尾瀬にはいつか行こう、とずっと画策していた。構想10年近く。映画でいったら超大作の予感がする構想期間だ。まあ要するに、いつまで経っても重い腰が上がらない場所だった、とも言える。
尾瀬は厳重な環境保護が施されており、下界から隔離された場所にある。尾瀬(尾瀬が原、尾瀬沼)に入るには複数のルートが存在するが、そのほとんどが交通規制されており、最寄のところまでマイカーで進入することを拒んでいる。そのため、特別な許可を得たバスに乗り換えて現地に向かうか、延々と登山道・林道を歩くかのいずれかが尾瀬入山の手段となる。さらにそこから未舗装の登山道を歩いて行かなければならない。
おかげで、尾瀬自体は首都圏からそう遠くない場所にあるのだが、その割にはなかなか足を踏み入れにくい場所となっている。
尾瀬といえば広大な湿原、そして6月頃に咲くミズバショウの花が有名だ。尾瀬とミズバショウを題材にしている「夏の思い出」という曲は1962年に発表され大ヒットとなった。この曲があったおかげで尾瀬が憧れの地として世間の耳目を集めることとなった。おかでんも小学校の音楽の授業でこの歌は習ったので、子供の頃から「尾瀬」という地名は覚えている。そんな場所に、今年ようやく足を踏み入れようとしているのは感慨深い。
今回、おかでんが尾瀬に行こうとしているのは、尾瀬ヶ原の湿原を散策するためだけではない。尾瀬には二つの日本百名山があり、そこに登りたい!というのがメインの目的だ。二つの百名山とは、燧ケ岳(燧岳、ともいう)2,356mと至仏山2,228m。せっかく遥かなる尾瀬に行くなら、いっぺんに二つの山を登りたい。
・・・そんな欲張りな事を思うから、ますます尾瀬には行きづらくなっていた。尾瀬の中にある山小屋で一泊するとはいえ、二日連続でそこそこ標高がある山に連続登山するのは、正直不安だ。二つの山が連なっていればまだ楽なのだが、燧ケ岳と至仏山はそれぞれ独立した山。最初に登った山で筋肉痛になったり、靴擦れができてしまったら次の日の山登りは無理だ。だから、気力と体力、そして技術がそろっていないと、尾瀬には行けないと思っていた。
2012年秋、そんなおかでんがようやく重い腰を上げた。相変わらず体力に自信はないが、今のうちに行っておかないと一生行けない気がしてきたからだ。さすが構想10年、既に蜘蛛の巣が張っていたりほこりまみれのスピリッツだけど、今年こそ尾瀬に行こう!
尾瀬は年に3回、ピークがある。5月下旬~6月のミズバショウのシーズン、7月末~8月上旬の高山植物のシーズン、10月上旬の草紅葉のシーズン。それ以外の期間は比較的トレッキング客が少なく、快適らしい。そこで、おかでんは敢えてオフシーズンである9月下旬をターゲットにした。花や植物を愛でられないのは残念だが、空いているのが一番だ。
ちなみに尾瀬には10軒以上の山小屋があるが、そのいずれもが定員制かつ完全予約制を採用している。普通の山小屋だったら、「来るもの拒まず」ということでどんどんお客を受け入れる。おかげで「たたみ1畳に4人が寝る」なんていう、ギネスに挑戦でもする気か?という修羅場が展開されることになる。しかし、定員がある尾瀬の山小屋の場合、所定の人数以上のお客は受け入れない。尾瀬に人が溢れて、自然にダメージを与えないための「調整弁」の役割を山小屋が担っているわけだ。
9月下旬の尾瀬は客が少ないはずであり、山小屋の予約も、往復の交通機関の手配も容易だと思われる。今このチャンスを逃す手はない。早速各種手配に取り掛かった。
手配は東武トラベルにお願いした。東武トラベルは「尾瀬夜行23:55」という夜行列車(私鉄では日本唯一の夜行列車)を毎週金曜日に走らせており、これに乗って尾瀬に行くのが一番手っ取り早かったからだ。あとは、泊まる山小屋決めて、帰りのバスの時間も決めて、ネット上でぽちっと押して手配情報を確定させればOK。クレジットカード決裁ができ、数日後には佐川急便でクーポン到着。楽な時代になったすなあ。店頭に行かなくても、いろいろな手配が一括で済んだ。
今回の行程は以下のとおりで想定している。
【1日目】
23:55 浅草駅 →(尾瀬夜行23:55)→ 03:18 会津高原尾瀬口駅 04:20 →(バス)→ 06:10 沼山峠 → 07:10 尾瀬沼ビジターセンター07:30 → 07:50 浅湖湿原 → 10:20 ナデッ窪分岐 → 10:50 俎嵓 → 11:10 柴安嵓 12:00 → 14:00 弥四郎小屋に到着
【2日目】
07:00 弥四郎小屋 →07:40 竜宮 → 08:20 牛首分岐→ 09:00 山の鼻ビジターセンター 09:30 → 12:30 至仏山 13:00 → 13:35 小至仏山 → 14:45 鳩待峠 15:25 →(バス)→ 16:00 尾瀬戸倉 16:20 →(高速バス)→ 20:00 新宿駅東口
この1泊2日の段取りで、「百名山二つ登頂」「尾瀬沼と尾瀬ヶ原を散策」ということを全部やってしまおうとしているのだから、若干強引ではある。しかも初日は熟睡できない車中泊だし。でも、それを見越して時間には若干の余裕を入れたつもりだ。初日の燧ケ岳で強い肉体的ダメージを受けたら、二日目の至仏山は断念する、ということも想定している。ちょっと不安だけど、これ以上心配しても始まらない。えーい、なるようになるさ。とりあえず尾瀬に行こうぜ。
東武トラベルから送られてきたクーポンはなんと7枚。大げさな枚数だなあ、と思うが、それぞれに意味があるので仕方がない。内訳は、
・尾瀬夜行23:55の乗車券
・同、特急券(座席指定券)
・朝ごはん用おにぎり弁当引換券
・昼ごはん用会津高原登山弁当引換券
・弥四郎小屋宿泊クーポン
・鳩待峠→尾瀬戸倉バス乗車券
・尾瀬戸倉→新宿駅東口バス乗車券
無くさないようにしなくちゃ。一枚でも無くしてしまったら、今回の旅はガラガラと崩れ落ちてしまう。大切にザックの中に仕舞っておく。
2012年09月19日(金) 0日目
22:02
旅の起点は浅草駅。夜行列車の名前の通り、23:55に浅草駅を出発する電車に乗ることになる。出発時間が非常に遅いので、それまで適度に時間つぶしをしておきたいところ。そこで、早めに身支度を完了させ、夜10時には浅草に着いた。どこか居酒屋にでも籠って、「決起集会」を開くことにしよう。
22:03
ちょうど浅草駅のすぐ近くに「鳥貴族」という居酒屋を発見。深夜まで営業しているようなので、ここのお世話になることにした。うっかり23時閉店の居酒屋に入ってしまったら、入店しばらくですぐにラストオーダーになるわ、23時になったらお店から放り出されるやらで露頭に迷ってしまう。深夜営業大歓迎。
22:19
久しぶりに「へべれけ紀行」らしく、ビールを飲んじゃいますよ。このお店は全品280円であり、ビールもいっぱい280円と大層お安い。麒麟淡麗(発泡酒)も置いてあるのだが、それを頼むと大ジョッキで出てくるから驚きだ。いくら安い発泡酒とはいえ、280円で大ジョッキというのはちょっと壮観すぎる。でも、今日は決起集会なので、けち臭いこと考えないで、普通の生ビールを頼むことにする。
今回、ビールを飲むのにあたって、若干自制心が働いた。クーポンを見ると、おかでんの座席は通路側ではなく窓側だったからだ。もし、通路側に別の人が座った場合、何が起きるか?ビールのせいで頻繁にトイレに行こうとするおかでんが、夜中起きだしては「すいません、ちょっと失礼します・・・」と通路側の人の睡眠を妨害することになる。それは申し訳ないので、ビールを飲むのは控えめにして、夜間のトイレ回数をなるだけ少なくしなければ。
と、志高くビールを楽しんだのだが、気が付いたら生中を4杯も飲んでいた。ダメじゃん。
でも、大変に場が盛り上がった決起集会となったので良しとしよう。一人決起集会だけど。
23:32
鳥貴族を適当な時間で切り上げ、浅草駅に向かう。とっとと列車に乗り込み、仮眠をとる事にしたい。なにせ、会津高原尾瀬口駅に到着するのは3時18分。3時間ちょっとしか時間がない。このあとバスに乗り換え、そこでも眠る事ができるとはいえ、確実に眠れるのは列車の中だろう。
浅草駅の4番線ホームには、「特急尾瀬夜行」というヘッドマークがある電車が入線していた。これに乗るのか。いくらオフシーズンとはいえ、今日は金曜日夜。一体どれだけのお客さんが乗るのだろうか。
23:33
列車の中。クロスシートが並ぶ。リクライニングするかと思ったら、全く動かないタイプだった。ちょっと寝づらいけど、前の席との間隔は十分にあるし、これはこれで十分だと思おう。
尾瀬夜行は6両編成。6号車は女性専用車両になっている。
23:44
各座席には毛布と使い捨てスリッパが用意されていた。スリッパは何げにありがたかった。登山靴は重くて硬いので、履いたままで寝るのはちょっとストレスになるからだ。
23:55に電車は定刻通り出発。北千住、新越谷、春日部と途中停車し、そのあとはノンストップで野岩鉄道会津高原尾瀬口駅に向かう。
ビールを飲んだおかげもあってすぐに就寝することができた。さあ、つかの間の休息時間ですよ。ここでしっかり寝ておかないと、翌朝の燧ケ岳登山がしんどくなる。
2012年09月20日(土) 1日目
03:57
いつの間にか電車は会津高原尾瀬口駅に着いていた。気が付かなかったということは、なんやかんやで熟睡できたのだろう。スタートダッシュ良し。
ちなみに気になる乗車率だが、だいたい3割程度の様子だった。おかげで、一人2シートを使って各自自由気ままなポーズで居眠りをしていた。
03:50過ぎに車内放送で終着駅に到着したことがアナウンスされた。そのアナウンスで目を覚ました乗客が、ぞろぞろと電車から降りる。ここから沼山峠まではバスでの移動となるのだが、バスの出発は04:20なので、まだしばらく時間がある。
03:59
駅の改札を出たところで、お弁当の引き換えがあった。尾瀬夜行23:55に乗った人は、もれなく朝ごはん用の「おにぎり弁当」が支給される。おかでんの場合、お昼ごはん用の弁当も手配(840円)しているので、受け取るお弁当は二つになる。
04:08
上が「おにぎり弁当」。下が「会津高原登山弁当」。
会津高原登山弁当の840円という値付けはちょっと高いと思うが、手間暇考えたらこれくらいしても仕方があるまい。中身がどんなものだか、とても気になる。「きのこ弁当」という呼び名もあるようだから、きのこ尽くしな内容になっているのかもしれない。このお弁当は燧ケ岳山頂で食べる予定なので、あとのお楽しみ、だ。
本当だったら、ガスストーブと鍋持参で、カップラーメンの昼飯にするつもりだった。その方が安いし、熱々のラーメンは山の上ではちょっとしたご馳走だからだ。しかし、尾瀬旅行における弁当とはどのようなものか、というのが興味深かったので、追加でお金を払ってでもお弁当を買った次第。明日の行程においても、山小屋からお弁当を調達してお昼ごはんにする予定だ。
04:10
尾瀬の手前、桧枝岐(ひのえまた)地区といえば「裁ち蕎麦」が名物だ。あー、せっかくここまでやってきたのだから、蕎麦食べてぇなあ・・・と思うが、桧枝岐はバスであっという間に素通りしてしまう場所なので無理。また別の機会にこの地までいらっしゃい。
04:11
駅前には、沼山峠行きのバスがたくさん停まっていた。そこに、乗車を待つ人たちが行列を作って待っている。とても田舎なこの地において、早朝4時にこれだけ人が行列を作っているのは一種異様な光景。これから一体何が始まるんです?
バスに乗り込んで、04:20出発。06:10沼山峠到着まで1時間50分。あらためてここで仮眠をとる。
05:47
御池に到着。ここで結構人が降りていった。燧ケ岳の山頂を目指す場合、この御池から登っていくのが最短となるので、人気があるようだ。
おかでんもまた燧ケ岳を目指す一人だが、ここでは下車せず、終点の沼山峠を目指す。沼山峠から歩きはじめると、途中尾瀬沼を楽しむことができるからだ。せっかく尾瀬に来たからには、尾瀬沼、尾瀬ヶ原の両方を楽しみたい。だから、大回りになってでも沼山峠に行くつもりだ。
シーズンになると満車になってしまう御池の駐車場(420台)だが、今日はまだ空いていた。もし満車になってしまったら、御池の手前にある七入というところにある駐車場(880台)を使うことになる。
05:51
御池から沼山峠までは、一般車両通行禁止。許可がある車のみが走ることを許されている。上高地のように観光バスならOK、ということはない。御池/七入からのシャトルバスと、路線バスだけ通行できる。
バス一台通るのがやっと、という道を進んでいく。
06:06
沼山峠到着。ここが尾瀬沼への入口の一つ。県としては福島県になる。
今回の尾瀬紀行は、福島県から出発して、群馬県に抜けることになる。
沼山峠休憩所はすでにこの時間なのに営業を開始していて、お土産とか山グッズが売られていた。
ここで身支度して、いざ出発。靴擦れが起きないように靴の紐は慎重に結ぶ。
06:09
沼山峠のバス停留所。
便数がすくない。会津高原尾瀬口駅に行く便は1日5便。福島方面から尾瀬入りする場合は、公共交通機関を利用するのはちょっとハードルがある。マイカーだと、御池/七入からシャトルバスが随時運行されているので、やはりマイカーの方が何かと便利だ。
06:15
さて、いよいよ尾瀬を目指すぞ。
ポロシャツ一枚でここまでやってきたが、若干肌寒い。標高1,699mをなめたらアカン。フリースを着て、出発。
06:17
まずは本当の峠を乗り越さないといけない。沼山峠は1,784mなので、100m弱標高を稼ぐ必要がある。しばらくは登りの道が続く。でも、キツくはないので、ウォーミングアップには丁度良い斜度。
06:31
木道はどれも均一というわけではなく、場所によって形が異なっている。地面の状況に応じて木道を使い分けているようだ。
06:52
大江湿原が見えてきた。これまで森林の中を歩いていたのだが、ここからは景色が一気に広がる。湿原って不思議だ。
大江湿原の入口には、入退場した人の数をカウントするセンサーが設置されていた。環境省が設置している。このカウント、どれだけ正確に測定することができるのだろうか?
06:52
大江湿原。尾瀬ヶ原はまだまだ相当先だけど、沼山峠から歩き始めて30分強でこんな立派な湿原を楽しめるなんて、うれしい。
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