13:20
小梨平キャンプ場に戻ってきた。
テントは既に撤収していて、炊事場の軒先で干している最中。とはいっても、大して乾きもしないので適当なところで畳んで完全撤収とする。
どうせ、テントにはカラマツの枯れ枝が細かくびっしりと張り付いている。家に帰ってから、シャワーでテント、ポール、ペグ、椅子や机といった諸々のものを洗わないと。
昔、アワレみ隊が頻繁にキャンプをやっていた頃は、「テントを家でメンテナンスする」なんて全くやらなかった。5名くらいは眠れるほどの大きなテントだったせいで、一人で畳んだり広げたりすることができなかったからだ。なにせ、テントを極限まで押しつぶし、小さな収納袋に収めないといけない。そんなことができる場所は一人暮らし用の家にあるわけがなかった。広い、ガレージのような場所が必要だ。
それが今は、メンテナンスが簡単になった。小さくて、軽くて、シンプルな構造のテントを使っているからだ。取り回しが楽になった。一方、住んでいる家はテントとは逆に広くなった。これが大人になる、ということなんだろう。
ただ、昔僕らがやってきたような「大きなテントで、男女問わず雑魚寝」という時代は過去のものになってしまった。それはとても残念だ。
僕がキャンプを始めるきっかけとなった、椎名誠の「わしらは怪しい探検隊」。彼らも、最初は大型テントで雑魚寝するというスタイルだったけど歳を重ねるにつれ個別テントを各自持参で仲間でテント村を作る、というスタイルに切り替わっていった。「しんどい思いをする」テント生活に共感していた僕は、その様子を椎名誠のいろいろな著書で見て、残念に思ったものだ。でも、彼の後追いをした僕も、同じ道を辿っているとは皮肉だ。
でも、今回は1つのテントに相棒が一緒に泊まった。こんなにうれしいことがあろうか。いずれは、さらにメンバーが増えるのかもしれない。ちびっ子が。
お昼ごはんをどうしようか、という話になったが、いしから「貰ったカレーメシを食べましょう」と提案された。僕は「上高地に来たんだから、お昼はどこかホテルとかのレストランかな?」と思っていたのだけど、自炊ときたか。
いしは手堅い。「せっかくだから、あれもこれも外食したい」などと言わない。キャンプ場にチェックインしたときに貰った試供品でいい、というのは渋い。そういえば、彼女が僕の家に入り浸るようになったのは、僕が作った夕食を楽しみにしていたからだ。
そんなわけで、カレーメシを作る。作る、といっても、お湯を注いで5分待てば出来上がるそうだ。
コンビニで売っているのを見たことがあるけれど、買ったことはない。初めて食べる。
お湯を注ぐために、カレーメシの封を開けてみる。
おおう、こういう中身なのか。ちょっとギョッとしてしまった。びっくりしたじゃないかこの野郎。
炊事場のコンクリートはしっとり濡れている。そして、カラマツの葉だらけだ。とてもじゃないが地面に座る気にはなれないので、そのまま立って食事をする。
うん、カレーメシ、そのまんまカレー雑炊だな。案外ありそうでなかった食べ物だ。カップヌードルカレー味で十分じゃないか、とも思うが、俺は麺ではなくメシが食いたいんだ、という人にはいい。
せっかくガスストーブを出してお湯を沸かしているので、そのままコーヒーも淹れて飲むことにした。まだ、持参していたコーヒーの粉が残っていたからだ。
すると、いしが嬉しそうに「お茶請けとして!」といってかばんの中からお菓子を取り出した。五千尺ホテルで買った、「アップルチーズタルトケーキ」だった。
今日何度目のおやつだ?
「コーヒーのお供」のはずだったアップルチーズタルトケーキは、コーヒーがドリップされる前に食べられてしまった。お供じゃないじゃないか。まあ、胃袋の中で一緒になるからいいか。
14:06
すべての荷物をパッキングし、小梨平を後にする。キャンプの場合、行きと帰りだとほとんど荷物の量に変化がない。なので、いざ退却しようとすると、お得感がなくて残念に感じるものだ。
たとえば登山の場合、下山する際は残った水を廃棄するので軽くなる。オートキャンプだと、しこたま買い込んだご馳走や飲み物を消費しきっているので軽い。で、僕らが今回やったような装備の場合、持参した食べ物はたしかに消費されたけど、重さや体積はたいして減っていない。
むしろ、いしが「お土産どうしようかなー」と不穏な「犯行予告」をしきりに口にしている。行きよりも帰りのほうが荷物が多くなりそうだ。
岳沢を振り返る。朝と比べるとガスは少し高い位置に上がり、岳沢の下半分が見えるようになった。吊尾根までは見えていない。
14:14
バスターミナルの近くに荷物一式をデポし、今から大正池を目指すことにした。大正池まで往復し、時間に余裕があれば帝国ホテルの「グリンデルワルト」でお茶だ。
あ。カモがいた。
バードウォッチングだ!
でも、カモを見ても、全然有り難みはない。すまん、君たちに何も悪い点はないんだ、でも珍しくない鳥なので、「ミソサザイだ!うおおお」みたいな今朝のノリにはなれないんだ。
といいつつも、一応写真を撮る。鳥、激写ァァァァ!
14:32
上高地から大正池に通じる道は、他の道と同様に美しい自然の中を歩く。途中には湿原があったり、変化に富んでいる。
しかし、団体ツアー客をはじめとし、とにかく人が大勢歩いている場所なので僕はあまり好きではない。人を避けつつ歩いて、結局このトレイルの記憶が「人だらけだったなあ」しか残らないからだ。
そんなわけで、「大正池、行かなくてもいいんじゃないか」なんていしをチラッチラッと見ながら牽制したんだけど、いしは「初めてなので、行きたいです!」とおっしゃる。まあ、そりゃそうだな、方や上流方面は徳沢まで歩いておきながら、下流の大正池には行っていないというのはバランスが悪い。
(つづく)
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