ワークショップが始まるまでの間、「千葉県イノシシ対策マニュアル」を読む。
イノシシの生態系の説明から始まって、どのような被害があるのか、柵を田畑周辺に設置する際のコツなどがくわしく書いてある。図が多く、とてもわかりやすく作られている資料だ。これが教科書として学生時代の授業で使われていたら、僕はすごく興味を持って学び、試験で100点を取ろうと意気込んでいただろう。
それくらい、イノシシの被害というのは目の前に迫ってきている喫緊の驚異であり、他人事ではないということだ。だから学びがいがある。
自分の人生を振り返って、「一体あれはなんの意味があったんだ?」と思う授業や知識というのはとても多かった。鋸南町からすると僕は「単なる観光客」に過ぎないし、僕だってそういう認識だ。でも、そんな「観光客にすぎない僕」でさえ、この資料を見るとひしひしとイノシシ被害の怖さ、というのを体感する。そんな迫力がある。
そしてここでようやく気がつくのだった。「あ、イノシシというのはハンティングの対象なんじゃなくて、害獣として駆除されるものなのだ」ということに。
「イノシシ肉は美味しいんだから、どんどん捕獲して流通すれば、地場産業の活性化になるし害獣も駆除できる。一石二鳥ではないか!」
と、これまでは考えていた。そして「なぜさっさとそうしないんだ?」という考えさえあった。
しかし実際は違う。あくまでもイノシシやシカというのは「自分ちの田畑を荒らす存在」であり、農家の方々が自衛のために駆除をやっているのだった。
てっきり、狩猟免許を持ったハンターが趣味の延長でやっているのかと思ったけど、そうではない。自分たちが生きていくために、仕方なく害獣対策をやらないといけない、というものだった。
イノシシ対策マニュアルには、「多大なる労力が必要となるので、農家個別でやるのではなく集落全体で対策を打つことが大事」といったことが書かれていた。こうなるともう、自警団だ。
マニュアルによると、イノシシ対策には3つのポイントがあるという。
(1)捕獲
(2)防護柵・追い払い
(3)餌場、隠れ家、通り道をなくす
このどれが1つだけでは効果が薄く、3つすべてを早期に対策することが大事だと書いてある。被害が増えてからだと効果が出づらいという。
なるほど。つまり「ジビエ料理おいしい!」なんて呑気に都会の人が言っているのは、あくまでも(1)捕獲の結果であって、農家最前線の人たちからすると対策のいち要素に過ぎないわけだ。
このことを理解しただけでも、今回のワークショップに参加した意義があった。
「オーエスピー商会」の商品パンフレットを開いてみて、「ほー」と思わず声が出た。これ、わなの商品カタログだ。そうか、そりゃそうだよな、ホームセンターに行ってもわななんて売っていないだろうし、わなを作っているメーカーがあって当然だ。
わなといってもたくさん種類があるものだな。長さも、サイズも豊富だ。
そうやって既製品のわながあるけれど、今日の「わなワークショップ」では実際にわなを作るのだという。
なんで?と思ったが、講師の方に聞いてみたら「自分で作ったほうが安いので、買ってくることはない」と教えてくれた。へえ、そういうものなのか。
くくりわなは数回使うともうあちこちが傷んでくるので、消耗品なのだという。そのつど新品のわなを買っていたらきりがないので、DIYで作ってしまうのだという。
今回のワークショップの講師を務めてくださったのは、「鋸南町地域おこし協力隊」の方だった。名前は聞いたことがあるけれど、実際にお目にかかるのは初めてだ。JICAがやっている「海外協力隊」の日本国内版、みたいなものだろうか?
話を聞いてみると、もともとは山岳ガイドをやっていた方で、今回鋸南町の地域おこし協力隊として移住し、地域おこしのお手伝いをやっているのだという。それはすごい転身だ、山岳ガイドからハンターとは。もちろん、「山のなかで行動する」という点では共通しているけれど。
気になったので後になってこの「地域おこし協力隊」なるものを調べてみた。
https://www.iju-join.jp/chiikiokoshi/index.html
全国あちこちの自治体が「地域おこし協力隊」を募集し受け入れていて条件は様々あるようだけど、鋸南町の場合は「町長からの委嘱で、町と雇用契約はない(=住民税、所得税、健康保険料、国民年金保険料、介護保険料等は自分で払う必要がある)」という点で「なるほど」と思った。個人商店としてやっているコンサルタントが請負契約でクライアントと契約するようなものだ。
給料は1日7.5時間✕20営業日を標準として、月額225,000円(令和3年度募集の場合)。ここから税金等を差っ引くと、手取りは20万円を下回ることになる。おそらく町役場から、安く住居の斡旋をしてもらえたり便宜はあるのだろうけど、それでも結構たいへんだ。お金目当てでは到底務まらない仕事だ。
鋸南町の場合、迫りくる害獣を食い止める!ということにやり甲斐を感じる人が応募するだろう。しかし、単なる過疎の自治体だと、高くはない給料で協力隊員を招聘するだけのPRポイントがなくて大変なはずだ。さすがに高給で人を呼び寄せることはできないはずだ。住民からイヤミを言われて村八分にされる将来が目に見える。
募集要項には、年齢制限の記載もあった。「着任時20歳~45歳」だという。リタイヤないしセミリタイアした人はいらない、と明確に宣言していらっしゃる。若くて動ける人限定、というわけだ。それで、任期終了したら鋸南町に定住することを前提とした人を募集しているのだから、なかなか強気の募集といえる。採用期間の副業は禁止だし、協力隊の応募には他自治体との併願は禁止となっている。
今どきそんな厳しい条件で、ピンポイントで自分のところの自治体を選んでもらえるのだろうか?・・・と他人事ながら心配になるが、雇う自治体としても「しっかり動ける人でなくては困る」という事情がある。該当者なしならなしで仕方がない、という覚悟なのだろう。
自治体の事情をあれこれ推測のはやめにしよう。
ワークショップが始まった。簡単に参加者全員の自己紹介があったのだけど、さすがに東京からやってきている人は少なく、千葉県内からの参加が多かった。そして、「自分のところもイノシシにやられていて困っている、資格を取ろうと思っている」とか「わなの資格は持っているけれど実際に活用したことがない」というガチ勢の方が多かった。
僕みたいに「興味があるので参加しました」というだけの理由だと、ちょっと申し訳ない気持ちになる。せめて、このサイトで記事にすることで、害獣被害について関心を持つ人が広まればいいと思う。それが僕なりの使命だ。
とはいっても、「千葉県イノシシ対策マニュアル」や「イノシシ・ニホンジカわな捕獲マニュアル」という素晴らしい内容の冊子がすでに存在しているので、僕が敢えてここで書き加えることはない。
もし、害獣駆除に興味があるなら、面倒でもぜひこのマニュアルを読んでみてほしい。サイズがでかい関係でzipファイルで圧縮されていて、読むのに少し手間がかかるけど。
https://www.pref.chiba.lg.jp/noushin/choujuu/yuugai/
https://www.pref.chiba.lg.jp/shizen/choujuu/manual/hokaku_manual.html
午前中はわなを作製する、ということで自分のテーブルにはドライバーやペンチ、そしてなにやらパーツ類が置かれている。塩ビパイプ?これがわな?
わなを買うと高くつくので、DIYで作るんだ・・・という話は聞いたが、まさか本当に普通の塩ビパイプを使うとは。
どういう仕組みになっているのかよくわからないまま、言われるままに制作していく。
制作、といっても大したことはない。塩ビパイプを切るところからはじめると大変だけど、ネジで止める程度のところまでは事前に作ってくれていたから。
パイプとほぼピッタリのサイズの丸い板に金具を取り付け、さらにそこに可動式の溝つきパーツを取り付ける。
なんだかわなっぽくなってきた。ははーん、どうやらこのパイプを地面に埋設して、イノシシやシカが板を踏み抜いたらバチッと溝つき塩ビ管が脚を締め付ける、というわけか。
・・・いや、無理でしょうそれは。巨漢のイノシシやシカを逃さないようにするには、この細いパイプだとすぐに外れてしまう。どういうことだろう??
なお、この塩ビパイプ、ちゃんと直径の規制があるのだと教えてもらった。一般的には直径12センチ以内だという。パイプの直径が大きいほうが害獣の捕獲率が上がりそうなのに、なんで?うっかり人間が踏み抜いたらまずいから?と不思議だったけど、人間様への配慮ではなくクマへの配慮だとしってびっくりした。クマは捕獲してはいけない動物に指定されているので、12センチ以上のくくりわなは禁止なのだ、と。12センチよりも直径が小さいと、クマはひっかからないけれどイノシシとシカなら引っかかるサイズになる。
なお、鋸南町の場合、ツキノワグマは生息していないということでこの原則が解除されていて、正確な数字はわすれたけれど14センチくらいの輪でわなを作っているそうだ。
なんともわなっぽくない塩ビパイプとその中に収まるパーツをパカパカといわせていたら、次にバネとワイヤーを取り付けるのだという。
ああそりゃそうだよね、わなが作動するためにはバネが必要だ。あと、このわなごと害獣が逃げたら意味がないので、わなを固定するためのワイヤーが必要だ。
塩ビパイプのピースフルな雰囲気から一転、今度は何やらものすごい武器が出てきた。武器じゃないな、これはワイヤーをかしめるための器具だ。物々しいったらありゃしない。
なるほど、「てこの原理」というのはこういうところでうまく機能するのか!と目で見る物理学の印象を持つ。赤い取っ手のなんと大きなことよ。これをギューッと締め上げれば、さしものワイヤーも密着するわけだな。
これを持ち歩いていても「銃刀法違反」にはならないだろうけど、立派な鈍器で人を殺傷するのは簡単だ。お巡りさんに声をかけられたら、職務質問じゃ済まなくて署に連行されるレベル。
ちなみにこれから作ろうとしているのは、写真奥に見えるワイヤー。
まずはワイヤーの端に小さな輪っかを作る。
ワイヤーは硬いので、ビニールテープで輪っかを留めました、程度ではすぐに解ける。そのために先ほどの工具が登場ですよ。
「ワイヤー止め」という筒状ステンレス金具にワイヤーの先を押し込んで、その状態で金具をギューっと。
すると、このようにワイヤーの先が完全に固定される。はー、そんな仕組みなのか!
いちいち驚かされる。
ちなみに、くくりわなに適したワイヤーの太さというのも聞いた気がするけれど、覚えていない。釣りと一緒で、太いと切れないかわりに目立つし、細いと目立たないけど切れる。
このワイヤーで害獣の脚を締め上げることになるので、あまり細いと動物の脚がちぎれてしまう。
(つづく)
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