小笠原遠征

 思い出は往復51時間

日 時:2006年(平成18年) 05月02日~07日
場 所:竹芝桟橋父島母島
参 加:おかでん、しぶちょお、ばばろあ (以上3名)

2006年4月中旬、われわれアワレみ隊メンバーは焦っていた。「便が確保できない!そっちは?」「こっちもダメだ!」「もう宿の予約、仮押さえしちゃってるけど大丈夫なのか?」そんなやりとりが頻繁に行われていた。普通、この手の旅の企画は「アワレみ隊BBS」にて行われるものだが、それすらまどろっこしく、電話で直接各自が連絡を取り合う緊急事態となっていた。

ここ数年、アワレみ隊はゴールデンウィークを使って派手な企画を展開してきた。四国八十八カ所巡りから始まり、東北道の駅スタンプラリー、八丈島観光名所完全制覇など。その中で、2005年に実施した「八丈島」は非常にツボにはまった企画だった。離島の魅力、というやつだ。

もともとアワレみ隊は、離島でキャンプを行うという「椎名誠の怪しい探検隊」に触発されてできた組織だった。その影響があり、離島は大好きだった。しかし、日程調整や行程調整の不自由さから、最近は全然訪問していなかったのも事実。そんな中、「あっ、やっぱり離島はイイ!」と心に火をつけてくれたのが、八丈島だった。

おかでんと一緒に八丈島を訪問したしぶちょおも全くの同意見であり、「やはり離島である」という強い意向を示していた。そのため、2006年3月くらいから、行き先の検討を開始していたのであった。われわれも既に30過ぎの年齢にさしかかってきている。結婚しただの、子供ができたといったイベントがあったら、遠方に繰り出す企画はできなくなる。やるなら、今しかないという強い決意があった。

第一候補は、「日本最へき地」と言われる鹿児島県のトカラ列島。鹿児島と奄美大島を結ぶ「フェリーとしま」が週2便運行されているだけだ。それぞれの島には人口が200人足らずしか住んでおらず、中には60人程度しか住んでいない島まで存在する。その気になってわーっと攻め込めば、あっという間に占領できちゃいそうな島だ。こういう島々を、往復運行されているフェリーとしまをうまく活用し、ジグザグに1泊もしくは2泊ずつ巡る、という計画だ。つまり、仮にまず往路便で6番目の島に行ったら、次は折り返しの復路便で2番目の島に行き、次に往路便で4番目の島に行く・・・という作戦だ。鉄道ファンが、路線全駅乗下車する時に使うテクニックと同じ。

ただし、今回の参加予定者はしぶちょお(愛知)、ばばろあ(広島)、おかでん(東京)であり、まず最初の集合場所である鹿児島港にどうやって集結するんだ、というところで非常に面倒だった。あと、どの島を停泊地にするかという議論をメンバー間でし尽くす時間的余裕もなく、宿の手配だって島毎にだから面倒ったらありゃしない。

そんな時、しぶちょおが「そういえば、2009年に皆既日食があるんだよな。トカラ列島あたりで良く見えるっていう話だったぞ。そのときでもいいんじゃないか」と発言したことにより、トカラ行きはあえなく中止となった。

となると、目指すは第二候補だ。ここもなかなか行けたモンじゃないぞ、「小笠原諸島」。

一年前八丈島を訪れた時、しぶちょおと海を眺めながら、「東京からここまでの距離の、さらに倍以上先に小笠原があるのかぁ・・・」「いつか行かないといけないのかもしれない」「でも、行くだけでハードル高いね」「一生行きたくてもいけない場所なのかもしれない」という話をしていた。それくらい、遠い。

地名は、東京都小笠原村。東京都を名乗るのはチト無理があるんじゃないか、というくらいの場所にある島だが、行政区分上は東京都だ。ただし、東京竹芝桟橋から1,000kmも離れている。緯度で行ったら沖縄やマイアミと一緒。まぎれもない「南国」が東京都にはある。標高2,000m強の雲取山を見上げて、「ホー、東京にも2,000mを越える山があるんですかァ」なんて感心するのとはワケが違う驚きがある。特にわれわれ、八丈島上陸経験組は、八丈島時点でその自然にあぜんとしている状態であり、このままさらに700km以上も先に行ったら一体どうなっちゃうの、というワクワク感が強い。非常に楽しみな場所といえる。

ただ、そんな素敵な島でありながら、この島が思ったより知名度が低く、観光情報が少ないのはなぜか。「沖縄でダイビングしてきましたぁ!」とか「沖縄の離島でゆっくり過ごして来ました」という体験談はあふれかえっているのに、小笠原の話になると途端に少なくなる。それは、この島の交通事情に起因する。

交通手段は、「おがさわら丸」という小笠原海運が運営するフェリーしか存在しない。飛行機?そんなものは無い。1,000kmも継続飛行できるデカいジェット機が離発着できる空港を、小笠原諸島内に作ることができないからだ。これは、費用面の問題もあるが、自然景観保護の観点からも反対意見が強いと聞く。2007年現在でも、兄島に空港を作って父島本島とをロープウェイで結ぼう、とかいろいろ検討がされているというが、実現するかどうかは不明だ。

で、この「おがさわら丸」なのだが、大抵6日に1便のダイヤ設定となっており、お気軽旅行客を完全にシャットアウトする行程を強いられる。すなわち、最低、往復にほぼ一週間を要するということだ。「もうちょっとゆっくりしたいネ」なんて口走った日にゃ、2週間の滞在となる。これは、片道1,000kmを運行するために25時間半もの時間を要するからだ。片道25時間半!その間、巨大フェリーとはいえ、同一機内に閉じこめられる経験なんて、普通はあり得ない。フェリー旅好きの人ならそれくらい当たり前かもしれないが、一般人にとっては驚愕の乗船時間だ。海外旅行だって、そんなに時間はかからんぞ。

その結果何が起きるかというと、「週末ちょっと小笠原に旅行に行ってきます」的な旅は学生社会人ともどもほぼ不可能であり、盆と正月、そしてゴールデンウィークに観光客が殺到することになる。逆に言うと、それ以外の期間の小笠原は閑散としてしまう。

で、そこから何が導き出されるかというと、船便予約と宿の争奪合戦、ということになるわけだ。オンシーズンのチケット発売は通常よりも早く開始されるのだが、発売と同時に売り切れ御免、なんていう状態もままあるらしい。・・・ということを後になって、知った。

一番安い2等客室(ザコ寝大部屋)で片道22,570円(H18.5時点)。夏休みシーズンになるとこれが25,100円にもなる。往復で5万円、なおかつ51時間もかかる優雅なんだか金と時間の浪費なんだかわからん旅行となる。もちろん、島についたら宿代だってかかる。小笠原諸島では野宿が禁止されているからだ。最低3泊したとして、アクティビティやらなんやら考慮すると・・・おおっと、10万円はお財布にお金が入っていないと不安になる旅、というわけだ。船が沈没するんじゃないかしら、とか船酔いは大丈夫かしら、なんて心配する以前に、お金は足りるかしらということを真っ先に心配しなけりゃならない旅路となる。

だから、まあ、われわれとしてはだ、「仕事をリタイアした年代の人たちが行く優雅な旅行先」くらいな印象だったわけだ。そのため、初動が完璧に遅れた。

まず、小笠原海運のwebサイトで申し込みをしてみる。いやー最近は便利ですな、オフィシャルサイトから予約ができるんだから。・・・あれ?往路(5月2日)は予約可能だけど、復路(5月6日)便が満席になってる・・・。困った。このままだと、小笠原に取り残されてしまう。それはまずい。

おがさわら丸1往復分の期間で旅をすることを、「1航海」と呼ぶ。われわれは「1航海」しようとしていたのだが、行きと帰りで空席のバランスが崩れているということは、2航海する輩が多いということか。

おがさわら丸の運行スケジュールを確認すると、通常は竹芝→(25時間半)→父島(3泊停泊)→(25時間半)竹芝(1泊)という6日周期なのだが、オンシーズンであるGW中は途中父島での即折り返しを実施していた。だから、4月29日竹芝発という便が存在していたのだった。なるほど、これだったら「2航海」の旅行は可能だ。4月29日といえば、既にGWに突入している。

と、いうわけで、4月29日東京発の乗客と、5月2日東京発の乗客が「さあ東京に戻るぞ」と一斉に大移動を開始する難民船が5月7日の父島発の便というわけであり、混んで当然なのだった。

さあ困った。

ローソンのマルチメディア端末「Loppi」で乗船券が購入できるというので手配をしてみた。おがさわら丸・・・やはり、復路がいっぱい。往路も、売り切れ間近の表示になっていた。えーい、こうなったらキャンセル料が発生してでも良いから、往路便3枚購入してしまえ。でもどうしよう。そこから先で行き詰まった。

シーズン時の小笠原旅行手配には、鉄則とも言える順序がある。母島にも足を延ばすのであれば、

  1. まずは往復のおがさわら丸のチケットを確保すること。
  2. 次に、宿数が少ない母島の宿を確保すること。
  3. 最後に、父島の宿を確保すること。
  4. ドルフィンスイムやダイビングといったアクティビティは、行きの船の中からの予約でも大丈夫。

という流れになる。われわれはこの(1)が達成できていないので、(2)以降に進めないのであった。

小笠原海運に直接電話してみたところ、冷淡に「無理だと思いますねえ。既にキャンセル待ちで80名入ってますから。これ以上受け付けるのはちょっと」といった対応をされてしまった。げぇ、そんなにキャンセル待ちが入っているのか。まだ出航まで1カ月近くあるのに。食い下がって、「旅行代理店に卸したチケットが売れ残って戻ってくるのはいつくらいなんですか?」と聞いてみたが、「そうですねー大体2週間から10日くらい前ですけど、あまり卸してないですし、売れ残らないと思いますよ」と絶望的な回答。はいそうですかどうもありがとうございました。

他にも、しぶちょおと手分けして毎日小笠原海運のネット予約ページで、キャンセルが出ていないかチェックを1日何度も行ったり、Loppiでのチケット発行元であるJTBの関連会社に直談判の電話をかけたりしたが、どうにもならなかった。最後、蜘蛛の糸を掴む思いでばばろあが小笠原海運にキャンセル待ちの予約をかけたところ、予約はできたものの「150名待ちですよ」と言われたらしい。おい、どうなってるんだ一体。旅客定員1,000人強の船で150名待ちって。

先行して(2)(3)の宿予約をしてしまいたいところだったが、もし帰りの便が確保できなかった場合、3泊分のキャンセル料が発生する。宿に相当な迷惑がかかるので、ジリジリする日が続いた。

4月下旬、乗船予定の2週間前になってもキャンセル待ちは出なかった。しかし、いくらなんでもキャンセルがゼロということはあるまい。長期の旅行を強いられるのはこっちも向こうも一緒。何か旅行期間中にどうしても外せない用事ができる人だって少なくないだろう。キャンセルが出た瞬間、それをかっさらうということを狙い、おかでんはLoppi端末に1日2回向かい、しぶちょおはインターネット予約画面をリロードしまくり、ばばろあは泊まる宿のリストアップを行っていた。

そんなある日、こうもキャンセル待ちが出ないのは全くもってけしからん、と腹を立てたおかでんが、仕事の昼休みに職場を抜け出して近畿日本ツーリストに「どうにかして手に入れたいんですけど、そこんとこナントカ」と頭を下げに行った。有楽町交通会館にある近畿日本ツーリストには過去何度もお世話になっており、無理な要望を聞いて貰ったりしていていたので、最後の望みだった。

「少々お待ちくださいね・・・只今確認しますので・・・・ああ、ありました。2等客室ですけど、空きありますよ」

「えっ!?空きがある?」

「ウチでのとっておきですね、これ。まだ7席残ってました」

「あ、それ3席ください!すぐに!今すぐ!」

驚いた。あれだけ苦労したし、発券元の小笠原海運でさえ3ケタの待ち行列ができているチケットを、あっさりと近ツーで入手できるとは。思わず震える手でチケットの内容を確認し、間違いなく日付と行き先を確認した後、お会計を済ませたのだった。ありがとう近ツー。旅行代理店はネット直販の影響でもうダメな業界かと思っていたがとんでもない、困ったときは代理店だ。

大興奮しながら、しぶちょおに電話しようとしたら丁度タイミング良く先方から電話がかかってきた。

「しぶちょお!チケット取れたぞ!行けるぞ、小笠原に?」

「あれっ、おかでん取れちゃったの?こっちでも取れちゃったんだけど、インターネット予約で」

「え?」

「じゃおかでん、もう既に手元にチケットがあるわけだな?支払い済みなわけだな?」

「そうだ」

「じゃあこっちはキャンセルしとくわ。まあとりあえず良かった良かった」

一体何が起きたというんだろう。

しかもこの後、ばばろあのところに「150名待ち」だったハズのキャンセル待ちについて、小笠原海運から「空きがでました」という連絡が入ってきたらしい。誰だ、大量にチケットを押さえていたヤツは。どこかのツアー企画会社だろうか?

小笠原。行くならチケット手配は極力早めに。もし取りそびれても、最後の1週間まで諦めるな、ということだ。ただ、最後の一週間に過度に期待しちゃうと、結局旅行中止なんてことになるかもしれないが・・・。

さあ、あとは宿の手配だ。宿の手配はばばろあに一任してあり、翌日結果報告が入ってきた。

「いやもう大変。母島の方はすんなり取れたんだけど、父島が全然ダメで。2カ所だけ空いているところがあったんで、その片方にしたで。ただし素泊まりの二段ベッドだけどな」

「泊まれるだけで御の字です。イヤ感謝です、ホント良かった良かった」

あと、ばばろあは現地でのアクティビティの予約として、父島でのシーカヤック1日ツアーと、戦跡巡り半日ツアーを手配した。これで準備万端だ。1カ月前から計画開始したのに、ここまで直前までドタバタした旅行は初めてだ。故に、ますます期待は高まるばかり。

小笠原5泊6日の旅。多分、1度行ったら二度と行くことはないだろう。この貴重な体験を、全力で満喫したい。

2006年05月02日(火) 1日目

竹芝界隈地図

08:43

当日、3人の集合場所はJR浜松町駅だった。名古屋のしぶちょおは朝イチの新幹線、広島からのばばろあは深夜バスでの到着だ。わざわざ東京までお呼び立てしてしまい申し訳なく感じる地元民おかでんではあるが、小笠原に行くためにはここ、竹芝桟橋からしか方法がないのだから仕方がない。

集合場所としていた改札出口には、竹芝桟橋における「本日の出航船ご案内」表示が出ていた。朝早くでる便と夜遅くでる夜行便にくっきりと色分けされている中、10時という午前のオヤツタイムに出航となる我らがおがさわら丸は異彩を放っている。

伊豆大島は昼行便夜行便あわせて1日3便も設定があるのだから、人気の島だということがよく分かる。

さあて、われわれも覚悟を決めて乗船しますかね。

「ようやくこの日が来たなあ」「いよいよだなあ」

なんだか、旅の初日にして達成感っつーか、到達感を感じてしまっている3名。いやいや、まだまだこれから6日の旅が待っているんだからここで落ち着いちゃダメ。

竹芝桟橋を目指す

08:52

竹芝桟橋の最寄り駅は、ゆりかもめの「竹芝」駅になる。しかし、JR浜松町駅からでも十分に歩いて行ける距離なので、3人でてくてく歩く。賞味10分強だ。遠くから、目印の帆船が見える。ただしあれはあくまでも飾りであり、実際の船ではない。

円形広場

08:54

途中のコンビニで飲み物やお菓子を買い込み、竹芝桟橋に向かう。

竹芝客船ターミナルの手前は円形広場になっていて、いろいろなイベントができるようになっている。乗船受付は右手。

「竹芝客船ターミナル 小笠原諸島航路 この奥右手です→」

という看板を見ただけで、興奮が抑えられないおかでん。

「おい、小笠原だぞ。あの小笠原が迫ってきているぞ」

「落ち着け。まだ1kmも近づいていないんじゃけえ」

比較的冷静なばばろあにたしなめられる。しかし、あれだけチケット確保に苦労させられた身からすると、こういう看板を見るだけで冷静さを保っていられない。

乗船受付窓口

08:55

乗船受付窓口到着。さすがに1,000人収容の船でGW期間だけある。人、また人だ。前後の時間に出発する船は存在しないので、ここら周辺にいる人たち全員が同じ船に乗る、ということか。

ということは船が沈没すると、真っ先にあの人が死にそうだな・・・とかイヤな品定めを始めてしまうわたくし。

KNTで手配したおが丸チケット

08:56

そうそう、早めに各自にチケットを渡してしまおう。

行きの便はともかくとして、虎の子の帰りの便のチケットを早くしぶちょお、ばばろあに渡しておきたい。何だか大金を持っているような気がして、どうしても落ち着かないからだ。

渡す際、もう一度行き先、日付を確認。「父島→東京」じゃなくて、逆の「東京→父島」なんて書いてあったら、絶望のあまり失禁してしまうに違いない。

「謹んで受け取るように」

と一言添えて、まるで卒業証書を渡すかのようにうやうやしく往復のチケットを渡す。

「はよせえや。はよ手続きせんといけんじゃろうが」

こういう儀式には興味を示さないばばろあからチケットをひったくられた。ちぇっ。

乗船受付

08:58

乗船受付をする。

大型のフェリーだと、「出航1時間半前までには手続きを済ませておくこと」などと時間制限が厳しいが、このおがさわら丸の場合「30分前」と随分と制限が緩い。カーフェリーでないからかもしれないが、詳細な理由は不明。でも有難いことだ。

われわれは、「どーせ雑魚寝の2等客室だし、早く行ってもいい場所になるわけじゃないんでしょ?」ということで、9時頃に受け付けができるよう逆算して集合していたが、実際その通りとなった。

聞くところによると、ギリギリ最後に2等客席に乗船すると、定員いっぱいでない限り「部屋に隙間」ができるわけで、その隙間で悠々と過ごすというテクニックもあるらしい。しかしそれはあまりに高度すぎて、われわれは「可もなく、不可もない時間」に受け付け。

恐怖の告知

08:58

乗船受付窓口に張ってあった恐怖の告知。

5月6日東京行きは満席となっております。又、5月3日~5月5日の間の現地宿泊施設は満室です。 小笠原海運(株)

要するに、今日の往路便に若干の空きがあるからって、調子に乗って「向こうについてからとりあえずナントカするべえ」という考えは甘いぞ、諦めろ、という警告だ。

「おいばばろあ、宿の方はちゃんと確保できてるって事でいいんだよな?」

「大丈夫、それは間違いない」

「何だかこういうのを見ると、平均台の上を目隠しして歩いている気分だよ。一歩踏み外すと奈落の底に落ちそう」

小心者のおかでんは、こういうのを見るだけでもちょっと不安になる。

搭乗券

Loppiで購入したチケットはあくまでも搭乗券の「引換券」に過ぎなかった。ここで、この紙を貰って、必要事項を記入することで、初めて船内に乗り込める仕組みだ。

カーボンコピーになっていて、まあ要するに沈没したときに誰がおぼれたかを調べるための「宿帳」みたいなもんだ。あと、搭乗券と対になっているのは、搭乗時に回収した枚数と下船時に回収した枚数が不一致だった場合「ありゃ、大変だ!誰か途中で海に落ちたかも!?」と大騒ぎするためのもの。搭乗券、なくしちゃいけません。大事になります。

東京愛らんどシャトル空席状況

09:04

伊豆諸島を、伊豆大島から果ては青ヶ島までヘリコプターで結ぶ「東京愛らんどシャトル」。GW期間中の空席状況が掲示されていた。さすがに満席が多い。

伊豆大島から三宅島に行く便は全日空席有りというのが何ともトホホではあるが、頑張れ三宅島。復興はまだまだこれからだ。

大人気路線はやはり八丈島~青ヶ島間で、全日満席。さすが伊豆諸島の僻地中の僻地だけあって、少々値段が高くてもヘリコプターを使う人が多いということだろう。ちなみに定員は9名。おがさわら丸以上に壮絶な予約の奪い合いがあったことだろう。

おが丸乗船の行列

09:07

ではそろそろわれわれも並ぼう。

整列用に、「1~100御列」「指定席御列」などといった札が立てられている。2等客室の場合、搭乗券に通番が振られているので、その番号に従って指定された札の列に並ぶ。列の中で、「えっとアナタは335番?あ、じゃ僕334番なのでアナタより前ね」といった細かい整列はしない。これは早いモン順。

ま、早ければ良いというものでもない。一体どの番号が船体のどの位置に割り振られるかさっぱりわからないからだ。

船関係に詳しいばばろあ曰く、「船底のほうが揺れが少なくていいぞ。ただし、やかましい。船尾の方が揺れが少ないが、機関室が近いのでよりやかましくなるので痛し痒しだ。あと、デッキが上の方が何かと便利が良いけど、揺れるからなあ。なんとも言えない」んだそうで。まあ、なるようになれだ。

おがさわら丸と対面

09:21

乗船開始ということで、いよいよおがさわら丸と対面。

新日本海フェリーや太平洋フェリーのような威圧感ありまくりな超巨大フェリーとは違うが、さすがにデカい。黒潮を乗り越えて行こうってえんだから、それなりに推力が無いとやっていけないだろう。

ちなみに現行おがさわら丸は97年就航で、6,700トン。最高時速は約42km/hということだ。

Eデッキの1号室の、191番の寝床

09:29

搭乗口で、「何人組ですか?」と聞かれ、「3人組だ」と答えたら黄色い番号札を3枚くれた。そこには「E-1 191」と書かれていた。要するに、Eデッキの1号室の、191番の寝床に行きなさい、という意味だ。

乗船口がCデッキにあり、特二等席以上のブルジョア席は全てBデッキ以上にある。要するに、Eデッキとは船底というわけであり、窓もないタコ部屋というわけだ。

おがさわら丸二等客室

09:30

そのタコ部屋の様子。

毛布がどうやら「自分の陣地」を主張できる境界線らしい。どう見ても人間様の身長より短く畳まれているが、まあ仕方がない、我慢するしかない。

あと、毛布の幅に騙されてはいけない。「何だ、隣の人との間に隙間があるじゃん」というのは目の錯覚であり、毛布の幅=人間の肩幅ではないのだ。実際寝てみると、絶妙に肩同士がぶつかり合う程度の横幅。うーむ、これでまだ「満席ではない」というのか。

そもそもこの枕、首傷めちゃうよ。おー、ここを基地として25時間半かぁ。なかなかしんどいものがあるぞぉ。

まあ、おかでんの場合は山小屋泊でこの手の狭い寝床には免疫ができていたが、多くの乗客は驚き、呆れ、さてどうしようかと周囲をキョロキョロしながら思案していた。

乗り物酔い止めの薬持参

09:31

荷物をひとまず置いて、必要なものと貴重品は手元に残して。

おっと、忘れちゃいけないのが、これ。乗り物酔い止めの薬。おがさわら丸は黒潮を乗り越えて行くので、相当揺れると聞いている。必須アイテムである、と聞いたことがあるので、3人とも忘れずに用意してあった(例え忘れたとしても、船内売店で売られているので問題はない)。

薬が効き始めるまで時間がかかるというので、今のうちに飲んでおく。

まだ港内に停泊中だというのに、ゆっくりと船が揺れているのがわかる。これはいかん、早めに飲んで早めに効果を最大化しておかないとやばい。

この薬は4時間で効果が切れるということなので、飲む時間を忘れないようにメモっておく。

レストラン営業時間

09:44

航行時間が25時間半、ということなので、出発が今日の10時ならば到着が明日11時半ということになる。必然的に船内で3食食べなければならないわけで、レストラン営業時間というのは非常に重要なのだよキミイ。

この手のレストランは、「高い、量が少ない、味がイマイチ」というので相場は固定されているものだが、船旅経験の無いわれわれにとっては「船上レストラン?優雅じゃん!少々高くてもいいから、ぜひレストランで食べようじゃないか」と鼻息を荒くしていた。

ただ、乗船していた多くの学生さんや若い人たちは、経費節約のためカップ麺を持参し、2等客室内ですすっていた。これが一番ローコスト。

ちなみにレストラン営業時間だが、往路に関しては

昼食:10時~14時
軽食・喫茶:15時~17時
夕食&居酒屋:18時~23時
朝食:7時~10時

となっていた。朝食のところは、本来「11時クローズ」となっているところを、10時クローズに修正してあった。聞くところによると、GWなどのオンシーズンは荷物積載量が多く、積み下ろしに時間がかかるために早めの入港を目指す事があるという。後のスケジュールに影響するからだ。今回も、最高時速でブッとばしてやるぜ、という意思表示・・・なのかもしれない。早く到着するのは大変に有難いことなので、ちょっと期待。

それにしても、ここまで律儀に営業しているレストランには驚きだ。殆ど休み無く営業している。しかも、居酒屋タイムと称して23時まで営業。素晴らしい。ぜひ有効活用させていただきます。ははー。

特等席や一等客席があるフロアの廊下

09:45

特等席や一等客席があるフロアの廊下。さすがに雰囲気が違う。というか、人口密度が違いすぎる。そもそも、廊下がこうやってまっすぐになっている時点で素晴らしい。Eデッキ、まっすぐ歩くことができないんですもの。靴が散らかってるし、細かく部屋が仕切られてるし。

「おー」

とりあえず眺めておくだけ。

われわれはデッキに出てきた

09:48

そろそろ出航時間が迫ってきているということで、われわれはデッキに出てきた。デッキは二階建てになっていて、AデッキとBデッキ、両方から外を眺めることができる。

晴海方面

09:49

晴海方面を眺めたところ。

はっはっは、都会の雑踏め。もうお前らとはおさらばじゃ。

と、都会の雑踏の中をあくせく走り回って稼いだ金を使っている男がなぜか自慢げに笑う。

おがさわら丸出航

09:57

じゃーん、じゃーん、じゃーんと銅鑼の音が鳴り響きはじめた。出航の合図らしい。

これから25時間半。目指すは同じ東京都とはいえ、南海の孤島。例えばこの船に何らかの異常が出たら、帰る手段は無くなってしまう。ここに乗船している人全員、一蓮托生でこれからの時間を過ごしていくしかない。

行って参ります。

小笠原に行って「人生観が変わった」という人が何人もいる、という。おかでん自身は俗物なので人生観が変わるのは無理だと思うが、何か現地で発見できればいいな、と思っている。

思わず、銅鑼の音に合わせて敬礼。

竹芝を海から眺める

09:58

あれだけの人数にもかかわらず、乗船はスムーズに行ったようだ。定刻より少し早く、船は岸壁を離れていった。

ああ、さらば東京よ。

・・・違った。これから向かうのも東京なんだっけ。

「行ってくるよー」

誰も見送りの人が居ないのに、他人の見送り人相手に手を振ったりして調子に乗る。ああ、わくわくして仕方がないぜ、船の旅、そして南の離島。