地獄と山のマリアージュ【阿蘇山・九重連山】

鍋用の食材いろいろ

桶船の上に乗っていたのは、まるで焼肉をするかのような食材の数々だった。右の写真は既に一部調理開始されて量が減ってしまっているので本当は一人前はもう少し多い。

もやし、キャベツ、にんじん、こんにゃく、かぼちゃ、なす、ピーマン、たまねぎ、豆腐、猪肉、鹿肉、キジ肉など。結構具だくさんだ。

ということは、あの「謎の鉄板」はやっぱり焼肉用ということか。

それにしても、猪肉、鹿肉、キジ肉とジビエな肉がそろっているのはなんともうれしい。普段あまり食べないものなので、スペシャル感が感じられる。

そうだよなぁ、山の宿なんだからこういうので十分なんだよな。はっきりいって、たくさんのお椀やお皿を並べた会席風旅館料理を出すよりもはるかに手間がかからない。切って、並べるだけ。でも、それが宿泊客にとって最高のご馳走となる。win-winの関係じゃあないか。

味噌鍋

地獄鍋、というからには単なる鉄板焼肉だけというわけにはいくまい。やっぱり、あの湯気を出していたてっぺんには具が投入され、味噌が入れられ、味噌鍋として食べられるようになった。この作業は全部仲居さんがやってくれる。「ほー」とひたすら感心しているおかでんを見てうれしそうだ。多分、これまで何百、何千という宿泊客の「ほー」と見てきたんだろう、自信が籠もった手つきだし、ちょっとだけ誇らしげだ。

お湯にいきなり味噌を溶いてるけど、ダシは?と思った。多分、これは帳場脇で売られていた「猪鍋用の味噌」を使っているのだろう。ダシ入り味噌。

阿蘇を意味する5つの鉄板

てきぱきと仲居さんが「お手本」を見せてくれる。解説付きだ。

まず、なぜこの鉄板部分がぐるり円形に取り囲んでいるのかというと、これは阿蘇山を意味しているのだという。阿蘇山の内輪山には5つの山があるので、だから鉄板は5枚。そして、鍋部分は噴火口というわけだ。

なるほど、これで分かったぞ。地獄温泉だとか地獄鍋だとか、いろいろ地獄という言葉が出てきたけど、それはこの場所そのものが地獄なんじゃない。阿蘇山全体を指して地獄、と表現しているんだな。

着席してからまだ5分たらず、ここまでで「ほー」という言葉が何回口をついた事か。

焼き方はこうするんですよぉ、と言って仲居さんが肉を鉄板の上に並べる。まず、「標高」が高いところに猪肉を置く、そこから低いところに鹿肉や野菜などを並べるんだという。なぜか。猪肉は脂身があるので、炒めると油が「山」の斜面を伝って下に落ちてくる。その油でその他の肉や野菜を炒めるというわけだ。鹿肉やキジ肉だと脂身が少ないので、こうはいかない。またもや「ほー」だ。

なるほど、「標高」が低いところにある持ち手みたいなくぼみは、油受けの意味があったのだな。ジンギスカン鍋と同じ発想だ。標高の高いところに羊肉を置き、出てきた油で標高の低い位置の野菜を炒める。

黒電話

「何かあったらそちらの電話で呼び出してください。・・・まあ、だいたいいつもこのあたりに居ますのでお声がけしてくだされば結構ですけど」

と言われ、ふと脇を見ると電話機が。これまた古風だなあ。黒光りしている。

全体的に古風な宿なのは理解しているが、宿到着の最初に目にしたクレジットカード利用可のインパクトがあまりに強かった。だから、こういう「いかにも年代物」なものを見るとものすごく不思議で面白い。

「あ、何かあります。ビールください」

ビールを早速頼む。生がある、ということなので生ビールを注文。

大生!

大生!

サイズを聞かれたので、「大で」とお願いした。でもどうせ「大という名の中ジョッキ」が出てくるのだろうと思っていたら、本当の本当な正統派大ジョッキが出てきたからうれしい悲鳴だ。すり切りまで入れたら800ml、という代物。我が自宅にもあるぞお前。まあ、ビールの場合泡があるので正味700mlといったところか。

こちらとしては、ここに到着してからの数々のギミックで既にビール渇望状態になっていた。このシチュエーションだけでビールが飲める。何も食べなくても、視覚だけで酒肴になるくらいだ。・・・ああうそです食べさせてくださいお願いです。

というわけで、今日は山に登ったわけでもなく、移動して温泉に浸かっただけだけど大満足でそれ行け。

ぐいーっと。

ははは。飲んでやったぜ。何?もう一口?ぐいいいいいっ。

いやー、温泉ハシゴで汗をかきまくり、ただでさえ血液が濃くなっているのにこのビール。血が薄まるどころかますますドロドロになってしまう予感。でも今日は許す。というか今日も許す。ほぼ毎日飲んでるので「も」という表現がふさわしい。でも、だけど、今日だけはスペッシャルなんである。

いやあ、地獄鍋に変更して良かったなあ。ナイス選択。ナイス発想の転換、オレ。宿泊料金は安いんだし、+1,000円の追加料金くらい全然オッケーっすよ。

ちょっとづつ焼いてはたべて

うっかりして小鉢のなますだけで大ジョッキいっぱい飲んでしまうところだった。いかん、そろそろ地獄鍋本格始動させないと。いくらでも飲めてしまう。

はっはっは、すいません大ジョッキもう一杯。

あれ、もう空ですか。

5つの山を意識したという鉄板は、5枚ゆえにあまり表面積が広くない。最初は手前の2面だけを使っていたのだが、だんだん範囲が広がり、4面使って焼くことになった。最後の1面はちょうど自分の対面、鍋を挟んで向こう側にあるので使えない。

こうなってくると、「猪肉を上に」なんて慎重な事はやってられない。野菜専用鉄板もお目見えした。でも既に鉄板自体が年季が入っていて油が良く馴染んでおり、焦げ付くということはあまりなかった。

もし当初予定通り「猪鍋コース」にしていたら、噴火口にて噴煙を上げている鍋、それにプラスα程度のものだったということだ。鍋でもビールは飲めるが、やっぱり囲炉裏で焼き物をしながらビールに勝るものはあるまい。あらためてナイス俺、と内心ガッツポーズしながらビールを愉しむ。ああビールが美味い。もちろん、地獄鍋も美味い。

とはいっても、焼く方に夢中で、鍋には全く手つかずだ。ビールを飲んでいるというせいもある。いかんぞ、バランス良く食べていかないと。たまには鍋にも手を付けよう。

ワインをボトルで頼むという暴挙

あまりにこの雰囲気と味に魅了されすぎてしまい、ビールを飲む手が止まらない。普通二杯も大ジョッキを飲めば、いい加減OKなはずだ。気心知れた親友と会話を楽しみつつ飲むならもう一杯いってもおかしくないが、今日は一人だ。おかしい、まだ全然飲めるぞ。

んー。困ったな。

直火ではなく炭火でじっくりと焼かれる肉と野菜は、火が通るまで少しだけ時間がかかる。キャベツの芯に近い部分のように、立体的な形状の具材だと何度かひっくり返さないといけない。

そうやって待つ間に、ビールの量は減り、二杯目終了。

物欲しそうな顔をしながら仲居さんと話をしていたら、「どうされます?ワインもありますけど」と水を向けられた。ワインっすか。「そりはグラスですかボトルですか?」「ボトルになります」

ボトル・・・。さすがにひるんだ。750mlか。大ジョッキ2杯飲んでボトルワインを開けるたぁいい根性してやがる。肝臓壊すぞ。

でも許す。なぜなら今日はスペッシャルだから。

何でも「スペッシャル」という言葉で片付けてしまうのか。お気楽なもんだな。でも、そうなんですもん実際。信じてください刑事さん。

実際はちょっと躊躇し、葛藤したものの結局ふと我に返った時にはお盆の上にワインのボトルとグラスが。あれ?頼んじゃったんだ、自分。今一瞬違う世界に精神がワープしているうちに勝手に頼まれていたようだ。

ということにしておこう。

出てきたものを「ええい引っ込めよ汚らわしい」とののしるほど狭量な自分ではない。もちろん有り難く頂戴することにした。親から以前教えられたよな、「食べ物は粗末にしちゃいけません。残さず最後までおいしく食べなさい」と。

・・・というか、アンタ自分で頼んだんじゃん。

・・・はい。その通りで。もうあんまり言わんといて。自分でも調子に乗りすぎだなあと思っているので。

これでまたおかでんのγ-GTP数値が高くなるのであった。はっはっは。

仲居さんは「ぜひうちの自慢料理を肴にしてぐいぐい飲んで欲しい」という自信と自慢に満ちた顔をしていた。ワインを持ってきた時も、「さあこれで心行くまで楽しんでください」といわんばかりの態度だった。気のせいではない、確実にそうだった。これに釣られちゃったなあ。

ワインが木桶に入って、冷やされて出てくるあたりがなんだか今風というか「古風な温泉宿らしからぬ」演出。この宿は全体的にこうなのね、時空がちょっと歪んでいる感じで楽しい。

ワインは赤、「ブリンムーア」というもので酒飲みからすると「プリン体=痛風」を連想させるあまり良いネーミングではない。ミディアムボディで渋みが少なく、飲みやすい。大ジョッキ2杯の後だったけど、鍋の具をいただきつつするりと飲んでしまった。

お味噌汁付きのご飯とおつけもの

地獄鍋、という汁物がありながら、最後はお味噌汁付きのご飯とおつけもの。最後は汁オンパレード。

いや大変満喫いたしました。

不思議なもので、あれだけお酒を飲んだのにそんなに酔っ払った感じがしない。比較的平然としていた。雰囲気やギミックに酔ってしまい、アルコールが体を蝕む余裕が無かったということだろうか。

炭火を眺める

鍋が取り外された状態の炭火。

これを見ているだけで心が和む。

おかでんは食後酒を飲む習慣が全く無いが、もしそういう趣味があるならばこの光景だけで十分飲める、と思った。

たき火も良いけど、炭火もいいねぇ。たき火の場合、近づきすぎると熱いが、炭火だと間近で観察できる。火が出ているわけではないので見た目は地味だけど、それもまた良し。

しばらく炭火を見ながら、食後の余韻を楽しむ。

部屋に戻ってみると、小さな虫がいっぱい白い掛け布団の上に落ちていた。仲居さんが

「網戸の目より小さいので入って来ちゃうんですよ。窓は閉めておいて、暑ければ空調入れれば良いですよ」

と助言してくれ、布団を窓に持っていきばさばさと振り払っていた。

地獄だ。

いや、スケールがやけに小さい地獄だけど。

なぜ仲居さんが部屋までやってきたのかというと、この地獄鍋コースは部屋に戻るとデザートのサービスがあるからだった。なんだか至れりつくせりだ。恐縮してしまう。

家族風呂

「この温泉には4カ所のお風呂がある」と前述していたが、部屋に戻ってもう一度館内案内図を見てみると、家族風呂がそれとは別に存在していることに気がついた。誰も入浴していないことを確認して突撃。

こういうとき、すんなりと家族風呂が空いているのも平日の特権だよな。

家族風呂は、すのこの上に畳が敷いてあるという不思議な作りになっていた。もちろん耐水性の畳なわけだが、畳の上で水浴みをするのはとても不思議な気分だし、悪いことをしている気にさせられた。

湯船はこぢんまりしていて、「よーしパパ入っちゃうぞー」「ならママも入っちゃうわよー」「あれ?ボクが入れないよ!」というサイズ。誰かがお湯に浸かっている間に誰かが体を洗ってなさい、ということだ。

結局、お酒を鯨飲しながらもこの日は4種類5カ所のお湯に浸かった事になる。今晩はよく眠ることができそうだ。

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