車から降りたら、正面に大きく立派な建物があった。「清泉」と書いてある。おや、その脇には「せいせん」というひらがなが。日本人観光客なんて少ないであろう溫泉地なのに、なぜわざわざひらがなが書かれているのだろう。
陳さんは、「ここが日本の皇族が泊まったところだ」と言う。ああ、ここがそうですか。当時は「山口旅館」という名前だったらしいが、今では装いも新たに、「せいせん」。やっぱり日本の面影を残したネーミングだ。といっても、中国読みすると違った名前なんだろうけど。
「こんな立派なところに入るのかー」
と感心しながら建物を眺めていたら、Fishが「違う、そっちじゃない。無料で入ることができる公衆浴場は別にある」と言う。そりゃそうだよな、さすがにこんな立派な温泉旅館でひとっ風呂、というのはないだろう。
ちなみにここで外来入浴をしたら、お一人様200元だそうだ。
清泉の前の道を少し歩いたところに、「公共溫泉浴室」という建物があった。いわゆる「共同湯」という奴だ。タイル張りの外見故に、なんだか公衆トイレのような外見がイカす。しかし、これからここでひとっ風呂浴びようとしているのに、「トイレみたい」と言ってはいかん。厳に慎みたまえ。
入場料無料、というのが素晴らしい。地元の人がメンテナンスしているのか、それとも行政が管理しているのかは不明。入口に鍵はかからないようなので、一応24時間入湯ができそうだ。いつ掃除しているんだろう。
そうそう、忘れちゃいけない、ここは男女別の浴槽。だから全裸で入浴する。
いや、何を当たり前な事言ってるのよアンタ、と思うかも知れないが、溫泉天国台灣は「混浴・水着着用」が多いという事を前提にしておかないといけないんすわ。溫泉入浴文化は日本統治時代に持ち込まれたものだ。だから台灣は溫泉が栄えている。しかし、「人前で裸になるのは野蛮」という中華思想がもともとあるため、現在では「水着着用で入浴」というところが多い。ややこしいのぅ。
だから、「台灣で溫泉に入る!」と思って旅の支度をしている人がいたら、水着は忘れずに。忘れやすいのがスイムキャップだ、台湾の温泉はプールと同じ考え方なので、帽子も必須だぞ。
とはいえ、裸での入浴がいかに気持ちエエものかは、台灣人だって知っている。だから、「水着着用ゾーン」と「裸ゾーン」が分かれていたり、家族風呂・情人(カップル)風呂がずらりと並んでいたり、裸でも楽しめる作りになっている事が多い。
このあたりは温泉地に行ってから判断するしかない。
今回、四重渓溫泉に行くにあたって、「水着必要ですか?」と一同に確認を取ったところ、いらないと言われた。だからタオルと石けん等のみの持参となった。
うっかり、水着着用のところでタオルのみ持参・・・なんて事になったら、泣くに泣けない。なにしろ超遠方の台灣の溫泉だ、次は無いと思って間違いない。もしそういう事態になったら、「今日からこのパンツは水着と見なす。いいな現地人、これが日本の最先端トレンドの水着だ」と開き直っていただろう。
男性浴場の中に入る。
ええと・・・。
中に入って正面に脱衣籠が並ぶ棚がある。そして、その右手に浴槽。日本でも、古い共同浴場は浴室内に脱衣場があることは珍しいことではない。
しかし、おかでんが戸惑ったのは、「脱衣スペース」と「お風呂スペース」の境界となる「何か」が何も無いことだった。普通、段差があるものだろう。普通、というか段差は必ずある。スノコで段差を作ることもある。そうすることで、明確にお互いの縄張りが確定し、「こっちは濡らしては駄目ゾーン」「こっちは濡れても良しゾーン」と規定される。
・・・それが、ここには、無い。
うわ、すごく違和感感じる。多分、この文章を読んでもその違和感というのにピンと来ないだろうが、実物を見ると相当気分が悪い。目の錯覚を誘う絵を1時間ずっと見せられた後、みたいな感じだ。
じゃあ皆さん靴はどうしているんですか、というと、適当なところで適当に脱いでいるのだった。特にここだ、という「下足する場所」の決まりはない。いや、ちょっと待て、サンダル履いたまま体を洗っている人がいるぞ。というか、そいういう人ばっかりだ。
なるほど、ここにやってくる人は原則、ビーサンでやってくるので、濡れても構わないのだった。サンダルが脱いで置いてあるな、と思ったら、それは浴槽に浸かっている人のもの。
とはいえ、おかでんは革靴。脱衣籠の前で脱ぎ捨てて、裸足で闊歩するしかない。面白いもので、このときはすごく足の裏が不潔に感じた。「風呂場に土足で入る」という事が日本人の感覚としてはあり得ないので、常識を壊されたことで過剰反応してしまったのだろう。
壁にはお風呂の入り方について注意書きがあった。これは大変分かりやすい。さすがに日本と同じだ。意訳すると、「先に体を洗ってからお風呂に入ってね。タオルをお湯に浸けたら駄目です。そして、入浴中に体をこすったりしちゃダメダメ」。
陳さんが、ここの風呂の入り方を教えちゃる、と言っている。えええ、そんなに複雑なマナーとかルールとか忍法とかあるんですか、と思ったが、聞くと「お湯と水のバランスが難しいのだ」と仰る。師匠、何ですかそれは。
Fish経由で話を聞くと、最初に体を洗う時に使うお湯だが、水の供給が不安定なのでよく水が止まるという。
「え?溫泉が、じゃなくて水が?」
「大きな施設が水を使うので、足りなくなるらしい」
「ホントかよ」
「急に水が止まったりするので、水とお湯はあらかじめ溜めてあるよ」
よく、湧き出てくる温泉は少量であり、施設が増えるたたびに供給量が不足し、源泉掛け流しとはほど遠い「ほとんど水道水、僅かに温泉。でも温泉と名乗っちゃってます」という施設が日本にはある(と聞く。本当かどうかは知らん)。この四重渓溫泉も、お湯が足りなくて・・・というならわかるが、水が足りないってどういうことだ。
どうやらカランのお湯の調整にはテクニックが必要らしいということだけは、事前に分かった。
さて、いざ裸になって陳さんの後に着いていく。すると、目の前の大きな浴槽には目もくれず、脱衣場の裏手にある狭いスペースに連れて行かれた。そこには、二つの水槽がある。ん?何だ、これは。
陳さんが、置いてあった洗面器を取り出し、「これでお湯と水を調合するんだ」と英語で教えてくれた。この水槽、片方は水、片方はお湯になっていた。お湯だけだと、熱い。
洗面器・・・といっても、5リットル以上入る、溶剤だか殺虫剤だかが入っていた取っ手付きペット容器だ。上半分が切り取られていて、そこにお湯を溜めて体にかける。
そうかー、カランは無いのだな。先ほど聞いた、「水の供給」問題があるのかもしれないが、単に配水管の設置を簡略化したかっただけかもしれない。それだったら、日本の共同浴場みたいに、湯船からお湯を汲んで体を洗えばいいのに、と思うがそれはどうやら彼らにとって「不潔」らしい。他人のダシが出ているお湯で体を洗っても奇麗にはならん、ということだろう。確かにそれは納得だ。
お風呂一つとっても、清潔という概念が日本と台灣では違うのが面白い。
かけ湯をした程度で、陳さんに誘われて浴槽の方に向かう。あれ、体を洗うのは後ですか。
お湯は、アルカリ性というだけあってぬるぬるした肌触り。若干白濁した湯の色をしている。掛け流し。ただこの白濁が、溫泉の泉質なのか、それともお湯が汚れて白濁したのかが分からず、あまり気持ちよく入る事ができなかった。今考えると考えすぎなのだが、やなり360度慣れない環境下に置かれると、全てが怪しいものに見えてしまう。人間が備え持つ防衛本能なのかもしれん。
湯温は恐らく41度程度だと思う。適温。そのせいもあって、この溫泉に来ている人はみんな結構のんびりとお湯から出たり入ったりしていた。日本の共同浴場の場合、地元の人はさっとやってきて、ぱぱぱっと体を洗って風呂に浸かり、「今日はぬるいな。ぬるくて物足りないよ」なんて言いつつあっという間に去っていく。カラスの行水が格好いい、という文化があるかのようだ。その点こっちは違うようだ。暑い国だし、風呂に浸かる事がまずあまりないだろうから、共同浴場でのんびり過ごすというのはちょっと驚きだ。でも、単に風呂好きだからとかそういうのではなく、単にこの人たちの時間感覚が、日本人と比べてのんびりとしているからだと思う。
風呂に浸かりながら、陳さんに話を聞く。陳さんは台灣出身だが現在アメリカに住んでいて、既に悠々自適の隠居生活の身。冬になると、避寒のために恆春に滞在するのだという。なんと、先ほどお邪魔した陳さんの部屋は冬の間しか使われないのか。なんというぜいたく。現役時代に相当もうけちゃいましたね?何の気なしにこれまでの半生を聞いたら、延々と素晴らしき遍歴を教えてくれた。すげぇな、聞くんじゃなかった。
陳さんは「この溫泉はいい溫泉だ。台灣四大溫泉を知っているか?」と聞いてくる。こっちも負けてはいられない、「もちろん知っている。ええと・・・」知ってはいるが、発音を知らないので答えられなかった。くそ、外国語は難しいのぅ。ペンと紙があれば、その場で書いてみせて「どうだ!」と自慢するのだけど。
ちなみに四大溫泉とは、「新北投(シンペイトウ)」「陽明山(ヤンミンシャン)」「關子嶺(グアンズィリィン)」「四重渓(スィージョンシー)」とおかでんは認識している。うわ、難しい発音ばかりだ。
口ごもっている間に、陳さんは自信満々に「ここ(四重渓)と、陽明山と、關子嶺と、台東だ」と答えた。あれ、こちらが認識しているところと違うな。
後で調べてみたら、台東の近くには「知本(チーベン)」という溫泉の名所があり、そこを指しているようだ。
結局、「三大○○」のようなやつってのは選定した人の主観が入るので、諸説できてしまう・・・というのはどの国においても同じってこった。
さて、温まったところで今度は体を洗わなくては。また先ほどの湯溜めに行き、お湯を汲んでは頭から被る、の繰り返しをした。しかしこれだと、湯溜めの前を占拠してしまい廻りの人の迷惑になりそうな気がする。本当にこれで良いのだろうか。
心配になっていたら、陳さんが「ほら、これを使うんだよ」と10リットルは入るであろう、白いポリバケツを持ってきてくれた。それに適温のお湯を溜めて、どこか適当なところに座り込んで体を洗うべし、ということらしい。なるほど。このポリバケツ、多分何か化学薬品が入っていたものを転用したのだろう。この辺りが相当いい加減というか、使えるものは何でも使う、というか。日本にある「美学」というのはあまりこの国にはないように感じる。でも、それはそれでアリだと思う。
女性陣との待ち合わせ時間になったので、風呂から上がる。・・・いや、風呂から「上がる」という表現はあまり正しくないな。何しろ段差がない風呂場だから。そのせいで、着替えをするとき、ズボンやソックスが濡れて困った。他の人たちはどうしているんだろう、と思って見渡すと・・・ああ、そうか、はだしでビーサンだから、何も考えなくて良いんだったな。納得だ。
風呂上がり、女性陣と一緒になっていったん車に戻る。そのまま帰るのかと思ったら、Fishが「この辺り散策してきていいって」と言う。
「は?それは誰が?」
「お母さんが」
「その間、お母さんと陳さんは?」
「車で待ってるよ」
待てぃ。何だか変な雰囲気だぞ。これって、まさにお見合いの席上で、途中から「では若い者同士で後は会話など・・・」といって両親と仲人が席を立つのと一緒ではないか。何だ俺、このままお見合い会場の庭園を散策するかのごとく、この温泉街を散策しないといけないのか。うわああああ、すごく居心地悪ぃぃぃ。というか、何を企んでいるんだ、Fish母。いや、何も企んでいないんだろうけど。
変な気を遣いすぎだよ・・・と、少々トホホな気分になりながらFishとちょっとその辺りを散策する。トホホな気分、と言うとFishに申し訳ないんのだが、さすがにこの「配慮」は日本では定番すぎる配慮で、もはやマンガの世界に達しつつある。その一人称に自分が立たされるとは。
そもそも、Fish母に僕の事がどう伝わっているのかもよく分からないのだが、さらにFish母経由で陳さんにどう「劣化コピー(?)」しておかでんの存在が伝わっているのかがますます謎だ。大層微笑ましく見られているのだろうか、ボクタチ。うわあ。
とはいえ、せっかく「台灣初」の温泉街だ。探索したい気は満々にある。もちろん、お二方をお待たせしている以上はあんまり遠出はできない。ちゃっちゃと見て、台灣における温泉街のありようについて検討してみたい。ありがたい機会を頂戴し、感謝だ。これまでは「拉致されっぱなし」だったが、今回ようやく自分の足で動ける機会を得た。
とはいえ、いざ歩いてみると通りには人気がない。お店も当然閉まっている。平日ということもあってあまり人気はないようだ。
もっとも、四重渓溫泉はホテルがぽつぽつとけっこう広範囲に広がっているため、数十メートル歩いた程度では全容は見えない。夜でも栄えているナイトスポットがあるやもしれぬ。しかし、歩いた限りだと寂しいものだった。「下駄を履いて、浴衣で温泉街散策」という日本文化はここではあまりないらしい。
「清泉」旅館の前にある、別の小さな旅館。
既に入口の奥は暗くなっており、営業しているんだかどうかもよくわからない。とっととフロントの受付業務を終了してしまったらしい。外の温泉街が大人しいので、夜になってほっつき歩く宿泊客はいないのだろう。台灣の温泉旅館に宿泊した人って、夜の過ごし方はどうなっているんだろう。
そもそも、台灣の溫泉旅館は多くの場合夕食は料金に含まれていない。その代わり朝食は込みだ。だから、夕食は外に食べに行くことになる。夕方チェックインして、風呂入って、夕食は外に食べに行って、部屋に戻って、また風呂に入って、寝る。ああ、まあそんなにおかしくはないか。ただ、台灣の人ってあんまりお酒を飲まないようなので、酒飲みであるおかでんからしたら「どういう夜を過ごしているのか?」というのが謎でしゃーない。
それは兎も角、看板が特徴的だった。梅のマーク(これは台灣の国の花をイメージしたもの)に「合法旅館」の看板。こういうお墨付きがあるということは、「違法旅館」もあったということなのだろう。置屋みたいなものか?日本でも、最近じゃ滅多にお目にかからないが「純喫茶」を名乗る喫茶店が結構あったな。一時は「パンチラ喫茶」だとか「ゲーム喫茶」といったいろいろな喫茶店があったからなあ。小学生の頃、「パンチラ喫茶」の存在を知った時は子供心に相当興奮したものだ。早く大人になりたい、と思ったが、いざ大人になってみるとそのようなものは既に存在しなかった。あったとしても、大して興味を示さなかっただろう。
合法旅館の表示の下には、「Taiwan」のロゴ。これは台灣の観光キャンペーン用ロゴマークだ。今回おかでんが台灣に行こうと思った直接の動機、台灣観光局がスポンサーの番組「台湾新発見!」ではこのロゴを使ったCMばかりが流れていた。日本でいったら、「Youkoso!Japan」に相当する。しかしこのロゴは日本と違って結構徹底されているようだ。こういう、失礼ながら辺鄙な温泉地にもロゴがあるし、その他あちこちで見かけることができた。台灣は観光に結構力を入れているようだ。
「あれ。こんなところに小黒(シャオヘイ)がいるぞ。おーい小黒~」
「小黒じゃないよ。黒い犬だったらなんでも小黒にしちゃダメ」
Fishに釘を刺された。
確かに、Fish家の小黒と同じ真っ黒な犬だが、顔つきも違うし首輪を付けていない。
こんなところにも野良犬がいるのか。どこにでも居るな、野良犬。
この野良犬、屋台の前でちょこんと座っていた。特に何かをおねだりするわけでもなく、そこにじっとしていた。さっさと巣に戻って寝ていなさい。もう夜遅いですよ。
野良犬に釣られるように、ふと目の前の屋台を見た。「台灣小吃」と書かれている。見ると、なにやら揚げ物がたくさん並んでいる。もう夜も更けて、通行人などほとんどいないのにこれだけ残っていてどうする気だ。当然明日にも売るつもりなのだろうが、こんなので商売大丈夫なのか心配だ。
もっとも、本業は屋台の背後にある店舗で飲食店をやっているようなので、そっちが儲かればとりあえずいいや、というつもりなのだろう。
何を売っているのだろう、と眺めていたら、店の奥からオッチャンが出てきた。話しかけられても何にもわからんので、適当にFishに対応してもらっていたら、何だか雲行きが怪しい。リーベンがどうの、という会話が聞こえる。どうやら、日本人が来たぞ!という話になっているらしい。こらこら、もっとそっとしておいてくれ。そんな大げさなものではない。
しかし、おっちゃんは「リーベンがわざわざここまでやってきた!」と嬉しかったらしく、串に揚げ物一個刺し、「とりあえず食え」と差し出してくれた。言葉が通じていないので、これをそのまま受け取って「はい10元なり~」と言われたらスゲー悔しい。しかし、横に居てくれているFishが「プレゼントだって」というので、恐縮しながら頂戴することにした。
食べてみると、サツマイモだった。薩摩芋に小麦粉か何かを軽く振って、揚げたものだ。これがまずかろうはずがない。口の中が乾くが、美味い。
「ハオツー」
と、なけなしの単語で好意を表明すると、おっちゃん、そうだろうそうだろうと深く頷く。
そして、「あ、せっかくだから粉を振りかけるともっと美味くなるよ」と言い出した(Fish訳)。何かパウダーを上から振りかけるらしい。そうですか、ではもうやけくそだ、この半分食べたやつにふりかけちゃってください。ご厚意に甘えます。
すると、おっちゃん、「全部食べて。新しい奴で味わって貰うから」などと言い出す。いやいや、そこまでのご厚意を頂戴するわけにはいかないです。「いいからいいから」と言い返すおっちゃん。
結局、空になった串をひったくるようにおっちゃんは没収し、新しい芋を串に刺して店に一度引っ込んだ。この際に逃げだそうかと思ったくらいだ。しばらくして、粉をまぶした物を持って戻ってきたのだが、これがまたスパイシーになっておいしい。日本人はまだまだ薩摩芋を使いこなせていないな、と思った。
おっちゃんはますます絶好調で、相手が日本人だと分かったので「あの清泉という宿を知っているか。昔、皇室が泊まった事もあるんだぞ」などと言う。いやもう、今日さんざんその話はあちこちで聞きました。
あと、写真撮影をFishに頼んだら、オッチャンも一緒に写るという。それはありがたいので、一緒に記念撮影に相成った。ただし相手のペースに飲まれッ放しで、おかでんは若干へばり気味。写真左を見て貰えば分かるとおり、自信満々のオッチャン、そして困惑気味の顔をしたおかでんの顔が対照的だ。
加えて、「そうだ、せっかくだからお店の看板の前で写真を撮り賜え」などとオッチャンが言いだし、おかでんを屋台の看板前に連れ出す。もうやりたい放題だ。屋台の名前は、「巷仔内的店」というものだった。その脇で写真を撮ろうとすると、オッチャンが「串の芋が半分無くなっているな。新しいのにしなくては」などと言い出す始末。いやいや、もうこれ以上は食べられませんよ、と言っても「見栄えが悪いから」などと言う。そこで、二本目の芋を一口で食べたら、オッチャンは三本目を装着。おかでんに渡そうとしたら・・・「あ、粉を振りかけた方がおいしいんだった」と店へ。おーい。そういうのはいいから。
結局、3本もご馳走になってしまった。お世話になったけど、何も買わなくてごめんなさい。でも、お店の宣伝は日本でしておくよー。巷仔内的店。四重渓溫泉に行ったらぜひお立ち寄りください、ということです。
そんな屋台でのやりとりがあったので、温泉街散策もままならないまま車に戻った。もう結構夜遅い。22時20分だ。あまり待たせるわけにもいくまい。
さあ、陳さんの部屋に戻って、今日の写真の整理でもしながら寝ようじゃないか。あと、昨晩洗った服が案の定生乾きで、大変に生臭くなっている。スーツケースの中に入っていた衣類全部にその臭いが移ってしまったので、今晩中に洗濯し、明日までに乾かさないと。
・・・と思ったら、なにやら車の中がごたごた議論している。何かと聞いてみたら、明日は陳さんが高雄に出かけるため、家を留守にするのだという。それはおかでん的にはちょっとラッキーだ。明日の夜、一人で過ごす事ができる。陳さんと馬が合わないわけではないが、さすがに英語で意志疎通をするのは気疲れする。一番辛いのは、感謝の意を表する事がままならいことだ。さんざんお世話になった時でも、しかるべきお礼をすれば一応気が楽になる。しかし、サンキューだとかシエシエ程度しか言えないと、もの凄く心苦しい。その点、当主がご不在となれば、少しは気が楽だ。
とはいえ、鍵の受け渡しが気になる。おかでんの方が先に部屋を発ち、戻るのは夜だ。その間にどうやって鍵の受け渡しをするのかが問題だ。Fishはなんとかなるだろうくらいの考えだったので、そこは後ろから叱咤激励し、「ちゃんとつじつまを合わせてくれ。何時に鍵が誰の手に渡り、誰から僕は鍵を受け取れば良いのか。そして部屋を使い終わったら鍵を誰に何時までに渡せば良いのか」を確認してもらった。こういう細かい事を気にするのは日本人独特だ。台湾人からすると、「とりあえず当日なんとかなるでしょ」という発想だ。いや、違うって。それだと、明日の全体スケジュールが決められないのですよ。明日陳さんに会ったり、Fish母に会うなら話は別だが、多分朝から晩まで別行動だ。明後日もそうだろう。鍵の受け渡しについてはきっちり決めておきたい。
Fish自身、あんまりその細かい話に興味薄、というか面倒臭い気配を漂わせていたが、こちらとしては断固徹底したスケジュール管理をお願いしておいた。さんざんFishを追い詰めた結果、こちらの期待する「何時に、誰に、借りて、何時に、誰に、返すのか」がはっきりした。
その後、陳さんとおかでんが部屋まで送り届けられ、さあお休みなさい、ところでFish、明日は何時集合にするかねえという話になった。するとFishは「これから『出火』に行くよ」と言い出して、おかでんは仰天してメガネがずり落ちそうになった。もう23時近いんですが、これからまた観光に行きやがりますか。なんてスケジュールだ。格安ツアー旅行でも、ここまで予定を詰め込むプランはあるまい。すげーな。
「出火」とは、恆春からちょっと行った山の中にある、文字通り「出火」しているところだ。地面から天然ガスが吹き出ており、地面から火が出ている。正式名称、「出火奇観」。そりゃ、奇妙な光景だよな、木も炭も何もないところから火が出ているんだから。
奇観らしいのだが、昼見ると周囲が明るくてちょっと物足りないらしい。ポップコーン売りがいたりして、観光客がポップコーンを地面からの火で作っているらしいし。だから、夜に行くと幻想的、と聞いたことがある。その話を訪台前にFishにちらっとしていたのだが・・・しっかりと相手の頭の中にはインプットされており、「じゃあ今から行こう」という話になったのだった。だーかーらー、段取りを事前に教えておいてくれよ。ありがたい配慮だし、素晴らしい記憶力でうれしいんだけど、いきなりすぎるってば。
「えっと、それはお母さんが案内してくれるの?」
「いや、お母さんはもう寝る」
「じゃあ、運転は僕ってことかい?」
「そうだよ」
ちょ、ちょ、ちょ。おいおい、てっきり明日車の運転かと思っていたのだが、いきなり今日これからかよ。まだ心の準備が全然できていないぞ。そうですか、車ですか。いやまあ、アメリカで左ハンドル車は運転した事があるから大丈夫だとはいえ、もう相当昔の話だしなあ。
慌てて、スーツケースの奥から台灣で使える免許証を取り出し、運転に備える。
久々の異国での運転。事故ったら保険が下りないはずなので、慎重にいかないと。
ドアロックをあけると、アンサーバックがハザードランプ+「キュイキュイ」という音。音で知らせるのはセキュリティ的な意味があるのか、それとも車を振り向かないでも、耳で確認できるという便利さからだろうか。日本ではこの機能を搭載している車はみかけない。単純にやかましい。夜23時過ぎ、寝静まった住宅街の中でこの音はちょっと申し訳ない。
助手席のFishに、「分かってはいるつもりだけど、交差点を曲がった時にいつものクセが出るかもしれん。交差点を曲がる時は『右に小さく、左に大きく』と声をかけるようにして欲しい」とお願いしておいた。
Fishのナビに従い、慎重に恆春の町を抜ける。幸い、この時間帯はスクーターが全く走っていなかったので危険な事は何もなかった。台北で、スクーターがレース状態で走り回っているのを見てびびっていたのだが、こののどかな町はそこまで過激にはなっていなくて一安心だ。
恆春の町からちょっと山に入ったところで、Fishから「ここだよ」と言われた。ここだよ、と言われても駐車場も何もない田舎道だ。路肩は車幅が広いので路駐には全く困らないので、駐車場を作るまでもないということか。それにしてもおおよそ観光地っぽくない。Fishの指示が無かったら、うっかり見過ごすところだった。
※実際は、ちゃんと標識が出ているので見落とすことは無いはず。ただし、夜訪れた時はうっかり見落とす恐れがあるので注意。
なんてさりげないところにあるんだ、と車から降りてみると、なにやら木々の隙間から、100mほど先のところに明かりが見える。
それを見て思わず笑ってしまった。ありゃあ、どう見てもキャンプファイヤーだ。そうかぁ、あの炎が以前から見てみたい、とワクテカしてきた「出火奇観」なのだな。
Fishと知り合ったのはもう4年近く前になるが、その時出身が「恆春」だと聞いて「は?どこでスかソレは?」と全く理解できなかったのだった。そこで、webで検索してみたのだが、4年前だと恆春なんて全然情報がない(今は結構増えた)。ほぼ唯一の日本語情報としてあったのが、この「出火」に関する話だった。地質学研究に関するサイトだったと思う。
そんなわけで、おかでんにとっては恆春=出火、であり、その地に到達できたのは大層感慨深いのだった。すまん、この文章を読んでいる人にとっては全く感慨深くない話だが。目をこらしてみると、火の周りに人が輪を作って取り囲んでいるようだ。まさにキャンプファイヤーの真っ最中だ。・・・いや、待て、あれは人じゃないな。微動だにしないぞ。さらに良く見ると、どうやら石柱であることがわかった。火が出ているところは危ないので、チェーンか何かで仕切りを作っているらしい。
Fishは自宅から持ってきた懐中電灯を手に、滑る斜面をずるずると下り始めた。
「お、おいFish、ここには遊歩道という概念は無いのですか?」
「無いよ、ここを下りる。滑らないように気をつけて」
有名な観光地のはずなんだが、意外と未整備なのだな。
なんとか平地に下りたが、そこから先も真っ暗で危ない。街灯という概念は皆無だし、やっぱり遊歩道はない。足元を注意深く照らしながら、正面の炎を目指す。
夜なので全く周りが見えないのだが、どうもこの辺り一帯は、僅かに草が生えているだけの荒れ地になっているようだった。木が一本も生えていない。最初、これだけ開放的なのは畑が周囲にあるのだろうと思っていたが、そんなものは皆無だ。どうやら、地面から吹き出てくるガスのせいで植物が育たないらしい。
ようやく石柱のところまで到着したが、Fishはそのまま「ここから先は立ち入り禁止」という意味っぽいチェーンをまたぎ、サークルの中に入っていった。「おい、ここ中に入っていいのか?」「大丈夫だよ、みんな入ってるよ」
そんなものなのか。火があっちこっちで吹き出ていて、危険そうなのだが、大丈夫なのか。そういえば、石柱をぐるっと見渡すと、ところどころチェーンが無いところがある。入りたい放題だ。
おそるおそる炎に近づいてみるが、何のことはない。全く安全だった。
ただ、間近で見れば本当に不思議な光景だ。地面から炎が出ているという光景は、ありそうでありえない。このあたりは、石ころだらけのザレ場になっているのだが、その石が燃えているように見える。石状のものが燃えるといえば、石炭や炭などがあり得るが、それだったら燃えているモノが赤く光を放つ。しかし、ここでは、石はあくまでも何事もなかったかのように鎮座しているだけだ。うーむ、見れば見るほど不思議だ。
キャンプでたき火をじっと眺める機会が時々あるからこそ、この「静かに、ずっと燃え続ける」光景は不思議で見飽きなかった。
直径20m程度のサークルの中は、あちこちで炎が起きていた。黄色く燃えるものもあるが、多くは青く光っていた。ガスによる炎ならではだ。
その青い炎が至るところで小規模に燃えているのを見ると、まるで新しい星が生まれている若い星雲のようだ。
しばらくFishと二人だけでこの光景を独占していたら、なにやら道路の方から若い人たちがわーとかきゃーと言いながらやってくる。われわれ同様、道路からの斜面で思いっきり滑ったりこけたりしているらしい。懐中電灯を持参しなかったようだ。ここ、夜は懐中電灯必須。
そのにぎやかな一団は、このサークルまでやってきたらおもむろにトーチを取り出した。トーチの先には、発煙筒のようなものがくくりつけられている。何だろう、あれは。Fishに「これから何が始まるんだ?」と聞いたら、「キャンプファイヤーだよ」という回答が返ってきた。?さっぱりわからん。日本語としては理解できるのだが、意味がさっぱりだ。台灣におけるキャンプファイヤーは、何か別の意味でもあるのだろうか。
Fishにこれ以上細かく聞いても、いい回答が返ってくるとは思えなかったので様子をうかがうことにした。トーチに着火され、煙か爆竹か何かが起きると思ったのだが・・・あれれ、単に燃えているだけだ。音すらしやしねぇ。まあ、夜に騒がしいのはよろしくないので、それで結構なのだが。
で、その面白みに欠ける火をどうするのかと思ったら、まるで埋蔵金探索の時の金属探知機のように、地面に向けてゆっくりと振り始めた。何をしているのかさっぱり分からなかったが、しばらくするといきなり地面から炎が出た!おお!今一つ、新しい出火奇観が誕生したぞ。これにはさりげなく驚かされた。
そうか、炎が出ているところ=ガスが出ているところ、というわけではないのだな。いたるところからガスは出ているけど、火は付いていない場所もある、ということだ。今こうして立っているところからもガスが出ているかもしれん。火気取扱い注意だな。とはいっても、小さな炎しかでないので、火傷を負うなんてことは無いはずだが。
ひょっとしたら、大雨が降った次の日は、出火が無いかもしれない。今日はたくさんの火を見ることができて良かった。
翌朝の予定をFishと詰めたあと、陳さんの部屋に戻る。
明日は恆春及び墾丁の観光となり、基本的にはFishお任せだ。しかし、今日ブンブン振り回された実績があるので、今回はある程度こちらで方向性を確認した上で、全体の枠組みを決めておいた。それだけで随分気が楽になった。
とはいえ、予定はややこしい。陳さんが明日高雄に行くのに伴い、車が必要になるのだという。朝11時までは車が使えるが、それ以降はNG。そのかわり、スクーターの利用が可能になる。それは大層面倒だ、いったんFish家に戻って乗り換えなければならないからだ。スパーンと気持ちよく朝イチから墾丁方面にドライブする事ができない。じゃあ、明日はスクーターオンリーで良いじゃん、と思ったのだが、11時まではスクーターが使えないらしい。
道理でさっき、FishがFish弟と口論していたわけだ。何を会話しているのかは理解できなかったが、「何でそれくらいOKしてくれないのよ」的な剣幕だったっけ。後で聞くと、弟のスクーターを終日貸し出して貰おうとしたのだが、弟が断ったらしい。弟君は結構スクーターに入れ込んでいて、いろいろチューンアップしているとのこと。だから、姉貴に貸すわけにはいかんかったらしい。おお、台灣人でも、来客がらみとはいえ譲れない一線があるんだな。「やっぱり人間は人間よのぅ」と、逆に親近感をかんじた。
「どうしよう?」と困り果てるFish。任せなさい、そういう時、パズルゲームのようにパキパキとスケジュールを当てはめるのは日本人、おかでんの得意とするところだ。恆春及び墾丁界隈の観光スポットは全然知らないが、Fishからの聞き取り調査により、行ける事、できることの整理ができた。
結局、翌朝は7時半にFish家におかでんが迎えに行くことになった。
その後早點(=ザオディエン。朝食)を食べに行き、その後帰宅、車で移動。11時までに墾丁観光は無理なので、想定外だったが空港の近くにある国立海洋生物博物館に行く。Fishは「とても良いところだよ」と言うが、何も台灣最南端まで行って水族館はどうよ、と思う。しかし、時間の配分上これでも良いだろう。
11時でいったん家に戻り、スクーターに乗り換える。正味2時間で海洋生物博物館を見ることができるかどうかは疑問だが、もし「物足りない!もう少し!」と思うならもう一度戻る、ということにした。後はスクーターで恆春古城界隈散策、昼食後は墾丁まで高飛び。夜はJennyのお姉さんが登場し、シーフードのお店に連れて行ってくれるはずだ。そして夜は、陳さんの家を独占して一息。次の日は高雄に移動し、観光・・・。うん、何となくイメージが湧いてきたぞ。具体的プランが詰まってくると、ようやくほっとする。今日一日があまりに翻弄されすぎたんだな。
Fishの家に車を戻し、そこから歩いて陳さんの部屋に戻ることにした。大体道は理解したつもりだが、異国の地故に十分な自信がない。そこで、Fishが宿まで自転車でお見送りしてくれた。
いや待て、まだお見送りがいるぞ。後ろからちょこちょこついてくる。小黒だ。
「なんだ小黒、お前もお見送りしてくれるのか」
小黒は、我関せず、といった感じでわれわれの前後をうろちょろしている。着いてきているのかどうかすらわからん。
そもそも、小黒からすれば、Fishは数日前に現れた人だし、おかでんに至ってはつい数時間前に現れたばかりの人だ。ご主人様(Fish母)と同系列の人間だと認識しているのかどうか、怪しい。誰にでも着いていくクセがあるんじゃなかろうな?
「ひょっとしたら、Fishが乗っている自転車になついているのかもしれん」
と思っていたが、その割にはこの犬、関心があるものが見つかればすぐにそっちの方にフラフラと流れていく。ああこれでお別れだな、と思ったら、しばらくしたら駆け足でこっちに戻ってくるから、なかなかなものだ。結局、陳さんの家まで付き添ってくれた。本物(ホンマもん)の忠犬か、それとも単なる暇犬か、どっちだ。もう時刻は24時30分なのに、いつ寝る気だろう。
さて、Fishと分かれて、陳さんの部屋へと向かう。そこでエレベーターに乗ったのだが、いざそこで途方に暮れてしまった。陳さんの部屋、何階だ?
いや、確かに階は聞いていたのだが・・・この建物、階が「二種類」あるのだった。
エレベーターのボタンを見るとそれが分かる。ボタンそのものには、1,2,3・・・と並んでいる。これは万国共通(最も、イギリスなどはちと違うが)。しかしこの建物の場合、ボタンの脇に違った番号が振ってあるのだった。1,2,3,5・・・となっており、4が抜けている。それだけならまだしも、階が上になると13,14が抜けているため、3フロアもずれるのだった。もうわけがわからん。
聞くと、「4」は日本同様、「死ぬ」意味があって縁起が悪いそうだ。13が抜けているのは多分13日の金曜日からで、14も「4」が入っているからだろう。
こうなると、さっき聞いた陳さんのフロア番号が「ボタンの数字」だったのか、「ボタン脇のシールの数字」なのかがわからん。しかも、さっき利用したエレベーターと、今回使っているエレベーターではボタンの配置が何と違っている。映像記憶が全くアテにならん。
「多分このフロア」と思って適当な階に下りてみたが、エレベーターホールは真っ暗で全く様子がわからん。間違った家に鍵を突っ込んで、中の人から「泥棒!」と通報されたらかなわない。ドキドキしながら、真っ暗で手先さえ見えないところで鍵を取り出し、扉を開けてみたら・・・あいた。良かった、言葉が通じない異国の地で、窃盗容疑にならずに済んだ。
陳さんはもう自室に戻って寝ているようなので、おかでんも自室に籠もる。
部屋備え付けのシャワーで今日の汗を流し、衣類を全部浴槽に突っ込んで洗った。洗剤など持ち歩いていないので、ボディソープを使う。その後、ひたすら干す、干す、干す。明日までに乾いてくれれば良いのだが。
その後、この日撮影した写真をPCに取り込み、リネームやら写真順序の整理などしているうちに時間が猛烈に過ぎ去り、床についたのは深夜2時半だった。今晩も睡眠時間が削られるなあ。
2009年02月18日(水) 3日目
3日目の朝。
前日夜に洗った衣料品、クローゼットにかけておいたのだが何だか生臭い。作戦失敗か。やはり洗剤で洗わないとダメだなあ。シャンプーで洗っても、臭いは取れない。これで被害範囲が全衣料に広がってしまった。さて困った。
とりあえず完全に乾燥すれば少しはマシになるかもしれない、と思い、クローゼットの扉を開け放しにして部屋を後にした。
完全に睡眠不足だ。ただでさえ就寝時間が遅かったのに、今朝は早朝に陳さんのところに来客があったからだ。ご丁寧にFish母が、一人暮らしの陳さんに気を配って朝食の宅配をしたのだった。お疲れさまです。
ただ、異国の地にいるという高揚感から、何とか今日一日はうろうろできそうだ。建物から外に出た瞬間、日本では感じられない風がおかでんを迎えてくれた。
外は、結構強い風。この風は恆春滞在中ずっと吹き続けており、止まることはなかった。だから、気温が高い割には体感気温が低くて済んだようだ。
一昨日、Jennyは「この時期の墾丁は30度あるよ。暑いから短パンがないと辛いよ」と言っていたが、特に不自由は感じなかった。恐らく、日本人、特に男性は短パンをあまりはかないため、暑い環境でも長ズボンに違和感を感じないのだろう。
雑多な住宅地を歩いて、Fish宅に向かう。途中、何か茶色いものが道路に転がっているので何事かと思ったら、丸まって寝ている野良犬だった。路上で寝るな、邪魔だ。なんて堂々としているんだ。
Fishと合流し、まずは早點(朝食)を食べに出かけた。
Fishに「昨晩はよく眠れたか?」と聞いたら、「萌萌が布団の上に乗っかってきて寝たので、気になった」と言っていた。猫め、こういう「人間が萌える」行動を一体どこで覚えてきたんだ。しかし、萌萌はちゃっかりしていて、昨日Fishが萬巒から持ち帰った猪脚の骨に気がつき、鞄から引っ張り出してかじっていたそうだ。豚の骨をかじる猫!しかも八角臭いのに!さすが台灣の猫はひと味もふた味も違う。
そういえば、昨晩忠犬っぷりを発揮した小黒はどこへいったのだろう。「家までちゃんと着いてきたよ」というので、ちゃんとご主人様(の娘)を安全に送り迎えしたことになる。しかし、今朝は家の前には見あたらない。またどこかへフラフラと遊びにいったな。ホント、飼い犬だか何だかわからん生き物だ。ちゃんと家の前で寝ていれば、今頃は萌萌から没収された豚の骨が与えられていたのに。
早點。ザオディエン、と呼び、台灣における朝食を指す(中国本土だと、簡体字になるので「早点」となる)。朝食といっても、本格的なものというよりもファストフード的なニュアンスが強いようだ。台灣に限らず、中国でもそうだがこの早點店が町にはたくさんあり、朝食を外で食べようと思っても困らない。日本だと、コーヒーショップかハンバーガー店か牛丼店か、という選択肢くらいしか無い事を考えるととてもうらやましいことだ。
「チェーン店だけどね」とFishが言いながら、道を進む。台灣飲食店の醍醐味(だいごみ)は、チェーン店まみれの日本とは違い個人商店が多いことだ。個性があって面白い。もっとも、その分味やサービスで外れくじを引く事も多いのだろうが、観光客からすればそれもまた旅の想い出だ。おかでんはそういう感性なので、チェーン店と聞いてちょっと残念ではあった。コンビニやマクドナルドみたいなのが出てきても、あんまりワクワクしない。
しかし、「ここだよ」と紹介されたお店を見て、考えを改めた。おいおい、これがチェーン店ですか。しっかりと台灣風情があってイイカンジではないですか。
お店の看板を見ると、「MEI&MEI 美而美」と書かれてあった。確かに、この看板を見ると個人商店っぽくない。後で調べると、「美而美(メアメ)」は台灣を代表する早點店らしい。早點のチェーン店があるというのに驚きを隠せないワタクシ。
店は台灣でおなじみ、ウナギの寝床。縦にやたらと長く、幅が狭い。
厨房兼レジがあるところは特に狭くなっており、机を壁に密着させるしかなくなっている。
こんなお店だが、店の前の看板には「民宿」なんていう文字もあった。どうやらこの上の階では民宿を営んでいるらしい。どんなチェーン店だよ。いや、美而美自体が民宿をやっているのではなく、美而美が店子に入っているビルのオーナーが二階で民宿を営んでいる、というのが正解なのだろう。で、勝手に美而美の「早點」という看板に、美而美とは全く関係のない「民宿」の看板をくっつけちゃった、というのが事の真相っぽい。なんともおおらかだ。
こういうところの民宿は、一泊1000元以下だ。600元くらいで泊まれるかもしれない。すなわち、日本円で2,000円以下。通な旅人は、こういう宿に安く泊まって過ごす。何しろ食費が安い台灣のことだ、宿代も節約できたら、無敵に等しい。台灣の場合、観光地などのバス停に民宿の客引きがいる事が多いので、その客引きと値引き交渉して、実際の部屋を確認してその場で即決、というのがスマート。とてもじゃないがおかでんには無理だが。
このお店には冷房が存在しない。あるのは、壁かけ式の扇風機だけだ。一年中温暖な気候なので、「冬には入口を閉める」なんていう概念がない。故に、年中入口は開けっ放しだ。
メニューを見てみると、さすがMEI&MEIなどと英語名も名乗るだけあって、洋風ファストフードが置いてあった。「漢堡」というのはハンバーガーのこと。蛋堡(恐らくエッグバーガーの事)が20元だからすごく安い。他には、イカバーガーや鱈バーガー、海老バーガーなどがあった。イカバーガー(花枝堡)というのは一体どんなものか気になる。イカフライが挟まっていると思われるのだが。
バーガー類のお隣には、「三明治」の欄がある。何のこっちゃわからんが、メニューの下には写真があったので意味が分かった。ああ、サンドイッチの事だ。当て字だな。サンドイッチ、が三明治になるとは明治天皇もびっくりだ。
その隣は「熱食」。写真を見る限り、フライドポテトやナゲットを指している様子。しかし、水餃子(一口水餃)や焼き餃子(大鍋貼)、大根餅(港式蘿蔔糕)という名前も見受けられるので、洋風料理ばかりではなく中華系のものも含まれている。何だか不思議だ。
ちなみに「熱食」で一番安いのは「熱狗」で10元(32円)。要するにソーセージのこと。デカさからいったらアメリカンドッグ、と呼称するのが正しいかもしれん。32円とは安いなあ。商売として成立するんか、それ?
いろいろ気になるが、続いてメニューを読み進めていくと、「蛋餅」というのがあって、「麺・粥」と続いて、最後に「飲料」。麺・粥のジャンルだけ、急に店が変わったかのように値段がつり上がる。安いものでも50元(160円)からで、高いものは60元。やっぱり朝は粥でも、と思っていたおかでんは軽くショックを受けた。何だこの高さは。ハンバーガーの2倍以上も麺や粥が高いって納得いかんぞ。そもそも粥なんて、そんなに高いものか?どういう事だ、これ。この国の価格基準がさっぱりわからない。
各自が注文した品については、料理到着時に紹介するとして。
適当な席に着席して、料理ができ上がるまで卓上を物色。テーブルにはおなじみの、袋入りの箸。あと、色とりどりのストローがあるのが飲料も扱っている早點店ならではといったところか。しかし、箸は袋入りなのにストローは剥きだしってこの違いは一体何だ。整合性がとれていないぞ。
調味料は、どうだとばかりボトルが二つ。辣椒醤(ラージャオジャン)と、醤油膏(読み方は知らない)。両方とも台灣の飲食店では定番の調味料ですな。前回訪台時にも見かけた。辣椒醤は大好きなので、ぜひ日本でも買いたいくらいだ。醤油膏は・・・いらん。これ、日本人の味覚にはあまりあわない。「醤油」の名前を信じたら、甘いのでびっくりするので要注意。テリヤキソースのようなものだ。多分、醤油に、デンプン系でとろみをつけ、砂糖などで甘辛く味つけをしたもの。何につけて食べるんだろう、これ。
ちなみに思い返すと、昨晩ご馳走になった照利というお店では、卓上にキッコーマンの醤油が置いてあった。あれは醤油膏では無かったはずなので、完全に台灣では醤油膏が天下を取っているわけではなさそうだ。
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