Fishの案内に従って車を湖の外周沿いに走らせると、なにやら駐車場に到着した。えっ、駐車料金取るんですか。まじっすか。こんな周りは雑木林で何もないところの駐車場なのに、料金ゲートがあるとは。
納得いかん、と思いながら車を降りてみると、看板に「龍鑾潭自然中心」と書かれているのを見つけた。なんと、ここが中心だったのか。ということは、さっき車を降りて見ていたのは「中心から外れた、いわばカス」だったのか。それは恐れ入った。
中国語を母語とする国では、この「○○中心」という言葉が至るところで出てくる。英語にすると「~センター」なわけであり、それならば日本人にも馴染みが深い。確かに日本人、意識せずにやたらと「センター」という言葉を使っている。で、あらためて「中心」という漢字を見て、そうか、センターとは中心という意味だったのか、と当たり前の事に気がつく。
さてこの龍鑾潭だが、解説看板によると広さは175ヘクタールで、秋冬になると渡り鳥がいっぱいやってきて、いわゆる「野鳥天堂」なのだという。おいFish、そこまでちゃんと説明してくれ。単に「鳥がいるから湖に行く」とだけ言われても全く理解できていなかったじゃないか。
駐車場から遊歩道をてくてくと歩くこと5分以上。結構歩くなあ、と思った先に建物が見えてきた。あれが自然中心だ。随分と駐車場から離れている。もっと近くに作ればよいのに、と思ったら、Fish曰く「湖近くに車がやってくると、鳥が逃げるから」なんだそうだ。自然保護のため、湖周辺には人が近寄れないようにしているらしい。
なるほどそういえば、先ほど車を停めて湖を俯瞰した時も、やたらと湖畔から遠かったな。
自然中心の中に入ると、小さいながらも立派な設備が整っていた。渡り鳥の種類や生態について解説している博物館的なスペースがあるが、なんといっても目玉は湖畔に向けたガラス張りのところから、望遠鏡で鳥を観察することだろう。
望遠鏡がずらっと並んでおり、もちろん無料で使うことができる。隣の人との間隔は広いので、ゆっくりと鳥のスケッチをするなんて事も可能。もちろん混んだときは望遠鏡争奪戦になるはずであり、われわれのように閑散期の平日に訪れるのが吉かと。
広い湖をざっと見渡すが、湖面のあちこちに小さな鳥がぷかぷか浮いていて目移りする。しかし、自然中心は「だと思ってとっておきのものを用意しました」とばかりに、われわれの正面の湖面に防波堤のような石組みを作ってくれていた。甲羅干ししたい鳥たちは、みんなこの石の上に登って一休みしていたので、渡り鳥見放題。ありがたみがうせるくらい、楽にたくさんの鳥を一度に見ることができた。
鷺、鴨の類は日本と同じだが、日本にはいないのかな・・・というのも居たような、居なかったような。残念ながら鳥については全く疎いのでわからない。でも、バードウォッチングって楽しいもんですな。
Fishが「鴨だー♪」とうれしそうにしている。見ると、日本でもおなじみの青首のマガモが泳いでいる。実際には日本のマガモとは違うのかもしれないが、まあ、そんな感じの鳥だ。
彼女は、皇居のお堀でマガモを見たときも激しく興奮し、写真を撮りまくっていた奇妙な習性がある。なぜ鴨ごときで興奮するのか。美味そうだからか。不思議に思って聞いてみると、
「青首の鴨はもともと台灣にはいないから」
と答えて、なるほどそうなんだと思ったものだ。しかし、今こうやって望遠鏡を見ていると、目の前に青首鴨が泳いでいるではないか。おいちょっと待てFish。どういう事か説明せよ。
「いや、鴨は渡り鳥だから、台灣じゃあまり見かけないんだよ?」
ほう、そうなのか。しらんかった。でも、台灣にも青首の鴨がいる、ということは間違いないのだな。紛らわしい奴め。この辺り、彼女と会話をしていると細かいディティールに間違い情報が混じるので話7割程度で聞いておかないといけない。
そういえば昨日の「鴨肉蔡」の名刺にも青首鴨が描かれていたっけ。
使い慣れていない人間が、望遠鏡で対象物を完璧にロックオンするのは結構難しい。黒い部分ばかりが見えて、肝心のターゲットが見えにくい。特に、おかでんのような眼鏡っ娘・・・親父・・・はなおさらだ。
望遠鏡に悪戦苦闘していたら、大きなハイビジョンテレビに池の鳥が映し出されていた。なんて見やすいんだ。どこから撮影しているのかと思ったら、われわれのすぐ脇に白い超望遠レンズを装着したビデオカメラがあった。なるほど。
渡り鳥に関する展示あれこれ。鳥好きにはたまらない施設だ。
特に鳥好きではないおかでんも、なんとなく楽しめた。鳥の名前を何一つ覚えられなかったが。
お手洗いの入口に、ティッシュの自動販売機があった。日本の鉄道駅でも最近はあまり見かけなくなったが、台灣で見かけるとは思わなかった。「面紙」というのだな。顔ふき用、という建前なのだろうか。
日本のティッシュ自販機は、レバーをがしゃんと下に押し込むタイプの物が多いが、この自販機はガチャポンのような丸いレバーをぐりりりんと回すタイプ。なんかこっちの方がハイテクな気がする。いや、ハイテクじゃないか。
ティッシュ1つで10元(約32円)。安いか高いかといえば相当高いと思うが、手頃なコイン1つで販売となると10元しかなかったのだろう。
盗まれたら大変とばかりに、自販機に南京錠が取り付けてあるのが特徴。こんな屋内で自販機泥棒が発生したら、それは相当大胆な犯行だ。
鳥の観察を終え、次は原発の奴らを襲撃に向かうことにした。昨日は随分とお世話になったから、お礼としてこちらからごあいさつだ。FishにJenny姉に連絡を取って貰い、見学の算段をつけてもらう。時間の設定をして、いざその時間に原発の正面玄関へ・・・見事追い返された。なんでだ。
もう一度Jenny姉に連絡を取り、場所を確認したら正面玄関の反対側、施設の真裏だという。なんだそうなんだ、と思ってぐるーっと広大な敷地を回り込み、裏手に回ってみたら、なにやら建物にたどり着いた。
えっと、敷地内とはいえ、原発本体から随分と離れているようだけど。
建物の入口には電光掲示板が。つくづく電光掲示板が好きな国民性だな。それを見ると、「歓迎光臨台電南部展示館」となっていた。ああ、そうか、ここはPRセンターなのだな。
そこでようやく気がついた。日本の原発にも、大抵併設でPRセンターがあるよなと。で、原発本体になんて入れるわけないよな、と。当たり前の話だ、何を今更。てっきり、原発内部に入れると思いこんでいた。そんなことあるわけねぇー。テロ行為をされたらどうするんだってことになる。
「そうかそうか、そりゃごもっともだよな」
と今更になって納得しつつ、建物の中に入る。
原発内部に潜入失敗(というか、さすがにそれは最初から期待していなかったが)したわれわれだったが、展示館側には既に連絡がいっていたようだ。受付にあいさつをしたら、われわれだけのために一名、女性担当者が案内役になるという。それはなんともVIP待遇だな。恐れ多いが、まあ幸いこの施設は暇そうなので、有り難くご厚意に甘える。
まず最初に見せて貰ったのが、水槽だった。水槽の中には魚が泳ぎ、珊瑚が鎮座している。おおよそ原発らしくないが、ここは国立海洋生物館の延長ですか。
聞くと、周囲の海岸がずっと珊瑚に覆われている地帯なので、原発の運営には細心の注意を払っているのだという。水温が31度を超えると珊瑚は死滅するので、発電に使った温排水の処理は気をつけているんだと。
そして次に案内されたのが、海中の生中継映像。珊瑚がびっしりと覆われており、そこを小魚がちょこちょこと泳いでいる様が映し出されていた。これが排水溝近辺の海中であり、海中の様子をモニターしているそうだ。なお、この辺りは温水ということで魚がたくさん集まっており、ダイビングなどに人気があるスポットとなっている。
展示館の窓から外を見る。
「最近は太陽光発電にも力を入れています」
ということで、目の前には9の字に似た、独特の形状をしたソーラーパネルが設置されてあった。いや、それはそれで良いのですが、僕たち原子力発電所を見学しにきたのですが。
「原子力発電所はあちらです」
と言われて、指さす方を見ると丘の向こうに灰色のドームが二つ見えた。ジオン軍のモビルスーツ・アッガイのようだ。あれがいわゆる「核三廠」、台灣で三番目の原子力発電所だ。台灣には現在3つの原発があるので、一応最新ということになる。なお、現在四番目の原発を建造中。何だか香ばしい反対運動が展開されている模様で、そのありさまは日本と変わらない。あ、ちなみに日本の活動家たちがいろいろ後方支援しているらしい。
次に案内されたところは施設内の喫茶室だった。コーヒーや軽食が頂けるようだ。
珊瑚に始まって、ソーラー発電、そして喫茶室。どんどん脇道にそれていくが大丈夫か。
すると、案内の人が「ここではアイスクリームも作っています」と言い出した。おい、本当に脱線が凄いぞ。今度は食べ物か。何で原発でアイスを、と思ったが、なんでも原子炉の熱を使って海水を煮沸冷却し、純水を作っているらしい。日本でもやっている原発があるということなのだが、知らなかった。で、どうだこの技術スゲーだろ、ということでアイスを作ってみましたというわけだ。
「どうぞ1本お試しください」というので、「んー」と思案する。メニューが豊富すぎて、悩む。いろいろあるなあ。それを考えると、日本のアイスって案外ラインナップが貧弱だ。
結局、「梅子」というのを選んでみた。梅の味がするアイスなんて、日本じゃ食べたことがない。
冷凍庫から出してもらったアイスは、なにやらジップロックのようなものに入っていて何とも色気がない。でも自家製であることを考えれば、ラッピングするのにお手軽ではあるだろう。
袋から取り出してみたら、梅とは思いもよらぬ、茶色のブツが出てきてちょっとびっくりした。もっと赤いか、緑色をしていると思ったのだが。ただ、かじってみると確かに梅の味がして、驚くやら納得するやら。
食べ終わったところで施設見学続行。いろいろな紹介がされていたが、特に目新しい事はないので(あったらびっくりだ)、割愛。新潟の柏崎原発が紹介されていたのが印象的。
「核三廠には1.2mの厚さがあるコンクリートで原子炉を覆っています」と自信たっぷりに語るおねーさん。なるほど、コンクリートだけじゃなく、その中にはこれでもかというくらいに鉄芯が埋め込まれている。地震が起きたら大変だ。
実際、数年前に恆春沖でM6以上の地震があったはずだが、その影響について聞いてみたら「全く問題なかった」とこれまた自信満々だった。
「日本では柏崎原発が中越地震の影響で操業停止になっていまして、その際には想定以上の瞬間的な揺れが・・・そのために、日本の原発は全面的に耐震設計のやり直しを・・・」
と、突っ込んだ話をしてみたのだが、途中で止めた。展示館のおねーさんに聞いても正しい回答は得られないだろうし、そもそも電力関係に詳しくない通訳(Fish)が間に挟まる段階で情報は変化するだろう。
後で、会話の流れてプルサーマルにも話題が展開していったが、これもはっと我に返ってやめた。
そんなおかでんだったが、Fishはこのおねーさんとなにやらうれしそうにしゃべっている。後で聞いてみたら、なんと小学校の時の同級生だったそうだ。お互い顔も名前も覚えていなかったらしいが、それぞれの経歴を聞いていると「あれ、同級生だね」という事になったらしい。田舎故、知り合いに出逢う確率が高い。
見学を終えた際、「これをお土産に」と金色に輝くキーホルダーを貰った。
また、Fishは同級生とアドレス交換をしていた。こうやって中華人脈というのは無尽蔵に広がっていくのだな。日本人の人脈とは桁違いだからなあ。
・・・と思っていたが、後日Fishに聞いたら「一度メールのやりとりをして、それっきり。向こうから返事が返って来なかった」だって。無条件で人脈が膨張し続けるというわけではないようだ。
展示館を後にしたところで、昨夜鴨肉蔡でお世話になったメンバーのうちの二人に出逢った。「おー、リーベン約束通り来たか!」と握手を求められた。ちょうど彼らは、フィリピンからの視察団を案内しているとのことで、昨晩とは打って変わって真面目な顔して仕事をしており感心感心、だった。頑張って仕事してください。ではまた合いましょう、核三廠の諸君。
展示館の見学を終え、墾丁に向かう事にした。野鳥観察にしろ、原発展示館見学にしろ、当初計画にはなかったイベントだ。時刻はもう昼。結局「昼にはこの辺りの観光地を全部見終わり、午後にバスで高雄に移動」というプランは中止だな。夕方、Fish母君のご厚意に甘えて、車で高雄まで送ってもらうことになりそうだ。
墾丁に真っ直ぐ向かいたいところだが、核三廠が立ちふさがっているために真っ直ぐは行けない。ほぼぐるりと360度近く回り込む事になる。
回り込んでいる最中、Fishが「ちょっと立ち寄りたいところがある」というので、途中で車を停めた。
停めたところには、運河のようなものがある。橋にパネルが打ち付けてあるので読んでみると、核三廠の放流口となっている。要するに、発電の際に発生した温排水を流しているということだ。本来なら、発電所すぐそばの海に出せば良いのだろうが、恐らく海水温の上昇が問題になるため、ある程度水深が深いところまで放水路を延ばしているのだろう。橋から下を覗き込むと、もの凄い大量の水がどばどばと流れていた。発電にこれだけ水を使うとは、全く恐れ入る。
放流口のあたりは絶好の釣りスポットらしく、釣り竿を何本も並べている人がちらほらいた。しかしわれわれはそんな光景を尻目に、放流口の脇から海岸線に降りた。黒い岩がごろごろ転がっている、何にも面白くない海岸だ。砂浜ならまだしも、何をしたいんだ。しかもここに降りるまで、岩の上を飛んだり、よじ登ったりしてちょっと手間だったのだが。
ここには、おかでんfrom日本に何か見せたいものがあるのかと思って、Fishの様子をうかがっていたが、単に彼女はここでビーチコーミングがしたいだけだった。一人でうれしそうに水たまりを覗き込んだり、岩をひっくり返したりしていた。おい、だったらそうと言ってくれ。彼女は、「自分の興味で行きたい場所」と「ガイジンであるおかでんが面白いと思うであろう観光地」をごちゃ混ぜにするからややこしい。全く事前説明をしないから余計訳がわからん。
何でここに来たの、と聞くと、「子供の頃家族でこの海岸にやってきて、いろいろ探したから」だって。いや、理由になっているようでなっていないぞ君。その説明に加えて、「いろいろな発見があってとても楽しい想い出があるので、おかでんにもその体験を共有したかった」とまで言えば納得なのだが。その後も、「昔はここでナマコとウミウシを見つけた!」と熱弁を振るうFish。自然が豊富で、うらやましい。子供時代にこういう環境が家の近くにあるというのは、豊かな生活だと思う。
確かに、良く見ると風変わりではある。岩肌は、まるで内臓肉のハチノスみたいになっているものがある。風雨にさらされて削られたとはいえ、どうしてこういう形になってしまったのか。また、地面を探していると、珊瑚のかけらが漂着しているのにも出逢う。まあ、面白いといえば面白い。子供を連れてきたら確かに喜ばれるだろう。
ビーチコーミングを適当なところで切り上げ、原発をぐるっと回り込む。
回り込んだ先が、南湾。墾丁を代表する、いや、台灣を代表するビーチだ。
砂浜はあくまでも白く、海はあくまでも青く。なるほど、確かにここは気持ちよい。
打ち寄せる波はそれほど強くない。湾内にあるからだ。ここは岬と岬に挟まれているので、フィリピンとのバシー海峡になる。一応、太平洋でも台灣海峡でもない、貴重なビーチだ。
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