
09:56
線路は大井川を鉄橋で越え、左岸を走る。
その先、「アプトいちしろ」駅に到着。
標高396メートル。こんなに長い時間をかけて、山の奥深くまでやってきたつもりなのにまだ400メートル足らず!という事実にびっくり。
ここも、狭いホーム&広いスペースという空間になっている。秘境駅なりに、眼前に迫る森!崖!といった風情ではなく、のんびりとした空間だ。
この空間だって、もともとは木が生えていた場所を伐採し、整地した場所だ。何か意味があったのだろう。資材置き場とか、留置線があったとか。
このすぐ下流に、中部電力奥泉発電所と大井ダムがある。その建設用資材置き場だったのかもしれない。なにせ、もともとこの大井川鐵道は電力会社が流域開発のために作った路線だからだ。
この駅で、しばらく停車する、というアナウンスがあった。ここからアプト式の機関車を接続するのだという。
えっ、さっきまでアプト式じゃなかったのか!
てっきり、千頭駅からずっとアプト式なんだと思っていた。道理で、千頭駅で線路を見たとき「おかしいなあ、線路の真ん中にアプト式ならではのギザギザ線路がないぞ?」と思ったわけだ。これまでは単なるトロッコ列車だったのだった。

列車の最後尾にアプト式機関車が連結される、ということなので、乗客のほとんどが降りてその様子を見に行く。
弊息子タケも、なんだかわからないなりに後方に走っていく。
乗客は結構いた。平日なのに。金谷からの乗客は少なかったが、千頭になって客が増え、そしてこの「アプトいちしろ」の手前の駅、「奥泉」で乗客がさらに増えた。
こんな山奥なのになんで乗ってくるお客さんがいるんだ!?とびっくりしたが、奥泉は大井川の支流にある名湯、寸又峡温泉の玄関口だからのようだ。寸又峡に一泊した人たちが、アプト目当てで乗ってくるのだろう。

ほぼ間髪入れず、機関車がやってきた。これがアプト式か!
なんかやたらと座高が高い印象の機関車だ。さすがアプト。
あれっ、よく見るとパンタグラフが付いていて、架線もある。さっきまで「汽車」だったのに、ここからは「電車」だ!

そして、アプト式機関車はこれまで僕らを運んできたディーゼル機関車と連結。
この際、旗を振りながら連結の微妙な塩梅をコントロールするのは車掌さんのしごと。本当にこの方、一人何役もやっていらっしゃる。
連結シーンが大好きなのは、鉄道ファンも一般人も一緒。みんな写真を撮っていた。タケは、しゃがんでかぶりつきのところでじーっと観察していた。合体は男のロマン。彼もたぶん、血がたぎったことだろう。

連結器がつながったあと、ケーブルをつなげて完了。
そして、よく見ると線路と線路の真ん中に、歯車を噛ませるためのギザギザ線路がある!さあ、ここからがアプトだ。
連結が終わると、早速列車は出発する。乗客は慌てて自分の客車に戻る。
乗降時間は結構タイトな運行の路線だ。しかし、千頭から井川まで2時間かかる。列車そのものはゆっくりスピードだ。

10:03
アプト式機関車が後ろから押すようになったからといって、乗り心地が変わることはなかった。ガリガリ揺れるようなことはないし、音が大きくなることもない。
後ろのほうの客車だったら、何か違いを感じたのかもしれないが、前の方の客車にいた僕らは、まったく一緒だった。この点は、やや拍子抜けだ。
ただ、急斜面を登っている、というのは車窓の景色でよくわかる。あれ?見えている風景が随分斜めだよね?と一目瞭然だ。(掲載している写真は、斜めってる写真ではないけれど)

10:06
大きくて豪快なダムが進行方向右側に見えてきた。長島ダム。
こんなにダムを真正面から眺めることができる列車、というのはあまりないだろうから、「おおお!」と全員驚いて喜ぶ。
左右から放水されている姿が美しい。そしてそのすぐ手前に吊橋があるのが見える。あの吊橋、渡ってみたい!迫力がすごそうだ。ダムを見上げつつ、眼前の水しぶきを間近に見える。
地図でみたら、この橋は「飛沫橋」という名前だった。いかにも、な名前だ。
そして飛沫橋のやや下流の川沿いに、アプトいちしろキャンプ場があった。テントを張っている人が何人もいて、僕たちに手を振ってくれた。僕らも「おーい」と言いながら手を振り返す。
電車でも船でも、こうやって知らない人と手を振りあうのって、楽しいよな。

10:10
長島ダムの脇にある、長島ダム駅に到着。
アプト式機関車はここで連結を離す、という。えっ、一駅だけなのか。
たった1駅だけど、「日本唯一」を楽しめて良かった。

機関車の切り離しは、連結よりも早い。
切り離しが終わると、もう出発。それ急げ、客車に戻らなくちゃ。

列車はまだまだ進む。
乗客のお目当ては、大井川鐵道で最大の人気スポット、「奥大井湖上駅」だ。
(つづく)
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