屯田兵になろう【北海道ハタケ仕事1】

レンタカー屋は空港近くにある、といってもそこは北海道。片道10分近くもバスに揺られてようやくレンタカー屋が立ち並ぶエリアにたどり着く。この地が初体験の人だったら、どこかロシアにでも売り飛ばされるんじゃないか、と心配になってくるくらいの距離感はある。

こうやって地図だけ見ると「空港脇」に見えるんだけどねえ・・・。実際はかなり遠い。

北海道旅行で大抵の人がやらかしてしまうのが、「距離感の見誤り」だ。北海道自体が、一般的小市民の日本人の感覚とケタ違いの広さだ。なので、地図の縮尺も何もかも、地図上で描かれているスケールが異なっている。その結果、「地図でこの距離なんだから、近いだろきっと」と甘い見積もりをしてしまい、ヒイヒイ言いながら移動することになる。

レンタカー屋が並ぶエリア

このあたりはレンタカー屋銀座だ。これから向かうオリックスレンタカーのほかに、ニッポンレンタカー、Jネットレンタカー、トヨタレンタカーが並んでいる。トヨタレンタカーにいたっては、よっぽど繁盛したからか2店舗も構えている有様だ。

で、それぞれの営業所がどこかのイオンモールか、というくらい広大な駐車場を持っていて、レンタカーがびっちりと並んでいる。そのスケールのデカさは、さすが北海道としか言いようがない。ただし、そんなにすごい数の車であっても、秋から春にかけてのオフシーズンは利用者が少ないと思う。かといって車の台数を絞り込むと、夏場の稼ぎ時に儲け損ねる。季節による需給の差がものすごく激しい場所なので、レンタカー屋は難しい運営が求められているはずだ。多すぎず、少なすぎない所有台数とは何台か?と。

オリックスレンタカーの送迎バス

で、オリックスレンタカーの送迎バスは営業所に到着。

オリックスレンタカーの営業所

営業所って言ってもこの規模だからな。屋根がある部分だけでも100メートル以上。「基地」と言われても信じちゃうくらいのスケール。

しかもこの営業所、ガソリンスタンドが備わっているらしくて、車を返却時に満タン返しにしなくても構わないのだという。一般的なレンタカー会社もそういう制度をとっているところが多いが、手間賃分が上乗せされてかなり割高なガソリン代を払わなければならない。しかしここだと、市井価格とそれほど差はないんだと(店員談。実際そうなのかは不明。何しろ空港近辺にはGSがとても少ない)。

これだけの巨大設備と、車の台数だ。給油をみすみす他社のGSでやらせるより、自前でやった方が儲かると考えたのだろう。ごもっともです。

巨大な受付カウンター

外は倉庫みたいな殺風景さのある建物だが、中はかなり立派。レンタカー屋の窓口って、大抵プレハブ小屋に毛が生えたような安っぽい建物で、中はごちゃっとしているものだ。しかしここは違う、何しろ広いもんだから、ホテルのチェックインカウンターと見まごうばかりのゆったり感があった。内装も豪華とは言わないが、チープさがない。

送迎バスからワラワラと客が降りてきたら、即座にカウンターでは「○○番の方!」と呼び出しをかけはじめた。誰がいつやってくるかは、空港の時点で判明している。だから、準備万端で待ち構えているというわけだ。これは段取りが良くてとても快適だった。でもまあ、空港のカウンターで受付してからここに至るまで20分以上かかっているわけであり、トータルでいえば時間はかなり要しているんだけどな。でも空港で車を借りるって、大なり小なりそういうもんだ。

ちなみに、あるルートを経由して車の手配をお願いしていた関係で、VIP用カウンターみたいな別のところで受付をすることになり、恥ずかしかった。そのルートを使ったほうが安かったら使っただけなんだけど。安いのにすいませんすいません、と卑屈になりながら手続きを済ませる。

借りたレンタカー

車を借り受ける。軒があるエリアに車がスタンバイされていて、受け渡しはとてもスムーズだった。冬は雪が降ったりするだろうし、屋根があった方が良いということなのだろう。

車種選びは、レンタカーを予約した際にえらく悩んだところだった。大きな車を借りれば当然お金も高くなる。だから、同行者1名と僕、という2名を前提にすれば1,000ccくらいの車で十分だった。しかし、ひょっとしたら当日誰か乗ることになるのかもしれないなあ、「他のヤツらなんて知らん」とはいかんよなあ、と思ったら、ある程度大きな車を借りる必要があった。

気を遣いすぎだ。これでもし「いや、おかでんさんの車は乗らなくて十分間に合ってます」って人ばっかりだったら、車を大きくした分のコスト増は自腹だ。さすがに同行者の女性に請求するわけにはいかないし。で、悩んだ結果がこのサイズの車。これでもう許して。

豆畑マメヒコの看板

車でハタケマメヒコを目指す。途中で井川さんの車と合流したら、そこに参加者全員が乗り込んでいた。もともと大きな車だったのだが、参加者全員詰め込んじゃったらしい。

聞くと、レンタカーを借りたのは僕一人だけで、あとの参加者は手ぶらだったという。なんてこったい。でもそりゃそうだ、運転免許を取っていない人とかたくさん混じっているんだし。まさかカフェが経営する、畑の作業のために、免許証取ってレンタカー借りるとは思うまい。

場合によっては、空港とハタケとをピストン輸送しなければいけないかと思っていたが、そこまでの人は集まらなかったのは幸い中の不幸、というか不幸中の幸い、というか。

空港から近い場所にハタケがある、とは聞いていたが、タクシーで行くには厳しい。道中はひたすらまっすぐな道があり、スピード感覚が狂うから恐怖感がある。雄大な大地、数少ない建物、そして全くない信号。こういうところで調子に乗ると、ネズミ捕りに捉まるんだ。スピードが出せる場所だからこそ、慎重にアクセルを踏みたい。

さて、畑というのは人んちと違って、建物があるわけでもないし境界線がはっきりしているわけでもない。初めて訪れる人にとってはわかりにくいものだ。でも安心、ここにはちゃんと道路脇に「豆畑マメヒコ」という看板が出ていた。観光農園でもないのに看板が出ている畑って、初めて見た。

今は「ハタケマメヒコ」という表現を使っているが、最初の頃は標記がブレていたか、または「豆畑マメヒコ」という名前を使っていたらしい。そのときのものをまだ使っている、ということだ。

無人販売所

豆畑マメヒコの看板の奥には、野菜の無人販売所があった。質素な建物だが、こちらにも「豆畑マメヒコ」と書かれている。

マメヒコにおける畑事業は2010年、十勝に土地を借りたところから始まっている。雑草だらけの荒地を開墾し、豆を植え育てたのだという。豆類の植物は根っこに根粒(こんりゅう)菌という菌ができ共生するという特性があるのだが、この根粒菌は空気中の窒素を溜め込んで豆に供給するという役割を果たしている。そのため、貧相な土壌であっても育てることができるたくましい野菜らしい。マメヒコ、という店名も相まって、それ以降豆を中心にハタケを運営している。

しかし、数年間十勝で頑張ったのだが、田舎独特の閉鎖的ないざこざとか(ハタケ脇に立てた小屋の屋根の色が赤いのが気に食わないとクレームがついたとか、そんな内容)、開墾したての土地で無農薬農法をやると、無限に雑草処理が続く羽目になったりとか、苦労が耐えなかったようだ。儲からないやら揉めるやら面倒やらで、ハタケを諦めようかと思っていたとき、現在の土地を紹介されたらしい。

新千歳空港から車で20分程度の現・ハタケマメヒコは、既に農薬を使わずに野菜が栽培されていた土地だという。で、その土地を耕していた農家のご夫婦が高齢を理由に引退を考えており、後を継いでくれる人をを捜していた際にマメヒコとであったというわけだ。マメヒコとしては、既に人の手が十分に入り上質な土になっている畑を借りることができ、しかも空港から近いので願ったりかなったりだ。

「現代の参勤交代」と評する今回のハタケ遠足が実現し、カフエの客を北海道まで引っ張ってこれたのも、まさにこの地の利によるところが大きい。

で、話を戻すと、この野菜の無人販売所はマメヒコがハタケを借り受ける前の方が運営していたものらしい。収穫したてのものをすぐ脇の販売所で売る、という仕組みで、朝採れの野菜、しかも無農薬が安く買えるということでかなりの売上げを誇っていたらしい。自分の畑だけでは並べる野菜の数が足りず、別のところからも野菜を仕入れていたというくらいだから、相当売れていたのだろう。

そういう話を事前に聞いていたので、ハタケの前の道路というのはさぞや車の往来が激しいのだろうな・・・と思ったが、全然。なにしろ、周囲は畑とか牧場とかそんなものしかない場所だ。時々車が通るとはいえ、絶対数は知れている。こんな場所で相当野菜が売れてたというのだから、遠方からわざわざ買いに来るくらい美味かったんだろう。

無人販売所で売られていたもの

謎の葉っぱ

ハタケマメヒコに切り替わったのは2013年からで、今年は2年目の挑戦となる。今期常駐する社員さんはつい先日北海道入りを果たしたばかり。そんなこともあってか、この無人販売所はほとんど品揃えがなかった。

「すどき」というものが200円で売られている程度だ。

聞いたことがない野菜・・・というか、葉っぱだが、これは山菜の一種らしい。「しどき」というのが正式名称だという。「たらの芽と並ぶ、山菜の王様」ということだが、すまん、食べたことないわ。

折角だから、北海道土産に買って帰ろうかと思ったけど、やめとけ。山菜なんて時間が経つとあくが強く出てまずくなるぞ。自宅から1,000キロ以上も離れた場所に今いるということを忘れてはいかん。

お会計はカンの中へ

無人販売所なので、お金は机にくくりつけられた缶に投げ入れることになっていた。これは先代から一緒の仕組みだという。

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