自分たちがあてがわれた宿泊場所は4階だった。
おそらくこの日泊まった人は全員4階泊だったと思う。
館内図を見ると、職員室が2部屋、そこから均等なサイズの部屋が8部屋ずらっと並ぶ。
面白いのが、洗面所とトイレが1フロアに二カ所もあるということ。大量の子供達が朝、どっとトイレに殺到することになるので、キャパシティに余裕を持たせた設計なのだろう。
普通の宿だったら、お客さんごとにバラバラに起床し、朝風呂を浴びる人もいればギリギリまで寝ている人もいる。しかし、こういう林間学校の場合、起床の合図とともにみんな一斉に飛び起き、時間までに朝ご飯、その次の時間までに身支度をして出発準備と慌ただしい。トイレも、洗面台も、当然混むだろう。
がらんとしたフロア。
これを見て「宿の内部」だと思う人はほとんどいないだろう。せいぜい、病院の中と思う人がいるくらいか。
リノリウムの無機質な光の反射。そして、やたらと広い廊下。色気のない蛍光灯。
機能美、とは到底言えないけど、機能性重視であることがわかる。林間学校に色気なんて必要ないからな。
児童たちがどーっと移動することを想定して、かなり廊下は広めに設定してある。とにかくこの建物は、「人間が一度に行動する」ということを前提に作られている。よく考えると、そういう想定って普通の建物ではあまりされていないものだ。
「学習ホール」と呼ばれているスペースが廊下沿いにあった。廊下とは仕切りがない、広場状のスペースになっている。
黒板、ホワイトボード、そして天井から吊り下げられたディスプレイが設置されている。
よく見るとディスプレイはブラウン管だった。壊れるまでは液晶ディスプレイに買い換えないのだろう。いや、液晶にするくらいだったら、プロジェクタにした方が良いと思う。
そんな学習ホールの傍らに、使用済みリネン入れが用意されていた。
思わず「ほう!」と唸ってしまった。
敷き布団カバー、掛け布団カバー、枕カバー。それぞれを分別して、翌朝ここに持ってこないといけない。
こういうところはさすが林間学園、セルフサービスだ。
布団の上げ下げがセルフの宿というのは珍しくないけど、リネンのセルフというのは初めての体験。むしろワクワクするね、こういうの。
なんなら、「食材は渡すので、自分で調理して勝手に喰え」くらいに宿泊者丸投げの宿があってもいいと思う。むしろこのご時世、それくらいの不自由さを楽しむ人が増えていると思う。上げ膳据え膳こそが贅沢、という時代は終わってきている実感が僕にはある。
さて、部屋に入ろう。
それにしてもなんという殺風景な扉だ。
今どき、オフィスビルの扉でももっとカッコいい。これは倉庫の扉と同じレベルだ。
こういうのを見るにつけ、林間学園を利用できて良かった、と思う。さりげないけど、見るもの全てが非日常だからだ。
非日常、といっても、単にボロい宿に泊まりたいわけじゃない。しっかり管理されているけど、普通の旅館やホテルの文法とは異なる、変わった宿に泊まれることが楽しい。それがまさにこれ。
中に入ると、まずは大きな下駄箱がお出迎え。
これこれ、こういうのもいちいちびっくりさせられる。いやー、見たことないぞ、旅館でこういう下駄箱。
というか、既にスリッパを履いているわけであり、内履きを脱ぐためにこういう下駄箱がある宿というのも珍しい。普通は上がりがまちのところに脱ぎっぱなしだ。
一部屋にたくさんの児童が宿泊するし、児童はそれぞれが履き物を用意しているだろうから、こういう大きな下駄箱が必要なのだろう。
それにしてもこの下駄箱の、「カラーボックス」感たるや。いいね、シンプルイズベストですよ。林間学園にキター!って感じがして、とても好ましいです。
部屋の中に入る。
おおお・・・・
また声が出る。
殺風景とも言える景色。「とも言える」じゃないな、明らかに殺風景だ。
だいたい12.5畳くらいの広さ+窓側に板張りのスペース。
真ん中にぽつんと長机。
おそらく、1畳に一人がキャパシティだろうから、この部屋は10人部屋なのだと思う。
いやー、枕投げがはかどるなこりゃあ。
窓から外を眺めたところ。緑がきれいだけど、特に風光明媚というほどではない。
この部屋の特徴的なのは、片方の壁にロッカーがしつらえてあることだった。
まるでアメリカの野球場のようだ。
さすが林間学園、と唸らされる装備。
整理整頓第一、というわけだ。
反対側の壁は、長押と時計がある程度。
旅館ではないので、掛け軸がありますとか金庫があります、といったものはない。
多分学校行事でここを使う場合、スマホの持ち込みは禁止だろう。
テレビは一応、小さなものが部屋の片隅にあった。コロが付いたスチールラックの上にテレビが載っているので、児童が宿泊する際は移動して撤去するはずだ。いくら21世紀だからといって、「夜はテレビを自由に見ていいぞー」という林間学校はないだろう。
照明スイッチ、スピーカー音量調整つまみ、そしてエアコンの風量と温度調整スイッチなどが並ぶ。
エアコンは当然集中管理で、風量の調整しかできないと思っていたが、新しく温度調整つまみが増設されていた。最近の林間学園は部屋ごとで温度調整ができるのか!
ただし、児童たちがこれをいじって良いのかどうかは不明。
ふとんは押し入れに入っているのだが、この押し入れの引き戸がでけぇことでけぇこと。おかげで相当重たく、ゴロゴロと音をたてながら横に引くことになる。
中を開けて見ると、当たり前だけど布団が入っていた。
旅館には定番の、「濡れたタオルを干すやつ」。
縦に二列というものは初めて見た。
しかしこれでも、10名分のタオルはかけられない。ひょっとしたら、先ほど僕が推測した「1畳=1名なので、この部屋のキャパは10名」というのはオーバースペックだったかもしれない。
誰だよ、勝手に山小屋基準を持ち込むんじゃねーよ。
いやでも、山小屋だったら1畳に2名または3名くらいなら当たり前ですから・・・。
もう一つ、押し入れっぽいものがあったので扉を開けてみたら、長机がもう一つと、ほうきとちりとりが入っていた。
なるほど!学校行事として利用するときは、室内の掃除は児童が行うんだな。
当たり前のことを、すっかり忘れていた。今更のように、一つ一つが新鮮な驚きだ。
(つづく)
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