来日したら標高3,003メートル【立山・黒部アルペンルート】

足元に咲いている高山植物を愛でる
チングルマ

雷鳥荘を出発したときはどうなることかと思ったが、すっかり雨はやみ天気は回復基調。

こうなってくると心の余裕が出てくるので、足元に咲いている高山植物を愛でる気にもなる。

幸い、自然が好きな3名だったので高山植物を興味深く観察して写真を撮っていた。よかった、こういう気分転換でもないと、「なんでわざわざ高い山にいくのー?たるいんですけどー」なんて言われそうだ。

標高3,003mの山頂に登る楽しさと、そこから見下ろす景色の素晴らしさは格別なものだ。しかし、その醍醐味(だいごみ)をお三方に理解してもらえるかどうか一抹の不安が。だから、こうやって花に興味を持ってもらえたので、まずは一安心。よーしこのまま騙し騙し山頂まで連れて行っちゃえ。

「高山植物は育つのがとても遅いので、一年で枯れる草のようでも数年がかりで大きくなるんですよ」

と教えたらえらく感心された。でもちょっと待てよ、本当に多年草なのか自信がなくなってきた。冬の豪雪の下でこの草花が生き残っているというのはちょっと考えづらいし、うそ教えちゃったかもしれん。やべー、国際問題だぞ、これは。

言った後になって心配になってきた。

ええい、ここはどーんと「目の前の花は10年に一度しか咲かないものです」とか大ぼらを吹いてやろうかしら。

ちなみにこのあたりにお花畑を作って咲き乱れているチングルマだが、漢字で書くと「珍車」。まるで暴走族の改造車みたいな名前。

雪渓が登山道に押し寄せる

「一の越」と呼ばれる、立山雄山の肩に位置する峠までは、登山道がゆるゆる伸びている。石畳になっていて、ラフな靴でも登山が可能。なんならハイヒールでも不可能じゃない。

そんな道中、雪渓の末端が登山道すぐ脇まで伸びている箇所があった。

もちろん台湾御三家大喜び。そのはしゃぎっぷりたるや相当なものだった。交代で雪渓の前で記念撮影したり、氷のかけらを手にとってみたり、雪渓の表面をぺたぺた触ってみたり。

昨日、「雪渓まではいけないよ」と遠方からの記念撮影で済ませていたので、今日こうやって間近で、しかも触ることができたのはラッキーだった。

大喜びしている様を見るに、これだけでも日本に来た甲斐があった、と思っているかもしれない。そうだよなぁ、温暖な台湾に住んでいたら、「氷とは、冷凍庫の中に入っているもの」であって、自然には存在しないものだもんな。そりゃうれしくなるわ。

また雪渓が迫る
雪渓の中を歩く

さらにしばらく進むと、今度は雪渓が登山道を完全に覆い隠している場所と遭遇。

Fish御一行様はここで「雪渓を踏みしめる」という体験をゲット。ますますうれしそうだ。

日本人登山者は淡々と歩き、それほど雪渓に興味を示さないのに対し、三人は明らかに子供のようだ。雪渓途中で立ち止まったりするものだから、

「立ち止まらないでー。後ろがつかえるからー」

と声をかけて急かす。まるでいたずらっ子を引率する教師の気分。

雪渓通過後
山頂方面を見る

随分とガスが晴れてきた。

みくりが池到着時点で、登山を諦めるか、それとも登山を続行するか決める-この判断が結果的に功を奏した。

一の越山荘前
室堂方面

一の越到着。標高2,700m。一の越山荘という山小屋がある。

室堂が2,450mなので、250mほど標高を稼いだことになる。ここから300m登ったところが山頂なので、だいたい中間地点。

ここまでの登山道は比較的なだらかなのだが、一の越山荘に到着する手前は急な登りになる。ここで「しまった、山を甘く見ていた!」と物見遊山的にやってきた人は後悔することになる。

山頂方面

台湾の3名も、たぶん「日本に来て、なんでこんなしんどい思いをせにゃならんのだ」と内心思っているだろう。イヤ、でも高山植物見たし、雪渓の上歩いたし。やっぱり絶景というのは苦労しないと得られないんですよ。・・・ということで納得してもらおう。

ここから先が急な登りになる。

これまであった石畳が消え、岩がごつごつしたところを登っていく。

岩場なので、浮石注意。ここは富士山か?というくらい人が多く登っているので、石を転がしてしまうと影響が甚大。

急な坂を登る

「こんなところ登るのー!?」

Fishが悲鳴をあげる。

「ああ登るとも」

一人おかでん、3,000mクラスの山でも対応できる登山靴を履いているので余裕。残りの3名はスニーカーなので、ずるずる滑りやすくて余計な体力を使ってしまう。ただ、この山においては登山趣味のない人が数多く登っているため、スニーカー姿でも全然珍しくない。

一の越方面
室堂平を見下ろす

一の越からしばらく登ったところにやや平地っぽいところがある。そこが二の越。

いったんここで休憩を入れる。

「ほら見てよ!この光景!室堂は歩いても楽しいけど、こうやって上から見下ろすとすごくきれいだよ!」

上から見下ろした室堂は緑の芝生におおわれているようでとてもきれい。凸凹していて、ところどころに池があったり、地獄谷があったりと変化に富んだ箱庭なので神秘的だ。こういう室堂を見たければぜひ立山登山を。

疲労気味の三人に「ほら見て!」と声をかける。ここまでやってきた価値は十分ありましたよ、天気も晴れたことだしみなさんラッキーですよ、と。

写真左は南側、五色沼方面を眺めたところ。写真右は室堂を見下ろしたところ。

三の越

二の越を登って、息が上がりそうになったところでまたなだらかなところに。三の越。

ここまでくると山頂が近い。山頂にある建物が間近に見えてきた。

しかし、「間近に見える」といっても、そこまではアリの行軍のように少しずつ前に進んでいくため、なかなかたどり着かないということを皆知っている。

「まだ結構あるなァ」

諦めの声が周囲から聞こえる。ただ、ここまで来て「もうギブ。引き上げよう」という人がいるはずもなく、誰しもがしばらく休んだら悲壮な顔で「よし、最後までもう少し頑張るか」と出発していくのだった。

立山雄山山頂

立山雄山山頂到着。

山頂といっても、本当の山頂はもう少し先。神社があるところが標高3,003m。人がたむろしている標高3,000m地点は、神社の社務所がある。社務所は山小屋のような建物だが、宿泊施設ではない。

ここで遅れて登山中の3名を迎える。

まず最初にFishが登ってきた。

「疲れたー」

疲れすぎたのか、なんだか悲しいような顔をしてつぶやいた。

山頂についた喜びを動画に収めよう、とデジカメを動画モードで撮影。

遅れてやってきたFish母にファインダー越しにコメントを求めたら、何かをしゃべってくれた。内容はわからない。ただ、登りきった直後、苦しい中でのコメントだったので顔が怖いし、日本語よりもアタック感の強い発音の中国語だしで、

「この野郎なんでこんなつらい思いをさせるんだ、しばき倒すぞ」

とでも言っているような印象を受けた。たぶん全然違うだろうけど。

大きな雪渓

山頂直下、東斜面には非常に大きな雪渓がまだ残っていた。

さすがに山頂に登ってご満悦の3人、あの雪渓を見て「写真撮って!」とか「あそこまでいけないかなあ?」なんてことは言わなかった。仮に行けたとしても、アップダウンがつらいので行こうとは言わないと思う。さんざん今までの登りでくたびれたので、もうこれ以上の運動は御免こうむりたいところだろう。

立山山頂
山頂にほこらがある

雄山のてっぺんに立とうとすると、お金が必要となる。地獄の沙汰も金次第、という言葉があるが、山頂に立つのも金次第。これは、山頂に雄山神社があるため。日本三霊山の一つ、という肩書があるし、もともと山岳信仰の山なのだから「山頂に立つお金:500円也」も仕方がないところ。

日本三霊山は、立山、富士山、白山の3峰。あれ、山頂に立つのにお金がかかるのは立山だけだ。霊山たるもの、浄財を寄進しなくちゃ入れないのかと思った。

ちなみに山頂に神社があって有料、というのは山形県の月山も同じ。お金を払いたくないから、神社境内手前で引き返している人が何人もいたっけ。それと同じことがこの雄山山頂でも。

山頂は石を積み上げたところにほこらがあり、ほこらに通じる道の前に料金ゲートが設けられている。お金を払うと、「立山雄山神社」と白く染め抜かれた赤い鈴付きのお札がもらえる。このお札には針金がついているので、参拝した人はみな自分のザックにお札をくくりつけ、チリチリ鳴らしながら山を下っていた。なんだかうれしそうだ。

ゲートを通過したところで行列ができている。なにせ狭い山頂。一度に足を踏み入れることができる人の数は限られているので、順番待ちになる。

雄山神社本殿

雄山神社本殿。

ここに崖ぎりぎりまで人を押し込み、一同正座して神主さんの祈祷を見守ることになる。

これこれ、これがやりたかったんですよ。日本の神秘的体験ということで良い記念になると思う。山岳信仰とは何ぞや、という話をFish家族に説明しようかと思ったが、八百万の神の話とか修験道とかいろいろ面倒になりそうなのでやめた。というか説明できん。

Fish一家、神妙な顔をして日本の宗教体験。

山頂は平らに整地されていて、なおかつ玉砂利が敷いてあるので土下座しても痛くはない。神主さんが「石も一つ一つ麓から運び上げていますので、記念に持って帰らないようにしてください」と注意していた。

立山山頂

本当に切り立った崖の上に神社がある。正座している状態から立ち上がるとき、思わず足がしびれてよろめいたりなんかしたら、あっけなく転落だ。転落の先には死しかない。なんともデンジェラス。

そういうこともあって、祈祷はごくシンプルに。終わったら、神主さんからお神酒を頂く。次の回の人たちがすでに行列を作って待っているので、職員さんに「終わったらすぐに降りてください」と急かされる。あわてて全員で「雄山山頂3,003m」と書かれた石碑の前で記念撮影。

大汝山

雄山(3,003m)が立山登山のメッカだが、実際に立山で一番高いのはその隣にある大汝山(3,015m)。雄山からすぐのところにあるのだけど、登山客がぐっと減る。

われわれとしても行きたいところだったが、この後の時間が気になるところなのでやめておいた。なにしろ、山から下りたらアルペンルートに復帰してどんどん乗り物を乗り継がないと。終電までに長野県の扇沢に着けるかどうか?

授与所

山小屋風の建物である「授与所」。本殿よりもはるかに大きいというアンバランスさ。

中でおみくじやお守りが売られているだけでなく、山小屋風にカップラーメンやコーヒーなども売られている。

ちなみにカップヌードルは500円。さすが山上価格。しかし結構これが人気で、授与所周辺ではカップヌードルをすする人が結構いた。後で考えれば、室堂まで下山して食事するのではなく、少々高くてもいいからここで食事をすればよかった、と後悔。

おみくじを買う

Fish妹に「日本の神社にはおみくじ、というのがあるんだよ」と教えて、チャレンジしてもらった。これも台湾にはない文化だろう。

目を輝かせておみくじを引いたFish妹だったが、出てきたのが「凶」だったので大変に残念そうな表情となった。あらら。せっかく日本に来て、標高3,003mまで登ってこれじゃあ救われない。

「どうすればいい?」と聞かれたので、そこらへんに結び付けておけば不吉なことを持ち帰らなくて済むよ、と教えたらそそくさと結び付けていた。日本語で書かれているおみくじだけど、漢字の並びで大体意味は理解できたらしい。

ちなみにおかでんは大吉を引き当てた。大喜びしたいところだが、Fish妹が残念な結果だったので、喜んで良いものかどうか微妙な空気。

絵馬

この授与所には小さなほこらがあるし、絵馬を奉納する場所もある。ほこらにお詣りしたあと、せっかくだから絵馬を書いてみることにした。これもまた日本独特の文化。

「古くは馬そのものを奉納していたけど、時代の流れとともに馬の絵がかかれた札を奉納するようになって」

と説明したが、伝わっただろうか?台湾にも、「死者があの世で困らないように」と、お札を模した黄色い紙を燃やす風習がある。あの「馬」版だと思ってもらえば当たらずといえど遠からず。

三人の連名で書いてもらったが、Fishからふいに「おかでんさんも書いて」と言われて面食らった。あの、いや、僕何も書くこと思いつかないです。

予定外の話で何も準備ができていなかったので、悩んだ挙句「世界が平和でありますように」としたためた。それを見たFishが「なにそれ。普通すぎる」と不満の声。そうはいってもねえ。どうすりゃいいのよ。三人と全く関係のないお願いごとは書けないし、かといって三人に絡めた願い事って何があるのかと。

下山開始

下山開始。

浮石に足を乗せてしまうとずるっとすべってしまうので注意が必要。

途中、Fish妹のザックにくくりつけてあった「立山雄山神社」の札がはらりと落ちてしまった。それを見かけたすぐ後ろのおばちゃんが「あらー、落としたわよー」といって拾い上げ、ザックの隙間にぐにっとねじりこんだ。

せっかくのご厚意ではあるけど、これもまた立派な日本みやげ。そのみやげに折り目を付けられてしまったFish妹は悲しそうな顔をしていた。

雪渓1
雪渓2

下りでも雪渓を通過しますよ。上りのときほどのテンションではないものの、やっぱり雪渓を通るとはしゃぐ一同。その間、後ろに登山者の行列ができないよう雪渓脇で交通整理をするおかでん。

「雪の溶けかけのところが神秘的」とFishは言う。確かに、不思議な形に溶けていた。氷に対してピュアな分、目の付け所が素敵だ。

室堂に帰着

室堂に帰着。うわー、人が多い。

アルペンルート横断が目的の人は、室堂に着いてもそれほど遠出はしない。その結果、室堂駅を中心に人がいっぱいたむろしている。

「下界に下りてきたなあ」

と忌まわしきものを見るかのような目で人ごみを眺めるが、いや待て待て、まだ標高2,450mだ。十分天空の世界だ。

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