書きがあった。白いメニューは、有記焼臘飯店というお店のものだった。これは、何となくわかる。どうやら叉焼飯系統の料理が列記されているらしい。
「値段が二種類あるのは・・・碗、というのとハリツケ(磔)みたいな漢字のものがあるぞ。サイズの違いって事か」
「お椀と平皿なのかなあ?」
サイズに違いがあることはわかったが、ハリツケ(勝手にそう呼ぶことにした)のサイズが検討がつかない。
あと、メニューの下に「各式瀬粉・米粉・麺同価」と書かれていた(よくわからん漢字が使われていたので意訳してみました)。どうやら、御飯の替わりに瀬粉(おそらくベトナムのフォーみたいな幅広の米麺?)、ビーフン、中華麺にすることができるらしい。
それは、分かった。まあ、米もしくは麺の上に何かの肉が乗ってくるというのは間違いないので、このメニューだったら何とかなりそうだ。想定外のものが来る事はあるまい。
メニューの中に「珍肝飯」とか「三寶飯」といった怪しいものがあるにはあるのだが、敢えて今日これを選ぶ事はあり得ない。普段だったら「ネタとして面白い」と敢えて怪しいメニューに突撃するおかでんでさえ、このあまりの意味不明っぷりに二の足を踏んでしまった。ま、順当に行きましょうよ、順当に。
この白いメニューは、まだいい。
問題はもう一種類のメニューだ。
源記桃園飯店、というお店のメニューは、何だか漢字の熟語を並べてみました的なお品書き。これが、もう泣き出したくなるくらい訳がわからんのだ。
もちろん、メニューの中には「肉」とか「椒」とか「炒」といった言葉がでてくるので、薄ぼんやりと何をしたいのかは分かる。しかし、メニューを構成している5文字とか6文字の漢字のうち、その一つを理解したくらいでは料理が一体なんなのかは全く想像ができないのだ。
「・・・」
「・・・ええと」
二人とも、悩む。
10分経過。
まだ、二人ともメニューを見ていた。やっぱり、全く分からない。どういうジャンル分けで配列されているのかさえ、わからない。
われわれとしては、香港B級グルメの定番として「叉焼飯」は食べたかった。これは先ほどの白いメニューで賄えるめどがついた。あともう一つは、「野菜食べたいよな、野菜炒めなんか無いのか」ということで黄色メニューを探索していたのだが・・・すんませぇん、さっぱりわからないです。
「青椒牛肉絲(ちんじゃおろーすー)」とか「酢豚」といった文字くらいはあるのかと思ったが、そんなわかりやすいものは影も形も存在しない。「餃子」とかいうのもない。
「このメニューの中に、『焼肉定食』なんてのが紛れ込んでいたら笑うよな」
なんてメニュー見始めの頃は軽口を叩いていたのだが、実際にそんなメニューがあったら、「これなら僕でも分かる!」と藁をつかむ心境で注文しちゃっていたかもしれない。
「・・・なんとなく分かるメニューはあるんだよ。陳皮蒸泥孟。陳皮ってミカンの皮のことだろ。で、泥で蒸して・・・」
「食えねぇよ、そんなの」
「あー、あと、雲呑ってのは分かる。炸雲呑40HKDか。揚げワンタン、ってことだからラビオリみたいなもんかな?」
結局、全く理解できなかったので「炸雲呑」の下にあった「椒藍沙孟仔」(漢字が微妙に違う)なるものを注文してみることにした。35HKD。
「まあ、ワンタンとあまり違わないものが出てくると思うので大丈夫だと思うんだけど」
「それにしてもさっぱり理解できないのは相変わらずだな」
「胡椒の椒、っていう字が使われているので、おそらくスパイシーなんだろうけど」
注文を通す際、店員が全く英語を理解しないことに気づいてジーニアス苦戦。外国語が全くできないおかでんは、渉外担当をジーニアスに一任するしかなく、ただ呆然とそのやりとりを見守るしかなかった。
「これ、これだってば」
とジーニアス、ついに日本語でやりとりをし始めた。英語が通じないなら、日本語でしゃべっても一緒だ。
びっちりとお品書きに料理名が羅列されているので、指さしても別の料理と勘違いされやすい。ジーニアスが一生懸命軌道修正をかける。
店員さんが何か言ってきた。
「何を言ってるんだ、ヤツは?」
「どうやら、お前らせっかくだから碗ではなくて大きい方にしろよ、って言ってるっぽいな」
「馬鹿言っちゃいけません、訳がわからん料理を大盛りにできるか!ズィスワン!This one!」
なんだか人質にされている気分になりながら、そわそわして待っているとビールがやってきた。
でけぇ。
おい、これはいわゆる大瓶と言われているヤツではないのか。
「一本12HKD(約180円)だから、小さいヤツかと思ったのに!何だよこの大きさは」
ジーニアスがうめく。
「今更大瓶のビールなんて飲めねーよ」
そりゃそうだ。現時点ではまだまだおなかがいっぱいな状態なんだから。
珠江麦酒、という名前らしい。下に「ZHUJIANG BEER」と書かれているので、珠江と書いて「ずーじゃん」と読むと思われる。一つ勉強になった。周囲に、「珠江さん」という女性がいたら貴方はラッキー。ぜひ、「ズージャンさん」と呼んであげよう。そこから話題が広がって、まかり間違えばラブラブな関係になれるかも。
なわけ、あるかい。
さてこの珠江だが(何だか人の名前みたいでやっぱりイヤだ)、写真の通り。・・・なんか、めっさ薄いんですけど、値段相応と言うことでしょうか。水の替わりに飲む、みたいな感じ。ビールの苦みだとかコクだとかのどごしだとか、そんなものは眼中にございません、という味だった。蒸し暑い香港の事、ひょっとしたら水感覚で飲めるビールじゃないと受け入れられないのかもしれない・・・と、好意的に解釈してみる。とりあえず。
しばらくして、ごとり、とテーブルの上に置かれたのがこの料理。
臘肉叉飯、だったかな?記憶曖昧。
まあ、料理名はともかく(いい加減だなあ)、想像通りの料理だ。俗に言うチャーシュー飯の一種。
いいぞ。さっきまでのA級グルメから、急にB級の王道だ。結構美味そうだし。でもカロリー高そうだし。ま、いいか。
「おい、これ『碗』じゃないんじゃないのか。あの親父、勝手にでかい皿に盛りやがったなさては。少なくていい、って言ったのに」
ジーニアスが憤慨する。確かに、これは一人前として食べる分にはちょっと多い気がする。しかし、周りを見ると結構ぱくぱく食べているんだよなあ、これが。胃袋の容量は香港人の方が大きいのかも知れない。
早速食べてみる。
うむ、香港を包み込む八角の臭いが、口の中に。何だか、まさに今香港そのものを食べているっていう感じがする。いやぁ、香港に来て良かったなあ。
・・・という感慨はせいぜい5秒。ヨロコビの後には、ネガティブな部分が気になってきた。まず、油っぽい。もちろん、この料理は表面の皮をぱりっとさせるために揚げてあるので油っぽいのは当然だ。しかし、それにしてもくどいなあ。タイ米とよく合うんだけど、タレの味もあいまって、非常にくどい。そして、なぜか小骨が結構肉の中に入っていた。がぶり、と肉をかじることができない。豪快な料理なのに、繊細に骨をよけつつ食べないといけないという微妙な料理だ。
「どうだ、うまいか?」
「いや・・・あんまり美味いとは思わないな。腹減ってる時には丁度いいかもしれないけど」
「だなぁ。腹減ってたまらねぇぜ、という時だな、この料理は」
ジーニアスは、御飯を食べるのをやめて、上の肉だけをほじくり始めた。
「あのねお前ね、御飯とか食べない方がいいぞ、いやマジで。あっ、まさかおかでんサン全部平らげようと思ってるんじゃないだろうな。やーめーとーけーっって。もうおなかいっぱいでしょうが」
「いや、さすがの僕でも、これを全部食べる気にはならない。悪くない味なんだけど、いかんせん今はそれほど空腹じゃないし」
とかなんとかやりとりをしているうちに、もう一品の料理がでてきた。
「・・・?」
「・・・・・・・・・・。」
二人とも、あぜんとしてしまった。何だ、これは。
「お店の人が、ま、間違えたのかなコレは」
「ワンタンのすぐ下のメニュー、って言ってたよなお前」
あわてて二人でメニューをたぐり寄せた。この料理、どう見てもワンタンとは無縁だ。何かの魚を揚げたもの、だ。
「椒藍沙孟仔」 なんかよくワカランが、孟仔というのは小魚という意味だったらしい。ううむ。そうきたか。まさか揚げワンタンときて、こんな魚料理が出てくるとは・・・あっ、なるほど、揚げ物料理ということで並んでいたのかもしれない。今、この文章を書いていて気づいた。
「うわぁ・・・魚かよ。大丈夫か?肝炎になるかもしれんぞ、こんなところの魚だと」
やや心配なんである。店に入る前も、「内臓とか魚とか、ナマモノだけはやめとこうな。肝炎キャリアになったら一生モンで後悔するぞ」と確認しあった直後だ。大体、下に敷いてあるキャベツの千切り(幅広なので百切り、程度)だって怪しい。日本人が食べちゃっていいものなんでしょうか、これ。
変に警戒することは無いのだろうが、君子危うきに近寄らずという言葉は実に正しいことわざだ。これはちょっと避けた方がよさそうな。
まあ、そうはいっても、とりあえず食べてみるか。
もっさもっさ。
ううむ、骨っぽいなあ、これも。小骨だらけだ。かみ砕いて飲むとき、とがった骨が口の中にささる。飲み込む時にちょっと覚悟と勇気がいる。日本人だったらいやがる魚だな、これ。味は淡泊な白身魚。それを、カレー風味のスパイスで味をつけ、揚げました、という料理だった。
「どうだ、うまいか」
「いや、もう何だかごめんなさい、って感じっすわ。全然美味くない。食感悪すぎだし、味もイマイチだし。ワンタンとのギャップがものすごくて、特にネガティブな印象が」
「で?この料理に対して、何点つける?」
「え?こんなので点数つけるの?いや、もう点数とか超越してるよ。つけられるかぁ」
「いやそこを敢えて採点すると」
「・・・んー、4点。まあ、庶民の味に馴染みがないからだろう、という文化差を勘案して、ゆるめに採点してみました。正直言えば、3点」
「おお。アメリカで食べた『チャイニーズ・コンボ』並と言うことだな」
「あれも想像していたものとのギャップが激しかったもんなあ。やっぱ、ギャップが大きいと評価もきつくなる」
結局、半分以上残してお会計となった。
お店の人が、何やらあれこれ言ってくる。何を言ってるのかさっぱりわからん。ジーニアスが英語で聞き直すが、これまた通じない。しばらくやりとりしていて、ジーニアスがようやく感づいた。
「どうやら、こんなに残しちゃった料理、持って帰るか?ってきいてるらしい」
「いらんいらん!絶対に持ってかえらんぞ、腐らせるだけだ」
結局、二人の支払いは90HKD(約1,350円)。あれ、ちょっと高くついたな。
何だか、八角臭いやら油っぽいやら、ものすごく後味悪い状態で店を後にした。
「ううむ、フカヒレの感動が今の店で消し飛んでしまったような気がせんでもない」
「それ、言えてる・・・なんか、口の中をさっぱりさせないと落ち着かないな」
と会話していたら、たまたま目の前に亀ゼリーの店が有った。
「おお?亀ゼリーか。丁度良かった、これも食べる予定だったんだ。口直しに丁度良いじゃないか」
われわれは、なだれ込むようにお店の中に入った。
・・・というのはブンガク的形容表現であって、実際はこのころになるとデジカメの調子が最悪になってきて、この写真を撮るだけで5分以上を要していたのだった。どうしても映像がピンクに染まる。デジカメの横を叩くと、一時的に回復するのだがファインダーを押そうとした瞬間、またピンクに戻る。段々、デジカメを叩く強さが激しくなってきた。このまま行くと、叩いたことでデジカメが壊れるという本末転倒な展開になりそうだ。
まあ、それはともかく。
店内で亀ゼリーを注文してみました。お一人様40HKD(600円)。わりあい高いんである。
見た目はコーヒーゼリー、という印象だったのだが、間近で見るとどす黒い。コーヒーゼリーのような透明感がない。羊羹みたいな感じだ。
どっぷりとした握り拳大の容器に入っていて、結構なボリューム感がある。
「これが苦いんだ、また」
とジーニアスは早くも警戒モード。本当は「二人で一個でいいかな」なんて話を事前にしていたのだが、なにせさっきのお店で二人とも相当おみまいされてしまった後だ。口をさっぱりさせるためと毒消しのために「一人一個でいいだろう」という事になったのだった。
卓上には、みつが入った入れ物があって自分で好みに合わせてかける。コーヒーゼリーにスジャータをかけるようなもんだ。
おかでんが調子の悪いデジカメと格闘している間に、ジーニアスは食べ始めていた。
思いっきり顔をしかめて、「ぬおっふ」と呻いている。「だぁぁ、苦いなあ、やっぱり。ふう」なんてため息をついている。そんなに苦いのか?
おかでんも、食べてみる。まずは蜜なしだ。ううん、おかでんからしてみれば、許容範囲の苦さ。まさに漢方薬っていう感じで、こういう苦さは結構好き。蜜なしでも食べられる。
ただ、調子にのって蜜なしで食べていくうちに、口の中に苦さが段々蓄積してきてしまった。やっぱり蜜をかけて食す。これはこれで、美味い。
げてもの系料理かと思ったが、案外まともでした。頻繁に食べたいとは思わないが。
「で・・・おかでんサン、点数は?」
「えっ?こんなのに点数つけられるかって」
亀ゼリー後、そのまま廟街を北に進み油麻地(ヤウマティ)に出た。
「地球の歩き方」によると、廟街は結構危険であるといった書かれ方がされていた。カメラ持っちゃいかん、派手な格好はいかん、21時以降は危険、みたいな感じだ。しかし、節度を持った危機管理さえしておけば、過剰反応をするほどのものではなかった。まあ、夜の新宿歌舞伎町を歩くのと一緒だ。
廟街自体は非常にエキサイティングな街で面白かったのだが、「危険である」という先入観があまりに強かったため、やや拍子抜けしてしまったというのも事実。
時刻は23時を回っていたが、ホテルのある尖沙咀までは地下鉄で2駅。「だったらネイザンロード沿いに歩いて帰ろうか」という事になり、30分ほどかけて歩いて帰った。
それくらい、治安はいい。(裏道だとどうかは知らないが)
感心するのは、もう深夜だというのに町中に相変わらず人があふれていたことだった。一体お前らいつ寝るんだ。そもそも、お店が深夜まで営業しているというのが凄い。もう0時近いのに、何で電気屋が営業してるんでしょうか。深夜にデジカメや携帯電話を買う人なんか居るわけが・・・あっ、店内にお客さんがたくさん居るぞ。
ホテルに戻って、シャワーを浴びるともう時刻は0時半。そろそろ長い一日を締めくくりますかね。
窓からネイザンロードを見下ろしてみると、ようやく道行く人の数が減ってきていた。真向かいの安ホテル集合体ビルは、入り口にシャッターが降りていて小さな通用門だけが開いていた。しかし、その通用門からは人がひっきりなしに出入りしていて、何のためにシャッターを閉めたのかいまいちよくわからんかったりする。
通用門の隣では、まだ電気屋が営業を続けていた。だーかーら、こんな深夜に誰が電気製品を(以下略)
ま、いいや。
明日も一日、歩き回る予定だ。お休みなさい。
コメント