もうまもなく、大井川鐵道最大の魅力とされている、「奥大井湖上駅」だ。
たぶん、SLが走っている、とか日本唯一のアプト式機関車が走っていることよりも、この駅の知名度のほうが高いはずだ。
とはいっても、駅名は知られていない。この駅を写した写真が特に有名で、それを見た人はみな一様に「おお、すげえ」と驚く。
金谷駅から出発してかなり時間が経つのに、まだ標高が低い。こんなに山奥なのに!と驚いてしまう。日本は急峻な山でできた国土なので、ちょっと山に入るとすぐに標高が高くなるイメージがあるからだ。
で、これから向かう奥大井湖上駅は標高490メートル。
なだらかな斜面、ということもあって、大井川は日本の川にしては珍しく激しく蛇行している。
その蛇行した川に突き出た半島の先端に、駅がある。それが、奥大井湖上駅。
この駅で下車しても、近くに集落なんてない。半島の付け根には道路があるように地図上では見えるが、Googleストリートビューが使えないくらいの、ローカルな道らしい。観光客が使うような道ではなさそうだ。
そんななにもない、川に突き出た場所にある駅。周囲を見渡すと、左右に大井川鐵道の鉄橋があって、周囲をぐるっと大井川が流れている景色が見られる。良く言えば絶景、悪く言えばそれだけだ。
じゃあ、この駅を一大観光地たらしめているのは、対岸から撮影した写真だ。駅と、鉄橋を見下ろす景色は、絶景中の絶景。それが単なる長い鉄橋、というだけなら「まあまあすごい景色デスネ」という話だけれど、あの半島の先に駅があるんだぜ?と思うと、誰しもがワクワクするだろう。
これはぜひ見てみたい。
ただ、大井川鐵道に乗ったままだと、この景色は当然見ることができない。下車しないと、見られない。
または、最初っから大井川鐵道には乗らず、ここまで車でやってきたほうが早い。
ただ、この景色を見るために車で来る、というのも味気ないものだ。鐵道でここまで来て、そしてこの景色を見て、なんなら鐵道が通り過ぎる様子も眺めて、それでこそ楽しい。

僕も、どうにかしてこの写真と同じ景色が見られないか?と時刻表を睨みながら試行錯誤した。
しかし、どうもうまく筋を通すことができず、断念した。
なにせ、「駅で下車すればオッケー」ならまだしも、「駅を見下ろす位置まで移動する」という手間がかかる。
ただでさえ長旅で疲れているであろう70歳過ぎの義母に、さあ歩いてくれとお願いするのは申し訳ないし、鐵道がやってくる光景を見ようとすると、その分1本乗りそびれるということに他ならない。ダイヤが薄い路線なので、1本を見過ごすというのはかなり致命的だ。
4歳の弊息子のことも考え、遅い帰宅時間にならないようにすることを考えると、ここはスルーするしかなかった。
結局、奥大井湖上駅の景色を眺めることよりも、終点の井川駅まで行き切る方を優先した。たぶん、完全乗車なんて今後機会がないだろうから。
奥大井湖上駅付近から、対岸の山を見たところ。山の中腹に道路がちらっと見える。たぶんああいうところから、駅を見下ろしたのが有名な写真なのだろう。

10:23
びっくりだ。
奥大井湖上駅はお客さんがいっぱい。
でも、この列車に乗るでもなく、列車の写真を撮ったり駅名表示のところで記念撮影をしたり、鐘をカーンと鳴らしたりしている。
1本前の列車で来たのかな?と思ったが、よく考えたら僕らが乗っているのが始発列車だった。朝9時15分発でも、始発。
ということで、この人たちは車でやってきたことがわかる。
大井川鐵道はこの駅の入場料を500円くらい取ればいいと思う。たぶん、実際は無料で入れるのだろう。ただ、500円を徴収するための人の配置や機械の設置という手間を考えると、割にあわないか・・・。
駅の背後には、カフェがあった。2階建てになっていて、カフェで何かを買うと2階席が使えるそうだ。
鐵道でここまでやってきたはいいけれど、次の列車まで時間が余りまくっている・・・という人にはちょうど良い休憩場所だ。ありがたい。

10:25
この駅でほとんどのお客さんが降りてしまった。さすが有名駅。
ここで降りたお客さんが、後続列車に乗って井川駅まで完全乗車!という人はほとんどいないと思う。なにせ、次の便は3時間後だ。おそらく、千頭に戻る上り便が30分後にやってくるので、それに乗って帰るのだろう。
30分後!?対岸に渡って写真撮影をする余裕がない!
ちなみに、どうやって対岸に渡るのかというと、これが面白い。
線路が通っている鉄橋の脇に、歩道があるのだった。こんな鉄橋、初めて見た。

そして、歩道を歩いて渡って対岸に着くと、そこから非常階段のような階段を登って、道路にたどり着く。
登った先には駐車場も、展望台もある。
ちなみに、繁忙期は展望台近くの駐車場は閉鎖されていることがあるようだ。地図を見るとこの先井川方面に「長島公園」という大きな公園があって、「なんでこんなところに大きな公園と駐車場が?」と不思議なのだが、ここに車を停めて、てくてく1時間かけて歩くことになるそうだ。こりゃ大変だ。

10:38
たぬきの置物がホーム上に佇んでいる駅、尾盛駅。
こちらのホームは駅舎があるものの、廃ホームになっていて線路は残っていない。
実際のホームは車両右手にあって、枕木で作られたシンプルなものになっている。
それもそのはず、この駅に通じる道はなく、ここで下車するのは鐵道の写真撮影や秘境駅が好きなマニアに限定されるはずだ。駅舎が残っているのは、この界隈にクマが出没したことがあって、クマから避難するためのものだという。かなりワイルドだ。
Wikipediaによると、年間の乗降客数は600人弱。「乗降客」というカウントの仕方をするのだから、実際は300人程度が降りて、乗ったのだろう。なにせ、道がないのだから。
こういう駅でも300人も利用していることにびっくりだ。
駅に通じる道がない秘境駅、というのは僕にとって初めての体験かもしれない。ローカル線の旅はなんどもしたことがあるが(三江線とか)、道がないというのは経験がない・・・かな?
漫画「鉄子の旅」などで、秘境駅がいかに素晴らしいかということを学んできた僕だが、いざ実物を見ると「あ、これが秘境駅なんだ。へえー」という感想だった。

もっと盛大に驚いて興奮したかったのだけど、漫画の迫力がすごすぎて、それと同じようには驚けない自分に気づいてしまった。

10:42
山はどんどん深くなっていく。もうこのあたりになると、人里も茶畑も見当たらない。
そもそも、この大井川鐵道自体が「沿線住民の足として作られた」というより、ダム建設のために作られたものであり、集落と集落を結ぶ路線になっていない。
このため、駅と集落が離れていて、駅に通じる道は車一台通るのがやっと、という駅はザラ。さっきの駅みたいに、そもそも道がない駅もある。

関の沢橋梁。川底から70メートルで、日本で一番高い鉄道橋梁なんだそうだ。徐行して走る。
下を見ても、木々に覆われていて何がなんだかわからない。

10:47
森の中にある、閑蔵駅。
すぐ背後に太い木が迫ってきていて、風情のある駅だ。
千頭から出ているバスで、この閑蔵駅行きの便がある。
なので、閑蔵駅周辺は栄えているのかと思ったが、全然そんなことはなく見渡す限り、民家はゼロだった。
地図で周囲を確認すると、かろうじて小さな集落がある程度だ。
ではなぜここを終着とするバスが運行されているのだろう?もうちょっと頑張って、井川まで行ってもいいのに?と思う。井川のほうが、集落の規模がやや大きくなるからだ。
ただ、バスの時刻を見てみると、1日1往復しか運行されていなかった。ああ、バスがあってもなくても、地元の方々の生活にはほぼ何ら関係がないのだなということに気づく。
だとしても、なぜこの駅にバスがやってくるのだろう?不思議でならない。
・・・帰宅してあれこれ調べてみて、ようやくわかった。ああなるほど、行きは鐵道で、帰りはバスという往復方法を取る賢い観光客がいるからだ。
車道以上に激しくウネッている線路の大井川鐵道は、のんびりと走る。それと比べて、並行して走っているバスのほうが道路の線形が良くスピードも早く、さっと移動できる。
1日1便のバスだが、これを有効活用しようとすれば沿線の楽しみが増える、ということに今更気がついた。
11:00千頭発→(バス)→11:30閑蔵着。しばらく駅で待てば、12:38閑蔵発→(大井川鐵道)→14:20千頭着 ができる。
千頭と閑蔵の間を30分で結ぶのだから、超早い。鐵道ならば、1時間半かかるので、1時間の短縮だ。
また、往路は僕らが乗っているこの列車で閑蔵まで来て(10:46閑蔵駅着)、その後11:50発のバスに乗って千頭方面に向かうのも良いアイディアだ。千頭に12:20に帰着できるし、途中下車すれば奥大井湖上駅界隈を散策し見学し、1時間後にやってきた列車に乗って帰ることもできる。
後者のほうが、奥大井湖上駅を楽しめるという点でお勧めだろう。
あと1駅で終着駅・井川なのに、そこからバスに乗れないのが惜しい。僕は性格上、終点まで行かないと気がすまないので、終点1つ前の閑蔵で降りて引き返す、という選択肢は無かった。

閑蔵駅を過ぎると、ほとんど乗客がいなくなった。
このときは「なんでなにもない駅で客が降りるんだ?」と不思議だったが、みなさん、バス目当てだったんだな。
ごらんの通り、ガラガラ。
ちなみに、閑蔵駅から先は、静岡市葵区になる。静岡市、デカすぎだ。なにせ、南アルプスの間ノ岳まで静岡市葵区だから。
とんでもなく山奥に来たイメージだけど、まだまだここは南アルプスの序の口であり、ここから3,000メートル級の山が並ぶエリアになる。そしてそれが静岡市。

11:04
終点が近づいてきた。
井川ダムが見える。
(つづく)
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