今回潜った地下街は、先ほどの地下街とは繋がっておらず、別物となっているようだ。こちらも若い女子が多くいるが、扱っているものはファッションに特化せずいろいろある。
スケベ根性があるわけではないが、どうしても先ほどから女性に目がいってしまうのは困ったものだ。日本人と比べて足が細くて長いので、そんなのが目の前を歩いていたらどうしても「おや?」と目がいってしまうようだ。それにしても皆さん、おきれいで。
・・・と思ったら、上海滞在中における女性遭遇の中ではここが一番のピークだった。それ以降の日程で出会った人たちは、失礼ながらもう少し普通。町の中心地に集まってくる人は洗練されているのだろう。
それに対して、男性の垢抜けていないことよ。われわれ日本人が想像する、「いわゆる中国人像」がそのまんまそこにいる、といった感じ。服装はラフだし、髪型などもあまり気にしていない。コダマ青年は「上海女性はすごく努力家だけど、男性はどちらかというとだらしがない」とコメントしていた。台湾でも似たような話を聞いたことがあるが、どうしてこういう差ができるのだろう?まあ、日本でも例外なくそういう傾向があるのは事実だが。
そうそう、これは男性にも女性にも言えるんだが、何でこっちの人のメガネはイケてないんだろう?分厚いレンズと、微妙に似合っていないフレーム。これは台湾も一緒。
中華系の顔立ちとメガネという存在がいまいちあっていないのだろうか?と勘ぐりたくなるが、少なくともレンズをもっと薄くしないと比較検討のしようがない。日本では、今や誰もが薄型レンズを使っているのだが、昔は薄型にするためには相当な費用の上積みがあった。中国でも、まだレンズというのは高価なものなのかもしれない。・・・と、推測。全く根拠ないけど。
おっと、新世界城にそのまま地下街から入ることができるようだ。
入ってみることにする。
新世界城に入ってすぐのところに、ファストフードのお店がテナントとして入っていた。
こういうお店のお品書きを見るの、大好き。
中国語でしか書かれていないとさっぱり理解不能でお経を読んでいるようだが、こうやって写真付きだとかろうじて意味は分かる。
写真付きでメニューを表示する、というのは日本のお店を模倣したものかもしれない。こういうユーザーインターフェースの良さは、日本は世界でも指折りだと思う。ただし、論理性が求められる情報システムのインターフェースや、都市設計などは日本は相当ダメな部類に入ると思うが。
おお、日本のような定食があるのだなとちょっと感動。台湾では見かけなかった。ええと、ご飯とスープ、それに青菜炒めがつくのは基本形態で、それにメインディッシュとして何をつけますか?という選択肢になっているらしい。結構偉そうな面構えで青菜炒めがお皿に盛られているのが目に付く。日本だったら、ひじきとか切り干し大根といった小鉢がひっそりとたたずみ、さらにその横に漬物の小皿が、なんていう構成だが、やっぱり国によって「定食」の定義は違うもんだ。面白い。世界各国の「定食」フォーマット、というのを一覧で見てみたいものだ。そんな本やサイトはないだろうか?
河粉、とはベトナムの「フォー」だと思えばほぼ間違いないようだ。きしめん状の米麺。台湾では「板條」と呼んでいたっけ。中国にはたくさんの麺あれど、この店では河粉なんだな。このあたりでは河粉がポピュラー、ということなんだと思う。
中国北部は寒冷地なので米が育たず、その結果小麦粉を使った料理(餃子や拉麺など)が発達したと聞いている。上海といえば、小籠包の大本営として名高い。小籠包はまさに粉モン文化だ。しかし、河粉もあるということは、この上海あたりが米文化と小麦粉文化の端境なのかもしれない。
・・・と、一ファストフード店のメニューごときでいろいろ考えてしまったが、あまり意味はない。吉野家のメニューで日本の食文化を語っても無意味であるのと一緒だ。
久留米寿司、というお店があった。
覗き込むと、太巻きの他ににぎり寿司も売られている。パック詰めにされていて、スーパーのお総菜コーナー状態。
太巻きは、海苔が外側をくるんでいるものと、海苔が内側、ご飯が外側というアメリカンスタイルのもの両方があった。比率しては後者の方が多い。中国人も、海苔巻きの黒さは気持ち悪いと思うのだろうか。
おっと、おいなりさんもあるぞ。案外ワールドワイドだな。
スシはともかくとして、このお店、一緒におでんも売っているのがなんとも面白い。日本にはない柔軟な発想だ。むちゃ苦茶だけど。たしかにおでんは、(高品質を要求しなければ)煮込んでおくだけでOK。片手間にやるには最適な料理だ。
ただ、さらにもう一声。より日本らしくするには、おでん売ってる傍らでビールやカップ酒を売って、立ち飲み用の長机でも置いておくとよろしいかと。
興味深かったのでお店の商品の写真を撮ったら、店員さんに怒られた。ごめんなさい。
そうか、ここはもう百貨店の中だ。さすがに写真はまずいよな。以降自粛。
時間があることだし、新世界城の中をうろうろしてみる。
建物内のレイアウトがやや奇抜で、歩きにくい。一体どういうコンセプトなんだ。
大人しく建物中央吹き抜けにあるエレベーターかエスカレーターを使えば順当に階を移動できるのだが、それ以外のエスカレーターを使うとさあややこしいぞと。一気に2フロアをショートカットするものがあったり、こっちからそっちにはいけない、といった同じフロア内での制約もいろいろあったり。これも風水の関係か?と勘ぐるが、多分勘ぐりすぎだと思う。きっと、ドン・キホーテ的に「わざと店内を迷路状にしてお客を迷わせれば、お客は購買意欲が高まるだろう」という思惑なんだと思う。
このデパート、一階で売られているのがフカヒレとか燕の巣、というのが大層面白い。日本のデパートだったら「女性用ブランド化粧品」と相場が決まっている。高級感が醸し出されるからだ。そのお店の格を示すためにも、一階にどんなテナントを入れるかというのは重要な戦略。それが、ここでは燕の巣だというわけだ。色気より食い気。いいぞもっとやれ。
紳士服のフロアに行ってみると、ポロシャツがたくさん売られていた。これから暑い夏を迎えるし、ごもっともではあるが、ポロシャツが百貨店の紳士服売り場でメインコンテンツになっているというのは、これまた日本とは違う世界観。ちなみにポロシャツだが、安いやつで600元(約8,700円)、高いものになると2,400元(約34,800円)というのがあった。誰が買うんだ、そんな高額商品。日本人の所得水準で考えても高すぎる逸品ではないか。超ブルジョアでもないと買わないだろ、これ。
そんなポロシャツの横にはなぜか冬用コートが売られていて、一体今の季節は何なんだとわけがわからなくなる。あまり季節ごとに模様替えをする気はないらしい。
さらに、同じフロアに火鍋レストランが入居しており、そこから漂ってくる臭いが強烈。もう、高級感もへったくれもないのだった。火鍋の臭いを嗅ぎながら紳士服選び、というのはなんとも冴えないシチュエーションだ。
いろいろなフロアを散策してみたが、ところどころに「収銀台」という小さなカウンターがあることに気付いた。臨時屋台みたいな風体。どうやら、お会計は売り場ごとでやるのではなく、その収銀台のところまで行って行わなければならないらしい。お金を扱うところを減らすのは、防犯の観点から必要と判断したのだろう。そんなにこの地は危険なのか、それとも人を信用していないのか。
人件費の観点からお会計は集約・・・というわけではない。上海はどこでもそうだが、店員が余りまくり。みんな暇そうにしていて、大声でおしゃべり真っ最中、というのがどのフロアでも見受けられた。上海博物館でもそうだったが、何でこんなに無駄な人が多いんだ。人件費が無駄じゃないかと呆れる。コダマ青年にその話をぶつけたら、「人件費、すごく安いから」とあっさり。人件費をいかに削るかが経営改善のキモである、と信じて疑わない日本市場とは大違いだ。
ただ、弊害もあるようで、コダマ青年はこう言っていた。
「人が多いかわりに、仕事が細分化していて他人の仕事は一切やらないので面倒だよ。店員に何かお願いしても、『それは私の仕事ではない、別の人だ』と言われる事が多い。簡単な事なんだからてめぇでやりゃあいいじゃねえか、と思うけど、ダメなんだよ。だから、単純な依頼でも時間がかかってしょうがない」
なんて非効率なんだ。中国、全然ダメじゃん、と思うが、それでも圧倒的な人の数と経済力で強引に発展を続けているんだから、恐るべきトルクだ。
「下手に気を遣って他人の仕事なんてやったら、その担当の人から『私の仕事を盗られた』と思われて恨まれるんだわ」
だって。そんなわけで、他人は他人、自分は自分を貫いているそうだ。
そういえば、ある経済コラムで読んだのだが、中国がアメリカ式大規模近代農業の手法を取り入れたら、農業人口は今の1/20で済むはずだそうだ。そうなると、数億人規模で農家が失業をすることになり、ますます都会へ人が流入してくる。それを恐れて中国政府は農業の近代化に及び腰なのだと。人口が多すぎるというのも困った話だ。
そんなことを考えながら歩いていたら、コダマ青年から連絡が入った。仕事が終わったので合流しようと。道に迷いながら新世界城を出る。
人民公園の周辺の道路脇では路駐できるようになっているのだが、日本式の縦列駐車方式ではなく、普通の駐車場のように頭から突っ込む形になっているのが興味深い。縦列駐車じゃ車の収容が追いつかないのだろう。
この場合、パーキングメーターはどこにあるのかと思って様子を見ていたら、車を停めたそばから料金徴収のおっちゃんが車にやってきてお金を受け取っていた。そうか、機械化するよりも人を雇った方が安いんだろうな。
コダマ青年と合流。オフィスで預かってもらっていた、おかでんのキャリーバッグをひきずってきてくれていた。
「ありがとう・・・と言いたいところだが、コレ、全部キミの荷物だからな?そこを忘れてはいかん」
「すまんです」
なお、コダマ青年は前日夜、おかでん宛のPCメールに「もしまだ間に合うなら、免税店でタバコ1カートン買ってきてくれ」とリクエストを出していたそうだが、メールには全く気付かなかったので期待には添えなかった。コダマ青年自体はタバコを嗜まないのだが、職場同僚からリクエストがあったらしい。
海外駐在員なので、出張や帰国、または友人・家族の往来が時々ある。そういう時に、ここぞと免税品や日本のものの購入を依頼しあうという「互助」が職場内にあるらしい。今回は、コダマ青年の友人が上海に来るらしいぞ、と聞きつけた青年の同僚が、「ならばタバコを・・・」とリクエストした模様。残念ながら間に合わなかったが、次回機会があれば荷物運びは請け負いますぜ。
さて、コダマ青年から本日これからの行動予定についてブリーフィングがあった。まず、湖南料理の店に行って、おかでん初体験となる湖南料理を食す。で、その後マッサージに行く。家に戻った後、飲み直すかどうするかは別途検討、と。大変に素晴らしい企画でございます。ご配慮感謝。
というわけで、早速湖南料理の店へと移動。地下鉄を使う、というので人民広場駅に下りる。駅はもの凄く広く、東京メトロのように独特のほら穴感覚というか、臭いというか、そういうのはない。できてまだ新しいからというのもあるだろう。
自動券売機に行く。
でかいなあ・・・。どこの国に行ったときも感じるのだが、どうして他国の自動券売機はでかいのか。しかも、ステンレスの枠で重苦しいデザインなんだろう?日本がいかにコンパクトにできているかがわかる。日本すげえ。
というより、単に日本には自動券売機を余裕を持って置くだけのスペースがなく、その結果値が張るコンパクト自動券売機を使わざるをえない、という「ある意味無駄なハイテク化」なんだろうけど。
でも、日本の自動券売機は、機械と機械の間に「故障時には駅員さんが裏から顔をにょっきり出してくるスペース」がある。案外ローテクなのは日本だったりして。
さて自動券売機だが、良く見て並ばないとコイン専用のところに並んでしまい、紙幣が使えずがっかり、ということがある。手元に紙幣しかない場合、どこに並べば良いのか事前にチェックが必要。
紙幣が使えるといっても、100元札はさすがに使えない。やっぱり高額紙幣だからな。
でも、たとえ1元であっても使えるかどうかは、やってみないとわからない。というのも、芸術的と言えるほど紙幣がしわくちゃになっているため、機械がうまく吸い込めない・読み込めないからだった。
これ、裏では富士通の子会社が作った機械がお札管理をしているらしいのだが、日本で培ったノウハウとは全く違う世界で困ったと思う。
なお、利用者としては、紙幣が吸い込まれる際に破れやしないかとヒヤヒヤだし、何度も「認識できませーん」と機械にはじき返されていたら、後ろに並んでいる人に「チッ」と露骨に舌打ちされるのですごいプレッシャーだった。
中国の人は、舌打ちを平気でする。悪気はないようだが、日本人からするとびっくりだ。
乗車券を買う際のインターフェースはやや独特。
初期画面には地下鉄の全路線図が表示されており、まずはどの路線に乗るのかをタッチパネルのボタンで操作する。すると、その路線だけ、駅名など詳細情報が表示されるので、目指す駅の名前が記されたボタンを押す。その後、何名分のチケットを買うかを指定すると、合計金額が表示されるのでお金を入れますよと。
日本の場合、大抵は自動券売機の頭上に大きな料金表が掲示されているので、口をあんぐりとあけて見上げながらそれを確認しつつ、券売機を操作することになる。上海方式の方が、首への負担が少なくてよろしいかと。
写真が、購入したチケット。「単程票」と書かれている。ICカード方式。
日本がいまだに、紙のチケットを採用しているのは相当時代遅れなんじゃないか?ICカードにしたほうが良いと思うが、どうなんだろう?なお、このICカード、入場時はタッチアンドゴーだが、帰りは自動改札に吸い込まれるようになっている。よって、デポジットをとられることはない。無くしたら弁償させられるはずだが。
こっちは、チャージ型のICカード。「上海公共交通卡」というらしい。これ、上海市内のタクシーでもバスでも地下鉄でも渡し船でも使えるという、優れもの。日本もこれくらいすっきり、さっぱりと規格統一されていればありがたいのだが、こういうのができるのはお上の力が強い中国ならではだろう。良くも悪くも市場経済が発達している日本では、どうしても規格が乱立してしまう。
ホームに下りる。
人民広場站は上海市の地下鉄の中でも主要幹線である1号線と2号線が交わる、最重要拠点駅。そのため、もの凄い人の数だ。時刻は18時30分、まさに帰宅ラッシュだ。
あまりにも凄い人数なのでびびる。おかでんは東京のラッシュを毎日身をもって体験しているのだが、それでもびびるスケール感の人の波。イベントがどこか近所で開催された直後か、と疑うくらいの人数だ。こんな人混みが日々展開されているだなんて、上海さんパネエっす。
帰宅というのはある程度分散するものだ。残業する人がいれば、外食して帰る人もいる。定時退社だっているし、出先から直帰する人もいるだろう。にもかかわらず、夕暮れ時でこのありさまということは、朝は一体どうなっているというのか。
ホームの天井からは、サムソン製の薄型テレビがつり下げられていた。
CMやニュースなどの動画を流し、画面の片隅では次の電車の到着予定時刻が表示されているというすぐれもの。
日本も、電光掲示板ではなくてこういうディスプレイにすればいいのに、とつくづく思う。最近はフルカラーLEDの電光掲示板に置換している駅をよく見かけるが、せっかくだから汎用的な薄型ディスプレイにしたほうが価格を抑えられるし、広告収入も見込めるのではないか。
ただ、そんなこと、鉄道会社は当然検討しているはずであり、案外メリットがないのだろう。遠方からの視認性では、電光掲示板の方が効率が良いからだろう。でも、見た目はディスプレイの方がサイバーな感じがして良いのだが。
次の電車の到着時刻、そしてさらに次の電車の到着時刻が秒単位で表示され、カウントダウンされている。一体どうしてこんな子細にカウントダウンできるのか、不思議だ。運転士の気合い・乗客の乗り降りの状況次第で1分くらいはすぐに遅延してしまうはずなんだが。
「定刻通り運行できなかったら、運転手、お前死刑」くらいお上からお達しが出ているのだろうか?
ひいき目に見ても、中国人には日本人ほど定刻運行に拘るねちっこい繊細さは無いので、この秒数はいい加減なんだろう。「到着時刻がカウントダウンされていたら格好いいじゃん、豆板醤甜麺醤」くらいに思っている臭い。
いや、ひょっとしたら新しい路線なので、完全無人運転システムになっていて、加速も減速も全て自動管理で時刻は正確・・・なのか?中国の都会は最近になってインフラ整備が行われた後発組なので、最新技術を柔軟に取り込めるメリットがある。その証拠に、日本では苦節うん十年、のリニアモーターカーをあっけなく上海に作っちゃったし。
しかし、そんな「ひょとしたらスゲエかもしれない」上海地下鉄だが、あのー、ディスプレイに表示されている日時が「6月13日星期六」(明日の日付)で、時刻が16:10と間違いすぎているんですが。どうしてこうなった。
駅のホームにはホームドアが設置されている。これだけ人溢れていると、安全対策をしておかないと運行に支障が出る。
何しろ、ここの人たち、整列乗車という概念が全くないんでやんの。ホームにまんべんなく、だらーと立っている。で、電車がやってくると、我先と入口に殺到するのだった。一昔前の「バーゲンセール」の光景と一緒。噂には聞いていたが、まさか実際に目の当たりにするとは思っていなかった。
しかも、降りてくる人も多い駅なので、降りる人と乗る人で扉付近は大混乱。待て!降りる人を優先させろよ!
他人の事を全く考えず、「自分が電車に乗る事」だけしか頭にない人たち。「上海」というスタイリッシュな、中国の中でも頭一つ抜き出た先進的な町のイメージがこれで一気に崩れた。やっぱり、中国人は中国人だった。
「何で、順番に乗ろうという発想がないのかね。効率悪いだろ」
とコダマ青年に愚痴ると、コダマ青年は苦笑いしながら
「降りる人を待ってから乗っていたら、そっちの方が時間がかかると思っている人たちだからね」
と言っていた。
で、まだ人の乗り降りが続いているにもかかわらず、発車時刻になったからと問答無用で閉まるドア。すげえ、安全確認の上閉めるなんて概念はないのだった。ドアに挟まったらそいつが悪い、諦めろ、ということらしい。日本だったら抗議がくるだろう。
しかも、日本の鉄道のドアって、恐る恐る閉まるという感じなのに対し、こっちのドアはぴしゃん、と閉まる。
ただ、我先に乗車するやり方にしろ、ドアが強引に閉まる事にせよ、あまりに人口が多い中国の地においては、こういう強引なやり口でないと収拾がつかないのだろう。安全確認をしている間に、さらに次々と乗客がやってきて乗り込んできたら、いつまで経っても発車できない。
多分、上海市はマナーアップを啓発しているとは思う。しかし、地方から上海に流入してくる人の数が尋常ではないので、共同体としてのマナーやモラルの醸成っていうのは無理に等しいのだと思う。行政側も頭が痛いだろう。いや、逆に不感症になっているかもしれないけど。
コダマ青年に連れられて訪れたのは、「滴水洞(dī shuǐ dòng =ディーシュイドン)」というお店。最寄りの駅から徒歩10分近くはあるが、それでも人気のお店らしい。
「湘菜」と書かれているが、これは湖南料理を意味する言葉。中国の有名どころの料理は大抵省略形を持っていて、例えば四川料理は「川菜」だし、広東料理は「粤菜」だ。
お店の入口には、唐辛子を模したオブジェがいっぱいぶら下がっていて、「辛いものを食わせるぞこの野郎」とやる気満々だ。辛い物苦手ならこれ以上足を踏み入れるな、と言っているかのようだ。この唐辛子オブジェを見ただけで、米食い虫は絶対にこのお店には入ってこないだろう。
コダマ青年も、「ここの料理は辛いのでビールが進んじゃってモウ」と言う。初めての湖南料理、どんなものが出てくるのか楽しみだ。
なお、「地球の歩き方」にもこのお店が紹介されていて、「味は辛く、ワイルド&スパイシー!ヒーヒー悲鳴を上げながらも辛さがあとをひく」と紹介されていた。すげえ。ヒーヒー言わせてくださいお願いです。
ただ気をつけないといけないのが、あまりに辛すぎておなか壊してしまったら、帰国時に「新型インフルエンザ?」と疑われて検疫で引っかかる可能性があることだ。本当に本当にしゃれにならん辛さならば、ほどほどにしておかなければ。その代わりお酒はしこたま飲んでよろしい。
店内の様子。
おやおやおや?いわゆる中華風な店作りとは違うんだな。てっきり、台湾含めて中国系の店っていうものは「大きな机(特に円卓)」で大人数が卓を囲むのが前提だと思っていた。このお店を見る限り、4名席が中心。日本の飲食店と一緒の景色だ。意味もなく、ちょっと感動した。これだったら少人数でも来られる。さすがにお一人様で来ると、相当浮くとは思うが。
店内は、会社帰りに飯がてら飲んでます、という人が多い。そんなこともあって、ほぼどのテーブルにもビール瓶が乗っかっている。これまた感動の光景。数カ月前にお訪れた台湾では、「お酒飲んでいる人は小数」というところが多かったからだ。
お酒を飲んでいる人は下流階層の人というわけでもなく、ごく普通の人が普通に紹興酒やビールを楽しそうに飲んでいた。素晴らしい。
辛い料理の店、なおかつ少人数でも来られる、そしてビール飲んでも平気、となればここは「僕好みの店」と断言せざるをえまい。
ただ、店内のあちこちで日本語が聞こえたのも事実だが。コダマ青年のような駐在員がよく利用するようだし、「地球の歩き方」に乗っているくらいだから観光客もよく来るようだ。ちなみにコダマ青年は、部署内の懇親会でここを使うらしい。
おや。
お店の片隅に飲料を冷やしてある冷蔵庫があるのだが、なんとベルギーの「デュベル」のものだった。初めてみた、こんなの。デュベルなんて、日本じゃデパートやインポートショップで買えるくらいで、飲食店でも取り扱っているところはごく少ない。てっきりこのビールというのは飲食店向け展開にはあまり積極的ではないと思っていたのだが、まさか上海、しかも湖南料理店で出会うとは。大いに虚を突かれた。
とはいえ、
「ではせっかくなのでデュベルで・・・」
とはならないのだが。
何が悲しゅうて、上海到着初日の夜、朋友との乾杯でベルギービールを飲らんといかんのよ。やはりここは地元のビールで、ぜひ。
お店の名前が記された袋を店員さんが持ってきてくれた。
中にはグリッシーニが入っていた。
いやうそです。イタリア料理店ではないので、グリッシーニなどは入っていない。想像の通り、使い捨てタイプのおしぼりだ。
店名入りのおしぼりがあるというのは意外だった。こういうグッズに店名を入れるのって、日本のお家芸だと思っていたからだ。箸袋に店名が入っているのは、日本ではおなじみの光景。中国(上海)でもやるのか。
さすがの日本でも、おしぼり袋に店名を入れているところってほとんど無いと思う。箸袋よりも大きいので、広告宣伝効果ばつぐん。いずれ、「このおしぼり袋を持参の方はレンタルDVD1枚無料サービス」なんて、他店の広告が載る日がくるかもしれん。
おしぼりと一緒に、お茶も届けられた。
お茶が来ること、そしてポットも一緒にやってくるところがいかにも中国的で、和む。ああ中国に来たのだなあ、と。
お茶の中身は何だったか忘れた。お酒ばっかり飲んでいたので、ほとんどお茶は飲んでいない。
湖南料理は全くわからないので、料理のセレクトは全てコダマ青年にお任せにした。何度も来ているお店なので、「これは定番」という料理は把握しているだろう。それをぜひ、店にあるだけ全部持ってくるよう手配しちゃってください。
コダマ青年が店員さんを呼ぶ際、「ふーゆえん!」と声をかけている。何だろう、その言葉は。台湾では、女性店員を呼ぶ際は「小姐(xiǎo jiě=しゃおじえ)」という言葉を使うのだが。何だか謎の隠語だろうか。「ボクタチ、これからビールたくさん飲むよ」宣言とか。それとも貴族しか使わない言葉とか。そんな馬鹿な。
この後登場する、コダマ青年の同僚ミハラさんも同じ言葉を使っていたので、こっちではこれが定番らしい。逆に、コダマ青年に「小姐って使わないの?」と聞いたら「さあ?使わないなあ」と言われた。そんな言葉しらんかった、くらいの勢いだ。
帰国後、語学学校の中国語老師にこの件について聞いてみた。すると、コダマ青年が使っていた言葉は「服務員(fú wù yuán=ふーうーゆぇん)」であり、中国本土では一般的に使う言葉なんだそうだ。逆に、「小姐」という言葉は「小娘」という意味になり、相手に対して見下した、失礼な言葉にあたるので使わないのが普通なんだと。やべえ、上海で何度か使っちゃったよ。
台湾と中国本土では微妙に言語・文化が違うんだな。
料理が出てくるまでの間に、メニューの写真を撮っておく。どんな料理がある店なのか、後で確認できるのでぜひやっておきた作業だ。お店にいるとき、ぺらぺらとメニューをめくったくらいでは、頭に全然残らない。店の雰囲気に飲まれていたり、同伴者との会話に気を取られるからだ。で、後日このメニュー写真を見直して、「ああ!あれを食べておけばよかったなあ」と後悔し、また今度もう一度お店に行こうというモチベーションになるのだった。
というわけで、メニューブックを手にしたのだが、その時点で既に後悔。もの凄く、分厚くて重いのだった。ボリューム感が、日本のものとは桁違いだ。
で、写真をいざ撮り始めて、案の定「やめときゃよかった」という気に。ページをめくってもめくっても、次々と料理がでてくる。数えてみると、28ページもあった。最後の方になると、意地になって写真を撮っていたくらいだ。
中国料理のメニューって、品数は多いけど良く見ると「同じ調理法だけど、肉の種類が(牛・豚・鳥・魚)から選べます」みたいなものが多く、バリエーションで数を稼いでいる事がある。しかし、このお店はそういうメニューもあるとはいえ、大半が別々の料理で構成されているのだった。一体ここの調理人、どれだけのレシピの引き出しを持っているんだ。目移りして、大変に困る。コダマ青年にオーダーを一任しておいて良かった。
また、一品あたりどれくらいのボリュームがあるのかも分からないので、まさに経験者に任せた方が妥当というもんだ。
コダマ青年は言う。
「本当はあともう2名ほどいればいいんだけどね。ほら、やっぱりこっちって一皿の量が多いわけよ。オレらだけだと、あんまり種類が食えない」
なるほど。この旅行の打ち合わせ段階で、しきりとコダマ青年が同僚を援軍として参加させる意向を示していたので、なんだろうと思っていたのだが、そういうことか。てっきり、マルチ商法の勧誘とか、そういう類かと思った。(←うそです、もちろん)
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