屯田兵になろう【北海道ハタケ仕事1】

菊地珈琲

ハタケの参加者及びスタッフが北海道駅に集結したところで、車に分乗して移動開始となった。井川カー先導で、おかでんカーが後をついていくという形。

「先導するから後からついてきて」とだけ言われてさっさと前に行きだしたので、こっちは慌てた。結局どのお店に行くのかわからないままだからだ。どのお店か事前に知っていれば、カーナビに登録するなりすることができる。はぐれても大丈夫だ。しかし、「ついてきて」というのは、ひたすら前の車からはぐれないように気をつけないといけない。こんな体験はずいぶんと久しぶりであり、カーナビが当たり前の時代になってからは初めての体験だ。

前の車に追随するなんてのは、一昔前じゃ当たり前のことだった。でも今じゃ、めっきり減った。

案外これが気を遣う。前の車が車線変更をしたのは、右折なり左折なりをこの後するための準備なのか?それともたまたまなのか?というのを推測しなくちゃいけないし、信号の変わり目で交差点を通り過ぎる際は、前の車とはぐれてしまう。

何せどこに行くのか聞かされていないので、いったんはぐれるともうどうにもならない。いや、電話すれば済む話なんだけど。一応、昨晩連絡をやりとりするため用に個人電話の番号は教えてもらっていたので。

菊地珈琲は現在4店舗を構えているのだが、さすがに土地勘がない上にハンドルを握って運転している立場だ。「ははーん、さてはあの店に向かってるな」と悟ることなんて無理だった。もうひたすら、慣れない道、慣れない道路文化の中で先を行く車についていくのに必死だった。

途中、「白い恋人パーク」の横を通過していった。北海道銘菓の定番、「白い恋人」の工場見学ができる施設っぽい。朝から観光バスがたくさん停車しているのが見える。

「おい、白い恋人だぞオイ」
「北海道観光地っぽいですねぇ」

車中一同、笑う。我々は当然のごとく、そんなものは無視して素通りだ。笑う、といっても自虐的な笑い方だ。

そんなストイックな事をやった先で、先導の井川カーが停まった。宮丘公園、という大きな公園の脇にある建物、それが目指す菊地珈琲だった。

菊地珈琲ブルーマウンテン館、と看板には書かれている。昔ながらの上品な喫茶店のように見えるが、あれ?ここでいいの?珈琲頂いてごちそうさま、ってわ趣旨で訪れたわけであるまいに。ちょっと心配になる。

それはともかく、「ブルーマウンテン館」と珈琲の銘柄を堂々と店名に据えているというのが誇らしげで素晴らしい。ブルーマウンテンといえば、言うまでもなくジャマイカで収穫される、高級珈琲豆の名前だ。コピ・ルアク(ジャコウネコが食べた完熟珈琲豆を糞から取り出したもの)のような特殊なもの以外であれば、値段/風味ともに日本珈琲界の王者に君臨している銘柄といって差し支えあるまい。

菊地珈琲焙煎工房

あ、なるほど。ブルーマウンテン館に併設される形で、喫茶店にしては武骨な倉庫のような建物があるのだが、こっちが「菊地珈琲焙煎工房」らしい。

カフエマメヒコは、わざわざここで珈琲豆の焙煎してもらい、東京に送り届けてもらっている。カフエマメヒコの弟分的存在である、西国分寺にあるクルミドコーヒーも同じくここの豆を使っている。逆に言えば、それくらいしか東京ではここの珈琲豆は使われていない。

ここの社長がとても豆に拘りをもっているそうで、東京へ豆を送ることを最初は頑なに拒んでいたそうだ。一応札幌内の喫茶店には豆を卸しているのだが、東京のような遠距離に豆を送るとなると、品質劣化が気になったのかもしれない。そこを井川さんが口説き落として、今ではマメヒコの珈琲豆はブルーマウンテンをはじめとして、各種珈琲全てが菊地珈琲謹製となっている。

ホットサンドをご馳走になる

まずは二階席に通され、社長じきじきがごあいさつにいらっしゃった。一同恐縮することしきり。いや、僕ら単にハタケ作業手伝いにきた、マメヒコの客に過ぎないんで。社長が井川さんにごあいさつするなら、取引関係があるのだから当然としても、僕らにまで丁寧にあいさつしてくださり、なんかもう恐れ多いやらなんやら。

この人、珈琲の話をしだすとかなり長い。愛すべき珈琲ガイであることがよくわかる。実に嬉しそうに珈琲の話をしてくれるのだった。昔は大手の珈琲メーカーに勤務されていたそうだが(UCCとかそういう規模の企業だと思う、多分)、自分で納得のいく珈琲をお客さんに提供したい、ということでお店を開いたのだという。

そんな話をお伺いしながら、ホットサンドをご馳走になる。さっき朝ご飯食べたばっかりだけど、これがうまいんだ。びっくりするくらい。皮がサクサクで、たまらん。これ目当てで通いたいくらいだ。

上品なカップに入った珈琲

珈琲までご馳走になった。これもまた美味い。当たり前だけど。

一人一人カップの種類が違う。これは社長の拘りなんだそうだ。何種類あるんですか?とお伺いしたら、・・・忘れた。100種類以上はある、って仰ってたはずだけど、数は覚えていない。とにかくいいものを見つけたら蒐集してしまうんだそうだ。

僕自身、毎朝自分で珈琲を豆からグラインダーで粉にし、ドリップしている立場。珈琲の話が面白くてしゃーない。で、ついついあれこれ聞いていたのだが、井川さんがやたらと時計を気にしだしている。

「ほら、もう行くよ。時間ないよ」

井川さんは、今回のハタケ遠足で思ったより人が集まったことから、当初予定していた以上の作業をこの土日にぶち込もうと考えていた。なので、今日はガッツリ働いて貰うぜ、昨日遅かった手竹立て作業も全部終わらせてもらぜ、という考えのようだ。

イライラするような人ではないのだけど、サクサク機動力高く動き回るのが井川さんの才能。なので、チンタラここで珈琲談義をやっているのはもういい加減終わりにしてくれ、ということなのだろう。へい、それでは本題の焙煎工房を見せて頂きます。

ブルーマウンテンの樽

社長に連れられて、裏手の焙煎工房に入らせてもらう。一階部分に焙煎機があり、二階部分は珈琲豆の倉庫になっていた。

普通の珈琲豆は、大きな麻袋に入って山積みにされている。しかし倉庫の片隅には、麻袋とは別にうやうやしく木の樽が並べられており、これだけ格が違うことが素人目でもわかった。

「これがブルーマウンテンの証しなんですよ」

社長が教えてくれる。えー!ブルーマウンテンって、わざわざこんな樽に入ってるの!?びっくり。

「いやだって、この樽だけでかなりお金がかかるものでしょう?そこまでして珈琲豆詰めるんですか?」
「最高級品ですから」

呆れた。麻袋だったらまだ利活用のしようもあるけど、こんな樽、どうするんだ。居酒屋でよく使っている生ビールの樽のように、回収して再利用するわけではなさそうだ。なにしろ、全部この樽の木材は新しい。

「テーブル代わりに居酒屋の店頭に置いたりすることはあるみたいですけどね」

と仰るが、いや、それでもそんな需要は限られてますぜ。こりゃあ、ブルーマウンテンが高いわけだ。「桐の箱入り日本酒」みたいなもんだ。

「ブルーマウンテン、と称して混ぜ物が入っているような粗悪品も結構世の中にはあるんですけど、これはれっきとしたホンモノの証拠です」

と社長は胸を張る。いや、そうだと思う。それにしてもこの樽1つで、いったいどれくらいの価値があるんだ?焙煎後の末端価格は、数十万円はくだらないぞ。盗まれたら大変だ。とはいっても、こんな重たいものをわざわざ盗んで、どこに転売するんだ?珈琲泥棒って、ほとんど存在しないとは思う。焙煎前の生豆だから、そのままでは飲めないし。

巨大な焙煎機

1階に下りて、焙煎機を見せてもらう。今日は焙煎がすでに終わっているということなので機械は作動していなかったが、とにかくでかい。工房、なんて名前よりも「工場」に近い規模だ。

「一度に30キロ焙煎できるんです」

と社長は言う。小規模の自家焙煎珈琲のお店にある焙煎機とは規模がぜんぜん違う。で、これだけの規模だからこそ、安定した火力で豆を焙煎できるのだという。小さい焙煎機だと、豆に熱が急速に伝わってしまい、豆の表面と内面とで熱に差ができやすいんです、だって。へーへーへー。

ちなみに火力はガス。今このご時勢でも電気を使わないんですか?と聞いたら、ガスのほうが細かい火力調整をこまめにできるからいいんだ、ということだった。なるほど。じゃ、よく「炭火焙煎」を売りにしている珈琲を見かけるけど、あれは?と聞いたら、炭火だからといって味がよくなるとは限らない、という見解だった。

一度に30キロ焙煎できるらしい

よくこの手の焙煎機には、前の部分にドラム缶というか、石油備蓄タンクというか、そんな丸いパーツが備わっている。これはなんなのかと思ったら、焙煎が終わった珈琲豆を一気にここに流し込み、かき混ぜながら送風して粗熱をとるための場所なんだという。

茹でたそうめんをすばやく冷水でしめないとデロンデロンに伸びてしまうのと一緒だ。ジャストタイミングで焙煎された珈琲豆を、すばやく覚まさないと余熱で深煎りになってしまうというわけだ。

いちいち感心しっぱなしだ。

「珈琲豆には結構ごみが入っているので、ハンドピックが欠かせないんです」

と、焙煎機脇にある引き出しから「除外されたごみの一例」を取り出して見せてくれた。珈琲豆は農作物なので、当然出来不出来がある。なので、焙煎してみたら一部が焦げたりもするし、形が悪かったりもする。そういうのを取り除くのがハンドピックだ。しかし、それ以前に、本当のごみも結構混じっているらしい。

見せてくれたのは、ナットとか金属片といったものだった。珈琲豆を天日干しする際などに混在してしまうらしい。もちろんこんなのが商品として流通したら大問題だし、それ以前に焙煎機の中に入ったら機械の故障になる。弾丸の薬きょうが入っていたこともある、ということなので結構デンジェラスだ。

アフターバーナー機能付きダクト

社長ご自慢なのは、巨大焙煎機だけじゃない。その煙突部分も自慢のパーツらしい。わざわざ煙突まで説明してくれるとは思わなかった。

そもそも、この場所に焙煎工房を作ったのは、すぐ隣が公園という立地条件がよかったからだという。大量の珈琲豆を焙煎すると、かなり強い煙とにおいが出る。それで周辺住民から苦情がきたら商売あがったりだ。なので、公園脇にしたんです、と社長は笑う。

でもそれだけではなくこの煙突ですよ。やたらとデカいパーツが取り付けられいてるので、自動車のマフラーのように有害物質を吸着する部分なのかと思ったが、半分正解で半分間違い。正解は、ここにはアフターバーナーが付いているのだという。つまり、この煙突の中にもバーナーがあり、煙の中に含まれている不完全燃焼な部分を燃やしきる仕組みだ。すげえ、そこまでやるかこのお店。

豆のテイクアウト可能

こんなブツを見せられると、そりゃあ珈琲豆買って帰りたくなるってのが人情ですよ。いろいろごちそうになったり、見学させていただいたお礼もあるし。その場にいた参加者が、我も我もと店頭の豆を買い求めはじめた。

井川さんはそんな様子を見て、やっぱり時計を気にしていた。一人ひとりが「この豆を200グラム」とかやりだすと、結構時間がかかるからだ。計量したり、パッキングするからだ。確かに、ハタケまではここから車で1時間かかる距離がある。帰りの飛行機の便はみんな変更できないわけだし、うかうかしてられないというのはよくわかる。

嬉しくなってコーヒー豆ご購入

で、僕が買ったのは菊池珈琲のオリジナルブレンド。迷ったときは、お店が自信を持っているであろうブレンド珈琲を買うに限る。

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