17:10
ジュースが並んでいる自販機だけど、よく見ると1つ脱出を図ろうとしている缶がある。
ドライゼロだった。
ジュースの中で、唯一「ノンアルコールビール」というアルコールもどきが紛れ込んでいるので、居心地が悪くなったのかもしれない。
それにしても、こういう商品ラインナップにしているのは、民宿街ならではかもしれない。この界隈にはコンビニがないので、宿でお酒を頼むか、宿の中に自販機があればそれに頼るしかない。
幸い、僕が泊まる旅館松葉には自販機があって、ドライゼロも取り扱いがある。わざわざここまで買いにこなくて済みそうだ。
民宿街を歩く。
鹿の湯が臨時休業中を告げる捨て看板が見える。2月23日オープン、とのこと。
17:10
鹿の湯臨時休業中の看板の脇から、地下に潜っていく階段がある。
前回この地で療養したときも、ここは探検したはずだ。
私有地のようだけど、ちゃんと観光客向けに案内看板が出ているので入ってよいのだろう。
「でき穴」という名前で、崖下に洞窟があったのだという。その洞窟は殺生石から、この先川沿いに下っていったところにある喰初寺まで続いていたという伝承がある。
地図で見てみると、結構距離がある。本当にここまで洞窟があったとは驚きだが、本当だろうか。今となっては穴がふさがってしまい、もうわからなくなっている。
そんなでき穴には、お稲荷さんが祀られている。洞窟の出口があると伝えられている喰初寺にも稲荷神社があるからだろう。
この場所自体は建物の半地下、という場所でコンクリートで固められている。そのため、洞窟探検をしているような風情はない。
こんなコンクリート柱を建てるくらいだから、昔はこの頭上に何か建物が建っていたのだろう。温泉旅館のようなものがあったのかもしれない。しかし、今となっては跡形もない。
17:46
17時半から、宿の夕食。山小屋の食事のように早いけれど、片付け終わったらご主人は自宅に帰るからこの時間帯はやむを得ない。
むしろ、18時過ぎにはご飯を食べ終え、そこから先長い夜をじっくりと、静かに一人で過ごせるのでありがたい。
ご飯がおひつに入って出てきたけど、結構な量だ。よしまかせろ、全部食べるぞ。
17:52
でもその前に、ドライゼロでくはーっと。いいねえ、温泉上がりのノンアルコールビール。
宿の玄関脇にあった自販機で冷えたやつをガツンと2本、調達できたので良かった。食事処に飲み物を持ち込んだ形になるけれど、宿の自販機で買ったものだから問題はないだろう。
ノンアルコールビールは、2本くらいまでがちょうどいいな。3本目になると、お金を無駄にしている浪費感と、それに伴う罪悪感がだんだん出てくる。水でいいじゃないか、って思えてくる。何しろ、飲んでも飲んでも酔わないから。
1本目は、爽快感がたまらない。2本目は、惰性。3本目は、罪悪感。気分の急上昇のあと、なだらかにテンションが下がっていく。学校の授業で習った「限界効用逓減の法則」というのをもっとも実感できるのが、ノンアルコールビールなんじゃあるまいか?
お酒を嗜まない僕にとっては無縁だけれど、「那須地方の地酒」なんてメニューが卓上にあった。
「天鷹」「大邦」「旭興」「池鶴」などがある。
杉樽に詰めて寝かせた樽酒もあって、いいねぇ、と思う。
その他、新潟から越境で八海山もある。
そして、銘柄なしの「ハウスワイン」的な存在の「日本酒本醸造」が130ml400円。
多分昔の僕なら、1杯目は「地酒4種類飲み比べ」を選んで、2杯目からはこの謎の日本酒を選んでいたと思う。
18:13
食後のデザートは、「水信玄餅」みたいなものだった。手作りだという。へえ、これは貴重なものをいただいた。
20:06
食後、部屋に戻って一休みする。風呂に入ることも療養、部屋で休むことも療養、ご飯を食べることも療養。ここで過ごす時間全てが、癒やしだ。
大げさでもなく、本気でそう思う。家で過ごしたってこうはいかない。テレビを見よう、とか、汚れが気になるから台所を掃除しよう、とかあれこれ気になることが出てきてしまうから。
20時頃、再度お風呂に行く。
滝乃湯が開いているのは23時まで。23時前に「この日最後の仕上げ湯」を楽しむ予定なので、じゃあその前にもう一回お風呂に入るなら早くしなくちゃ!という逆算が成り立つ。
「風呂に入るの?入らないの?」と逡巡はさせない。「寝る前にあと2回お風呂だよね。だったら20時前にはお風呂に行かなくちゃね」とビシビシ段取りが決まっていく。それこそが、今の僕にとっては心の平安だ。
心が平安になったついでに、以前から気になっていた滝乃湯の2つの湯船について観察してみた。
脱衣所のほうが「ぬるめ」で、奥のほうが「あつめ」となっている。でも、そのコントロールがどのようにして行われているのか、よくわからない。
源泉はすごく熱い。しばらく誰も入浴していなかったら、どっちの浴槽もアツアツになる。なので、源泉が注ぎ込まれている赤いバルブを開閉して、湯量を減らしたりする。熱い湯の供給を減らし、自然放熱で冷めるのを待つ。
で、このバルブなのだけど、2つの湯船に対して1つしかない。じゃあ、どうやって「ぬるめ」と「あつめ」の温度差が生まれるのだろう?
それは、給湯口を塞いでいる杭の差し込み具合で決まっているようだった。ぐっと奥まで差し込むと、お湯の出が悪くなる。一方で、ゆるく差し込むだけなら、お湯は杭と穴の隙間からドバドバ出てくる。その差だ。
・・・という理解でいたけれど、試しに杭を抜いてみてそれだけじゃないことに気がついた。
この杭、単なる木の棒じゃないんだな。
先が鉛筆のように削られて尖っているし、途中に穴が開いている。なんだこの穴?
その穴の正体は、棒の向きを変えてみてわかった。あっ、鉛筆の芯にあたる場所にも、穴がある。
つまり、横穴と竪穴は棒の中で繋がっているのだった。
温泉は、差し込まれたこの棒の竪穴を通って、途中から横穴にあふれ出て、湯船に注がれる。これで微妙な湯加減のコントロールができるようになっているのだった。長年培ってきた知恵だろう。
(つづく)
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