まるでお寺!神秘的な宿に泊まる【新鹿沢温泉】

渓谷を見に行く

09:55
休暇村を後にし、湯の丸高原への山道をさらに進んでいく。

休暇村からほど近いところに、「たまだれの滝」という滝があるようなので、立ち寄ってみた。

地図上に「滝」があるなら、そこに立ち寄る。なんとなく、そういうことにしている。

「駐車場から徒歩30分」とかいうなら、さすがに行かない。また、「駐車場は有料です」と言われたら、「そこまでして見なくても」とは思う。その程度の滝好きだ。

ほら、なんか滝を見たらお得感、あるじゃん?

↑バカ丸出しの発言。でも、そんな感じ。

今回立ち寄った「たまだれの滝」は、豪快な名瀑というわけではなさそうだ。でも、「駐車場から歩いて5分」という手軽さが気に入った。目に留まったからには、立ち寄るぞ。

吊橋

長野県と群馬県との県境になる、湯の丸高原。山を下った新鹿沢温泉。その間には遊歩道がある。

展望がすごい、という場所柄ではないと思うが、きっと静かな山歩きが楽しめるだろう。

「湯尻川歩道」という名前なのだが、よく考えて見ると変な名前だ。おそらく温泉が川に注ぎ込まれ、暖かい川だったのだろう。だとしても、「尻」の意味は?お尻を川に浸して、ウォッシュレット代わりにしていたのか?

そういえば、同じ群馬県には「尻焼温泉」という、川そのものが温泉になっている場所がある。痔の治療に良いとかいう話もある。ここもそういう治療が行われていた・・・のか?

つり橋を渡って、川を越える。対岸には、東屋がある。

渓谷

支流の小川に沿って、歩いて行く。7月ということもあって、緑が美しい。標高が1,000メートルを超えている場所なので、夏とはいえ快適。

・・・あ、ここまで読んでくださっている方にひとこと。宿をチェックアウトして以降、今後しばらく続くこの記事は、単なる旅行記です。山場とかもうないので、ご了承を。

豪快な大盛りを食べることもないし、珍しい場所に足を踏み入れることもない。なので、写真だけ斜め見程度で大丈夫です。

渓谷

あれが「たまだれの滝」のようだ。

周囲は苔むしていて、とても心地よい。お弁当を先ほどの東屋で食べて、滝を見て、川を見て、半日過ごすと相当気力が回復しそうな気がする。

いつも、こういう光景を見るたびに「ああ、一日何もしないでのんびり過ごすといいのだけどなあ」と思う。でも、実際にそれをやったためしがない。大抵、観光地をウロチョロしたり、パソコンをいじったりしている。理想と現実は全然合致しない。

渓谷

おう、近づいてみると滝の印象が変わった。

「小さくて、かわいい滝」だと舐めていたけど、これは結構いいぞ。

「やあ、これはこれは案外」

などと意味不明な曖昧な言葉を発しつつ、近寄ってみる。

水量はさほど多くないものの、糸のようにしたたる水流が美しい。

僕の写真テクニック程度でこの美しさなのだから、腕に自信がある人が撮影したらかなりイケてる滝に写るだろう。

渓谷

自分の技術じゃ、この滝をグレイテストに撮影できねぇ!

と、諦めたので、足元の苔を撮影してみる。これもまたあまりに美しかったので。

でも、単なる苔の写真になってしまった。「だから何なんだ!?」という好例。すげえな、平凡の極みだぜ。

鹿沢温泉

10:11
たまだれの滝で癒やされつつも、自分自身のカメラ技術にがっかりして、プラスマイナスゼロという状態で先に進む。

前方に、何やらたくさんの車と建物が見えてきた。結構唐突に。

どうやら、これが「鹿沢温泉」らしい。

 

鹿沢温泉

僕らが宿泊していた「新鹿沢温泉」は、この鹿沢温泉からの引き湯だ。引き湯を供給できるほど、湯量が豊富なのだろう。しかも、鹿澤館は源泉掛け流しだった。

もともとこの地に温泉宿がいくつもあったそうだが、大正時代に火事で焼け、その結果多くの宿が山の麓の地に移転。それが今の「新鹿沢温泉」となっている。

現在は1軒だけ宿が残っていて、それが写真の「紅葉館」。まるで山小屋のような建物だ。

(なお、山小屋というのはびっくりするくらいコンパクトに作られているものなので、こんなに優雅なサイズ感でないものが殆どだ。山小屋をナメてはアカン)

僕はこの宿のことは知っている。「日本秘湯を守る会」の会員宿だからだ。一時、「秘湯を守る会」の宿巡りをしていた時期があったので、秘湯を守る会の宿はあれこれ調べていたものだ。

全10室。

本館と旧館に分かれていて、道路を隔てて建っている。どうやら、道路の下に地下連絡通路があるっぽい。

鹿沢温泉

そんな一軒宿の傍らに、「百番道しるべ観音」と書かれた看板が出ていた。なんだろう、これは。

石像

道ばたに、観音像が立っていた。

「観音様」と言われないと、よくわからない。何しろ、手が何本もある。千手観音かな?と思ってしまう。・・・ああ、千手「観音」なのだから、観音様であるには変わりないのか。

未だに、「どういう格好をしていればどの仏様なのか」というのがさっぱりわからない。現時点で僕が理解できているのは、薬壺を手にしているのが薬師如来、光背に特徴がある阿弥陀如来だけだ。これで「仏教徒」と称しているのだから、お前は一体何を信じているのか?と思う。

なにせ、一応「真言宗」ではあるのだけど、もっとも尊いとされる「大日如来」がどういうお姿なのか、それすら理解していないという有様だ。いや!大日如来は宇宙そのものだから、姿なんてなくてもええんや!ということにしておこう。

嬬恋かるた

百番目の観音様の横に、「嬬恋かるた」があった。

群馬県人、本当にかるたが好きだな。

なお、この百番観音は江戸時代から明治期にかけて建立されたもので、一丁(109m)ごとに仏様が並び、全部で百体あるのだという。ということで、ここから先10.9kmまで、山を越えて長野県まで仏様がいらっしゃる。

(つづく)

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