伊豆大島討伐

おかでんとリス

しぶちょおとリス

リスにえさをやってみる。

手袋の上にえさであるひまわりの種をのせると、リスどもがあちこちの木の隙間から顔をのぞかせてくる。なんかどん欲すぎて、思ったよりかわいいものではない。動物って食欲でギラギラしてたら、愛らしさが消し飛ぶな。

リスといえば、後ろ足で立った状態で、しっぽを丸めながら植物の種をカリカリ食べているイメージがある。だから、てっきり手袋の上で「手乗りリス」となり、目の前でお食事パフォーマンスをしてくれるものだとばかり思っていた。しかし実際のリスは案外臆病もので、種を補足したら即座に安全な木の幹に逃げ戻り、そこで食事を開始するのだった。こういう「人とのふれあい」になれているはずのリスですら、ここまで慎重とは。おまえらもう少し芸を覚えろ、愛想振りまけ。

なんだか目の前でひまわりの種が泥棒にあっているような気になってきたので、だんだん木の枝から手袋の位置を遠ざけていってみた。リスはなんとか手袋につかまろうと、木から体を伸ばし手袋にしがみつく。予想以上に爪がしっかりしていて、後ろ足で上手に木に捕まっているし、前足は爪が手袋に食い込むくらいだ。うっかりすると、手袋を引っこ抜かれそうなくらいだ。さらにそこで手をひっこめてみる。さあ、こっちに飛び移っておいで。そんな薄暗い木から離れて、一緒に遊ぼうじゃないか。

・・・逃げられた。そこまでされると、「餌よりも身の安全」が重視されるらしい。うーむ。

今度は、種を手袋よりも肘寄りにおいてみる。理想は、「キツネリスのテト」だ。「ユパ様!この子を私にくださいな!」と言っているそばから、リスが腕やら肩やら走り回る、というのをやってみたい。ぜひ、手袋の上だけでなく、腕にも、肩にもやってきてほしいものだ。

しかし、リスは「手袋の上=ハイリスクハイリターンゾーン。それ以外の人体=デッドゾーン」と感じているようで、どうやっても手袋から先までは足を踏み入れようとしなかった。さすが、動物は勘が鋭い。

もしリスにかみつかれたら、「ほら、こわくない・・・」などと言う余裕などなく、「なにしやがるこのリス野郎!」とぶん投げていただろうから、その勘は非常に正しい。この日のおかでんは青い服を着てはいるが、ナウシカほどの人徳者ではない。

リス園を後にし、次もまたスタンプポイント。大島町郷土資料館に行ってみる。

大島町郷土資料館

郷土資料館は、ぜひ見ておくべきだ。特にこういう離島の場合、独特の文化や苦難の歴史があるわけで、そういうのを知っているかどうかで今後の観光の楽しさが変わってくる。

大島町自然休養村管理センター

その郷土資料館だが、「大島町自然休養村管理センター」という建物の中にある。ちょっと紛らわしい。でも、案内看板は島一周道路にしっかりと出ていたので、迷うことはなかった。脇道に入ったところに施設はあったけど。何で島一周道路沿いに作らなかったのか、ちょっと不思議。

スタンプ発見

建物入り口にスタンプ発見。スタンプを押す。

建物の入り口は大きくて重いサッシ扉。風が強い土地なので、頑丈な扉でないとなぎ倒されてしまうからだろう。

伊豆大島で使われていた船

資料館内に展示されていた、伊豆大島で使われていた船。

なぜこんな地味なものの写真を撮影しているのかというと、「八丈島の船と比べてえらくコンパクトだね」と気になったからだ。さすが八丈島、あっちは黒潮と戦わないといけないので、どうしても船が大型化するのだった。その点伊豆大島はこの程度のサイズでも十分漁業でも本州との行き来でもできてしまう。

「これじゃあ、さすがに流刑地にはできないよな」

「あっという間に伊豆半島に逃げられちまうだろ。だから江戸時代は八丈島まで島流しされる場所が遠くなったんだな」

大変に納得。逆に言えば、源為朝が島流しされたころは、伊豆大島でさえも「僻地」だったということだ。

まあ、平安時代といえば、菅原道真が九州の太宰府に左遷されたり、そういう時代だからなあ・・・。平安京から遠い場所、というのはすなわち「ド田舎」であり、十分それだけでも罰になった時代なのかもしれない。

三原山滑走台

しぶちょお大絶賛の解説。

なんでも、昭和10年から17年の間、三原山の中腹に600mのレールを敷き、巨大な簡易ジェットコースターがあったのだという。重力にまかせて山の斜面を滑り降りるだけのシンプルさだが、600mも滑走するのはさぞや気持ちよいだろう。

「すげー。これ、今あったらぜひ乗りたい!」

しぶちょお大興奮。

ただ残念ながら、戦争が泥沼化していく課程で鉄の供出が求められ、レールが取り外されて撤去されてしまったらしい。以降、復活せず。

「これ、一回滑り降りたら、次の人の番まで相当時間がかかるぞ?」
滑り降りるのは重力任せだから良いとして、そのゴンドラを再度上まで引っ張りあげるのは、人力または馬力だったはずだ。1つのレールで、1時間に2名とか3名くらいしか遊べなかったはずだ。のどかですなあ。今もし、同じような施設があったら、こんなペースだと「当日朝6時から整理券配布」くらいしないと客をさばききれないぞ。

大噴火の決定的連続写真

「うおー、これはすごい」

たった一枚の張り紙に過ぎなかったが、われわれの足をしばらく釘付けにしたのが、これ。

これが御神火、なのか。

「大噴火の決定的連続写真」と題されている。11月21日午後4時17分、と記されているところをみると、たった数分で噴火前(右上)から、大絶賛噴火中(左下)まで展開している。大変に短気な方らしい。

いざ噴火の実物写真を見ると、なんだか美しさすらある。アトラクションとして、荘厳な音楽にあわせて光を浴びた噴水が噴いたり引っ込んだりしているやつのようだ(ラスベガスのベラージオとか、後楽園ラクーアとか)。

なんでこんなにシャワーのように噴火するのやら。それだけの威力があるなら、地面を突き破って一気にでちゃいなよ、と思うがそこまでのガッツとトルクはないらしい。

その結果、昨日行った「割れ目噴火口」ができる訳か。大変に納得いたしました。

撮影は超望遠レンズを使って、比較的安全なところから行われたのだと思う。

そうでなければ、とんでもない度胸試しだ。

「おまえ、昨日マージャンで負けたから、今日は罰ゲームとして噴火口近くでカメラ担当。後は任せた」

なんてなったんかな。

赤門

赤門解説

さあ、時刻はお昼。12時を回った。われわれはようやく大島灯台からの南下の末、元町集落に戻ってきた。そろそろお昼ご飯について考えないと。なにせここは伊豆大島。「昼下がりにでも食べられればいいや」というわけにはいかない。13時半閉店、とか14時閉店、というお店が軒を連ねている現実をうっかり忘れていると食いっぱぐれる。

あと、もう一つ。この元町集落を通過してしまうと、道路脇にドライブインが!なんて気持ちよい展開などはない。だから確実にここで食事だ。

ただ、とはいえ8時に朝ご飯を済ませたばっかり。しかも、ご飯てんこ盛りで。そうなると、わかっちゃいるがまだお昼ご飯という気分でもない。

とりあえず、本日のお昼ご飯会場に行く前に、元町集落内にある「赤門」に行ってみることにした。
赤門。すぐに思いつくのは東京大学の本郷キャンパスにある門だが、実は東京都大島町にも存在するのだった。源為朝の館跡、ということらしい。

これまた、地図上では「だいたいここら辺」という「雰囲気」でしか書いていないので、慎重に捜索しなければならない。特にここは集落の中なので、よそ見していたらちびっ子とか猫とかひきかねない。
おっと、あれだ。あったぞ。

赤門。確かに真っ赤な門だ。これを「青門」とか「水戸黄門」とかいう名称をつけるやつがいたら、よっぽど変だ。

「これは・・・復刻版、だよな?」
「そりゃそうだろう」

明らかに鮮やかな色。特に文化財というわけでもなく、「昔、こんな感じで門があったんですよー」という「当時に思いを馳せる」ための存在。

しっかし、島流しにあってもこんな門を作って館を構えていたのだから、ずいぶんご立派なご身分じゃないか源為朝くん。

赤門の扉をたたく

「開けてくれ-」
「入れてくれぇ」

開かずの門である赤門の扉をたたき、許しと救いをこうアワレな二人。

ホテル赤門

この赤門の向こうはうかがい知れず・・・となっているかと思ったら、門の脇にはホテルが。門だけ、周囲から浮いた存在なのだった。ちなみにこのホテルの名前は「ホテル赤門」。そのまんまだ。僕の赤門も噴火しそうです。

「地図でみると、このあたりに『為朝神社』ってのがあるはずなんだけどなあ」

としぶちょおが首をひねる。

「この門の奥か?」

赤門を回り込み、ホテルの脇を通ってみる。

「おい、ホテルの部屋が見えるぞ。これ、不法侵入じゃないか?」

なんだかものすごい背徳感あり。ここ、私有地・・・なんじゃあるまいか。

安心しろ、もしヤバいことがあったら、徒歩数分のところにある大島警察から大挙しておまわりさんがかけつけるぞ。

抜け穴

ああ、門を回り込んでみると確かに何かの遺構があるぞ。

これは・・・「抜け穴」だって。石組みがあって、そこから地中に潜ることができるようになっている。為朝先生、島流し後は悠々自適で隠居生活を送ってりゃよかったのに、やりたい放題やってたらしく、「いつ討伐隊が粛正にきても良いように」とこういう防衛体制をとっていたらしい。

ためしに抜け穴に潜り込んでみたが、地中に潜ってすぐのところで行き止まり。このまま潜っていけばマグマダイバー状態になって、三原山のマグマだまりと繋がっていたらおもしろかったのだが。または、そのまま伊豆半島まで延々海底トンネルが掘ってあって、島からの脱走が容易だとか。

物見台階段

物見台2

物見台の上

この抜け穴のすぐ上には、物見台があるんだという。源為朝討伐軍がやってきたらすぐにわかるように、物見台を設置したんだとか。

確かに、ちょっとした高台に石段がついている。

「・・・これは本物か?」

源為朝は平安時代に生きていた人。その当時に作ったんだとすれば、石段がこんなにきれいに組まれているわけがない。崩れまくって原型をとどめていないはずだ。

「門と同様、レプリカだろ」

多分そうだ。でも、門のように「明らかに後でこしらえたもんです」というのがわかるのに対して、石段の場合はそれがわかりにくい。だからなんだかずるい気がする。いや、何が何に対してずるいんだか、自分でもよくわからないんだが。

石段を登ってみると、ほどなく物見台が見えてきた。おかでん、物見兵として志願するであります。
「どうだー、何が見える-?」

後ろからついてきているしぶちょおがおかでんに聞く。

生い茂った雑草

「なんもみえませーん」

目の前には、生い茂った雑草だらけ。

教訓。雑草はこまめに伐採しないと、物見台の用をなさない。有事に備えて、ちゃんとメンテナンスしましょう。

ただ、今日に限定していえば、「強風」という外敵の猛攻を雑草が遮ってくれているので助かったが。

為朝神社??

為朝神社を探すが、それらしきものが見つからない。

「アレか?」

しぶちょおが指さす先は、石畳があって祠のような、物置のようなものがある。一応抜け穴や物見台のすぐそばにはあるのだが、神社にしては迫力がない。すぐ隣が「ホテル赤門」ということもあり、ホテルの物置のようでもある。

「確かに、神様がまつってあるっぽいけど・・・それにしては地味にも程がある」
「わざわざ観光地図に載っているくらいだから、もう少し立派だと思うが・・・。おかでん、開けてみ?」
「え、開けるの?あの引き戸を?開けて、中からホテルの私有物が出てきたら泥棒扱いされそうでヤだな」

おそるおそる開けてみる。しかし中は空だった。

「あー、何も入っていません」
「んー?じゃあこれは為朝神社じゃなかった、ということなのか?」
「んー?」

二人とも首をひねる。

ただし、ほかにそれらしきものが見当たらない。

「よし、まあしゃあないな。コレが為朝神社、ってことで。」
「そうだな、為朝神社ってコレだったんだよ」
「そうだよ。それ以外ありえん」

お互い会話をピンポンのように行き来させながら、勝手に「為朝神社認定式」を敢行。歴史とか伝統とか文化もへったくれもない。てめぇ都合で今日からこれが神社。でも、あながち間違っていないかもしれんので、そうだと思っておけばいいのさ。

石畳

赤門の脇に駐めていた車に乗り込み、「さあそろそろ昼食食べにいかんとね」といいつつアクセルを踏んだところでしぶちょおが反応。

「待て、あの正面に何か石畳が見える」

確かに、林の奥に伸びていく石畳と階段がわずかに見えた。

「いやいやいや、でもあそこに行くには、ホテル赤門の敷地内をモロに通っていかんとだめだろ。あれ、ホテルの庭か何かじゃな
いのか?」

「ホテルの敷地じゃなくて、ホテルの前って実は公道なのかもしれんぞ」
「うーん・・・勝手にうちの敷地に入るな、って怒られるのはいやだけど・・・」
「どうだろうなあ」
「でも、見ちゃったから。」
「そうだね、見ちゃったから。」

見ちゃった以上は仕方がない。とりあえずやるしかない。このあたり、さすがにつきあいが長いしぶちょおとおかでんだけあって、「乗りかかった船には飛び乗る」といったあうんの呼吸と思考回路は一緒。

すでに回頭していた車をまた元に戻し、再度車を降りて石段を目指す。

案外この石段、奥行きがあるし立派。これは案外本物かもしれん。

石

石垣の間を歩く

参道である石畳が独特なのは、この島独特の文化のようだ。

参道中央部を歩けないように、段差があるところはわざわざ両脇に階段をこしらえてあったりする。

あと、狛犬がいるのだが、これがやけに小さい。本州で、体系化されていった神道とはちょっと違う流派なのかもしれない。

「やっぱりこれが正解だよ」
「さっきのアレ、なんだったんだよ。アレが為朝神社って・・・ねーなぁ」
「ないねぇ」

自分たちが先ほどまで認定していた「為朝神社」はあっけなく「なかったこと」にされてしまった。あわれ。

藁葺きの為朝神社

為朝神社解説

参道は途中で直角に折れ曲がる。曲がった先には、わらぶきの家が建っていた。

あ、これが為朝神社?じゃあ、「家」じゃなくて「神殿」だ。これは大変失礼しました。

一般的に頭の中で思い描く「神社」とは全く違うので、なんだかびっくりだ。これ、三匹のこぶたでは真っ先にオオカミに壊されてしまうタイプの建物じゃないか。

平安時代の人である為朝が実際に住んだであろう家を再現しました、ということなのだろうか。いや、でもお屋敷の門はあの赤門なわけでしょ?なんだこのアンバランスさは。

そういえば昨日訪れた神社でも、藁をしばっただけの祠?みたいなのがあったので、この島ではそういう宗教スタイルが脈々と受け継がれているのだろう。

大荒れの元町港

これにて午前の部終了。時はすでに12時40分。やっべえ、まだ元町集落じゃないか。現時点では宿から数百メートルしか前に進んでいないというありさま。

今日これからお昼ご飯食べて、島一周してこないといけない。しかも、宿の夕食時間である18時までに。宿飯は楽しいしうれしいが、時間制約が厳しいのでつらい。家族経営の民宿なので、「夕食は19時からでもいいっすか?21時までには食べ終わりますんで」とかなんとか要求するのは悪かろう。

お昼ご飯は元町港近くにある食事処でとることにしていた。車を元町港の駐車場に走らせてみると、ああああ、防波堤がえらいことになっとりますがな。

完全に波が堤防の上に乗り上げとる。相変わらずの高波警報状態。罰ゲームとして、防波堤をダッシュして、灯台にタッチして帰ってこい、と言われたら150%の確率で死ねる。100%越えなのは、一回死んだあとさらにもう一度死ねるくらいすごい波だからだ。ヨハネスブルグの危険さを超えとる。

命綱つけたとしても無理。波でもみくちゃにされて、引き上げられる前に溺死するのではないか。恐怖の光景におかでんしぶちょお両名、絶句。「ウヒョー」とか言ってへらへら笑えるレベルでは、ない。

特にこの二人、広島出身ということで「ちゃぷちゃぷ波の瀬戸内海」を産湯にして育った。産湯はうそだが(しみて痛いぞ)、こういう大波を見るといまだに畏怖の念を抱いてしまう。すわ地球滅亡か、と思い込んでしまうくらいだ。

かあちゃん

おともだち

昨日夜祭りをやっていた元町港ターミナルの正面に、お店が数軒並んでいる。

かあちゃん、というお店とおともだち。

「かあちゃん」は店の前に長い釣り竿がたくさん並べられていた。レンタル釣り竿をやっているようだが、さすがにこの荒天で釣りをする強者は誰一人いなかったようだ。

「おともだち」は、二階が素泊まり宿になっていて大変便利。夕食は下の食事処で食べれればよいのだから。ただ、そうやって余裕ぶっこいていたら、夜が明けて「さて、朝ご飯・・・あれっ、ご飯どうするんだよ。何もないよ」ということになる。コンビニはないし、朝営業をやっているお店は島内には多分どこにもないはず。前日のうちにスーパーというかよろず屋というか、そういうところに(車で)買い出しに行って、パンなんぞを仕込んでおかないと。

南東館

今回、われわれがお目当てにしていたのは上記2店舗ではなく、その隣にある「南東館」。

手元のガイドブックに載っていたからなのだが、なぜ惹かれたのかというと「はんば海苔入りの磯焼きめし」がうまいだとかなんだとか書いてあったからだ。何それ。はんば海苔なるものがなんだかよくわからんが、磯焼きめしという言葉には妙に惹かれるな。

せっかく島に渡航しているわけだから、ハンバーガーだとかなんだといった世俗的なものは食べたくない。かといって、焼き魚や刺身ばっかりというのも、正直しんどい・・・そんな心境の時、この「磯焼きめし」ってのがものすごくストライクだったわけで。

狭い玄関

われわれが店に入る直前に、親子3人が店に入っていく姿が見えた。あまり広くないお店なので、満席の可能性がある。あわててしぶちょおが空席確認をしにいった。

このお店の扉、防犯用チェーンのようなものが取り付けられていて、わざと全開にならないようにしてある。なぜかというと・・・しぶちょおが扉を開けた瞬間、バターンと大きな音を立てて扉が開き、チェーンがめいっぱい伸びきってストップしたのだった。つまり、扉が開くと、空を舞う大凧のように海からの強風を受け止め、猛烈な勢いで扉が開いてしまうのだった。いったん開いてしまうと、大人の男性であっても閉めるのに難儀するくらい、風が強い。海沿いの店ならではの苦労だ。この店、うまいこと風を取り込むよう設計すれば換気扇がいらないかもしれない。ただし西風が吹く冬季限定だけど。

しばらくしたらしぶちょおがいまいましい顔をして戻ってきた。

「だめだ。いっぱいだ」
「あの親子連れが入ったのがイタかったか」
「いや、これだけ混んでるのに、一人でテーブル独占して酒飲んでるオッサンがいるんよ。こんな混む時間に酒なんて飲んでんじゃねえ」

同じ酒飲み、しかも昼酒愛好家であるおかでんにとっては耳が痛いお言葉。まるで我が事のように恐縮してしまった。みなさん、昼酒をやるときはくれぐれもTPOをわきまえましょう。混んでいる時はすぐに席を開ける。これがマナーであり常識ですよ。

じゃあほかの店に行くか、となったが、いまいちそれも乗り切れない。二人とも、頭の中が「磯焼きめし」だったからだ。「焼きめし」という言葉を久々に聞いたので、余計唾液腺が喚起しているというのも、あろう。