2019年に結婚、2021年に子どもが生まれ、その間数年間は山から遠ざかっていた僕。
2022年から活動を再開し、この年は7月に浅間山(前掛山)に登頂した。

びっくりするくらい、下山後に足が筋肉痛になって自らの衰えを実感した。急げ急げと歩いたせいもあるけれど、コロナによるテレワークで怠惰になったせいだ。間違いない。
昔は、何の事前トレーニングもなく、いきなり劔岳に登ったり槍ヶ岳から奥穂高岳まで縦走することができた。若いと、そんなことが余裕だった。でもたぶん今それをやると、崖から落ちて死ぬ。老いと、運動不足が露骨に登山のパフォーマンスに出るようになった・・・と実感したのが、浅間山登山だった。
というわけで、今年中にあともう一座、山に登っておきたい。しかし、親族の訃報があって葬儀や四十九日法要があり僕の予定は混乱。結局、11月の文化の日あたりになんとか登れそうだ、という段取りになった。
・・・11月といえば、高い山はもう登れない。少なくとも、山小屋はもう営業を終えている。登山口にたどり着ける公共交通機関も、軒並み今季の営業が終わっている。さて、どうしたものか。
武尊山(群馬県)や男体山(栃木県)といった、関東の日本百名山に登ることは可能だ。でも、こういう近場の山は後回しにしておきたい。近くて便利なところばっかり優先的に登ってしまうと、後々遠い山・キッツイ山しか未踏峰が残らなくなってしまう。それは困る。
「11月でも登れる山で、なおかつそこそこのボリューム感があって、東京から若干不便な山」を探した。しかも、「現地への足や宿泊などで、あれこれ悩まなくて済む場所」という条件つきで。
山に登る時って、どうしても「これぞ100点満点のプラン!」というのは作れない。たとえばレンタカーを借りて登山口までクルマで行くと楽だが、狭い登山口近辺にクルマを停めるために前日夜には到着していないと駄目で車中泊必須、みたいな山はザラだ。ほかにも、コストの面、時間の面などでいろいろ制約がある。そういうのを、禿げ上がるほど悩み抜いて1つの案に絞り込むのは、かなりの心労を伴う。楽したい。とっととプランを決めて、精神的苦痛から開放されたい。
で、結局決めたのは岐阜県と長野県の県境にある山、恵那山だった。日本百名山。
恵那山はいくつか登山道があるものの、最短ルートとされる広河原ルートは洪水によって川をわたる橋が壊れ、通行止めになっていた。
自己責任でこのルートを使っている人は相変わらずいるようだが、原則は使えない。そもそも、このルートを使おうとすると、自動車でのアプローチが必須で、公共交通期間利用だと登山口にたどり着けない。
2022年時点では一番メジャーなルートは、長丁場となる神坂峠登山口からのルートだ。
神坂峠は標高1,569メートル。恵那山山頂2,191メートルに対して、最も標高が高い地点から登山を開始することができる。
「なんだ、楽じゃないか」と感じてしまうのだが、どうもそうではないらしい。そもそも所要時間がやたらと長いし、山と溪谷オンライン、YAMAP、ヤマレコなど各種登山サービスで標準コースタイムを調べると、8時間~11時間とばらつきが大きい。一体どの時間を信じればいいのかわからず、困る。
中央自動車道で恵那山近辺を走っていると、恵那山の異様なまでに巨大な山容に驚かされる。登山を趣味にしていない人であっても、きっと「なんだあのデカい山は?」と気になるレベルに、デカい。
神坂峠は、そんなデカい山を横断するかのような場所にある。最短ルートの広河原登山口が山頂直下から一気に標高を稼ぐのに対し、神坂峠ルートは水平移動が多い。
この時の僕は気づいていなかったが、登山サービス各社でコースタイムにばらつきが大きいということは、かなりアップダウンを伴う山歩きだということだ。予め航空写真や地図でコースの予習をしていたけど、アップダウンについては全然意識していなかった。「たかが600メートルちょっと、登るだけだろ?」と甘く見ていた。
神坂峠の近くには、「萬岳荘(ばんがくそう)」という山小屋がある。ここに素泊まりで一泊し、翌朝に恵那山を目指すというのが今回の計画だ。東京からかなり遠い恵那山。公共交通機関で行こうとすると、一泊でもかなりタイトなスケジュールとなる。なにせ、帰りのバスが事実上1本しか存在せず、それに乗り遅れたら現地で立ち往生してしまう。
自分の実力をどの程度で見積もるのか?そして、ばらつきのある各種「標準コースタイム」のどれを基準に据えるのか?もの凄く悩ましい。
どうやら、朝4時前には萬岳荘を出発し、恵那山に向けて登山を開始しなければならないっぽい・・・というのが、見立てだ。夜明け前から歩き始めるだなんて、僕はこれまで経験がない。いつも山小屋泊で、いつも朝ご飯を5時くらいに食べてから出発してきたからだ。
朝3時くらいから山小屋でゴソゴソする年配の人はいる。自分では小声で喋っているつもりかもしれないが、寝ている人にとってはうるさすぎる声で喋り、ビニール袋をガサガサさせ、迷惑極まりない。毎度、本当にそういう人に対して不愉快に思ってきた。でも今度は僕が、夜明け前に行動開始をする立場になってしまった。
起床時間が早いのは別にいい。ただ、長丁場の登山道を、タイムリミットを気にしながら歩き続ける精神的なストレスと焦りによる怪我のリスクが気になる。
巨大な山、恵那山。2022年11月、不安を胸に山を目指す。
2022年11月06日(日) 1日目
東京から公共交通機関で恵那山を目指すとなると、早朝の東海道新幹線に乗ることが必須となる。
東京から名古屋に向かい、名古屋から高速バスに乗って長野県の飯田を目指す。恵那山トンネルを越えて岐阜県から長野県に入った直後にある、「園原」というバス停で下車し、そこから「ヘブンスそのはら」というゴンドラやスキーゲレンデを運営している施設の無料送迎バスに乗る。

(出典:ヘブンスそのはら公式サイト)
ヘブンスそのはらについたら終わりじゃない。そこから距離がとんでもなく長いゴンドラとリフトを乗り継ぎ展望台まで上り、さらにそこから「富士見台高原バス」に乗って20分程度でようやく萬岳荘に到着する。
園原バス停に立ち寄る高速バスはそもそも便数が少ないし、ヘブンスそのはらと萬岳荘を結ぶバスの便も少ない。どこかで時間をロスしてしまうと、後続の乗り物に乗れなくなってしまう。
さらに帰路はもっと厳しい。ヘブンスそのはらから園原バス停まで送ってくれる送迎バスが15時ちょうど発だからだ。逆算すると、13時くらいには登山口に戻ってきていないとやばい。だから、朝4時に登山開始でも遅いかも・・・という心配をしなければならないのだった。
マイカーの方が気が楽な山だ、ここは。
この山を目指す多くの人は、昼神温泉に前泊して、翌早朝にタクシーないしマイカーで広河原登山口に向かい、そこからピストン登山をする。なるほどごもっともだ。公共交通期間+神坂峠から入山、というのは全然楽なことじゃない。
なお、神坂峠は一般車両が入ることができるので、ここまでマイカーで突撃する人もいる。しかし、登山口周辺は大きな駐車スペースに乏しく、ギリギリの路肩駐車だったり、停める場所見つからずにかなり峠から離れたところに駐車せざるをえなかったり、結構たいへんらしい。
東京から片道5時間くらいかけて早朝に峠に到着して、狭い道路を右往左往して駐車場争奪戦をやって、下山したらしたでまた5時間くらいかけて東京に戻る、というのは無理だ。だから、萬岳荘+公共交通期間という今回のプランは妥当だと思う。

6時24分東京発ののぞみに乗るため、東京駅にやってきた。眠い。
日曜出発で月曜登山・帰京という1泊2日の行程にしたのは、できるだけ土日を避けたかったからだ。人が多いのはイヤだ。できるだけ日程をずらしたい。可能ならば、2日とも平日にしたいくらいだ。
勤務先の制度上、平日に連休を取るのは可能だ。でも、子どもができると「保育園のお迎え、家事育児」というお役目が自分に生じるので、おいそれと平日に休めなくなってしまった。もちろんパートナーのいしにお願いしてもよいのだが、自分ひとりの趣味のために2日連続でお願いするというのは気が引ける。

朝6時過ぎでも、新幹線ホームのキオスクは営業をしている。
ここの店員さんは、一体どこに住んでいるのだろう。どうやって朝、ここにやってきたのだろう。謎だ。

前回の浅間山もそうだったが、わざわざ新幹線に乗って登山に行くだなんて、贅沢すぎる。家に残してきた家族に対する罪悪感が半端ない。
しかし、もう出発しちゃったからには、割り切って楽しまないと。
ということで、旅のおともとして「辛うまスパイスカレーおかき」なるものを買ってみた。ラーメン二郎風の色合いだったが、別に二郎風味ではなくカレー風味だった。
これに、コカコーラゼロ。
昔は、「さあこれから旅だ!」というときはビールが必須だったし、断酒してからはノンアルコールビールがお供だった。しかし、ノンアルコールビールって実はそんなにうまくない飲み物だよね、という身も蓋もないことに気がついて以降、こういう旅のときに飲む機会が減った。
家で飲む分には良いのだけれど、旅先で買った、ややぬるくなったノンアルビールは本当においしくないから。

08:03
名古屋駅に着いた。
まず僕がやらないといけないのは、食料の調達だ。
今日のお昼、夜、明日の朝、そして昼。4食分、調達しなければならない。なにしろ、名古屋を発つと、あとは食料調達に難儀するからだ。そして今晩の宿・萬岳荘は素泊まり。
予め、愛知県に住むしぶちょおに連絡を取っていて、「名古屋駅で食材を買うならどこがいい?」という情報は入手していた。餅は餅屋、地元の情報は地元民に聞くに限る。
すると、新幹線改札からほど近くにみそかつの名店「矢場とん」の店があり、弁当を売っているということを教えてもらった。
ほほう、それはいい。矢場とん、東京にもお店があるのだけれど、行列が長くてなかなか食べたくても食べられないお店なんだよな。
言われた通りに言ってみたら、矢場とんを発見した。
まだ朝が早くて、全種類のお弁当が揃っているわけではないようだった。じゃあ、もうこれでいい!えーい!ということで「わらじとんかつ弁当」を買っちゃった。デカいカツが2枚入っている、豪華な弁当。お値段、1,620円。
「新幹線に乗って登山だなんて贅沢すぎるなあ」と恐縮して気後れしまくっていたら、むしろタガが外れてしまった感じ。往復の交通費など、今回の旅程の総額が大きいので、1,620円の弁当くらい少額!と勘違いが始まってしまった。

しぶちょおとひびさんが僕を出迎えてくれた。
バスに乗るまで1時間もないのに、わざわざ朝早くから名古屋駅まで出張ってくれて嬉しい。彼らと会うのは3年ぶりなので、ことさら嬉しい。
時間がないので、てきぱきと買い物をする。
駅から出てすぐのところに成城石井がある、ということを教わり、そこで今日明日の食べ物を購入した。
「成城石井って高級すぎない?」と思ったが、思ったより高額にならなくて済んだ。というのも、山で食べるものだし、ザックに詰めて持ち歩かないといけないので、あれもこれもと物欲に任せた買い物をしなかったからだ。
酒の肴を探す感覚で成城石井の惣菜を物色すると、いくつも買ってしまい高くつく。しかし登山用の料理となると、あんまりあれこれ買ってられない。お陰で、「良いものを、適量」買うことができた。
では今日の朝ご飯はどうしよう、となったとき、名鉄バスターミナルに向かいつつその道中にあるベーカリーカフェを紹介してもらった。

「みそカツドッグ」なるものが売られている。
ポスターには「MISO Umyaaaaa!」と書いてあって、インパクトがすごい。
「ねえしぶちょお、名古屋の人たちはこういうのをどう思ってるの?これはあくまでも観光客向けですよ、と理解しているのか、それとも地元民も喜んで食べるものなのか。だって、うみゃああああ!って、すごくネタっぽいでしょ」
としぶちょおに聞いてみたのだが、彼がどう返事をしてくれたかは忘れてしまった。でも、忘れるくらいだから、きっと「こんなの食わねーよ、ネタだよ」などと否定的なコメントではなかったのだろう。「まあ、こういうのも食べるかもな」くらいの回答だったんじゃないか。

気になって、つい僕もみそカツドッグを買ってしまった。さっき、「矢場とん」でわらじとんかつ弁当を買ったばかりなのに。
食べて、思わず「Umyaaaaa!」と叫ぶ。

しぶちょお、ひびさん、そして僕の3名。
どうもありがとう。今度はぜひゆっくりと時間を取って。・・・といっても、子どもがいるとなかなか自由がきかないのが悩ましい。

名鉄バスターミナルにやってきた。
飯田・昼神温泉行きのバスは3階の5番乗り場から出発する。

バスターミナル。
普段バスターミナルを利用する機会がないので、こういう施設にワクワクする。鉄道の駅よりも非日常感がある。

高速バス用の5番乗り場。
ここで見送りにきてくれたしぶちょおとひびさんと別れる。わざわざどうもありがとう。

バスはそこそこ混んでいた。
飯田行きのバスは、名鉄バスセンターから飯田までを約2時間で結ぶ。いずれリニアモーターカーが開通すると利用客数が減るのかもしれないが、現状ではJR中央本線と並んで主要な移動手段だ。
1日10便のうち、園原・昼神温泉を経由するのは3便。そして午前中に園原を通るのは今僕が乗っているこの1便だけだ。
この便を乗り過ごすと、その時点でもう詰んでしまう。

快適なバスの旅。
おっ、右前方に大きな山が見えてきた。恵那山だ。明日はあの山のてっぺんに立つことになる。

今回、愛用のカメラにPLフィルターを付けてみた。空気中の光の乱反射を抑え、くっきりした写りになるというフィルターだ。実戦投入は今回が初めてなので、うまくいくかどうかは未知数。

10:52
約1時間50分で、園原に到着。
降りた場所はあまりに何もない場所で、びびる。

こんな感じ。
車の往来も少ない。
送迎バスがまだ来ていないので、それにもびびる。大丈夫かな、と。
でも大丈夫、同じバスでやってきた同類の人がいるので、僕だけここに取り残されることはないはずだ。

ヘブンスそのはらの送迎バスがやってきた。
「天空の楽園」と書かれている。おう、そうなのか。

マイクロバスに乗り、ヘブンスそのはらへ。所要時間はせいぜい10分弱。近いのだけれど、歩いていくにはちょっと遠い。送迎バスがあるのはありがたい。ただし要予約なので、事前に電話をかける必要がある。

ヘブンスそのはらの駐車場。見上げると、ゴンドラが動いていた。

標高800メートル。ここから1,400メートルまでゴンドラで上り、そこにあるスキーゲレンデのリフトを乗り継いで、最終的には標高1,602メートルの展望台まで上がることになる。
標高が稼げて大変に結構なことだけど、このゴンドラとリフトの時間をちゃんと見積もっておかないと、下山の際に帰りの送迎バスに間に合わなくなる。今からそれが心配で仕方がない。なにせバスが15時発なのだから。
(つづく)
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