結婚当初から、パートナーのいしからは「日本百名山登頂、応援するよ」と言われている。行きたいときに行ってきて構わない、というお墨付きだ。
ありがたい、と思う反面、「わたしは見守る立場で、一緒には登らないよ」というニュアンスがその言葉に含まれていて、残念に思う。
彼女いわく、「ペースを合わそうとして登山道の先で待たれるとか、自分の後ろからついてこられる、というのが性格的にイヤ」なんだそうだ。そういえば、富士山に登ったときも、その点は本当に嫌がっていた。

パーティーのリーダーがメンバーのペースに配慮するのは当然のことだし、「疲れていない?」と様子を伺うのは当然、というのが僕の考えなのだが、彼女からするとそういうことが嫌なのだという。
「疲れているかどうか」と聞く事自体がダメだ、と。そう言われると余計疲れるじゃないか、と。
この様子だと、「老後は夫婦で低山ハイクを趣味をたしなむ」という僕の夢は実現しないのだろう。たまにはお情けで山に一緒についてきてくれるかもしれないが、そういう態度が透けて見えるようなら、僕は全然うれしくない。また、弊息子タケはまだ1歳になったばかりで、彼が僕が行きたい山に同行できるようになるには、鍛錬を順調に積んだとしてもかなり先のことだ。
「死ぬまでに日本百名山を踏破」。僕の人生目標だ。しかし、タケの成長はまっていられないし、いしは山に興味がない。
ならば、結婚・コロナ・出産の間停滞していた、日本百名山登頂計画を早く再始動しなければならない。早くしないと、僕自身の老いが進行してしまう。
コロナによってテレワーク三昧の生活へと切り替わったが、その結果一日の運動量が激減した。おそらく、1日あたり1,000歩も歩かない日が結構あるはずだ。買い物のために外出するにしても、自転車を使っていて全然歩数が増えない。老化、というか「体の劣化」が急速に進んでいることは肌感覚でわかる。
ということで、2022年から山登りを再開することに決めた。日本百名山100座のうち、登頂済みは57座。残り43座。まだようやく折り返し地点だ。そして、これから先は難易度が高い山ばかりが目の前に立ちふさがる。北海道や離島の山、山奥のさらに山奥の山、交通の便が相当悪い山など。
果たして本当に登れるのだろうか?と思うと、正直自信がない。でも、やっていくしかない。
子ども大好きな僕にとって、子どもから離れて登山に行く、というのは残念だ。なのでグズグズしていたのだが、パートナーに保育園のお迎えなどを任せ、えいやっと山に行ってくる計画を立てた。場所は、浅間山。ご存知、長野県にある名峰だ。
独立峰で、その優雅な山体は遠くからでもとても良く目立つ。新幹線や高速道路で群馬県を移動中、山々の奥から雪に覆われた浅間山がニョッキリと姿を見せているのを発見すると、一瞬ギョッとするくらいだ。
デカい。そしてならだらかな富士山のようなコニーデ型火山ならではの形。
標高は2,568メートル。2,666メートルを越えてくると、「日本百高山」の仲間入りとなるので、あと一息足りない高さだ。とはいえ、「日本百高山」の殆どが北アルプス~南アルプス界隈に集中しており、フォッサマグナすげえ!という感想に落ち着くわけだが、浅間山は違う。火山パワーでここまで大きくなっている。
どんどん噴火して山を大きくしていったその力強さは尋常ではない。
気象庁に「浅間山 有志以降の火山活動」というページがあるが、お前らが思っている3倍、いや4倍は噴火を繰り返している。
https://www.data.jma.go.jp/vois/data/tokyo/306_Asamayama/306_history.html
1回の爆発で山の1/3が消し飛んだ磐梯山、日本一の高い山・富士山、いつも火山活動に余念がない桜島など日本には特徴的な火山が多いが、浅間山もやはりすごい火山だ。
富士山には「浅間神社」という神社がある。また、「浅間神社」は全国各地に数多く分社がある。「浅間」というのはどうやら昔のことばでは「火山」という意味があったらしく、「浅間山」というのは「火山の山」という意味だったらしい。
神話まで遡って調べようとしたが、複雑すぎてやめた。そもそも登場人物の名前が覚えられないし、あとづけの設定とか、「孫の嫁」とか、土着の言い伝えとか、「諸説あるが」という但し書きとか、ややこしすぎる。
日本に生まれ育ったからには、神話を覚えたいのだけどなぁ・・・といつも残念に思う。浅間山登山を計画してからも、やっぱり同じ感想を抱いた。山にまつわる神話や昔話は多いので、そういうことを理解してから登ると味わい深いのだけど。
数ある未登頂の百名山のうち、浅間山を選んだのは「交通の便が良いから」だ。北陸新幹線で佐久平まで行って、そこから高峰高原までバスで移動して、車坂峠から登頂開始・・・というのが、登ったことがない山にもかかわらず容易に想像がついた。過去、高峰高原で一泊した経験があるからだ。

登山をするにあたって、一番おっくうなのは交通手段のFIXだ。
夜行バスに乗るのか?新幹線なのか?それとも、レンタカーを借りて登山口まで行くのか?レンタカーの場合、登山口の駐車場は十分に余裕があるのか?などと、考えることがいっぱいある。
特に、山奥深い場所に行こうとすると、「どうやったらここに行けるんだ?」と首を捻ることがいっぱいだ。春先だと、まだ登山シーズンのバスダイヤが発表されていないことも多く、決めようにも決められないことがいっぱいだ。
そして、登山口がいくつもあるような山の場合、どの登山口ならバスがあるのか、ないのか、諦めて車を利用したほうがいいのか、という選択肢が増えて本当におっくうだ。
できることなら公共交通機関を使いたい。マイカーを持っていない僕の場合、車を駐車している間もチャリンチャリンと課金されるからだ。そして、車がある限り、基本的には登山口と山頂との間、同じ道を往復するしかない。それは残念な話で、できれば登山口と下山口をわけたい。
・・・そういう欲をかきはじめると、本当に収集がつかなくなる。
僕が登山の計画を立てるときに面倒でため息ばかりついているのは、自分の体力不足に関することではなく、「どうすればうまく一筆書きで登れるのだろう?」という計算ばかりをしているからだ。西村京太郎ばりの時刻表ミステリーの世界だ。
百名山登頂を再開するにあたって、男体山(栃木県)のように「まあ、その気になればいつでも登れるよね?」という山から再開するのは残念だ。そういう山はもっと老いてからに取っておきたい。かといって、飯豊山とか北アルプス裏銀座のような山を計画するには、体力不足だし僕の西村京太郎スキルも足りない。
うーんうーん、と未踏の山リストを眺めて考えた結果が、「浅間山」だった。この山は頻繁に火山性地震を起こし、入山規制がかかる。しかし、ちょうど2022年は「噴火警戒レベル1」で、いつもよりも山頂に近いところまで足を踏み入れることができる状態だった。
「山は逃げない、は嘘。山は逃げる。登れるときに登らなければ」と思うようになってきた僕は、このタイミングを逃すわけにはいかなかった。またいつ、噴火警戒レベルが2になってしまうかわからない。
ちなみに、浅間山に詳しくない人に対して説明すると、浅間山はだいたいいつも怪しい雰囲気の活火山で、それ、地震だ!入山規制だ!→入山規制の一部解除だ!→また入山規制だ!をひっきりなしに繰り返している。
そんな浅間山の様子を航空写真で見ると、「ああ、これじゃあなあ・・・」と納得するはずだ。ぽっかり開いた火口にギョッとするし、その周囲は草木が生えず荒涼とした山肌。この状態で、「もう火山活動は過去のものです。大丈夫です、登ってください」なんて言える予感がしない。
ここ最近の浅間山は、その多くの時間が「噴火警戒レベル2」に設定されている。火口から半径2kmは立ち入り規制になっている。
じゃあ、日本百名山・浅間山を登頂するにはどうするの?というと、浅間山の外輪山である「黒斑山」に登り、そこから浅間山を遠巻きに眺めることで達成したとみなすのが通例になっている。
浅間山の外輪山の、さらに外輪山に位置する山だ。こんなの、浅間山に登ったうちに入らないじゃないか!と言われそうだが、浅間山の山頂に登れる日を夢見ていたら、孫の代になるかもしれない。自分が生きているうちは無理なんじゃないか。だって、あの火口だぞ?無理そう。
同じように、山頂は火山で入山禁止なので「ずいぶん手前の場所だけど、ここまで来たら登ったとみなす」という山は他にもある。百名山だと、草津白根山がそれに該当する。
今回登ろうと思っている浅間山、2022年は噴火警戒レベル1。この状態だと、「火口から500メートル以内は立入禁止」となる。こうなると、登れる山は「黒斑山」ではなく、浅間山山頂がある山本体に取り付き、その外輪山である前掛山まで足を踏み入れることができる。格好のチャンスだ。
おそらく、これぞ千載一遇のチャンスなのだろう。行けるうちに行こう。
余談だが、浅間山の航空写真を見ると、山頂火口付近まで道があることがわかる。火山観測のための研究者がつけた道なのか、それとも勝手に入り込んだ登山者によるものなのか、わからない。浅間山の山頂には心惹かれるが、勝手に規制ラインを突破すると法律違反で罰せられるのでNGだ。
あと、「せっかく本物の山頂間際まで来たんだから、火口周辺で一番高い、トップ・オブ・トップの山頂を踏もう」と欲をかいて、火口ギリギリを歩いて火口に滑落、という可能性が高い。自然を舐めてはダメだ。
2022年07月08日(金) 1日目

06:20
ひさびさの登山、1日目。
よく考えると、前回登山が2019年の富士山だった。実に3年ぶりの登山。この間に結婚・コロナ・第一子誕生というイベントが重なったとはいえ、運動らしい運動を全然やってきていない。我ながら驚く。
これまでもそうだったように、今回も体力はそれほど心配していない。
しかし、公共交通機関による登山口アプローチということもあって、登山開始が9時半ちかくになる。スタートが遅すぎる分、下山時刻がとても気になる。
バス便がとても少ないため、下山しても東京に戻る手段がない。そのため、今晩は「天狗温泉 浅間山荘」に一泊する予定だ。
その宿に到着できるのが、標準コースタイム通りだと18時半。いくら日が長い季節とはいえ、山から下りてくるのが18時半というのはちょっと遅すぎる。旅館の人が心配してしまう。
楽天トラベルで予約する際、備考として「下山が遅くなる可能性がある」と書いておいたが、早く下山するに越したことはない。どこまでペースを上げられるか。課題だ。
そういえば、3年ぶりの登山となる今回は、スマホの登山アプリ、「YAMAP」と「ヤマレコ」を試験導入している。
両方とも、GPSで自分がいまいる場所を地図上で表示する機能がある。Googleマップでも同じことができる?いや、違う。登山地図とGoogleマップは異なるものなので、ちゃんと登山道が表示されている地図上で自分の居場所を表示できるこの手のアプリは必要だ。
あと、あらかじめ歩くルートを登録しておけば、ルートから外れると警告を出したり、次のポイントの到着予定時刻を表示したり、一般的な人の歩くペース(いわゆる標準コースタイム)と比べてどれくらい早いor遅いペースで歩けているかをリアルタイムで知ることができる。
まだ僕はこれらの機能を使いこなせていないので、同時に両方のアプリを使ってみることにした。
両方とも機能は似ているが、YAMAPの方が登山記録をもとにしたSNS的コミュニケーションに重点を置いていて、ヤマレコはもうちょっとストイックな印象だ。どちらも一長一短ある印象。
2013年に、「山旅ロガー」と「地図ロイド」をスマホに導入したことがある。

そのときは、GPSの精度が悪いし、バッテリー消費が激しいし、地図データが重たいしで、「登山地図のかわりに、山に登りの最中に頻繁にチェックする」ような登山の相棒として使える代物じゃない、という印象を持った。
しかし、時は流れて10年近く。今やスマホ登山地図が当たり前の時代になっているようだ。「濡れたら壊れる・落としたら壊れるスマホ」に全幅の信頼を置くのは危険なので、紙の地図を持ち歩いたほうがいいのは言うまでもない。でも、メイン地図をスマホとし、紙の地図はバックアップ用とする時代にはなったと思う。

06:45
上野駅から北陸新幹線に乗る予定だが、この駅の構内で朝ご飯を食べられる場所はないか?と調べたら、あった。
朝6時台から営業している、働き者のお店だ。「はいり屋」という名前のお店。

「たまごのり定食」390円から。
焼き鮭定食で540円。カレーが580円なので、焼き鮭定食の方が安い。ちょっと意外。

焼き鮭定食を頼む。
うん、朝からご飯とお味噌汁の定食を食べると、嬉しい気持ちになる。
わざわざ駅で朝ご飯を食べなくてもいいのに、と今となっては思うが、2022年当時の僕は、「これぞ旅情!旅に出るからには駅で朝ご飯を食べたい!」という気持ちだったのだろう。
味付け海苔のわざとらしいパリパリ感と、それに相反するベタベタした食感を楽しんでご飯を終えた。

6時58分発のあさまに乗る予定。
上野駅の新幹線ホームはとんでもなく深い場所にある。のんびりしていると乗り遅れるので、気をつけないと。

あさまがやってきた。さあ、乗ろう。
席が空いていないのはイヤなので指定席を取ったのだが、「えきねっと」で予約する際に空席を確認したら随分混んでいる様子だった。金曜日の朝だからか?と思いつつ不思議だったのだが、いざ新幹線がやってきて状況を理解した。
この「あさま」、12両編成のうち8両が自由席だった。そして1両がグリーン車。さらに1両がグランクラス。指定席は残された2両だけだった。
ということで、指定席がわりあい混んでいて、自由席のほうが悠々だった(ように見えた。やっかみかもしれないが)。

08:15
佐久平到着。
登山用のザックを背負った人もちらほら見かける。僕と同じ浅間山だろうか、それとも美ヶ原方面だろうか?

佐久平駅を出たところ。
駅前にコンビニすらないことは、事前調査でわかっていた。なので、山の中でたべるお昼ごはんはあらかじめ東京で買っておく必要がある。
「そうはいっても、コンビニがないというのは古い情報で、今だとコンビニの一つくらいはできているのでは・・・?」
と周りを見渡したが、やっぱり見つからなかった。
佐久平は小諸駅が出来なかったかわりに作られた、といっても過言ではない(というと、佐久の人々は「いや、そうではない」と言いそうだが)駅だ。もともと栄えていた場所ではないところに駅が爆誕したこともあって、駅を中心とした町のにぎわいというのはない。
長野オリンピックとともに新幹線は開業したのだから、この駅は1988年に出来たことになる。それでも栄えないものなのだな。もともと車社会の場所なので、駅前は大きな駐車場さえあればいい、という考えかもしれない。

佐久平駅には「プラザ佐久」という御当地のおみやげ物などを売るお店がある、というのも事前情報で知っていた。しかし、朝8時台に営業をしてくれるわけではなく、利用することはできなかった。

駅のロータリーに、バス停がある。「高峰高原線」とかかれた、3番のりばでバスの到着を待つ。

08:27
高峰高原行きのバスがやってきた。JRバスだ。

運賃前払い。行き先を伝えて、お金を支払うというちょっと珍しいスタイル。
乗車時に整理券を受け取って、下車するときにお金を払うというのが一般的だが、ここはそうなっていなかった。
どうしてだろうと思ったら、そういえばこのバスは後ろから乗車ができない。観光バス仕様のバスだからだ。
ある程度距離が長い、つまり運賃が高くなる路線に使われるバスということを見越しているのだろう。運転席脇の運賃箱は、1万円札まで対応するものだった。そして、「紙幣お釣り」を出すことができる。へえ、こういうものもあるのか。
バスって、「すいません、誰か1万円札を崩せる人いませんかー?」みたいなやりとりを過去何度も見てきたが、万札をも崩せる運賃箱が存在するのか。

ついでにこのバス、USBスロット付きだ。
下車するまでの間に、スマホを充電しておこう。今日の登山は登山アプリを使うので、バッテリーの消費が気になる。

09:20
バスは高峰高原に到着。標高が2,000メートル近くある場所だ。
終点まで行ってしまうと、行き過ぎ。終点直前の「高峰高原ホテル前」で下車。

ここは登山口があると同時に、ビジターセンターもある。
トイレに立ち寄る。
あと、バスを下りてすぐに登山開始するというのは、なんだか「お前、必死だな」感があって、自分が卑しく思えてくる。「まあ、ぼちぼち登ってもいいかな」的な余裕を醸し出す大人になりたい、と常に思っているので、このあたりで余裕をぶっこいておく。

周辺地図の写真を撮ったが、光の反射で大してよく見えなかった。
高峰温泉の奥にある池ノ平湿原にはいつか行ってみたいと思っている。

今日の天気は晴れのち曇り。最高気温20度、最低気温11度。標高がそこそこあるので、7月でも過ごしやすい天気だ。

登山口へ。
「ただいまの噴火警戒レベルは1です。前掛山までは登山ができます。」
という表示を確認する。
急遽、今日から「噴火警戒レベルが2になりました」だったら洒落にならない。
ちなみに、ここの看板によると
- レベル3 入山規制
住居地域の近くまで重大な影響を及ぼす噴火が発生、あるいは発生すると予想される。
登山禁止(火口から4km以内規制) - レベル2 火口周辺規制
火口周辺に影響を及ぼす噴火が発生、あるいは発生すると予想される。
火口周辺立入禁止(火口から2km以内規制) - レベル1 活火山であることに留意
火山活動は静穏。火山活動の状態によって、火口内で火山灰の噴出等が見られる。
火口付近立入禁止(火口から500m以内規制)
ということだった。ということで、火口から500メートル以上離れている前掛山はセーフ。
地図を見ると、前掛山はぽっかりと開いた火口から500メートルも離れていないように見える。でも、どこから起算して500メートルなのかわからないが、前掛山はセーフ、というのが公式見解。

登山口から高峰高原を振り返ったところ。
ビジターセンター、そしてその奥に氷ノ塔山が見える。良い景色。
(つづく)
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