これは天災ではない、人災だ【西穂高岳】

カウンターに並ぶ一升瓶

17:10
食事を開始してしばらくしたところで、男性の従業員さんが食堂内に響き渡る声でなにやら話を始めた。

「信州・飛騨の地酒を販売しているのでぜひどうぞ!」

なんて言ってる。ええ?地酒?食堂でお酒を売ると言うこと自体山小屋では珍しいが、それにも増して、従業員さんが指さす「こちらで販売しとります」という方向にはなにやら一升瓶が並んでいる不思議。ワンカップで売っているのではなく、どうやらコップ量り売りをしているらしい。なんちゅー山小屋じゃ。こんなの、見たことも聞いたこともないぞ。

冷やで700円、お燗にして800円

17:11
壁には、確かに張り紙がしてある。冷やで700円、お燗にして800円。お燗にすると100円も値上がりしてしまうあたり、いかにも山小屋物価なわけだが、それにしても驚きっぱなしだ。

こういう「挑発」をされたからには、応じないわけにはいかん。勝手にそう思いこんで、「おう、任せとけ!」と勢い込んでカウンターに突進。

「頼もう!」

なんだか時代劇チックに従業員を呼び止めたのであった。

「いやもう、ああいうプレゼンテーションされちゃったら、飲まずにはおれんかったですよタハハ」

と従業員さんに伝えたら、すっごくうれしそうな顔をして

「ありがとうございます。たくさん飲んでいってください」

と答えが返ってきた。うん、ぜひそうしたいけど、山でたくさん飲んじゃって二日酔いになったりするのはさすがにやばいので、そこそこでやめときます。そこまでの挑発には応じられないっす、さすがの僕でも。

銘柄が何種類かあったので、何だったか適当に選んで、冷やで注いでもらう。

升とぐい飲み

17:11
これがアンタ、さっきから驚きっぱなしですよモウ。

湯飲みかシェラカップ程度の色気のない容器に注がれると思ったら、何と升に陶器の器が乗っかってらっしゃるじゃあございませんか。しかも升には「西穂山荘」の文字が焼き印されとる。驚くやら、呆れるやら。凄い。

この器、しかも結構どっしりとしてデカい。お上品にちょっとだけしかお酒が入らないサイズではなく、屈強な山男も満足できるだけの量が入る。素晴らしい。

でも、ついつい「表面張力から、そのまま升にお酒がこぼれ落ちる」くらいの量を期待してしまう自分。やめとけ。

この量で700円って、えらく安いと思う。缶ビールが、下界と比べて3倍弱の値上げになっているこの地の物価感覚からいったら、お得感満点だ。

とはいっても、清酒飲んじゃうと本格的に酔っぱらってしまう。気を付けないと。

周囲を見渡すと、ビールを飲んでいる人が全体の2割くらいだとしたら、清酒にまで手を染めている人はさらに少なく、全体の0.5割くらいだった。まあ、さすがにそうだろう。あと、急なお誘いだったので、財布を食堂に持参しておらず泣く泣く断念した人もいたのかもしれん。

ご飯おかわり

17:21
お酒売り場兼お湯売り場の傍らには、ご飯の保温器が置いてあった。各テーブルにはおひつが用意されているのだが、小さめの容量であるために誰かがお代わりするとご飯がすぐになくなってしまう。そのため、それ以上のおかわりはここに来てセルフでやってくれ、というわけだ。

山小屋によっては、おひつのおかわりオーダーで右往左往する従業員さんを見かけるが、こちらの方がスマートで合理的だ。比較的食堂に広いスペースを割くことができた西穂山荘ならでは、なのかもしれない。(山小屋によっては、食事中の人が歩き回るスペースが全然無く、着席したら食べ終わるまで動くんじゃねェぞ的なところが結構ある)

ご飯は各自食べられるだけ盛ってくださいね。

17:21
ご飯は各自食べられるだけ盛ってくださいね。

とお願いされちゃいました。

「ください。」で終わらないで、「くださいね。」という表現を使うことで随分と表現が和らぐものだと感心。

私ですか?

いえ、私はビールと清酒で十分に炭水化物は摂取しましたんで、ご飯のお代わりは結構でございまする。

ホワイトボードは座席表

17:22
壁にかけられたホワイトボードは座席表になっていた。グループ毎に、離ればなれにならずに座ることができるように、パズルゲームのように組み合わせがされていた。

僕は単独行だったので、右上の1×9、と書かれたテーブルで食事だった。ここは一人客が9名着席だよ、という意味だ。

これを見ると、二人組の登山客が多い事が分かる。ただ、中には合計11名にも及ぶ結構な大所帯がいることも分かる。

ガスが強くなってきた

17:22
食後、やることがないので外に出てみる。

「お酒をチンタラ飲んでいたので、食堂の片づけに支障が出た」というのは最もやっちゃいかんことだ。45分刻みで都合3回の夕食は運営されているので、食べたらすぐに退席、というのが鉄則。

ということで、我ながら感心する「酒飲んで、食べて、全てを20分弱で終了」を達成。

引き続き、第二回目の夕食に紛れ込んでもう一回飲み食いしてもいいなあ、とちょっと妄想してしまった。夕食代、余計に払えば「夕食を2回食べる」ってこと、やっても良いのだろうか?今度山小屋に泊まるときは、試しに聞いてみよう。もちろん本気で敢行する気はないけど。もしOKだったら、例えば西穂山荘だったらトータル90分もの長丁場、お酒と食事を満喫することができるのだった。

・・・でも、順番待ちの他のお客さんの迷惑になるから、やめとけ。

ガスるテント村

17:49
外はすっかりガスで覆われていた。神秘的でもある。

おー、テント村は先ほど見た時よりもさらに密度が濃くなっているではないか。頑張れよー。隣のテントのいびきには堪え忍べよー。

まだ外は日没になっていないが、テントから顔を出して調理をしている人や、テント周辺をウロチョロしている人は皆無だった。さっさと夕食を作って、もうテント内で休んでいるのだろうか。

トリカブト

17:51
トリカブト発見。

なんとはなしに写真を取る。暇だ。

西穂山荘ではゴミは全て"持ち帰り"です

17:52
西穂山荘ではゴミは全て”持ち帰り”です

と書かれた掲示があった。まあ、そりゃあ当たり前だ、高速道路のサービスエリアにペットボトルを捨ててくるのとは訳が違う。「山荘スタッフが下山する際には、ゴミを背負って下ろします。」と書いてある。これは相当な重労働だ。ロープウェイ乗り場が近いので、極力ヘリコプター輸送を使わないで人力を使っているということなのだろう。

「途中、上高地やロープウェイ乗り場でゴミを捨てたンじゃ意味がない。家まで持って帰れ」とも書かれている。いや、いちいちごもっともだ。

興味深いのは、「どうしても持ち帰れない場合」という事も書かれていることだ。何らかの事情により、ゴミを持ち帰ることができない場合は、「1g=1円」で引き取ります、と書いてあった。もうけなどでません、とわざわざ但し書きが書いてあるが、なかなか大変なゴミ事情だ。

待てよ、ということは、「もう下山するのは面倒ー。ヘリで下山したいー」と思った時は、自らをゴミに例えて、お金を払って下に下ろしてもらうこともできる、ということだな。ええと、僕の体重は80kgとしたら、お値段は・・・8万円!遭難救助要請するよりも安く下山できるぞ。ラッキー♪

そのかわり、その他生ゴミや空き缶と一緒にされ人として扱われず、なおかつ次の輸送は来週になります、なんて言われるけどな。そんなことをしようとする奴はゴミ以下だ。

日の出が05:25、日の入りが18:20

17:53
明日は晴れ。良かった。

この時期、日の出が05:25、日の入りが18:20とのこと。

第二回夕食を食べる会

17:55
食堂では、17:45からの第二回夕食を食べる会が華やかに開催されていた。その光景を眺める会を、一人、二階の窓から敢行。

こうやって見ると、ぎっしりと人が詰まっているなあ。体格の良い人がいると、隣の人と肩同士がぶつかり合っている。思わず、「頑張れー」と声援を送ってしまった。単に食事をしているだけなんだけど。

一部屋書庫

18:04
暇つぶしに本棚で本でも読もうと思って1階に降りてみたら、一部屋丸ごと書庫になっているスペースを発見した。中を覗くと、これが漫画図書館状態になっていた。おお、こんなところがあったなんて。

見ると、課長島耕作とか、いろいろな漫画が置いてある。しまったぁ、夕食前に気づいておけば良かった。

めぞん一刻

18:05
寝るまでの時間、ここの漫画と心中することに決めた。

まだ読んだことがなかった「めぞん一刻」をセレクト。

表紙を開と、「西穂山荘代表取締役 村上健一」というスタンプが押してあったのがなかなかに味わい深い。

寝静まる山小屋

20:09
19時半からの第三回夕食が終わると、急に山小屋は閑散とした。出歩く人も少ない。みんな部屋に籠もってしまったようだ。消灯時間が21時であることを考えると、みんな非常にお行儀が宜しい。しばらくめぞん一刻を楽しんでいたのだが、あまりに人気が無くなってしまったので心配になり、20時10分にはギブアップしてしまった。なんだか寝ないとまずいんじゃないか、という気にさせられるシチュエーション。

僕の場合、早寝してしまうと、夜中に目が覚めてしまい絶望感を感じてしまうのでできるだけ就寝を遅らせたかった。しかしそうも言ってられない。早いけどもう寝てしまおう。

寝床のある部屋に行ってみたら、みなさん大変にお行儀よろしく、既に寝静まっていた。・・・いや、今の文章に二箇所の訂正がある。まず、寝静まっていた、というのは間違い。いびきが結構うるさい。あーあーあー。今晩も楽しい時間が過ごせそうだぜ。あともう一つ、「お行儀がよろしく」というのも訂正。あのー、僕の寝る場所、どこなんでしょうか。

ぴっちりと枕が並べられた部屋なので、皆さん寝相悪く寝ることは物理的に不可能。ただし唯一例外があって、それはぽっかりと空いている僕の寝床スペース。これ幸い、と両側の人が我が陣地に侵略し、完全に自国領土としていたのだった。あーあーあー。枕まで強奪されていなかった分まだマシだったが、これは困った。

しばらく、「どういう寝相になれば、この狭いスペースで僕は寝床を確保できるのか」と、僅かに見える床の敷き布団の形状と自分の体のサイズを計算してみたが、どうやっても無理だ、これでは寝られない。あぐらをかいて座ることすらできぬ。仕方がないので、いびきをかいて「我が領土は不滅なり!絶対なり!」と無意識に主張してらっしゃる、大変に怪しからん侵略者の肩を叩き「ちょっとすいません、寝られないんで寄ってもらえませんか?」とお願いしたのだった。

侵略者が好戦的だったら、世界大戦勃発だった緊迫状態だったが、幸い友好的な関係が築けたようだ、すっと立ち退いてくれた。良かった、これで寝床は狭いながらも確保できた。

ただそれだけでは終わらなかった。さあ寝るぞ、としたところで、先ほどの隣国は「せっかくだからもっと緊密なシャトル外交を樹立すべきだ」と主張してきて、寝返りを打った時に僕の体に足がかぶさってきた。やめんか、こら。この好意の押しつけから逃げだそうとして、もう一方の国境線に待避しようとしたが、これがもう鉄壁の国境警備軍を誇ってやがる。「てこでも動かないぞ」と自国領土を強固に主張し、われわれが「これは緊急待避だ!政治難民だ!」と主張しても動いてくれなかった。ごく狭い布団の中で、「もうどうなっちゃうのワタシ」とココロで泣いた。寝相の悪い親父のからみつく足に全米が泣いた。

そのまま、良く寝付けないまま夜が更けていった。

2006年09月03日(日) 第2日目

西穂山荘の夜明け

05:07
なにやら真っ暗な中、ゴソゴソする音が聞こえる。誰か、早立ちする人がいるらしい。時刻は朝3時。早朝どころか、まだ深夜と呼べる時間だ。「先立つ不幸をお許しください」って言葉があるよなあ、なんて不吉なことを考えながら、寝苦しい寝床の中で時間を過ごす。

一人だけが早立ちかと思ったら、あっちこっちでゴソゴソ音が始まった。時折部屋のドアが開け閉めされるが、ドアが開いている時に聞こえてくる廊下の音から察するに、この山小屋全体で早立ちする人が多いらしい。

・・・ああ、そうか。西穂高岳登頂後、そのままジャンダルムを経由して奥穂高岳まで縦走する人が結構いるのだな・・・ジャンダルム~奥穂高縦走をしようとすると、早朝出発は必須。

朝4時頃になると、ガサゴソ音は去っていった。早立ちの人はひととおり出発してしまったようだ。薄目を開けて部屋の中を確認してみたら、2/3くらいの人が出発していてびっくりしてしまった。みんなやるなあ。

ジャンダルムに遠征していったため、僕の周囲は右側、左側共に国防軍が不在になっていた。というより、国自体がもぬけの殻だった。おかげで、ようやく人並みに寝床を確保できた。とはいっても、朝4時になって寝床が確保できてもねぇ。今更熟睡しようったって事実上無理だし。

朝5時、まだもう少し寝ていても良かったのだけど起床。体の各部位がミシミシいうし、頭がぼーっとするけど我慢。これが、山だ!山とはこういうものだ!・・・本当か?

西穂山荘の朝食

05:25
朝食。

大学いもがあるのがちょっと面白い。

さあ今日これからようやく本格的な山登りだ。栄養をつけておかなければ。

ご飯を山盛り二杯食らう。

朝日を浴びた焼岳

05:37
夜が明けてきた。

山小屋の南方に、朝日を浴びた焼岳、そしてその奥に乗鞍岳が見える。今日は良い天気。山登りには最適だ。

二日目スタート

05:43
朝食後、さっさと荷造りを済ませ出発準備。

団体登山客の場合、どうしても朝食-荷造り-出発までに時間を要するが、単独行の場合てきぱきと準備ができるのが良い。

お手洗いや洗面所が人でごった返しているのを後目に、さあ行こうではないか。

昨晩はアルコール漬けだったわけだが、今日はもう真剣に山に登りまっせ。

丸山めがけて登っていく

05:44
まず目指すは、山小屋のすぐ北にある丸山。まだ森林限界は訪れておらず、低木が茂っている中を歩いていくことになる。

うーし。

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