蕎麦と天狗に出会う旅【日光・群馬】

迦葉山 龍華院 弥勒護国禅寺

15:05
11月ということで、15時にもなれば既に夕暮れだ。赤い西日が差し込む中、天狗様がいるという迦葉山 龍華院 弥勒護国禅寺にやってきた。

境内には、僕たち以外に参拝客がほぼいなかった。信仰する人がいないって?いやいや、そんなことはない。境内は掃除され、綺麗に整理されている。いろいろなものも、立派なものだ。たまたま今日人が少ないだけで、ここが熱心な信者さんたちによって維持されていることがよくわかる。

石段を登ったところに、二体の石像が門番のように立っていた。左が「小天狗」、右が「大天狗」と記されている。

どうも、大小はサイズの違いということではなさそうだ。慎重は左右差がない。

よく見ると、小天狗のほうはいわゆる「烏天狗」というやつだ。口が鳥のくちばしのような形になっている。一方、大天狗は、鼻がにょっきりと突き出している。へー、こういう違いがあるのか。

ということは、烏天狗というのは、鼻が長い天狗になる前の姿、ということだろうか。修行し、精進したらだんだん鼻が長くなってきて、たとえば30センチ以上になったら大天狗に昇格、みたいな。

いや、わからない。こういうのはいろいろ細かい言い伝えがあるのだろうから、無粋な推測はやめておこう。

その天狗二体の奥には、またろうそく。先ほどから、急に白いろうそくがあちこちに現れるのでギョッとする。これ、夜に訪れたら肝試しになると思う。それくらい、この真っ白さは人工的な感じが強く、何やら非現実的な印象を持つ。

天狗

こちらが小天狗。

杖を持っているようだ。でもこの杖、先端が孫の手のように曲がっているようにも見える。それが意図的なのか、偶然なのか、小天狗にまつわる逸話を僕は知らないのでよくわからない。

靴べら・・・?とも思ったけど、待て、天狗はゲタを履いているんだ、靴べらはいらない。

天狗

こちらが大天狗。

普段僕らがイメージするような、民芸品としての天狗の顔とはちょっと違う。

服装も、首からマリモみたいなボンボンをぶら下げていたりはしない。何やら、横山光輝の漫画「三国志」に出てきた諸葛亮孔明みたいだが、気のせいだろうか。

小天狗も大天狗も、しっかりと帽子をかぶっている。「頭襟(ときん)」と呼ばれる山伏がかぶる帽子だけど、僕がみたことがない形をしている。なんだか、ビッグマックがのっているようだ。

とはいっても、僕は実物の山伏さんを見たことがほとんどなく、頭襟のイメージが乏しい。もっとも記憶にあるのが、絵本の名作「だるまちゃんとてんぐちゃん」で、だるまちゃんがてんぐちゃんのまねをして、おわんを頭に縛り付けている光景だ。違う違う、あれはあくまでもまねであって、本物の天狗のかぶりものではない。

看板

解説を読んでも、何を言っているのかよく理解できない世界。簡単な文章で書いてあるのに。

ええと、神仏習合ではなく、これは人仏習合で、なんだかややこしい。

間違った解釈をしているならごめんなさいだけど、この文章を要約すると、

ここのお寺を開山した禅師のサポート役の人が大変頑張って、実はこの人が仏の化身で、死んだ後もますます御利益あらたかなものだから天狗信仰となった

ということらしい。すまん、こうやって書いても、まだよくわかっていない。

お寺の開祖はどうしちゃったの、という心配があるし、そのサポート役だった人がなんで「迦葉仏」の生まれ変わりということになったのかの経緯がよくわからないし、さらにそこから天狗になったというのも(知識が無い僕からすると)飛躍して見える。

まあなんだ、歴史ってのは奇なり、ということで。

ずいぶん端折ったな、おい。

天狗

真っ赤な顔をした天狗様が、お堂の入口脇でかしこまっていらっしゃった。

やっぱり天狗って、赤い顔をしているのが相場なんだな。何故こうなったのだろう?元々赤ら顔だったのか、民芸品として天狗面が売られているうちに、漆塗りの方が価値があるだろう、ということで赤く塗られ、それが当たり前になったのか。

ちなみにこの天狗様、コロがついているので、動き回ることだって可能だ。これに夜中追いかけられたら、絶対トラウマになって一生夢に出てくる。

ちらり

ちらり。お堂の中が見える。

あー、噂通り、天狗がたくさん見える。なにやらすごい世界がこの中にありそうだ。

最近の僕は、観光地や飲食店を下調べする際、詳細を一切調べないようにしている。現地について驚きやワクワクが失せるからだ。事前にふんわりとした情報だけ仕入れて判断し、場合によっては写真すら確認しない。今回のこの迦葉山もそう。天狗がまつられている、ということだけの情報なので、この先何があるかはよくわかっていない。

天狗様ににらまれる

で、これだ。

うわあ!!

なんだーーーー!?

衝撃を受けた。2016年最大の衝撃。

お堂の中には、巨大な天狗面が2つ、人間をのぞき込み、にらみつけるような角度で待ち構えていた。

猛烈なインパクトだ。この天狗お二方、折り重なるように配置されているのもすごい。

「泣く子はいねぇかー」というなまはげの比じゃないくらい怖いぞ、これ。子供をここに連れてきてはダメだな。泣く子だらけになる。

そして恐るべきなのは、これがご本尊でもこのお堂のメインでもなく、あくまでも「傍らにある天狗面の一つ」にすぎないということ。写真だと左がお堂の入口で、右がお堂の奥。つまり、横から天狗にガン見されているというわけだ。こえー。

後で調べてみると、一つは戦時中に兵士の無事を祈願して奉納されたもので、もう一つは戦後になって、交通安全祈願のために奉納されたものらしい。なので、別にこれそのものが信仰対象ではない。あくまでもお供えものの一つだ。だとしてもデカすぎて、ラスボス感が漂っている。

お借り麺

お堂の奥は、まるでおひな様が飾られている段のように急な階段状になっていた。奥のほうは、もう段差が高すぎてよく見えないくらいだ。山の斜面に沿って、ずっと高いところまでお堂は続いているらしい。

そんなお堂だけど、手前には「お借り面」と書かれたコーナーがあり、大量の天狗のお面が積み上げられていた。なんだこれは。

解説の張り紙が貼ってあったので読んでみたら、「なるほどねぇ」と感心させられた。

1.お面を借りて帰る。
2.神棚(又は仏壇)に祭る、開運のご利益が有る。
3.翌年、参道の茶店でお礼参りのお面を買う。
4.借りたお面と一緒に「お返し面」の方に供える。
5.お借り面の方から新たにお面を借りて帰る。

※最初は小さいお面から徐々に大きくしていく。

先ほど、何でお寺に通じる道の途中に天狗面を売るお店が二つもあったのか、不思議だった。車でなら、素通りされてしまうような場所だ。しかし、こうやって「お返し面」を買い求めるためのお店だったのだな。

小さいお面から毎年だんだん大きくしていく、というのは、酉の市で熊手を買うのと一緒の考えだ。ただし熊手の場合、「お返し」という考えはないので、この天狗面のやりとりは独特だ。

「神棚(又は仏壇)」と、神道でも仏教でもどっちでもいいぞ、というのが神仏習合の山岳宗教っぽくて面白い。でも、一応ここはれっきとしたお寺だ。

鐘つき堂

せっかくのご縁なので、お面を拝領して帰ろうかと真剣に考えた。しかし、我が家には神棚も仏壇もなく、それにかわる場所も無かった。

玄関の下駄箱の上に置こうか・・・とも考えたけど、真っ赤な天狗面が玄関にあったら、それだけで家のイメージが決定づけられてしまうインパクトがある。さすがに我が家を天狗イメージに染める覚悟は湧かず、辞退申し上げた。

YES-NO枕がわりに使う、という手もあるのだが、ちょっとそれは露骨すぎる。寝室に天狗面が置いてある図はかなりシュールだ。

天狗

青少年研修道場(坐禅堂)、という建物の前にも、大きな天狗様がにらみをきかせていた。これも、お堂の中に鎮座していた天狗に匹敵するサイズ感なのだけど、屋外にお供えされているとちょっと怖さ半減だ。

でも、夜中に目が光るのを確かに見たんです!本当です!とか、いろいろ怪談は作れそうな凄みがある天狗ではある。

ゲタ

天狗面だけでなく、天狗が使う物として巨大ゲタの奉納もあった。天狗が履く下駄の足は1本、と決まっているようで、どの下駄もT字型になっている。非常にバランスが悪そうで、足がプルプルしっぱなしだと思う。でもそういうのを超越して、平然としていられるのが天狗の非凡なるゆえんなのだろう。

解説

解説によると、このお寺は曹洞宗なのだそうだ。なるほど、だから坐禅堂というものもあるのか。

そして、ここの天狗がいわゆる山伏スタイルではないのは、曹洞宗のお寺だからだろう。

山伏といえば修験道だが、修験道は真言宗や天台宗といった密教をベースとした山岳宗教だ。もちろん地域によっては密教とは関係の無い修験道もあるけれど。このお寺の天狗は、密教系ではないから、格好が見慣れないものだった、ということなのだろう。

ではなぜいきなり天狗がこの地に?と思ったら、元々このお寺の最初は、比叡山(天台宗)からお坊さんを招いてこしらえたものなのだそうだ。で、後に中興の祖として曹洞宗の禅師がやってきて、その女房役だったお坊さんがたいそうよくできた方で、そのお坊さん信仰が後に生まれて天狗信仰になったというわけだ。やはり、曹洞宗のお寺とはいえ、ルーツには密教が絡んでいるらしい。

山の奥に通じる道

お堂とお堂を繋ぐ渡り廊下の奥に、山奥に通じる道が見える。

立派な石段もあるようで、どうやらこの奥に修行ができる場所があるっぽい。

道

ここから先は神聖な場所につき、一般人立ち入り禁止!

となっているのかと思ったけど、そうではなかった。単に渡り廊下があるので、通行するときは渡り廊下の下をくぐってね、その際手すりとかないから、穴に落ちて怪我しないでね、という配慮だった。

この奥には、「胎内くぐり」と呼ばれる奇岩や崖があるらしい。いかにも修行に適している場所だ。しかし、迦葉山のオフィシャルサイトを見る限り、こういう奇岩怪石を巡り修行を重ねる、という言及は一切なかった。やはりあくまでも曹洞宗なのであって、山伏的な修行を行うわけではないのかもしれない。

こちらが本道

「あれっ、ここが本堂なのか」

先ほどの、巨大天狗がいたお堂が本堂だと思っていた。しかし本当の本堂は、渡り廊下を渡った先にある地味な建物だった。こちらは、開放されていないようだ。

解説

このお寺の本尊は聖観世音菩薩だ、と書いてある。

あれっ、先ほど駐車場脇で見かけた、大きな石仏が観音様だった気がする。ひょっとして、歩いてあっちまで移動なさった?

駐車場

15:25
「こんな場所もあるものだねえ」

と驚き感心しつつ、駐車場に戻ってきた。

帰り道は、ここまでやってきた道とは違う「下り専用」の道を使って下山だ。

(つづく)

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