山上集落の山を行く【御岳山】

診療所

10:36
板張りの長屋風建物に、白い看板が出ていた。

「青梅市委託御岳山診療所」

と書いてある。ああ、お医者さんがここにもあるのか。

風邪を引いた、とかちょっとした怪我をした、といった時にわざわざ下界まで行かなければならないのは大変だ。なので病院があると心強い。

だって、熱でもうろうとしているのに、あの細くて険しい山道を車で運転するのは相当しんどい。というか、危ないからやめなさい。

ケーブルカーに乗れ?そりゃ安全だろうけど、ケーブルカーで下山して、それからどうする?病院までケーブルカーが運んでくれるわけではない。バスに乗って、電車に乗って、病院がある駅まで移動して、そこからタクシー?

都会暮らしの人間というのは「田舎暮らし」に憧れることがあるだろう。庭があって、自家菜園があったりして。実際僕はあれこれ考えてみたことがあるのだけど、結論としては「都心に住まざるをえない」ということになった。

自分に子供がいるならば、子供の教育環境を考えて田舎、ということを考えたはずだ。でも、この歳にして独り身、しかもこれから家を買うとなると、その家に住む年月の多くが「足腰が弱ったジジイ」の期間になる。20代で家を買うならともかく、40代半ばで家を買うならば、田舎暮らしは厳しい。

さてこの診療所だけど、とくに診療科目は標榜していない。離島の病院がそうであるように、基本的には何でも屋状態なのだろう。先生は大変だ。最近は医療現場の判断ミスが裁判沙汰になりやすいので、うかつな判断はできない。かといって、「なんとも言えないから下山して専門医の診察を受けてね」と門前払いをしてしまっては、診療所の意味がない。

診療日と診療時間は、かなりトリッキーだ。

診療日は火曜日と金曜日。
診療時間は14:25~15:15。

つまり、一週間で100分しか先生は診察をしてくれない。

どこか別の病院と掛け持ちしているのだろう。

この集落の住民自体が少ないだろうから、これくらいにせざるをえないのだろう。なので、急患受け付けというよりも、持病を長年持っている人が、薬を定期的に受け取りに行く・・・といった感じなのだと思う。痛み止めの湿布とか、血圧を下げる薬、とか。

観光客が大勢訪れる土日はやっていないので、「何かあったときも安心」というわけではないので注意。

坂道

集落があるからといって、山が平坦なわけではない。結構きつい道をぐいぐいと歩くことになる。

大きな宿坊

10:38
ここも大きな門があるぞ。御嶽山荘、という表札が出ている。

全ての宿坊がそうであるわけではないけれど、建物規模の割にはデカすぎやしませんか?という門を構えている宿坊がちらほらある。威厳がありまくりだ。

そしてここにも、「講」から寄進された?石碑がドカンと建っている。普通のお墓に墓石を立てるだけでかなりのお値段なのに、これだけの規模の石碑を作るって一体どれだけのお金がかかっているんだ?御影石を使っているっぽいし。

新興宗教の巨大&豪華な建物に驚かされることがあるけれど、古来から伝わる宗教だって、地味でもお金がかかっている。

試しに楽天トラベルを調べてみたら、この宿坊が掲載されていたのでびっくりした。あ、そういうものなのか。宿坊というのはもっと秘めたる存在なのかと思っていた。最近は旅館と大差ないのだな。

ちなみにお値段は税込み11,000円から、といったところ。一人泊は・・・あー、選択肢がそもそも用意されていない。2名様以上、だ。11室しかない宿だから、当然といえば当然だけど。

独り身は気楽だけど、こういうときに不自由だ。

そもそも「宿坊」という概念は、仏教のものだと思っていた。精進料理を食べて、朝は早くから起きて座禅を組んだり、お坊さんの法話を聞いたり、っていう場所なのだろう、と。神道の世界でも「宿坊」ってあるのだな。

せっかくだから御嶽山荘の公式サイトを見てみたら、毎朝7時から御嶽神社で神事がある(有料、500円)ので、朝食前にそこに参列することも可能、ということが書いてあった。なるほど、それは惹かれる。朝の山、朝の神社、朝の神事というのはさぞやすがすがしいだろう。

喫茶店

10:38
さらに坂道を登っていくと、「古狸山珈琲」というお店があった。

店頭では招き猫が売られていたり、「玉こん三兄弟」と書かれた、玉こんにゃくを売る屋台も出ている。ただし「閉店 準備中」の張り紙が出ていた。まだ営業を始めないのだろうか。

崖の上の売店

10:39
見上げた崖の上に、「大展望休憩所」の看板。

やー、あんなところに建物がある。確かに崖の上だから大展望だとは思うけども、大雨が降ったら足下がグラグラしそうで怖い。

そうか、今歩いている道はあそこまで登っていくことになるのか。まだ結構登るんだな。

ケヤキ

国の天然記念物、「神代の大ケヤキ」が道路脇にあった。

日本武尊がこの地を訪れた時にはすでに生えていたとされるので、そりゃ確かに「神代」だ。

根元のほうはさーたーあんだぎーのようにモコモコした形になっていて、葉をつけ木に栄養を授ける枝よりも、幹のほうが随分と偉そうに見える。こんなに太る必要があったのか、と思うが、ここまで太ったからこそ、台風でも地震でも火山でも耐えることができたのだろう。

(つづく)

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