
10:04
赤沢自然休養林の最奥部、冷沢峠にやってきた。
このあたりのヒノキは自然休養林のトレイルルートの中ではもっとも育ちがよく、見ごたえがある・・・とパンフレットには書いてある。いやもう、僕にとってはどこのヒノキも見応えがありすぎて、ここが特にすごいという感覚がない。

10:06
ところどころ、熊よけの線路がぶら下がっている。先頭を歩くばばろあが、それを見つけては「カーン」と鳴らす。
お寺の鐘のように、心地よい音が鳴るように作られたものではない。だから、毎回絶妙とは言い難い、かといってイマイチとも言い難い、中途半端な音が鳴りみんなの気持ちをモヤモヤさせた。
昨日、しぶちょおが
「このあたりには赤沢原人がいるんじゃないか?」
とぼそっとつぶやいた。
「赤沢原人!その発想はなかった!」
僕はかなりビックリした。ああそうだ、自然豊かなところには、まだ我々が出会ったことがない、原人が住んでいる可能性があるんだった。幸いなことに、我々アワレみ隊にはそれを見る能力と運が備わっている。
昔、小笠原諸島に行った時に出会った「小笠原原人」。あれ以来原人には出会っていないが、もう日本にはそういう原人は生き残っていないのだろうか?

小笠原原人との出会いは今から11年も前。アワレみ隊の主要メンバーが32歳の頃の出来事だ。さすがに今となっては、ピュアな心を失ってしまったし、もう原人と出会うことなんて・・・
出た!
【写真省略】
「安心してください、履いてませんよ」
「それはやめろ!」
赤沢原人は、どうやら今時の芸能界事情にも詳しいらしい。「とにかく明るい安村」にとどまらず、「アキラ100%」的な動きも披露。
【写真省略】
ひとしきり騒動があった後、赤沢原人は森の中に消えていった。
「ありがとう!赤沢原人!」
感動の声があがる。

・・・僕がちょっとみんなのところから離れている間に、赤沢原人が現れたらしい。小笠原原人のときもそうだったけど、毎回僕は運が悪い。今回も見ることができなかった。ちなみに赤沢原人の写真はしぶちょおが撮影したもの。
「ほら、大丈夫、肝心のところは写ってないから。ちゃんと隠れているから」
このあたりはヒノキに混じって、ホウノキが生えている。そのため、とても大きな朴葉がたくさん地面に落ちていた。肝心要の場所を隠すにはうってつけだ。
「わし、動画撮影しとったで」
ばばろあが口を挟む。
「動画撮影はまずい。写ってはいけないものが写っているかもしれん」
あわてて阻止する。

余韻を残しながらも、一同は先に進む。しかし、微妙に駆け引きが始まっていた。
「赤沢原人がやっぱりいた、ということは一体だけじゃないと思うんだ。他にもいるはずだよな、繁殖するからには」
「さっきのはオスだったぞ。メスだっているはずだよ」
そこでひびさんに男どもの視線が集まる。ひびさんはブンブンと首を振り、拒絶の意を示す。
「いや、大丈夫だって。かなり大きな朴葉があちこちに落ちているから」
「一枚じゃ足りないですよー」
「金太郎のふんどしみたいな大きなのは無理だけど、三枚あれば大丈夫だろ?」
「一度に押さえられないですよ」
「じゃ、こうしよう、一枚もしくは二枚程度で隠せるサイズの朴葉がもしあったとしたら・・・?もしあったなら、きっとここにメスの赤沢原人が降臨するッ・・・と!?」
「いえいえ、無理ですってば」
それからしばらくは、「お前先頭を歩け」「いや、先頭はいやだ」と押しつけあいになった。先頭を歩く人間が赤沢原人を発見してくるに違いない、などという話になったからだ。

ほうのき峠に到着した。
ここから道が分岐していて、盲腸道になっている脇道に入ると、展望台があるらしい。六花亭ポイント、と目論んでいる場所だ。

「おっ、このあたりは朴葉がたくさん落ちているぞ!」
周囲を見渡すが、誰も目を合わせようとしなかった。
ほうのき峠から赤沢台の展望台まで150メートル。これまでのルートとはうってかわって、ここはつづら折れの道になっている。
これまでがのんびりしすぎたんだ。
「こんな緩やかな道の先に展望台があるとは到底思えない」
と道中みんなで話をしていたのだが、やっぱり最後の最後で上り道があるのだな。
山城や砲台巡りを趣味とするばばろあは、こういう道はめっぽう歩くのが早い。むしろ登山を趣味とする僕の方が、歩くのは遅い。というのも、登山というのは4時間〜8時間くらいの持久戦となるので、できるだけゆっくりと、体力温存をする歩き方が身につくからだ。
やあばばろあ、歩くのが早いな・・・と思っていたら、前方でしぶちょおの大笑いが聞こえる。
行ってみたら、あっ!赤沢原人がここにも!
【写真省略】
【写真省略】
茂みの中から現れた新手の赤沢原人は、僕らの前で奇妙な踊りを踊ってくれた。
このあたりは本当に原人が住んでいるんだな。しかも、先程とは違う個体だ。すごい!学術的新発見だ!僕は静かに感動した。

10:49
赤沢台の展望台からの景色。
案の定、視界がものすごく限定的で、大して眺めは良くなかった。樹木の隙間からちらっと景色が見えるだけだ。
我々はここで、六花亭の「○△□」を食べて一息ついた。
ばばろあがぼやいている。
「もうカンベンしてくれぇや。なんでこんなことせにゃならんのん」
「あれっ、ノリノリなのかと思った」
「ノリノリなことあるか!なんかあの雰囲気だと、ワシがやらんといかんような感じじゃったけえ」
確かにそれはそうだ。
「最初、登場するまではいいけど、それから後はどうすりゃいいのかわからなくなって、間が保たなくなるよな」
「何も考えとらんからね、最初は勢いでどうにかなるけど、その後のやめ時がよくわからん」
先程現れた赤沢原人は、間が保たなくなった結果、「ヒョーイ」と叫んでいた。さほど面白くないパフォーマンスなのだが、やっている側の「どうしよう」感がヒシヒシと伝わってきて、同情の念しか湧いてこない。
しぶちょおがぼそっと言う。
「それにしても赤沢原人、二人とも腕時計ははめてるんだな」
「あれっ?」
原人のはずなのに、腕時計を外すという発想までは至らなかったらしい。慌てて服を脱いで、勢いで登場するということにアップアップしてしまっているからだ。

11:15
「次はしぶちょお、先頭を歩けよ」
「やだよ、やらないよ」
「なんでだよ、たまには先頭を歩けよ」
またもや押し付け合いが再燃しながら、道を進んでいく。美林を歩きながら、しょうもない話が延々と続く。
僕らは聖人君子ではない。「美しい木々ですねぇ」「そうですねぇ」なんて話ばっかりやっていられない。こういう下世話な話題こそが楽しい。
そろそろ駐車場に戻ってくる、というところに、建物があることに気がついた。

バーベキューハウス。
「夏の間は、子どもたちがここでバーベキューをやってましたよ」
ひびさんが教えてくれる。
「でも今はもうやってないんじゃないですかね?」

いや、まだ9月下旬でも営業していた。
標高1,080メートルとはいえ、まだ昼間は暖かい。バーベキューは可能らしい。
場所柄やBBQという性質上しょうがないのだけど、値段は決して安くない。セットで1,600円。
「うーん」
一同、唸る。折角だからバーベキューっていいよね、とは思う。でも、朝ごはんをつい3時間ほど前に食べたばっかりだ。しかも腹いっぱいに。そのため、今この時点では全然おなかが空いていない。

ヤマメの塩焼きが一匹650円。
他にも五平餅とかもある。
ノンアルコールビールが置いてある、というのが嬉しい。最近、みるみる市民権が得られつつある。こういう山奥の施設の場合、車で訪れる人が多い。ドライバー向けに、ノンアルコールビールを提供するというのが当たり前になってきつつある。
昔は、お酒が飲めない人はウーロン茶などを飲むのが定番だったけど、ウーロン茶を飲んでも冴えない。そして、高い値段を払ってまでウーロン茶を注文したくない。
ノンアルコールビールは、昔はキワモノ的な感じだったけど、今や味が向上したので十分「普段使いの飲み物」として使えるようになった。だから、こういうところでも取り扱うのだろう。

バーベキューハウスは、コンクリートのU字溝があって、そこに網を載せて炭火焼きを楽しむスタイルらしい。
お客さんは今のところゼロ。
ふむ、我々もどうするか決めかねているけど、いったんここは保留にしよう。おなかが空いてからあらためて考えよう。今、肉や魚を食べたいとい気分じゃ、ないんだよなぁ。

11:18
バーベキューハウスの脇の川は、石を堤防のように組んでいて、子どもたちでも安心して遊べる水流になっていた。

大きな堤防を超えた下流には、これまでとは段違いに大きい魚が泳いでいた。ヌシだ、と思ったら一匹どころか何匹もいる。
後でNPOの方に話を聞いたら、上流のBBQハウス界隈で放流されている魚が堤防を乗り越え脱走したものだという。大雨などのタイミングで逃げ出すことに成功したらしい。
「浅いところにいる魚だと、サギがやってきて餌にされてしまいますけどね。あそこまで大きくなるともう敵がいなくなりますよ」
と教えてくれた。サギ、こんな山奥までやってくるのか。
「でも、釣り客が狙いますよね?」
ばばろあが聞くと、
「ここは国有地なので、人が魚を釣ることは禁止されているんです」
だって。ヌシは本当にヌシだった。
(つづく)
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