おもてなし三昧な世界【台湾南部滞在】

自動線香着火装置

お供えものをしたら、今度はFish弟がどこからかお線香を持ってきた。本当によく動く人だ。Fish姐さんがあれこれ指示しなくても、てきぱき動く。ただ、そのために「先ほどのお供えものはどうやって手に入れたのか?いくら位お金を支払ったのか?などといった細かい興味については完全にブラックボックス状態。例のごとく、「次に何が行われるのかは直前にならないとわからない」まま事は進んでいく。

Fish弟は気を利かせてくれて、既に線香に火を灯していた。どうやって着火したのかは分からなかったが、全ての所作が終わってからようやくその着火方法に気がついた。何か、台所みたいなものがお堂脇にあるな、と思って近づいてみると、これが「線香着火マシーン」だった。煙突のようなところから線香を突っ込み、側面にあるガスコンロのようなスイッチをひねると、中で「チチチチ・・・」というガスコンロならではの点火音がする。それでしばらくして線香を引き上げると、見事着火というわけだ。

ろうそくなどの火気はこの屋内にないため、こういうマシーンが設置されているのだな。日本には無いハイテク機器だ。日本はこの分野では100年遅れているな。まあ、100年経っても、この手のものはあまり採用されないと思うが。

でだ、こういう面白機器があるのに、それをFishは一切教えてくれない。先ほどのおみくじだって、この線香着火機だって、Fishのお手洗い待ちの間を使ってお宮内探検の結果発見したものだ。Fishからしたら当たり前過ぎて紹介するまでもないということなのだろう。在日期間が長く、日本と台灣のギャップについてはある程度理解しているはずのFishでさえ、「日本人がオモロいと感じるもの」についてのアンテナはまだまだだ。

逆もまたしかりで、多分おかでんが台灣からの来客を案内する際、台灣人からしたら「おおぅ」と感嘆するようなものをみすみす見逃すんだろう。そういや、日光にJennyを案内した際、Jennyは境内の絵馬を大層気に入って写真を撮りまくっていたっけ。おかでんからすると「何でこんなものを・・・」と思ったのだが、台灣人からしたら激しく興味深いものだったのだろう。台灣に絵馬はない。

Fish兄弟はお堂の外

Fish弟が束になったお線香を3人に分ける。均等に分けているようではないので、本数は適当で良さそうだ。

ご存じの通り、台灣の線香は長くて太い。だから、持ち歩いても折れる事を心配する必要はない。もちろん、カッチカチに固いわけではないので、取扱い注意だが。

お線香の分配が終わったら、Fish兄弟はお堂の外に出て行った。あれれ、どこに行くのですかあなた方は。聞くと、まず外にお供えするのだそうだ。ほう、それは初耳だ。Fish弟が代表してお供えするというので、「線香を2本くらい出して」と言われた。

「2本くらい?えっと、表現が曖昧なんだけど、2本ってこと?それとも3本?」
「どっちでもいいよ」

ああそうですか。あんまり細かく考える必要はないようだ。2本差し出して、外にある大きな線香立てにお供えする。

お線香を供えてお祈り

お堂に戻り、お祈りをする。

両手でお線香を持ち、お辞儀をする。信心深い人は土下座してやっているようだ。

「このお辞儀する回数は何回?」
「何回でもいいよ」

うむ、この辺りも適当なんだな。日本の神社のように、「二礼二柏手一礼」といった様式美を重んじるわけではない、ということだ。心を込めてお願いすればそれでOKという解釈だろう。

周囲を見ると、一心不乱に何分もお祈りし、お辞儀している人が居る。

「ほら、見て!」

とFishがうれしそうに呼びかける。Fishが指し示す方を見ると、土下座した人が何かお願いをしながら、二つの石を放り投げていた。

ああ、あれは知っている。二つの石を投げて、片方が表、片方が裏に転がったら願い事が叶うというものだ。両方表や裏だった場合は、もっと精進せよということになる。見ていると、その人は何度も石を投げていた。よっぽど願いが神様に通じないのか、それともたくさんのお祈りをしているのか。

Fishから「日本にはないお祈り文化」として紹介して貰えたが、よりによっておかでんが偶然知っていた事だったのは惜しい。

焼却炉
黄色い紙幣を燃やす

お祈りが終わったところで、Fishから

「紙を燃やしに行くよ。紙が勝手に吸い込まれて面白いよ」

と言われた。何の話だろう。

Fish弟は、先ほど供えたお供えをひょいと拾い上げ、そのままお宮の隣へと移動していった。あれれ、お供えしたのに、回収しちゃうのか。まあ、日本だって、仏前に供えたものを後で下げて、食べたりするからおかしくはないといえばおかしくないのだが・・・こういう神社仏閣でやるとはちょっと意外だった。

自分が供えた物を忘れないようにしなくちゃ。他人様のお供え物を間違って持っていったら、バチがあたりそうだ。

お宮の隣には、焼却炉があった。何だ、何が始まるんだ。

本当に吸い込まれていく紙

Fish弟が、お供えしていた紙の束を取り出し、縛ってあった紐をほどく。どうやらこの紙を燃やしてしまうらしい。何の意味があるのか、さっぱりわからない。そして、「自動的に吸い込まれる」というFishの言葉も、よくわからない。

まず、Fish弟が見本を見せてくれた。

トンネルのように長い焼却炉の中に、紙の束を持って手を突っ込む。

すると、まるでトランプマジックのように手のひらから、紙が一枚一枚ぱぱぱぱっと焼却炉の中に飛んでいくのだった。おお、これは確かにすごい。自分もやらせてもらったが、まるで手品師になったかのような気分で大層爽快だった。

原理は簡単で、焼却炉の中で紙が燃えているため、炉内に上昇気流が発生するのと、酸素不足になるためにこのトンネルで空気を取り込んでいるのだった。トンネルが狭くて長いため結構な風力となり、その結果手のひらの紙が吹き飛ぶという構造。

手の平から飛ばすのも有りだし、トンネルの下に置いておくのもありだ。どこに置いても、ぱらぱらと一枚ずつ引き込まれていく。中途半端なところで停まったり、壁面にへばりついてしまうといったことはない。良くできたもんだ。

最初は「おお」などと感嘆しながら紙飛ばしを楽しんでいたが、なにせあの紙の束だ。全部を吹き飛ばすまで相当時間がかかった。これ、ピーク時だと「焼却炉待ち行列」ができそうだ。

何のためにこんな事をやっているのかは全く説明が無かったので、帰国後調べてみた。すると、これは冥土に送るお金なんだそうだ。あの世に行っても生活に困らないように、ということでご先祖様などにお金を届ける意味があるということだ。

道教の考えだと、死んでもお金の呪縛からは解放されないんだな。

こういう風に、この旅では「帰国後の復習」に相当意味がある。旅をしている最中は、何のこっちゃさっぱり分からないまま、話が進んでいく。

車城福安宮パンフ1

パンフレットがあったので、貰っておいた。

どうやらここは「車城福安宮」というらしい。

日本語版パンフが置いてあるのがすごい。「地球の歩き方」には全く記載がないし、webでもこの地を訪れたという日本人観光客はあまりいないようだ。でも、日本語パンフレットを用意しているということは、ツアー客はここに立ち寄ることもあるのだろうか。

普通、このお宮の存在すら日本人は知らないし、知っていたとしても、恆春・墾丁行きのバスでそのままスルーしてしまう場所だ。一般的な観光客は来ないと思う。

日本語の解説は、日本語力80点くらいのでき。言いたいことは理解できるんだが、文脈が若干変なので、なかなか頭の中で情報が固定されない。

端的に言うと、台湾を代表するお宮だということ、3~400年前に先祖がこの地に入植した際、非常に困難を極めたので福徳正神を祀ったのがきっかけ、ということらしい。

車城福安宮パンフ2

裏面には、「恒春半島案内図」という地図が掲載されていて、これは後々大変重宝した。それぞれの観光スポットの位置関係と距離がわかるので、使いやすかった。「地球の歩き方」に掲載されているのはさすがにちょっとわかりにくい。

地図を見ると、もう恆春は目と鼻の先だということが分かった。今日の大ドライブはそろそろ終わり、ということか。

さて、荷ほどきして今晩はゆっくりくつろぐことにしよう。ただいまの時刻15:50。遅くとも17時には一段落つくだろう。そうしたら、恆春鎮の街並みでも散策して、Fishと食事でもして、その後部屋に戻ることにしよう。

金爐

駐車場から見上げた、「冥土に送る紙のお金を燃やす、焼却炉」。「金爐(ジンルー)」と言う。「金爐」は神様へお金を送るための炉で、「銀爐」はご先祖様に送るための炉、と二種類あるらしい。面白いねえ。神様に送金しても、神様それ何に使うの。プール付きの豪邸でも建てるのかな。超ロングなリムジンでも買うか。

ふと傍らのFishを見ると、手には先ほどお供えしていたクッキーがあった。紙のお金は燃やしたので、残されたものだ。

「それ、持って帰っていいの?」
「いいんだよ」

実質、お供えされていたのは10分足らずといったところか。一体、お供えするってどういう意味があるんだろう。

「ということは、あのでかい鳥も・・・」
「今晩は鳥肉パーティーだね」

はあなるほど。それだったらお供えものを奮発してもいいな。神様喜ぶし、自分達もうれしい。

ここら辺全部玉ねぎ畑

恆春がもう近い、ということだが、そういえば恆春は玉ねぎの一大産地だという情報を事前にネットで手に入れていたんだっけ。

「恆春って玉ねぎが名物だと聞いたけど、本当?」
「本当だよ」

しばらくすると、車はまた脇道に逸れた。今度は町中ではなく、完全に畑の中の田舎道だ。

「ほら、ここら辺全部玉ねぎ畑だよ」

とFishが言う。あれ、そうなの?これが玉ねぎ畑?

ふと考えてみると、まともに玉ねぎ畑って見たことがない。「なるほど、玉ねぎだねえ」と言えるだけの知識が無かった。とりあえず車から降りて、確認してみることにする。

多分、Fish兄弟からしたら「こんな玉ねぎ畑、日本にもあるだろうに?」と不思議だっただろう。でも、おかでんからしたら「この地の名産品を実際に間近に見る」ことに意義があるわけで。見るのは「単なる玉ねぎ」なのだが。

玉ねぎ

畑を覗き込んでみると、おお、確かに玉ねぎがある。なるほどねえ、玉ねぎ、と「葱」の字があるだけあって、葉っぱの部分は葱そのものだ。球根は地中に潜っているのかと思ったが、地表からニーハオしているんだな。どうもどうも。日本からやってきたおかでんですこんにちは。

それにしても土地がひからびてガビガビになっているが、これで良いのだろうか。ほっといても育つ、たくましい植物なのか?謎だ。日本だったら北海道が圧倒的シェアをもつわけで、玉ねぎ=寒い、と勝手に思いこんでいたがとんでもない間違いだったらしい。

遠くに演習場がある

時折、どーん、ずしーん、という音が聞こえる。

「ほら、あそこ」

Fishが指さす方向を見ると、おおい、何だか物騒だぞ。煙が出ている。最初、強烈に農薬散布でもしているのかと思ったが、違う。あれ、砲弾が落下してドカンとなった時に出る煙だ。

「軍事演習場がこの先にあるから」

だって。そういえば前方の山、不自然にはげ山になっているな。この辺りの気候を考えれば、緑に覆い尽くされているはずなのにあれは不自然だ。戦車などが日夜あの地を蹂躙しまくっているに違いない。

何でこんな半島の先に演習場を作るのかね。面倒じゃん、と思うが、都会から近くて便利なところなんかに演習場作れるわけねーだろ、と言われればそりゃごもっともな話だ。

日本なんて、「天下の名峰」である富士山の裾野に広大な演習場があるわけだし。あれ、富士山に宿っている神様は心中穏やかじゃないと思うんだが、どうなんだろう。「日本を守るんだから、どうぞオレの懐で好きなだけやってくれ」という太っ腹な態度なのだろうか。

思いがけない一言で、恆春名物の玉ねぎ畑を見ることができてちょっとうれしかった。ありがたい配慮だ。ただ、せっかくだからおかでんが玉ねぎの話題をした際に、「それならば実際に玉ねぎ畑を見に行くことにする」と言ってくれればなお良かったのだが。実際は、畑の中で車が停車して、「ここが玉ねぎ畑」「えっ?」という展開だもんなあ。心の準備ができていない。

月琴のオブジェ

脇道から大通りに戻ってしばらく進む。右手にだだっ広い空間があるので何かと思ったら、恆春機場だった。通称、五里亭空港。台北松山機場から、デイリーではないものの週に何便か飛んでくる。ただ、本当に何にもない田舎空港だ。空港ターミナル前にはレンタカー屋が、なんていう便利なものは恐らく皆無だと思うので、タクシーをつかまえて恆春の集落に移動しないことには何も始まらないだろう。

その空港を眺めつつ進むと、前方左手に月琴のオブジェがそびえ立っていた。下には、「恆春古城」と書いてある。おお、いよいよ恆春鎮にやってきたか。

バスで恆春を目指す場合、この月琴が見えたら下車の準備を始めるべきだな。うっかりして、乗り過ごす事を防ぐことができる。

この月琴で道路は分岐する。今まで走ってきた省道26号線は恆春の中心地を迂回するように廻り、真っ直ぐ行く道(省北路)は中心地に向かっていく。日本でもよくある、都市部での渋滞を防ぐためのバイパスだ。特に恆春の場合、城塞都市なので道幅が狭いところがある。城門がくぐれません、じゃあ大型輸送車などは困るので、大回りしているというわけだ。

恆春。その名の通り、「いつも春」という意味だ。気候が温暖であることからその名前が付いたらしい。他にも、「ずっと若い」という意味にも解釈できるし、その逆をついて「いつまでも青二才」という解釈もできる名前だ。

おっと、そうこうしているうちに今晩お世話になるホテル(兼リゾートマンション)が見えてきたぞ。事前にホテルのサイトは調べてあったので、建物を見れば初めてでもすぐにわかる。・・・って、あれれ、素通りしていくんですが。どういうことですか、これは。

「えっと・・・この後の段取りなんだけど、まずはFishのお宅にお邪魔する、ということになるのかな」

まさか、と思って聞いてみた。

「そうだよ。そこでお母さんが仕事から帰ってくるまで待つよ」

当然、という口調での返事。

いや、あの、・・・はあ、お宅訪問っすか。それはちょっと想定していなかったぞと。

今回泊めていただく部屋を提供してくださる方は、Fishの親御さんの知り合いだ。Fish自身もその方と面識はあるが、まあ親御さんからご紹介いただくのが筋というものだ。そういう点で、親御さんにはごあいさつせにゃならんとは思っていた。しかし、まさかお宅に上がり込んで帰宅を待つ事になるとは。目の前で展開されていくストーリーに頭がついていけない。

ええと、「娘さんにはいつもお世話になっております」なんてあいさつをせにゃならんのか。「よいお付き合いをさせていただいておりまして、つきましては娘さんを・・・」

おいおい、話がどんどんシリアスな方向に向かっているぞ。落ち着け。そんな趣旨じゃないだろ。

台湾の路地裏民家

車は脇道に入り、住宅街の路地を進んでいった。表面からは見えない、台灣の日常生活がそこにはあった。

一般的なのかどうかはわからないのだが、長屋形式の家が多く見受けられた。写真の家が典型的な長屋建築。横百メートル以上に伸びており、一間ごとに家がある。一階部分は車やバイクを置くひさし付きスペースになっていて、三階建て。ウナギの寝床が並んでいる状態だ。横幅が無いけど、奥行きがある家の造り。

二階の窓には格子がはめられていて、防犯対策はバッチリだ。日本だと、マンションの一階であってもこの手のフェンスは設置しないことが多いが、台灣だと結構厳重だ。暑い国なので窓を開けっ放しにして犯罪に入られる事が多かったのだろうか。それにしても、二階の窓を完全にフェンスで覆うというのはやり過ぎだと、日本人的感覚だと思う。

そんな長屋の一角にFishの家があった。車を一階のひさし部分に入れようとするFish弟が、ナントカカントカ!と窓の外に向かってお説教をしている。Fishが「小黒(シャオヘイ)が来たんだよ」という。見ると、真っ黒な犬がご主人様の車をお出迎えして・・・というか、まとわりついて邪魔をしているのだった。だから、駐車の邪魔だからそこをのきなさい、とFish弟が注意していたのだった。おお、あれがFish家の飼い犬、小黒か。

というか、野良じゃん。

ロープなど全くつけられていないから、自由奔放だ。うろうろし放題。なんだなんだ、この国は飼い犬でも野放しなのか。

「えええ、野良犬じゃん」

とその気ままな小黒の行動を見て驚いたら、Fishは

「でもちゃんと首輪が付いてる」

と涼しい顔で言う。あ、確かに目立つ真っ赤な首輪が付けられており、飼い犬である事の証拠になっている。そりゃ確かに納得だわ。でも、飼い犬を野放しにするなんて、日本ではあまり例がないし、ましてや住宅街の中では「あり得ない」光景。あぜんとするしかなかった。

「これ・・・飼い犬と言えるのか?」

新参者発見、とおかでんの元にやってきて臭いを嗅いだり舐めたりしている小黒をなでながら、とても不思議に思った。これを飼い犬と呼べるなら、公園で毎日ハトに餌をやっているおばさん、あれもハトを「飼っている」事になるのではないか、と。

最近は猫を室内で飼う事が増えたが、昔は飼い猫でも外を闊歩していたものだ。で、食事時と寝るときには家に戻る。あれは、寝床が家の中にあるからこそ、「飼い猫」として成立していた。しかし、この犬の場合・・・外に出たまんまじゃないか。

「えっと、犬小屋は?」
「ない。どこかで適当に寝てる」

もうこうなると、「首輪をつけて、餌付けをしただけ」ではないか。どうなってるんだ。

ただ、さすがはご主人に忠実な犬という生き物。ご主人様の車のエンジン音を聞きつけ、十字路まで出迎えに来たし、その後も尻尾をブンブン振りながらFishたちに付き添い、そして来客であるおかでんを快く出迎えてくれた。その所作は明らかに飼い犬であり、野良犬のひねくれた感じは微塵も感じさせない。うーむ。

この小黒だが、飼うきっかけが面白い。何でも、野良犬時代はFish家の前に毎日やってきて、じっとこっちを見ている日々を過ごしていたらしい。最初は、餌を与えなければじきに諦めて帰るだろうとFish母は考えていたのだが、2週間経っても毎日家の前でこっちを見続けるので、根負けして飼う事にしたのだとか。なんて牧歌的なんだ。まんが日本むかしばなしに出てきそうなストーリーではないか。いずれ、「ここ掘れワンワン」なんて言い出すかもしれない。

この小黒、野良の身分を救ってくれた恩義からか、ご主人に対しての忠誠心はとても高いようだ。その忠誠心が台灣人的に大層惹かれたらしく、新聞記事(しかも一面)に写真入りで紹介されたくらいだ。

その記事を読ませて貰ったが、なかなかに味わい深い。記事もデジカメで撮影したのだが、ご主人様(Fishの母親)の顔や名前、勤務先まで全部掲載されちゃっているのでwebに載せるのはやめておく。記事の一部を抜粋するとこうだ。

數月前她收養了一隻流浪狗「小黒」、人狗感情佳、假日她騎車出遊、「小黒」還會一路相随保護。

そして、写真は小黒と、マウンテンバイクに乗るFish母が海岸線にてフレームに収まっている。

「騎車」は自転車、「她」は彼女という意味。つまりFish母を指す代名詞。

つまり、「数ヶ月前に野良犬のクロを飼った彼女は、休日に自転車で出かけるときにはクロがついてくるほどの愛着を持っています。」という意味になる。

「よっぽど記事のネタに困っていたのかね。犬がご主人様について行く事ってそんなに珍しくないぞ。自転車で散歩させている光景もよく見かけるし」

すると、Fishは「いやいや」と言う。

この写真撮影をした場所は家から15kmほど離れた佳楽水というところであり結構遠いこと、そして小黒にはリードがついていないことを考えればそれはすごいことだ、と。

あ、そういえば。確かに、写真の小黒はリードがついていない。ということは、「ご主人様に引きずられて遠方まで連れてこられました」というのではなく、「勝手にご主人様の後から着いてきました。自転車が相手だったので着いていくのに必死でした」という事になる。そりゃ確かにすごいな。それに、この犬の場合24時間365日が「お散歩したい放題」なわけであり、日課としてご主人様が散歩に連れて行くという習慣がない。それを考えると、よくここまで「お供します」というモチベーションが湧いたものだと感心する。

やはり、犬というのは恩義を忘れないということなのか。

台湾式、ざっくばらんとした玄関

「まあどうぞどうぞ。散らかってますが」

などと、妙に日本風な謙遜の仕方をFishからされながら家の中に案内してもらう。家の扉は、日本のマンションにあるベランダのサッシみたいなものだ。質素な作りだ。網戸があって、扉があるという二重構造になっているあたりがいかにも台灣風だ。

中にはいると、日本のように玄関があるわけではない。えっと、靴はどうするんだろう。

「そこで脱いでスリッパに履き替えて」

と言われ、靴を脱ぐ。とはいえ、下駄箱もない。ええと、どうするんだ、これ。

「入口の脇に置いておけばいいから」

そんなものなのか。下駄箱が当然のように無いということは、この国の人は靴をTPOにあわせて履き分ける、という事をしないようだ。そういや、Fish姉妹は二人ともビーチサンダルだった。あまりにもラフだ。

多分、台北の方に行けばまた違った住環境なんだとは思うが、ここは恆春、さすが南国。あっけらかんとしている。

萌萌

「まあ、ゆっくりとおくつろぎください」

などとFishから言われたが、そうはいってもこっちはくつろげるわけがない。何だかかしこまった姿勢のまま、ソファで一人固まっていた。

一階はリビングとキッチンがあるだけのようだ。二階以上が寝室になっている様子。

奥の方でFishが「モン!」と何かを呼んでいる。しばらくすると、チリチリチリ・・・と軽やかな鈴の音を立てて、何かが近づいてきた。あ、猫だ。

Fish家の飼い猫、「萌萌(モンモン)」登場。昨年Fish家に拾われたばかりの子猫だ。

それにしてもすごい名前だ。「萌萌」だとは。ちなみに、もともと台灣の漢字には「萌」という字は存在していない。日本の「萌え」文化が輸入された結果、台灣にも「萌」という言葉が根付いたらしい。もともと存在しなかった言葉なので、くさかんむりを抜いた「明」と同じ読み方で「ミン」と呼ぶ人もいる。

台灣人女性がキティちゃんだとか何か可愛いキャラクターを見たら、「モン~♪」だとか「ミン~」と言うので面白い。

萌萌机の上

そんな大層な名前を付けられたキジトラの猫だが、残念ながら写真を見る限り、あまり萌えない顔なのだった。目つきが悪い。萌萌が飼われる前に住んでいた「小可愛(シャオクーアイ)」は本当に可愛かっただけに、そのギャップは相当なものだった。

「この猫を見ても全然萌えないんですけど」

と、初めて萌萌の写真を見た際、正直にFishに伝えたところすっげぇ睨まれた。

「この猫は可哀想なんだよ、逆まつげなんだから」

猫にも逆まつげがあるなんて、初めて知った。

その逆まつげのせいで目を傷つけてしまい、これまで何度も手術をしているという。そのため、本来まん丸な目をしている猫なのに、ちょっと吊り目になってしまった。また、寝る時は目を開けたままで寝る。目が閉じられないのだった。

しかし、実物を見るとこれが結構可愛い。もっと人相・・・というか猫相が悪いと思っていたのだが、そんなに気にならなかった。ただ、普通の猫でさえ何を考えているか分かりかねるそぶりを見せるというのに、この萌萌の場合はますます何を考えているかがわからない。猫とはほとんど縁のない人生を送ってきたので、さてこの萌萌とどう接して良いのか分からなかった。

ボンボンに反応する

「見てて」

と言って、Fishは自分の部屋に戻り、腰紐を持ってきた。腰紐の先には、ボンボンが付けられている。それをぷらぷらさせると、がぜん興味津々な萌萌。おお。

ボンボンに飛びかかる性

目の前でボンボンをちらつかされると、猫の本性がうずいて仕方がないようだ。

手で捕まえようとするが、そこはFishもしたたかで引っ込める。

しまいには、高いところにあるボンボンを捕まえたくて仕方が無くなり、ジャンプしたり背伸びしたり、あれこれ頑張っていた。

か、可愛い・・・。

これこそ、「萌萌」の名前にふさわしい行動だ。拍手。

以前、都内某所の「猫カフェ」に行ったことがある。お店の中に猫がたくさんいて、お客さんはお茶を飲みながらその猫を愛でるというお店だ。入場料+お茶代がかかるし、30分単位の時間制となっている。

行ってみてあれっと思ったのは、既に猫は日々押し寄せてくるお客の相手にうんざりしていて、嫌そうな顔をしていたことだ。スタッフの席の下に逃げ込んでいたり、カーテンの裏側に居たり、高いところに居たり・・・。猫なりの自衛策をとっているのだった。われわれの手に届くところまでやってきたやる気ある猫もいたが、目の前でいくら猫じゃらしを振ってもなかなか反応してくれなかった。いい加減うっとうしかったのだろう。いくら本能的に手を出したくなる猫じゃらしであっても、「日々の慣れ」の方が上回ってしまったのだろう。

そんな猫を見ていたので、この萌萌の瑞々しいハッスルプレーには大層萌えた。

Fishがいったん奥に引っ込んでいる間は、今度はおかでんの携帯にぶら下がっているドコモダケに興味を持ったらしく、しつこく触ろうとしてきた。ああ、猫とのコミュニケーションは癒されるのぅ。

ただ、ここまで元気なのは若いからこそであり、あと数年もすれば身動きしないようなふてぶてしい猫になるのだろうけど。その時もまだ、「萌え」させてくれる何かを持っているだろうか?

おかでんが萌萌と遊んでいる間、Fishがキッチンからなにやら怪しいフルーツを持ってきた。「食べる?」

えっと、何ですかこれは。緑色をしたデコボコな外観。ドリアン・・・ではないな。見たことがない。聞くと、「シャカトウ」だという。いや、知りません。「お釈迦様の頭みたいな形をしているから、釈迦頭」。なるほど、確かに大仏の頭と同じ形をしている。

シャカトウとは日本語読みであり、台灣では「釋迦」、シージャーと呼ぶそうだ。英名、シュガーアップル。さっきはワックスアップルだったが、今度はシュガーアップルか。

人んちで写真撮影をたくさんするのは失礼だと思い、この釋迦は撮影していない(そのくせ、萌萌は撮影しまくってしまったが。すまんFish)。なので、文章だけでこのフルーツを説明するのは非常に面倒。ネットで「釈迦頭」を検索するとたくさん出てくるので、そちらを参照されたい。

フルーツを食べ慣れないおかでんとしては、「うへぇ」と思いながらも有り難く頂戴する。なんとも不思議なフルーツだった。やはり南国はフルーツ豊富で、果物好きにはたまらん土地だな。

その傍らでは、Fish弟がTVを見ていた。ザッピングしながら見ているのだが、日本の放送が当たり前のように混じっているのには驚いた。ちょうどテレビでは、バラエティ番組が放送されていて日本語が流れていた。台灣では吹き替えは行わず、字幕表示をするそうだ。別のチャンネル、しかも北京語のチャンネルまで字幕表示なので何で?と聞いたら、耳が聞こえない人のために、字幕をつけて放送するのが決められているそうだ。

ブラウン管の中では、狩野英孝が「レインボーブリッジを渡ってお台場のCXに行って・・・」と話をしていた。台灣の人からしたら何のこっちゃわからん話だと思うが、ちゃんと字幕は付けられたのだろうか?

日本の最近のバラエティの特徴として、面白い部分を強調するために敢えて字幕をつける傾向がある。なので、この番組も字幕入りまくり。それに加えて、全編北京語字幕がついているので、もう何がなんだかわからない画面になっていた。大変にややこしい。

畑に白いものがある

しばらくすると、Fish母が勤め先から帰ってきた。

慌てて直立不動となるおかでん。いや、そんなに緊張することはないのだが、何だかね、そうしないとマズいなと。「てめぇ人んちの娘にちょっかい出した上に、家にまで上がりこむだぁいい度胸してるじゃねえか」なんて言われたらどうしようと。まあ、そんなことはあり得ないけど。

こういうとき、下手に現地語を覚えて、たどたどしくしゃべるのは逆効果だ。ちゃんとFishという通訳がいるのだから、まずは誠心誠意、日本語であいさつをしよう。最敬礼でお辞儀をし、日本語でさわやかにあいさつをする。何事もファーストインプレッションで決まるから、ここをミスってはいかん。この瞬間だけは日本人代表になった気分。

ところで今この文章を書いていて思ったのだが、何でおかでんこんなに肩の力が入っているの。結婚話を切り出すわけでもないのに。

結局おかでんの人生経験が浅いって事に尽きる。「異性の友達の実家に初めて招かれた」だけではなく、「しかもそれが異国の地」なもんで、すっかり動揺していたのだった。

とりあえず、あいさつ将軍としてやるべきことはやったと思う。礼儀作法というのはその国々によって異なるが、少なくともこちらの感謝の念と、誠意は伝えられたと思う。多分。

お土産として、ご母堂にはピンク色の風呂敷に包まれた桜の和菓子を献上。あと、お世話になった弟君には鳩サブレ、小黒にはビーフジャーキー、萌萌には猫缶をあげた。早速小黒にはビーフジャーキーが与えられ、しばらく小黒は入口の近くでこの弾力性のあるジャーキーをくちゃくちゃ噛んでいた。

犬に餌(というかおやつ)を与えるといっても呆気ないもんだ。「小黒!」と屋内から呼んで、入口の近くまで小黒がやってきたら、ジャーキーをぽーんと外に投げ、すぐに扉を閉めてしまった。中に入ってくるな、ということだろう。それにしても本当に飼い犬か?あれ。

飼い犬や猫にまで気配りをしました、というこのおかでんの細かさを評価してもらえるだろうか?・・・多分、そこまでは気付いていないと思う。

そういう一連の儀式があった後、「さて」という話になった。僕が泊まらせてもらう部屋に荷物を運び込むのかな。

「お母さんがこれからドライブに連れて行ってくれるって」
「え?」

出た。また、おかでんの予測不能な所から新しいでき事が。本当に、その場その場で話が決まっていく。日本人的感覚からしたら、「情報を小出しにして隠しているんじゃないか?」と勘ぐってしまうが、彼女たちは至って真面目だ。2歩3歩先は見ていない。1歩先だけ、見ている。

何でも、夕日が見えるスポットがあり、この時間に行けばちょうど良いということだ。いきなり聞かされる方は心の準備が必要だが、良きご提案なので断る理由は何一つない。早速出かけることにした。

今度はハンドルをFish母が握る。・・・待て、今気がついた。完全にFish母がおかでんの旅行に食い込んできたぞ。昨日のFish友人(Jenny)から始まり、今日のFish弟ときて、今度はFish母か。2日後にはFish妹の家にお世話になるので、もうこうなるとFish一族総力戦の様相を呈してきた。いやー、そんなにおもてなしされるような大人物じゃないんですけどね。

車は恆春の西側へと向かっていく。途中、何もない真っ直ぐな田舎道の脇に、延々と100m以上も続く健康歩道を発見。「おお!」と感動した。健康歩道、台北でやったけどあれは痛かったなあ。

道中、一軒の飲食店がぽつんとあった。通り過ぎた後、Fish親子が何かを話している。その後、Fishはこっちを振り返り、

「今晩はあの店で夕ご飯になるよ」

と告げた。ああそうですか。Fishから初めて聞く「今後のスケジュール」だったが、その内容はまるでツアー旅行のガイドさんの発言のようだった。もう決定事項なのね。おもてなしする気満々じゃないか、Fish母も。でたぞ、台灣人のおもてなしスピリット。ファイティングポーズ取りまくりじゃないか。

「娘が友達を連れてきた。まあ勝手にやってなさい」ではないのね。自分の縄張りに入った以上は、おもてなしをせずにはいられないという性分。愛すべき台灣精神だ。ただ、「縄張りに入っちゃった人」からすると、歓待されるけど選択権の自由が剥奪されるので、もうなすがままだ。

幸い、恆春のグルメ情報だとかショッピング、観光情報はほとんど持ち合わせていなかった。日本にいると、この地帯は情報が希薄だ。だから、おかでん自身恆春について「あの店に行きたい、あそこに行きたい」という細かいプランは立てていなかった。それが良かった。あんまりあれこれ考えていたら、おもてなしにブンブン振り回されておいおいちょっと待て、オレがやりたいことができないじゃないか、になっていた可能性あり。

できるだけなーんも考えずに、その時その時にリアルタイムに次の一歩を考えればいいさ、と開き直って行くことに決めた。台灣に居るときは台灣風な発想で。

道ばたには、田んぼか畑かがある。そこには、のぼり旗がいっぱいたなびいていた。カラフルだし、よく見ると顔写真のようなものまで見える。何だ、あの旗は?

「選挙の時に使った旗だよ。用済みになったので、鳥よけとして再利用している。エコだね」

とFishが解説してくれる。うーん、なるほど。そういう使い方があったか。大変にかっこ悪い光景だが、コストがかからず合理的だ。でも、日本だったら選挙期間外でこういうのぼりを掲げていたら、その用途の如何を問わず公職選挙法に引っかかりそうだ。

關山の駐車場

向かっている先は、「關山」というところ。いざ關山に取り付いてみると、駐車場から道路から、人でいっぱい。何がはじまったんだ、これは。

見ると、全員若い。中学生くらいだろうか。しかも、全員男性。

「修学旅行だね」

とFishは言う。ほぅ、台灣にも修学旅行という文化があるのか。日本固有のものかと思っていたが、見識が甘かった。

それにしても人が多い。これじゃあ、山の上は人でいっぱいだし、そもそもこの行列のせいで駐車場に入ることができない。

迂回ルートがあるそうで、Fish母はハンドルを切り、別の方角に向かった。

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