05:31
登り始めてすぐに、視界がぐいぐいと開けていった。馬ノ背ヒュッテは、「さあこれからがクライマックスですよ」という場所のギリギリ一歩手前にお店があるわけだ。
木々の隙間から、山の稜線が見えるようになった。しかも結構真実味を帯びた形で。これまでは、遥か下から見上げて、
「ああ、遠いなあ」
「ここから見えている稜線は、稜線に見えるけれど『単なるでっぱり』で、あの奥にさらに標高が高いところがあるんだよね」
とシニカルなものの見方をしていたものだ。
しかし、今ここで見えている稜線というのは、本当にその山におけるてっぺん部分であり、これぞザ・山の形そのもの、だ。
さあここからが楽しい時間帯ですよ。このためにここまで登ってきたといって過言ではない。
山の中腹に、明かりが見える。何かが朝日を反射させているんじゃない。明らかに人工的な明かりだ。ということは、あれが標高2,900メートルにある仙丈小屋なのだろう。
05:36
分岐にやってきた。左に行けば仙丈ケ岳、右に行けば丹渓新道、となっていた。
丹渓新道なる道の存在は、僕は完全に認識漏れだったけど稜線沿いのルートの一つだった。ここから北側に伸びる「馬ノ背」と呼ばれる稜線沿いに標高を下げていくと、最終的に南アルプス林道にたどり着く。
ただ、南アルプス林道に面した登山口にはバス停がないため、仙丈ヶ岳を登り慣れたエキスパート向けの道なのかもしれない。
「馬の背」と呼ばれる稜線を歩くんだから、きっとエキサイティングなルートになっているはずだ。(馬の背、というのは左右が切れたった幅の狭い稜線のことを指す言葉)
05:37
木が「ギヤアアアア」と断末魔の叫びを上げているかのように、どんどん背が低く・細くなっていく。いよいよ森林限界だ。
それにしても、標高2,700メートルを突破しないと森林限界にならないというのはちょっと温暖化大丈夫か?と心配になる。
最近、森林限界より標高が高いところにしか住まない雷鳥が、猿に襲われるという事件が起きているようだ。猿が生息するエリアと雷鳥が生息するエリアが重複しはじめている、というのは危険なことだ。無防備で愛らしい雷鳥が、遠くないうちに人を恐れるようになる時代がやってくるだろう。いや、それより前に絶滅するかもしれない。
05:46
馬ノ背ヒュッテから仙丈小屋まで標準コースタイムで70分。
急な坂を喘ぎながら登りつつ、後ろを振り向いたところ。
朝焼けと甲斐駒ヶ岳のシルエット、そして雲海のさらに遠くにも山塊が見える。奥の山はなんだろう、金峰山や甲武信ヶ岳がある奥秩父かもしれない。
甲斐駒ケ岳の左肩方面にも、一群の山がある。ギザギザ、にょきにょきしていて足つぼにききそうな感じ。
あれは八ヶ岳だな。
マサイの戦士なら、それぞれの山のてっぺんを見分けることができて、山の名前も特定できそうだ。でも僕は無理。カメラのズームで、なんとか見えている程度。
そして、西北を見たところ。
イエーーーーイ。
広がる雲海の奥に、北アルプスの主脈がバッチコイで見えている。
写真左側に見える雄大な山裾を誇る頂が、乗鞍岳。そこから、穂高連峰の荒々しいギザギザがあって、その変化に飛んだアップダウンの集大成として槍ヶ岳の穂先が見えている。
槍ヶ岳かっこいいよなあ、遠くからでもバチーンと見える、象徴的な山の頂き。登山をやる人のあこがれだ。
05:48
いよいよ本当に森林限界を突破した。司会を遮るものはもうない。足元にハイマツが生えている程度だ。
正面に、仙丈小屋が改めてはっきりと見えるようになってきた。
まずはあそこを目指す。
05:49
所要時間1分、ここまで近づきました。
仙人じゃないからそういうのは無理だけど、カメラのズームで遠くのものを確認することはできる。うん、やっぱり仙丈小屋だ。
仙丈小屋は、山頂直下にできた大きなくぼみ「カール」の中にある。カールとは、氷河期時代に氷河の氷が山を削ってできたもので、大抵スプーンでプリンを削ったように、えぐれている。
仙丈ヶ岳は、そのカールが美しいことで有名。
見ると、たしかにまるでクレーターのような、隕石が落ちたかのように立派にえぐられていた。そんなところに仙丈小屋がある。標高2,900メートル。
ということは、背後に見える山の頂が、まさに仙丈ヶ岳の山頂ということになる。標高3,033メートル。
「山のてっぺんだと思って行ってみたら、そのさらに奥にもっと高い場所が!」ということはないはずだ。今見えているのが、まさに山頂。よし、後もう少しだ。
仙丈小屋から山頂までは、標準コースタイムで20分。目と鼻の先だ。
写真で見たことがある、あの美しい山が今目の前にある。
なかなかに感無量だ。
なので、記念写真を撮ってみた。・・・しかし、肝心の背景がぼけて。 自分だけにピントがあってしまった。これでは全然登山の記念写真にならない。なんてこった。
朝起きてすぐということもあって、 僕の顔がパンパンにむくんでいる。「顔がむくんでいた記念写真」とい不本意な結果になってしまった。
山に登ると、あれこれつい食べてしまうのと、寝苦しい一晩を過ごすのと、標高が高くて気圧が下がるせいもあって、どうも顔がむくむ。登山で汗をかいているのだから、もっとシュッとした顔立ちになるんじゃないかと本人は期待しているのだけれど、山中泊登山の場合はどれもヨレヨレな顔立ちになってしまっている。
(つづく)
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