14:54
食堂の隅っこに座り込み、周りの様子をみる。
隅っこの席は好きだ。全体を見渡すことができるから。
やっぱり、ほとんどの人が酒盛りをしている。酒盛り、というのは大げさとしても、過半数の人は生ビールをたしなんでらっしゃる。山小屋とビールというのは密接に絡んでいるのだな、とあらためて感心させられる。
15:19
そうだ、今日の歩数を確認しておかなければ。
ポケットから歩数計を取り出す。
液晶画面に記された数字は、「19,998」。約2万歩、というわけだ。
もちろんこの数字は、朝起きて自宅からずっとカウントされているので、純粋に山登りで要した歩数ではない。それでも、2万歩近い歩みというのは結構な数字。下界で過ごす日常生活においては、なかなかお目にはかかれない。
歩幅70cmとしたら、約14キロか。
「ここまで歩いたんだから、ビールを1本多く飲んでもバチは当たるまい」
などと、以前のおかでんなら考えていたはずだ。
「ビールをおいしく飲むために、これだけ頑張ってきたんだ。俺、よくやった」
と自画自賛するはずだし、「山小屋でビールをおいしく飲むため」と称して、行者小屋以降は一切水分断ちをしていたはず。
しかし、お酒をすっぱりやめてしまったおかでん2013夏は、こういう無邪気な発想とは無縁になってしまった。正直、寂しい。お酒が飲めないことに対するツラさとか悲しさは全く感じていないけど、あるべき定位置にあるべきものがない、ということで何か落ち着かなさを感じる。そわそわするというか。
こういうのは、「お酒を飲まない」という場数を踏んでいき、酒無しの時間に慣れていくしかないのだろう。
15:21
「八ヶ岳 北八ヶ岳・蓼科山アルペンガイド」という無料のペーパーが置いてあったので、貰った。
広告収入によって賄われているようだが、裏面にはちゃんとした山岳地図がついていた。八ヶ岳界隈の登山道と、所要時間が全部描かれている。これはありがたい。これさえあれば、「山と高原地図」とか買わなくてもいいじゃん、とさえ思った。願わくはこれが入山前に手に入ればよいのだけど。
「風呂、もう並んでるぞ」
と話し合っている声が近くで聞こえた。風呂が男性用に切り替わるまでまだ20分もある時間なのに、だ。えっ、もう並んでるの?
うそだろ、と思ったが、こんなことでうそをつくとは思えない。若干ケツが浮き上がりつつも、その場に留まり続報を待つ。
すると、しばらくして第二報があった。
「もう10人以上並んでるぞ」
・・・そうなのか。みんな、とっとと風呂に入りたくてしょうがないらしい。確かに、不肖おかでんもその気持ちに同意だ。「後でゆっくり入ろう」なんて、これっぽっちも思ってない。風呂に入ることで、ようやく一息つける気がするからだ。もちろん、既に着替えは済ませており、汗まみれの服を着たまんまというわけではない。でも、「風呂がある」と聞かされている以上、風呂に入らなければ落ち着かないというのは人情というものだ。
こりゃいかん、と予定を切り上げ、着替えを持参の上風呂場に向かった。すると、おお、確かに並んでる並んでる。風呂場の入り口からずらっと男どもが並び、トンネルのところまで延々と延びている。iPhoneかモンハンの発売日みたいだ。その数ざっと20名はいたか。まさか標高2,700メートルオーバーの山小屋で行列、しかも風呂待ちとはなあ。
風呂は、一度に5名程度しか入ることができない。それでも、山の上の風呂としては大きな風呂釜を誇っているといえる。一人が風呂場から出てきたら一人が中に入り、行列が一歩前に進む・・・ということを繰り返す。
結局、30分近く待って、ようやく風呂に入ることができた。
もちろん、カラスの行水が原則だ。ゆっくり湯船に浸かろうとか、体を洗おうとか、ましてやシャンプーをしようってのは無理。それは下山してからぜひどうぞ。
いちおう、浴室内にはシャワーもあって、お湯が出てきた。水が結構使われることになるけど、大丈夫なんかこの小屋は。驚きだ。
16:07
風呂上がり、また食堂に戻る。
コーヒーを飲みながら、アルペンガイドを熟読する。
これまでの「へべれけ紀行」だったら、ここでうれしそうにビールをあおるおかでんの図、というのが掲載されているのが常だ。しかし今回からはこうなっちゃうわけで。自然と顔だって神妙になっちまう。
さすがにコーヒー飲みながら、馬鹿笑いしている顔ってのはおかしいだろう。それを思えば、ビールって本当にハッピーな飲み物なんだな、と思う。笑顔があれほど似合う飲み物はほかにないのではないか。
ちなみにおかでん、今回から髪型が変わっている。「アワレみ隊OnTheWeb」が始まった2000年、いやそれよりもっと前から、髪型は真ん中分けだった。それが、髪の毛が玉ねぎみたいに真ん中が突っ立ったスタイルに変わった。心境の変化、ってやつだ。今後当分はこの形でいくので、よろしく。
お酒を止めてからというもの、本当にいろいろ考えさせられている。自分の過去を何もかも否定したくなる。だから、今、少しずついろんな過去をささやかながらぶちこわしている最中。髪型も、そのうちの一つ。つい先月は金髪にしてみたり、迷走が続いている。気分も不安定だし、行動もふわふわしている。
これまでのおかでんがいかにビールを溺愛してきたかは言うまでもないことだが、そういうキャラを演じてきた、というのも事実だ。「ビール好きな自分」というのを演じ続けた結果、飲酒量が増えすぎてしまい、結果断酒という極端な事態に繋がってしまった。おかでんはこのサイトと共にお酒を楽しみ続け、そして自滅していったことになる。
16:42
夕食の準備があるので、食堂を空けてくれ・・・とスタッフに宣告され、食堂にいた人々はぞろぞろと外へと出て行った。おかでんもそれに倣う。
やっぱり、山小屋の中にいる限りは、山の上にいるという実感が伴わない。せっかく汗水たらしてここまでやってきたんだ、外にいて「俺はここまで歩いて登ったんだ」という制圧感を感じたい。たとえ少々寒くっても。
さて、再度赤岳山頂方面を眺めてみたら、この時間になっても赤岳頂上山荘目指して斜面にへばりついている人が何人もいた。この時間になっても山小屋に到着していないのは、正直お行儀が悪い。感心しないが、こういうのはオウンリスクなので知ったこっちゃない。
16:45
コーヒーをまた汲んできて、屋外で飲む。
ガスがまたあがってきた。やっぱり山の天気は変わりやすい。この調子じゃ、今晩は星空は期待できないだろうな。
寒いけど、こんなもんだと思いつつ外で時間を過ごしていたら、通りすがりの宿泊客のおにーさんに
「寒くないですかぁ?」
と声をかけられた。そこではっと我に返り、
「ああ!寒いですね確かに!」
と大爆笑してしまった。そりゃ寒いわ、短パンにソックス無しだもの。気温、10度前後しかないはずなのに、なんなのこの格好。罰ゲームか。
16:48
山小屋の東側しばらく下ったところに、ヘリポートがあった。
どうやら、赤岳天望荘の物資はあそこで積み下ろしをしているようだ。でも、小屋との間はちょっと開いている。重たいビールやプロパンガスをこの距離運び上げるのは、やっぱりしんどい作業。つくづくご苦労様です。
16:49
個室棟を一歩下がったところから眺めてみたら、たくさんの風車がついていることに気がついた。ここは風力発電も活用しているらしい。館内すべての電気を風力で賄うところまでできているかどうかは不明だが、こういう活用も今の山小屋ではなされているのだな。
17:19
山小屋入り口あたりをふらふらしていたら、入り口入ってすぐのところにテレビアンテナを発見した。屋内にあるっていうのはちょっと不思議で面白かったので、写真を撮っておいた。
屋外に出せばいいのに、と思うが、多分それだと風雪の被害を受けてしまうので、屋内ってことなんだろう。気象条件の厳しい山の上ならではの対策だ。
17:20
おや。アンテナのすぐ近くに、LANのハブらしきものも発見。でも、LANケーブルが刺さっているものの、スイッチにしては様子が変だ。
RTR-5W、と書かれているので調べてみたら、「小型防水データロガー無線通信タイプ」という類の機器であることがわかった。データロガー?何だ?
工場や農場における流量計や電力計、温湿度計といった機器からのデータを無線で吸い上げる機能があるらしい。この山小屋ではどのように使われているのだろうか。外気温を測定する温度計なんかにつながっているのかもしれない。ハイテクだな。
16:56
何しろ酔っ払っていないので、どうも「どっしりと一箇所に定住する」ってことができない。ついつい、ちょこまかと動き回ってしまう。
本でも読んで過ごせばよいのだけど、山小屋!ってことでそわそわしてそれどころじゃない感じ。
そんなわけで、また館内に戻る。
個室棟の廊下を歩いてみたら、さすがにこの時間にもなれば、どこの個室も人がいた。本日、個室は満室御礼。この山小屋の場合、個室は争奪戦だ。個室でゆったりしたけりゃ、ずいぶん前から予約をとっておく必要がある(オンシーズンの週末の場合)。
廊下にはハンガーかけがあるので便利だ。雨が降ったとき、レインウェアを干すことができるので重宝するだろう。
16:57
個室棟2階の隅が、談話室になっている。
ここは、屋外からも中に入ることができる。
大きなこたつが用意されており、みんなこたつにあたりながらくつろいでいた。ストーブもあったが、さすがにこれは稼動していなかった。
狭い談話室は人でいっぱいだ。酒盛りをしている人はいなかったが、みんなグループで談笑していた。
談話室には本や雑誌が置いてある、というのが山小屋の常。ここも本が置いてあったので、物色してみた。
山関係の本が多いなか、なぜか「うまいすしをつくる」という本を発見。山の上で、寿司の本というのがアンバランスで面白い。よし、今晩はこれを愛読することにしようと決めた。
中を見ると、プロの職人さん向けの本なのか、寿司ネタそれぞれに細かく調理法などがカラー写真付きで紹介されていた。見ごたえがある。あー、今晩寿司が食べたくなってきた。絶対無理だけど。
17:02
食事時間が近づいたので、食堂近辺で待機する。
既に食堂では、早い時間帯の人が夕食を開始している。
何しろバイキングなので、「総入れ替え制で○回転」といったルールではない。スタッフさんが客席の空席状態を確認しながら、状況に応じて次の時間帯の人を呼び込むということを随時行っていた。だから、自分の食券には「5時半」と書かれていても、実際は前倒しになるかもしれないし、逆に後ろにずれるかもしれない。
そんなわけで、いつ呼び出しを受けてもいいように、食堂近辺にいなければいけないのだった。もちろん、呼び出しは館内放送で行われるのだけど、それが聞こえない場所にいたら食事にありつけないので、安全な場所にいないといけない。
今日で何杯目になるかわからないくらい飲んだコーヒーをしつこく飲み続け、呼び出しを待つ。
17:05
案の定、当初指定された時間より前倒しで呼び出しがかかったので、早速食堂の中に足を踏み入れた。
目の前には、ずらりと並んだバット。その数、8種類。これらをセルフサービスで自分の皿に盛り付け、食べることになる。もちろんおかわりは自由だ。
17:23
食券の回収とともに、スタッフさんから手渡されるもの。
お盆と、使い捨ての皿と、割り箸。
洗い物は極力出さないというつもりらしい。水に不自由している山小屋ではよくある光景だが、ここは風呂や水洗便所が完備されている場所。水不足というより、手間の省略という側面のほうが強いのだろう。
この皿とは別に、ご飯と、汁物のお椀が付く。さすがにこの1プレートで汁物も飯も全部盛れ、というのは酷な話だ。
料理バット前半。
右から、
杏仁豆腐、みかん缶詰、柴漬け、山菜水煮。
食事中、隣の席の人が「料理が並んでいる順番がおかしくないか?最初にデザートがあったら、ついついとりすぎちゃってメインの料理が取れないじゃないか」と言っていたが、ほんとそう思う。しかもデザートの次は漬け物だし。
メインディッシュをたくさん取らせないための工夫、だろうか?いや、だとしたらセコすぎる。
料理バット後半。
きのこを煮たもの、鶏肉の煮物、大根と豚肉の煮物、山菜てんぷら。
さすがに後半になるとどっしりしたものが出てくる。鶏肉と豚肉、Wメインディッシュといった風格がある。肉がごろごろしていて、出し惜しみをしていない感はある。そりゃあ、先にデザートを取らせておきたくなるよな。お皿盛り付け冒頭にこれらの料理が並んでいたら、ぐいぐいと肉をとられてしまう。
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