いいぞォ、山小屋はいいぞォ【仙丈ヶ岳】

15:11
馬ノ背ヒュッテの寝床。

敷布団も毛布、掛け布団も毛布というスタイルは初めて見た。

毛布といえばふわっとしたシルエットの生地だけど、ここの毛布はピシッと畳まれ、整然と並べられている。真面目さが伝わってくる、毛布。

でも、ここでピシっとしておかないと、夜になって客同士が寝床の陣取り合戦をはじめてしまいけんかになる。「お前の寝床はここだ」と明確に指示を出す、というのは山小屋運営のイロハだと思う。

なにせ狭い寝床だ。一晩、ここにいる人全てが連帯責任をとることになる。誰か一人でもいびきをかく人がいたら、全員がそれに苦しめられる。誰か寝相が悪い人がいたら、その隣の人が割を食い、そのさらに隣の人も少しずつ狭くなる。

狭い空間に密集、そして山の屋外は夏でも寒いので、窓は締め切りっぱなしだ。人の熱気と湿気がものすごく、息苦しい一晩を過ごすことになる。「快適な山小屋」なんて概念は、少なくとも雑魚寝スタイルの宿において存在しない、と思う。

そんなわけで、いら立った人がいつ、けんかをおっぱじめるかわからない。僕はこれまで一度もそういう事件に遭遇したことはないけれど、きっとどこかで勃発していると思う。

だからこそ、お互いの縄張りは明確にする。これが大事だ。この山小屋の毛布がピシっとしているのは、まさにそう。最初から気を利かせて掛け布団を広げていたら、あっという間に一人ひとりの境界線が曖昧になって、もめる。

【2020年8月記載】
そんなわけで、山小屋というのはある意味日本でもっとも「三密を、長時間キープする」空間といえる。いくら寝ている間もマスクをしてくれ、と指導をしてもコロナウイルス対策にはならない。完全予約制で宿泊客を大幅に減らし、しかも雨だろうがなんだろうが換気に気をつけるしかない。布団の衛生管理は、「マイ寝袋持参必須」にして布団そのものを廃止するか、寝袋は大げさだとしてもシーツを持参させるか。

でも、それらすべてが「これまでの山小屋経営」とはかけ離れたものだ。幸い、2020年夏山シーズンにおいては多くの山小屋が営業を行っている。南アルプスは壊滅に近いほど休業しているけど、北アルプスは「あれっ?コロナは?」と心配になるほど、営業をやっている。

しかし、コロナ対応でどこもかなり苦労しているはずだ。今年はなんとかなったとしても、来年は果たしてどうだろうか?山小屋というのは、その山域の守り神的な位置づけとなる。登山者の休息場所であるだけでなく、緊急避難先でもあるし、界隈の登山道整備など山の保全も山小屋が担っている。

コロナ⇒山小屋が営業継続困難に⇒登山道が荒廃

なんてことになりかねない。コロナは「夜の接待を伴う飲食店」などで問題になっているんじゃない、今まさに自然豊かな山も危機に陥っている。

いくら山小屋側が衛生管理に気をつけていても、「三密の極み」な場所である以上いずれは山小屋発の感染者が出る可能性がある。しかもその場合は、結構なクラスターとして。もしそういう事態になったら、全国の山小屋が一斉に対策を求められて、詰んでしまうかもしれない。

当たり前のように存在する山小屋が、当たり前ではなくなるかもしれない怖さが、現在進行形の話として存在する。

馬ノ背ヒュッテの寝床

寝床は、三列にずらっと並んでいる。布団の縦同士には、わずかに隙間が開けられていて通路になっている。ここにうかつに眼鏡を置いて寝たら、確実に人に踏まれてしまう。山小屋泊の場合、眼鏡をどこに置いて寝るかは大事なことだ。うっかり通路に置いて誰かに破壊されたら、それ以降の行程にものすごく支障がでる。眼鏡がないというのは、捻挫レベル以上の山岳事故だ。

この宿がしっかりしているのは、一つ一つの布団に番号札が乗せられていて、しかもそれに名字が書き込まれていることだ。寝床間違いが発生しないようにしている。さすが完全予約制の宿だ。

なんだ、これだけのスペースがあるならば余裕じゃないか!と、部屋を見渡した僕は勝利宣言をしてしまった。「枕の幅しか寝床がないんですけど?」状態の山小屋もある一方で、ここならちゃんと肩幅くらいのスペースがある。

寝返りはとりあえずうてそうだ。でも、寝る姿勢はあくまでも直立不動のままで。膝を曲げたいとか、手を横に伸ばしたい、という欲求は社会生活を営む市民として恥ずべきことだ。一晩中、棒のようにまっすぐな姿勢で寝なさい。

夜中、トイレのために起き上がるときもそう。まるで幽体離脱を起こしたときのように、すーっとその場からまっすぐ立ち上がらないといけない。よいしょ、と身体をよじりながら起きるだなんて、周りの迷惑でしかない。くれぐれも躍動感を出さないこと。地味に、さりげなく。

人気の山・仙丈ヶ岳の人気の山小屋だ。もっとひどい混み方をするかと思っていただけに、これなら一安心だ。しかも、今日はもう時期外れの10月。あわよくば、この布団が全部埋まらずに両隣が空いているかもしれない。そうだったら嬉しいなあ、どうかなあ。

ちなみに僕が寝るスペースは壁際右端から2番目。

うーん、いざ自分の寝床そのものを見ると、なんとなく狭く感じる。あれ?おかしいな、他の寝床よりも、自分の寝床は狭くないか?なんて濡れ衣をきせてしまう。

15:14
自分の寝床に陣取ってみる。

幸い、両隣の人はまだ到着していない。だからこうやってあぐらをかくことができる。

しかしそれも時間の問題だ、夜になったら善良なる一市民として、僕はピンと背筋を伸ばした姿勢になるんだ。

それにしても、やっぱり狭いなこれは。座ってみて、改めてそう実感する。

だいたい人間の肩幅は60cmで計算されるけれど、あぐらをかくと膝と膝の間隔は肩幅よりも広がる。80センチくらいは必要だ。

いまのうちに、自分の布団を敷いてみる。

明るいうちに睡眠時のシミュレーションをやっておきたかったのと、今のうちに領土をしっかりと主張しておきたかったからだ。

何も、両隣の領土を微妙に侵犯しようなどと邪なことは考えていない。しかし、遅い時間になってから布団を用意しようとすると、既に両隣で人が寝ていて布団が敷けない・自分の寝場所が奪われているという可能性がある。

早く着いたからには、早く寝床を確保する。これは山小屋の鉄則だ。

それにしても、やっぱり狭いな。枕が小さいから横幅があるように見えるけれど、実際は幅がさほど広くはない。

掛け布団の毛布は、あえてわざとくちゃっとさせておいた。生活感を滲み出して置いたほうが、両隣の人に対する「ここに人がいますよ」PRになるかな?と思ったからだ。発想がセコい。

馬ノ背ヒュッテの地図。

寝床は確保したので、界隈の探検に出かけることにした。なので、まずは地図を確認だ。

水場とトイレは建物の外側にある。なので、雨でも台風でも、糞尿を催す限り人間は屋外に出なくちゃいけない。その都度、「ああ、人間っていうのは大自然の中で生かされているのだなあ」と強く実感するはずだ。明かりがないので、ヘッドライト持参は必須だし。

15:31
結構雨が本格的に降り始めた。早めの山小屋着にしておいてよかった。

ヒュッテの玄関先で記念写真を撮る。

腰から下は同じ格好だけど、上着は着替え済みだ。汗をかいたまま小屋にいるのはイヤだから。でも、今回タイツをはいて登山をしてみて思ったが、山小屋に着いたらタイツを脱ぎたいよな。女性ではないので、ストッキングのように肌に密着した衣服というのは履き慣れていない。ああ、脱ぎたい。

じゃあ脱げばいいのに、と思われるだろうが、さすがここまで標高を上げてくると、寒いのですよ。短パン素足、というのはちょっときついっすよ。

そんなわけで、せめて上着を、とウィンドブレーカーを羽織っている。寒いからだ。

今日は行かなかった、仙丈小屋に通じる道。つまり山頂への道でもある。

そんな道の手前に、

仙丈小屋の水場は涸れました。水の補給は馬ノ背ヒュッテにて行って下さい。 仙丈小屋

と書かれた木の板がくくりつけてあった。山頂直下という風光明媚なシチュエーションの山小屋だけど、その分水の確保には苦労しているようだ。

で、頼みの綱ともいえる馬ノ背ヒュッテの水場。

潤沢に水が手に入るからだろう、「水は1リットル100円です」と有料にはなっていない。

しかし、よく見るとシンク脇には

生水の為 煮沸して飲用して頂く事をおすすめします。

と書いてあった。これを飲み水にしようと思ったら大変だ、沸かして、冷まして飲むことになる。

カップラーメンを作って食べるだけなら、これでもなんとかなるけれど、喉が渇くよねえ。

(つづく)

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