
08:58
僕らは波浮港の手前、差木地の集落でバスを降りた。ここに「貝の博物館 ぱれ・らめーる」という施設があるからだ。
以前、僕はここを訪れたことがある。貝をテーマにした珍しい博物館ではあるが、入館料がかかるし今回無理して見る必要はない施設だと思った。しかし、いろいろ前後の予定を考えると、時間つぶしをかねてここを見学したほうがよい、という結論になった。
なにしろ、波浮港界隈でお茶をするなりご飯を食べるお店が少ない。そのお店がオープンするのを待つために、時間調整が必要だった。そしてご飯を食べたら早急に退却しないと、14時すぎの帰りの船に間に合わない。だらっとしているようで、時間がタイトだ。

ぱれ・らめーるは朝9時から開館する。その時間にちょうどぴったり合うように現地に到着した。
あまりにぴったりすぎて、まだ施設の職員さんが受付をする体制になっていなかったくらいだ。お陰で5分くらい、待つことになった。
その間にこの建物に併設されている、島民向けのボウリング場を見学する。4レーンしかない、小さなボウリング場だ。
待っている間、防災無線から津波警報とサイレンが鳴り響き、相当びびった。大変なことになった、数メートルの津波が迫ってきているというではないか。
あわててスマホで地震や津波の情報を調べたが、特に情報がない。しかし集落に鳴り響く大音量で、津波が来たこと、高台に避難しなくちゃいけないことを繰り返し伝えている。
しばらくして、これがあらかじめ予定されていた避難訓練だということを知った。なんだ、びっくりした。

ぱれ・らめーるの貝。
ホタテ貝を集めて、絵の具で色を塗ったように見える。でもこれ、色なんて塗っていない天然の貝だ。珍しい。

2歳児にとって、貝なんて全然興味がないかと思ったが、案外じっと監察していた。
彼にとっては、貝そのものよりも「カラフルで小さなもの」ということで気になったのかもしれない。

トイレには、こんなことが書いてあった。
前進、前進また前進 最後の一滴 一歩前進!
一体どれだけ前進するんだ。便器にぶつかってしまう。

09:43
ぱれ・らめーるの見学を終え、僕らは波浮港に向けて歩く。急な坂を下っていく。
雨の中、全員レインウェアのフードをかぶって歩く。離島だけあって、風が強い。いくら傘をさしても、横から吹き付けてくる雨はしのげない。
2歳児タケも、歩いてもらう。
地図上ではぱれ・らめーるから波浮港まではほど近い距離だ。しかし、島ということで地図の距離感覚が掴みづらく、しかも結構な傾斜があるため、思ったよりも波浮港までが遠かった。

波浮港の入口に位置する神社、波布比咩命(はぶひめのみこと)神社。
西暦927年に編纂された「延喜式神名帳」にはすでにこの神社の名前が載っているということなので驚きだ。
日本の神社って、平気で「創建1,200年」だとかのたまうので、「伝承も含めての年数であって、実際にそのときにあったかどうかは疑わしいぞ」と思ってしまう。でも実際にそんな昔からちゃんと存在しているのだから、本当にびっくりだ。しれっと、1,000年以上の歴史がある。さも当たり前に。

09:45
神社の入口から波浮港を眺める。
波浮港はもともと火口湖で、満潮時だけ海と繋がる場所だった。それを西暦1800年に秋広平六という商人が幕府に願い出て海と湖の間を掘削し、今の波浮港ができた。
昔は、海に隣接する火口湖という佇まいが神秘的だと思われ、神様を祀ったのだろう。
神社に参拝したかったが、雨の中の徒歩であまり機嫌がよくないいしと、いつ体力切れになるかわからないタケを前に「神社に行こう」とは言い出せなかった。鳥居のところから神社の様子を眺めるだけにしておく。
というのも、ここから先、波浮港の集落があるところまでぐるーっと入り江を回り込まなければならず、かなり距離があるからだ。これを延々と雨の中歩いてくれ、というわけで、機嫌が悪くなるのは致し方ない。

09:55
「あれ?」
まだ波浮港の集落に到着していないのに、「波浮港」と書かれたバス停があった。とても中途半端な場所だ。
ここから元町港に戻る際、波浮港バス停からバスに乗るつもりだった。しかしこんなに集落から離れたところにバス停があるというのは予想外だった。結構歩かないといけない。
停留所にはこんなことが書いてあった。
波浮港バス停 使用不可
付近の道路脇にて建物崩落の恐れがあり、改善するまでバスが通行できません。
先の臨時バス停をご利用ください。
臨時バス停
波浮港入口(水産試験場の坂道下)
えー、そんなこと、あるんだ。

09:56
漁船がずらっと停泊している港の脇を歩いていく。
今日は漁が休みの日らしく、漁師さんの姿はまったくなかった。
タケは船がいっぱい並んでいるのを見て、ご機嫌。ただ、適度に疲れているため、親の手を振りほどいて走って行って海に落ちる、というほどの元気がない。親にとってはむしろ好都合だ。フェンスもなにもない港なので、うっかり我が子が海に転落したら困る。
(つづく)
コメント
コメント一覧 (10件)
利島(以遠)タッチを目論んでたら大島ターンになっちゃったと。
飛行機でのステータス修行風に言うとこんなとこですね。
おととし全日空のプラチナ目指してた時は小松ー羽田ー那覇ターンとかやってたので
交通機関は違いますが何となく懐かしく読んでます。
那覇だとわりと何でもあるので、乗り継げる最終便まで4時間空いても何とかなるんですが
大島8時間はちょっとキツそうですね。タケ君の興味と集中力が8時間続くよう、お祈りしときます(笑
能登の地震当日は飛行機で八丈島タッチやってました。
機窓からの景色は最高でしたが、足止めは余計でした…
ティータさん>
元旦から修行ですか?お疲れ様です。正月の離島路線の値段はいかがでしたか?帰省が一段落して安いのか、それとも年末年始は高止まりなのか。
気がついたら、いつのまにかANAの三宅島路線がなくなっていたんですね。知らなかったです。
ということは、三宅島に飛行機で行くには、調布飛行場からしかないのか。
>おかでんさん
いや、ステータス修行はさすがに卒業しました…羽田那覇一日2往復とかやれる体力もないですし懐が…(笑
プラチナメッキも3月末で禿げます。
コロナ明けで需要喚起しててPP大盤振る舞いしてた頃に旅行してたら「…あれ?あと新千歳那覇乗っちゃえばプラチナ(5万PP)行けるんじゃね?」って感じだったのでノリっで取っちゃっただけなので。
面白かったですけどね。
島路線の値段はちょっと覚えてませんが、だいたい羽田小松線と同じくらいか福沢さん一枚二枚くらい安かったかなぁ。
八丈島線、国鉄の急行みたいな雰囲気で良かったです。
行きの搭乗口も島流し(67番→48番乗継)食らって、whillも無いルートなので車椅子のお世話になりました。
三宅島、噴火とか色々ありましたもんね。もし今も残ってればDHC-8-Q400(通称ボンちゃん)が飛んでて
そろそろATR42に世代交代ってなってるんでしょうか。乗ってみたかったなぁ…
ティータさん>
67番から48番というのはきつい!端から端ですね。
本日ミステリーツアーに参加 神津島でした 30分の港に降りると 海カメが湾内に居て出港すると イルカが舟の後を追って来て 行きは 罰ゲームだと思いましたが 結果オーライでした
Kさん>
いいですねー、神津島!本当に神津島を引き当てる人がいるのか!
というか、今もミステリーツアーをやってたんですね。知らなかったです。
一生の思い出になったのでは?素晴らしい体験でしたね!
行き先は決まってるんですが、船で往復するだけのツアーは
オレンジフェリーでもやってましたね。
でも確か、神戸発がド深夜なのでなかなかハードルが高そうでしたが…。
確か折返しの間も下船はなしだったような(ひょっとしたら事前申告でOKとかだったかも)
昼間の瀬戸内海が楽しめる、というのが売り文句だった気がします。
ティータさん>
もはや全国各地のホテルが軒並みインバウンド&人手不足&物価高&ダイナミックプライシングのせいで値段が高すぎる。
もうこうなったら、フェリーでのんびり旅をする、というのが一番安くて楽ちんかもしれない。ミステリーツアー的なことにしなくても、まだまだ集客できそうな気がする。
先日なんて、宮崎県にある日本百名山に東京から日帰りですよ。ホテルなんかが高すぎて、泊まるのが躊躇しちゃったから。特に熊本空港近辺だと、TSMC誘致の関係でかホテル高いっすねー。
>おかでんさん
宮崎の山へ日帰り?!…お、お疲れさまでした(^^;;;;
ティータさん>
ジェットスター朝7時15分成田発、というのは相当キツかったです。LCCなので保安検査場通過時間が厳しいし。
そのくせ、成田空港に着いてみると「機材手配遅れで出発は30分遅れ」と言われ、「やべえ、現地での登山時間が30分減ってしまった。山に登れるだろうか?」と別の意味でキツかったです。