風が強い。そのせいで、おかでんの菅笠が飛ばされてしまった。落下した先は道路脇の崖の下。
取りに行ってもいいけど、ちゃんと崖をよじ登って戻ってこられるのかどうか不安。躊躇してしまった。
躊躇した理由はもう一つあって、ここでわれわれは立ち小便していたんだよな、昨晩から今朝にかけて。うーむ。
とはいっても、菅笠を放置するのは惜しいので、覚悟を決めて崖を下った。木の枝であちこちをひっかいて傷だらけになりながら、数分後には生還。かろうじて登ることができた。
もしここで崖をよじ登れなかったらどうなっていたことか。
「朝7時から行動開始なんだったら、自炊なんてしとれんで」というばばろあ料理長の意見に従って、各自は自分用の食料を調達していた。おかでんとしぶちょおは「五目ラーメン」に松山あげをトッピングしたもの。ばばろあは干皮もちというものだった。あと、全員用に目玉焼き。玉子は偉大だな、簡単にできるおかずだ。ナマでご飯にかけても良いし、そのままフライパンに割り入れたら目玉焼きだし、混ぜるとスクランブルエッグだ。
朝食準備中の一同。
ばばろあの朝食は餅なので火を使わないが、おかでんとしぶちょおはラーメンなので火を使わなければならない。
おかでんはEPIのガスストーブを使ったが、しぶちょおは自前のガスストーブで調理していた。
「(山に登ったりして、EPIを使っている)おかでんからすると邪道かもしれんがね」
といいながら、しぶちょおは自分のストーブを見せる。それは、家庭用カセットコンロをアウトドア用ガスストーブとして使える簡易的なガスストーブアタッチメントだった。
「ホームセンターで売ってた。これだとランニングコストが安くすむ」
なるほど、確かにそうだ。一般的なガスストーブのカートリッジは結構値段がかさむ。家庭用カセットコンロの2倍以上だ。しかしそんなに美味い話があるのだろうか。恐らく何か課題があって実践的アウトドアには向かないのだと思われる。火力が足りないとか、耐久性が・・・・
うわあ。言ってるそばからしぶちょおのガスストーブから出火。ストーブとカセットがきっちりと接合されていなかったようで、そこからガスが漏れたのだった。
「大変だ!火事だ!」
あわてて消火活動をするしぶちょお。すぐに鎮火したが、これ以降の旅でこのストーブが再びお目見えすることはなかった。
[26番札所 金剛頂寺(こんごうちょうじ) 高知県室戸市]
朝7時を回った時点で朝食及びテントの撤収が完了したので、3日目の巡礼を開始することにした。
一発目は、もちろん26番札所金剛頂寺。われわれはこのお寺の駐車場で寝泊まりしていたので、石段を登ればすぐの札所だ。
この時間にしてすでに先客が1名いたのには驚いたが、それはおいといてほとんど境内に人がいないというのはとても気持ちが良い。まだ5月前ということもあって、早朝ならではの涼しさと、雨上がりの清々しさと、人がほとんど居ないことによる落ち着き。
「いやあ、寺は朝に限るねえ」
「寺は朝、だな」
一同、この状況を褒め称える。
「ありがたいなあ」
「ありがたいねぇ」
次の札所神峯寺(こうのみねじ)まで31km。車で約1時間の距離になる。
この札所は歩き遍路にとっては難所として名高い。標高630m、距離にして4kmの山道を登っていかないといけないからだ。あまりに道中が険しいので「真っ縦」という異名を持つ。
四国八十八カ所には「遍路転がし」という、歩き遍路泣かせの急坂が何カ所かある。われわれが車であってもビビった「藤井寺」から「焼山寺」への道がもっとも有名だが、この神峯寺への参道も遍路転がしのひとつ。
われわれは車の車輪を転がしながら登っていったので楽なのだが、海沿いでほぼ標高ゼロのところからぐいーっと630mまで登るのはさすがに「すげーな、おい」という声をあげざるをえなかった。「絶対歩きたくない」という声が車内で聞かれたくらいだ。
駐車場に車を停めても、そこからまだ歩きがある。われわれも転がされないように気をつけないと。
[27番札所 神峯寺(こうのみねじ) 高知県安田町]
しばらく歩いた先に仁王門。27番札所神峯寺に到着。無事「転ばされる」事なく到着。
仁王門をくぐった先にすぐ本堂と大師堂があると思っていたら、そこには納経所しかなかった。お堂はまだ山の上だという。本気で山頂まで登らせる気だな。
急な階段を上る。「定年退職後は車でお遍路するのが夢です。車だったら楽に回れるでしょう?どうせ時間は有り余ってますし」なんて人の夢と希望を打ち砕く急坂。いくら車遍路でも、足腰がしっかりしていないとダメです。
城跡巡りが趣味であるばばろあが、やけに石垣に反応する。
「これはよくできた石垣で?こんなに丁寧に積むのは大変なんじゃけえ。おいしぶちょお、写真撮っといてくれ。これはいい」
確かに、隙間無くみっちり石が組まれているのはわかるのだが、素人であるおかでんにとっては何がどう凄いのかまでは全く分からなかった。でも、ばばろあは興奮まっただ中。
彼は車中でも、「あ、あの山には絶対城跡があるで」「この山はどうかなあ、あの山の形だと多分城があったはず」などと一人興奮気味で「山解説」を行っていた。これまた素人目では全くわからないのだが、ばばろあ曰く砦や山城を造りやすい山とそうでない山があるそうだ。周囲の環境とか、山の高さとか、形とかいろいろあるんだそうで。奥が深いなあ。
そんな彼は、時折暇を見つけては何の変哲もない山に突撃し、山城の跡(といっても石垣や礎石が残っている程度)を写真やスケッチで記録する趣味を持っている。道無き道を藪漕ぎしてよじ登っているので、登攀技術は下手な山登り趣味の人より上だろう。ただし彼は「山城」が好きなのであって、「登山」は趣味ではない。
境内に神社があって、神仏習合の名残を感じさせる。
神社側から駐車場に向かって降りていくと、仁王門を通らずに鳥居をくぐることになるのがちょっと不思議。
写真を見ればわかるとおり、右の階段には鳥居、左の階段には仁王門が待ちかまえている。
ちなみに神社へのお参りは謹んで遠慮させていただいた。ここにも結構きつい階段が待ちかまえていたので。
神峯寺から眼下を見下ろしたところ。
海が見える。太平洋だ。そういえば巡礼三日目にして初めて海を見たな。昨日は室戸岬の灯台まで行っておきながら海を見そびれたからなあ。
こうやって見ると大して標高差が無いように見えるが、侮ってはいかん。車でもキツい坂だと思うくらいだから、歩き遍路にとっては過酷な試練となる道だ。
[28番札所 大日寺(だいにちじ) 高知県野市町]
41km走って28番札所大日寺。
ここから先、高知市近辺になるとお寺がある程度密集してくる。札を打つには最適タイムの幕開けだ。
ここの駐車場も有料パーキング。ありがたくお賽銭として300円也をお支払いしていざお堂へ。
大日寺本堂。
シンプルな造りだが、力強く広がる屋根が印象的だ。
われわれはしばらくここで時間調整をする。
何の時間調整かというと・・・
先ほどと同じく仁王門前で撮影した写真。
アングルもほとんど一緒、ポーズも一緒。
ただし・・・真ん中のしぶちょおの背後から顔を出す人が。
ちぇるのぶ登場。
ちぇるのぶは所用のため初日からの参加ができなかった。そのかわり、ムーンライト高知(夜行の快速列車)に揺られて高知入りし、ここまで各種交通機関を乗り継いでやってきたのだった。
合流に手間取ったり、すれ違ったりすると大変に面倒な事になるなと思っていたのだが、それほどタイムロスすることなく合流できたのは幸運だった。
さらに幸運だったのは、この札所には門前に売店があり、遍路道具一式を取り扱っていたことだった。早速ちぇるのぶは白衣や金剛杖を購入する。さあ、4名にメンバーが増えたことだし、気持ちを新たに先に進もうではないか。
・・・その前に、まずアワレみカーの後部座席を整理しないと。荷物山積で、4人目が据わる場所が無いぞ。
[29番札所 国分寺(こくぶんじ) 高知県南国市]
アワレみ隊巡礼部隊が4名に増えて最初にそろってお参りしたのが29番国分寺。大日寺から9km。
朝起きた時点では「昼頃までは大丈夫だな」と思っていた天気だったが、昼を待たずして雨が降り出した。またもや雨天巡礼だ。
・・・まあ、歩き遍路の人の苦労を思えばこれくらいたいしたことない。
そう思うことにする。それにしても憂鬱になるな。菅笠、確かに顔は濡れなくて良いのだけど、首から下は全くの無防備なのでびしょ濡れだ。じとじとしてあまり気持ちの良いものではない。
国分寺本堂。
1558年に長宗我部国親・元親親子が再建したものということで、国の重要文化財に指定されている。
[30番札所 善楽寺(ざんらくじ) 高知県高知市]
止まない雨の中、7km走って善楽寺へ。
しぶちょおは最初の頃は傘をさしていたのだが、うっとおしくなったらしく傘を諦めた。タオルを頭にまいて、巡礼に臨む覚悟。これだと眼鏡に雨粒がついて視界が悪いと思うのだが、彼は何も言わなかった。
そういえばここから「高知市」に突入。今までも十分高知だったわけだが、高知市、に来たことによって「ああ高知だなあ」という気持ちをより一層新たにしたのだった。
[31番札所 竹林寺(ちくりんじ) 高知県高知市]
7km進んで31番竹林寺。
竹林に覆われたお寺かと思ったが、そういうわけでもなかった。昔は竹林だったのだろうか。
記念撮影は、竹をイメージして。
仁王門手前に納経所がある、ちょっと変わったスタイルの境内。
慣れないお経に苦労するちぇるのぶ。2日前にはわれわれも通った道だ。精進あるのみ。じき慣れるし、覚える。
・・・と思ったら、この男あっという間にお経を覚えてしまった。もともと記憶力に長けた人物だったが、お経も簡単に覚えるとは。ただ、天賦の才能というだけでなく努力もしていて、暇な車中、後部座席でずっとお経を暗記していた。
初日から参加している3名は着崩れたり雨のせいで白衣がヘロヘロになっているが、まだ着始めたばかりのちぇるのぶの白衣は折り目正しい。
「新しい白衣もいいもんだな」
と初日組3名、話をする。
[32番札所 禅師峰寺(ぜんじぶじ) 高知県高知市]
雨は降ったり止んだり。安定しない天気だ。ゴールデンウィークは季節の変わり目だからか、雨が降ることがとても多い。それは分かっていたが、雨が降っているとちょっと残念。
ゴールデンウィークを大型連休にして歩き遍路をしようと考えている方、雨具の用意と荷物の防水、暖をとる工夫は必須です。
善楽寺から7km進んで禅師峰寺。ぜんじぶじ、という普通じゃ読めない読み方をする。
記念撮影をしたこの仁王門、金剛力士像は国の重要文化財だということだったが、その当時は全然そんなことを知らずにスルーしてしまった。
札所はそれぞれ歴史が深いので、あちこちに重要文化財クラスが転がっている。四国一周、博物館巡りをしているようなものか。
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