10:27
標高が上がるにつれて、草木が色づいてきた。
標高が上がるといったって、まだまだ全然稼げていないのだけれど。
登山よりも自転車の方がスイスイと標高を稼げるイメージがあるけれど、案外そうではないものだ。登山道だと一気に直登できるけれど、車道を走る自転車は大きく大きくつづら折れをしながらゆっくりと標高を上げていく。しかも、自転車のギアは一番低い状態にほぼ固定で、漕いでも漕いでもなかなか前に進まない。
10:33
道中何もない森の中の道、だと思って前に進んでいたら、唐突にバス停が現れてちょっとびっくりした。
「乗鞍高原自然園」と書かれた木の看板も。
バス停には「東大ヒュッテ口」と記されていた。ここから森の中を分け入っていけば、「東大ヒュッテ」なる建物があるという。
さすが東大だな、こういうところに自前の設備を持っているなんて。
興味を持って調べてみたら、東大ヒュッテの正式名称は「スポーティア乗鞍寮」だった。東京大学運動会が運営していて、剣道部や合気道部といった部が寮の運営スタッフを派遣しているそうだ。「寮長」がいて、寮長不在のときは総務の最高学年学生が「寮長代」を務める、などと体育会的ルールがしっかり定められている。
学部学生で運動会所属の場合は1泊2,400円、夕食と朝食が1,500円だ。山の値段としては激安。さすが。
10:35
このあたりは道路の傾斜がかなりきつい。
一貫して「マジでこの坂登るのー?」という坂ばっかりなんだけど、時々一番ローギアにしても自転車が前に進まない場面もあった。そうなると押して歩くしかない。
自転車を押すんだったら、まだ手ぶらで歩いた方がマシだ。押しながら、「一体自分は何をやっているのだろう」という気になる。
10:56
スキーゲレンデを横切る。
乗鞍高原は乗鞍高原観光センターからちょっと登ったところを終点にスキーゲレンデが伸びている。休暇村にもゲレンデは枝分かれしていて、まだまだこの先山の上まで続いている。
夏なのでリフトは動いていないけれど、僕らが一生懸命自転車でよじ登っているところを冬はやすやすと通過できる、という事実がなんだか悔しい。
「そうか、僕らはこれだけ頑張ったのにまだゲレンデがある地点にいるのか」という気持ちもある。ゲレンデを振り払って、その先の高みに行ってこそ満足感が得られるだろう。たぶん。
常に遅れ気味のいしをときどき待っていると、決まって「私に構わないで先に行っててください!」と言われる。自分自身の疲労と息切れも相まって、とても苛立っているように聞こえるのでびびる。
この人、富士登山のときもそうだったけど、「待たれる」のがとてもイヤに感じるらしい。
僕はバディを組んでいる以上ペースをあわせるのが当然だと思っているのだけど、いしは「マイペースにいかせてくれ。同伴されると疲れる」と感じている。
しかしそうはいっても、僕一人でどんどん前に行ってしまったんじゃなんのためのサイクリング旅行なんだかわからない。いしに怒られない程度に、距離を空けつつ、時々距離を縮めつつ登っていく。
それにしても我が脚力は圧勝ではないか。12歳年下の、しかも立ち仕事中心のエッセンシャルワーカーよりも体力があるぞ。これは意外だった。
富士山のときは、「まあ僕は登山経験があるから、ペース配分のコツがわかっているんだろう」と思っていた。しかし今回、僕も馴染みがないヒルクライムツーリングとなると立場はフラットだ。それでもやっぱり、僕の方が速い。これはどうしたことか。僕なんて小中高大学とまったく運動をやってこなかったのに。
これが天賦の才なのか、などと思うわけもなく、からくりを考えてみた。すると思い当たることが一つあった。ああそうだ、僕、今年に入ってから10キロ以上激ヤセしたんだった。いしとの関係が始まってから、あれやこれや忙しくて猛烈に痩せたんだった。
激やせすると人間どうなるか。服のサイズが変わるとか、見た目がシュッとして若返る、というだけでなく、脚力が強くなった感じがする。というのも、これまで脂肪という重たい荷物を背負っていた状態から開放されるからだ。たとえば10キロ痩せたら、10キロ分の荷物を肩から下ろしたのと等しい。そりゃあ、スイスイ自転車が漕げるわけだ。
もちろん、体重が落ちる際には筋力も一緒に落ちているはずだ。筋トレして痩せているわけじゃないから。単に食事量が減っただけなので。それでも、体重減による相対的脚力向上効果は素晴らしい。
そんな話を今いしにしたら、疎ましがられそうだ。黙っていよう。息が上がっている人に対してむやみに声がけをしてはいけない。
10:57
道路脇に立て看板があるな?と気がついて近づいてみたら、こんなことが書いてあった。
観光バスの方へ
乗鞍自然環境ビデオ・DVD
無料貸出
希望の方はこの先のゲート前で停車して下さい。
へー、そんな貸出をやってるのか。というか、この先にゲートがあるんだな。
お。なにやら建物が見えてきた。ゲレンデ途中の休憩小屋、兼ドライブインのようだ。
三本滝レストハウス。
この建物の裏手しばらく行ったところに三本滝という滝があるらしい。
10:59
一旦ここで休憩をとることにする。
雨が降っているし、ひたすらきつい上り坂だし、ちょっと軒先で大休止しないと。
バーにマウンテンバイクをひっかけて駐輪。
このマウンテンバイク、これまで乗ったことがある自転車の中で一番乗りやすい。しかし、乗鞍岳の急坂は僕らにとってえげつなく、「これ、ギア比がおかしいんじゃないか?」と自転車のせいにしたくなるような状況だった。
街乗りの自転車でよくあるような、前にも後ろにも変速機がついていて、3✕7=21段変速、みたいな作りにはなっていない。前は変速機なし、後ろのみ変速機だ。確か9段変速だったと思う。
11:01
三本滝レストハウスの軒先から外を眺める。
目の前にゲレンデが広がっているけれど、この傾斜分の標高差は少なくとも僕ら、登らなくちゃいけないんだよな。先が長いなぁ。
駐車場には一般車両が停まっている。ここまではマイカーでの往来も可能。しかしこの先には道路脇に検問所があって、許可された車のみが通行可能の世界になる。ただし、自転車なら環境負荷がかからないので通行可だ。別に通行料金が取られることもない。
11:12
乗鞍観光センターで買った、おにぎり・・・のようなラップでくるんだ味付けご飯を食べる。
どうやら雨はこれからまだ強くなるようだ。今のうちにカロリーを摂取しておかないと、身体が冷えてしまうと身動きつかなくなってしまう。
(つづく)
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