バスは高尾駅北口を出発後、しばらく北に向かって走る。
道中、右手にものものしい山を見ることができる。普通の里山に見えるのだけど、厳重なフェンスが外界と仕切りを作っていて、ところどころ監視カメラも設置されているようだった。松茸が生える山だって、ここまで厳重ではない。
それもそのはず、ここは天皇家の墓所がある山だ。
一般の参拝は受け付けていないのだろうか?と思って宮内庁のwebサイトを調べてみたら、毎日参拝はできるらしい。一度訪れてみたいものだ。
天皇家のお墓エリアを過ぎると、今度は「東京霊園」「八王子霊園」という、巨大な一般人向け墓地の中を通っていくことになる。この巨大な空間を見ると、「人はいつまで『死に続けないといけないのか』?」と思う。もちろんいずれ無縁仏になって、区画整理されるのだろうけど。
人間は、文化的な歴史を営む期間が長くなれば長くなるだけ、覚えなくてはいけないことが増え、精神的負担が増えていく。
08:53
人間の業、みたいなことを考えているうちに、バスは西側に走る向きを変え、どんどん山を分け入りはじめた。
死について考えるのはもうこの辺でやめよう。登山の際に、「死」とか「人生」をあれこえ考えると、ろくなことにならない。
今日は、「生きる」ということ、そのものに専念したい。なにしろ、縦走路中にある茶店を全部巡って、あれこれ食べよう!という計画なのだから。「食い倒れるのが先か、行き倒れるのが先か」みたいな冗談めいたサブタイトルを今回の企画に設定しているけれど、どっちもイヤだ。食い倒れず、行き倒れないまま下山するぞ。
バスが到着したのは、「陣馬高原下」というバス停だ。陣馬山登山の起点となる場所になる。
特にこのバス停付近に何かがあるというわけではなさそうだ。単に、これ以上奥に向かっても道幅が狭くなって立ち往生してしまうからだろう。
あと、路線バスの定番として、県境付近で路線が途絶える。この道をもう少し進んだら神奈川県なので、東京のバス会社としてはここが限界なのだろう。
確かこの日は、8時10分に高尾駅北口を出たバスは3台編成だったと思う。先頭車両は主に登山客を乗せるための急行だったけど、僕が乗った3台目は、各駅停車だった。地元民を途中で下ろしつつ、前の車両から随分と遅れをとって到着。
08:54
なるほど、ちょうどここにはバスが転回できるスペースが確保されている。当たり前の話だけど、こういう場所がないとバス便というのは運行できない。
そして、公衆トイレ。
ここにやってくる人の大半は、登山目当ての人だ。地元の人がいたとしても、ごくわずかだ。そういう「よそもの」が尿意を催しつつ山に登られてもたまらない。ご用の方はこちらでお済ませください。
陣馬高原バス停の周辺は、小さな集落になっていた。
そして、バス停目の前には、木造の渋い建物「陣馬亭」。
営業はしていないようだが、軒先は一般に開放されているようだ。
若干かすれた看板を見ると、「日用品 化粧品・・・パン・・・」といった文字が読み取れる。どうやら、集落におけるよろず屋だったらしい。登山客向けのお店、というわけではなかったようだ。
08:55
ここから先、登山口に向けて歩いて車道を歩いて行くことになる。
和田峠、というのが東京都と神奈川県の県境。
このあたりは駐車スペースが全くないので、車で訪れている人はゼロ。というわけで、前後を歩いている人は全員バスでやってきたことになる。「たかがバス3台」と思うことなかれ。かなりの人数だ。静かな山間の集落が、俄然賑わっている。
これだけ人がいるなら、商売ができる!と一瞬考えてしまう。東京からほど近い場所だから、平日でも少しは登山客がやってくるだろう。そして、陣馬山程度の標高なら、一年中山に登る人がいる。
では何を売ればいいのだろう。菓子パンとか、登山靴の紐とか?簡易トイレ?下痢止め薬?生理用品?
いやー、さすがにそういうのは事前に買っているだろうし、買っていなかったとしても高尾駅前のコンビニで調達ができる。登山口にお店がある必然性がない。
バス待ちの下山客向けに、生ビールを売る、くらいがちょうど良いのかもしれない。イワナの塩焼きとセットで1,000円でどうだ。
いや、どうだ、じゃねぇよ。
そんな登山客向けのお店として、「陣馬そば 山下屋」というお店があった。
奥まったところにお店があるので、お客さんがいるかどうかは見えないけれど、暖簾は下がっている。今まさに営業中だ。
さすが登山口の蕎麦屋。営業時間は、週末は朝7時半~夕方の5時半まで。これで手打ち蕎麦なんだから、ご主人は大変だ。でも、登山客を迎え入れようとすると、こういう朝早い時間になる。
中には、「朝飯抜きでここまでやってきた。登山を始める前にちょっとカロリーを仕込んでおくか」という人もいるだろう。そして、さらには「ついでにちょっと飲んじゃおう」となって、そのまま酒盛りになって、面倒くさくなって、登山をやめて宴会で一日おしまい、という人もいるだろう。
公共交通機関を使った登山の場合、「バスがやってくるまで、時間を持て余す」ということはよくある。なので、登山口に「時間つぶし施設」があるというのはとてもありがたいことだ。特に、下山後は「道中無事だったことを記念して祝杯をあげよう!」という気持ちになるものだ。お酒が飲める飲食店はありがたい。
とはいえ、今日の僕は、朝飯と昼飯、場合によっては夕飯も山の上で食べる予定だ。今回はスルー。
京王電鉄にとって、路線の最果ての地に位置する高尾山というのは、とても大事なコンテンツだ。ここでイベントを開催し、お客さんが集まれば、それだけ路線が潤う。何しろ、終点までみんな来てくれるのだから。
そんなわけで、京王電鉄は積極的に高尾山関連のイベントを年中仕掛けているのだけど、この季節は「高尾・陣馬スタンプハイク」というのをやっていた。まさに陣馬山・高尾山の縦走コース上にチェックポイントがあり、労せずしてスタンプが溜まる。
ただし、さすがにそうは簡単にいかせないつもりらしい。一カ所、縦走路から逸れ、一旦登山口まで下山しないといけないチェックポイントが設けられている。これは厳しい。なので僕は今回、この企画のコンプリートは考えていない。一応、ここでスタンプは押しておくけれど。
写真を見てのとおり、手袋をはめている。さすが11月末ともなれば、これくらいの装備をしていないと、寒い。
09:00
集落の外れあたりで、記念撮影。
この道は陣馬街道と呼ばれているらしい。和田峠を越え、神奈川県相模原市の藤野に抜けるルートだ。
今思い出した。昔、日曜日の夕方、あまりに中央高速の渋滞が酷かったので下道におり、この和田峠を真っ暗な中越えたことがあった。そのとき、なんか完全に峠の走り屋の車が前後を走っていて、ビビったものだ。そうか、ここだったのか。
陣馬山に向かう登山口はもう少し陣馬街道を進むことになる。一方、ここを左に曲がると「底沢峠」「明王峠」と標識に書かれている。
この二つの峠は、陣馬山から高尾山に向かう縦走路の途中にある。つまり、陣馬山から縦走路を歩く場合、何も完全走破しなくたっていい。途中でいくらでも下山ルートがある、ということだ。これは便利だ。
09:02
陣馬街道を歩く。
道路沿いに、細々と家があるが、ほどなくそれもなくなった。
09:07
車同士のすれ違いさえ困難な、細い街道。もちろん、車の往来はほぼない。
そこを大勢の登山客が歩いている。見方によっては、シュールだ。
09:11
ドライバーに向けた「徐行」の注意書き。ハイカーの利用が多いので走行には十分注意してください、というのは納得だ。今この瞬間だけで言えば、ハイカーの方がこの道路の主役だ。
(つづく)
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