手竹の在庫が切れてしまったので、花豆畑作りは終了。あとは残った土地にいろいろな種を蒔いていくことになる。
この頃になるとみんな手分けして作業をし始めたので、全員一斉に同じ事をやる、ということはなくなってきた。数少ない男手である僕は、トタンの屋根で覆われた荷物置き場の整理を始めた。
なにしろご覧の通りだ。金属製の緑色の手竹風の棒が散乱している。使えるものもあるし、折れたり錆びたりしてもう使えないものもある。その仕分けと、整理整頓を一人でゴソゴソやっていた。「農作業」というのはこういう地道なことも含まれるのだなと感心。
何しろ、土地の広さは有り余っている。「整理しよう」なんて気はこれだと生まれない。「とりあえずここにどばーっとまとめておけばいいや」的アバウトな感覚になるのは当然のことだ。ましてや、この状況はマメヒコがこのハタケを引き継ぐ前からのものだという。老夫婦で営んできた畑において、整理整頓を徹底せよという方が無理ってもんだ。
幸い今回はマメヒコの力を使って、東京から人力がわらわらと集まっている。このタイミングに奇麗にしちゃるで。
他の人たちは、何かを植えていた。
何だったかもちろんちゃんと聞いていたんだけど、忘れた。豆、と一言で言っても、やれ大納言だの黒豆だの金時だの、いろいろあって覚えきれなかった。案外豆のこと、知らないものだなと呆れる。
家庭菜園ではないので、「ここにはこれを植えましたよー」という札なんてほとんど立てない(一部立てたけど)。だから、種を蒔いてしまった後にハタケに行っても、そこに何が植わっているかなんて全くわからないのだった。それはこの後、成長してからもわからないし、収穫して「豆そのもの」を見るまでやっぱりわからなかった。生育途中の豆の葉っぱとか見ても、それがなんだか理解できる知識も経験もないからだ。
というわけで、「何か植えてる」ってのはわかるんだけど、なんだろうなあれ。
種まきを終えたところは、大豆の時同様に足で土をかぶせ、豆を地中に埋める。だから、どこまでが作付け済みのハタケなのかさえわからなくなる。
写真右の男性も味噌会メンバーの一人。彼は普通の靴の上に、ビニール製の覆いをすねまでかぶせて長靴のようにして使っていた。まるで原発の汚染エリアに入る人のようだ、という形容は間違っているか?
参加したほとんどの人が長靴を持参していたのだが、「長靴なんてわざわざ買うの面倒だし、北海道に持参するのは面倒臭い」と思っていた僕は登山靴で参加していた。登山靴も、くるぶしまで十分に隠れるハイカットの構造なのだが、それでもやっぱりハタケの土が靴の中に入り込み、ジャリジャリした。土質がよくてふかふかしているので、思った以上に足がめり込むからだ。
靴の中に砂が入っていると気持ち悪い、というのはご想像の通りで、やっぱりハタケ仕事には長靴があった方がいい、という当たり前の結論に達した。
農作業中。花豆用の手竹作りという苦行が終わり、ペースアップだ。
僕はというと、とうもろこし畑の準備作業をお手伝いすることになった。北海道ではとうもろこしのことを「とうきび」というらしいけど。
寒いと生育しづらいので、ビニールトンネルによる簡易ビニールハウスを作ることになるのだけど、その前に土そのものの温度を上げないといけないとのこと。そこで、「マルチ」と呼ばれるビニールシートをわーっと敷いていくことになった。このマルチがあるお陰で、地熱が逃げないというわけだ。そこまでするのかとうもろこし。贅沢な植物じゃのう。
これを100メートル単位くらいで、ひたすらまっすぐにのばして敷いていくのは結構大変。「あれ?なんだか傾いてる」とかいいながら修正を加えつつ、少しずつ距離を伸ばしていく。
で、このマルチというビニールシートを敷いただけだと、風が吹いたら飛んでいってしまう。なので、マルチの両脇には周囲の土を軽くかぶせ、まくれ上がらないようにしないといけない。そして、マルチのところどころに、重しがわりに土をどさっと乗せておく。
こんなん適当に出来そうだが、慣れない作業なので結構難しい。何しろ、土をかぶせすぎてしまうと折角のマルチが埋没してしまい無駄になる。ちゃんとお日様に照らされるだけの露出を確保しつつ、それでも吹き飛ばされないレベルの土をかぶせる、という絶妙さが求められた。
こういうの一つ一つも、長年培ってきた農の知恵だ。僕は学校でも会社でもこんなことは一度も習った事が無い。感心しっぱなしだ。で、それをカフエを経由して習うっていうんだから、不思議な世界だとつくづく思う。
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