消灯時間は何時だっただろうか。20:30だったような気がする。「あれっ、結構早いな」という印象だ。でも、消灯時間を待たずにこの日は寝た。
両隣にラガーマンと相撲取りに挟まれ、一晩中右を向けばがっぷり四つ、左を向けばスクラムという事態を警戒していたけど、片側に普通の兄ちゃんがおとなしく寝ているだけだった。片方が空いていたので、比較的快適に眠れた。
一部の山小屋では男女別にしているけれど、中小規模の山小屋だと男女問わず雑魚寝になる。この馬ノ背ヒュッテもそう。
じゃあ、相撲取りとラガーマンがイヤなら、女性が横にいれば嬉しいだろうか?寝返りを打った瞬間、つい手と手が触れ合ってしまう、とかなんとか。
いや、それはもっとイヤだ。ハラスメントが厳しく問われるご時世、そんな「ラッキースケベ」なんてのは頭の中で考えるだけでも犯罪行為に近い。もし隣が女性、しかも妙齢の方だったら、うっかり体が当たってしまわないようにものすごく緊張するだろう。気になって気になって、熟睡できないと思う。
まだ、がっぷり四つを組んでいた方が安眠できそうだ。
25:01
深夜1時、トイレのために山小屋の外に出る。
かなり冷気が漂っている。
山小屋の外は真っ暗かと思ったが、トイレに向けて小屋の外壁にライトがいくつも灯っていた。
写真だと夜景モードで撮影しているのでかなり明るく見えるが、実際はうすぼんやりと、なんとなく進路がわかる程度の明るさだ。
トイレに行く人は案外多い。そういう人が自分の枕元すぐ脇を歩いていき、部屋の引き戸をガラガラ、ピシャンと音を立てるのでその都度目が覚める。僕は臆病者なので、こういう音には敏感だ。その都度目を覚まし、また寝直すということを繰り返した。
でも、幸いなことに人口密度がそこまで厳しくないのと、外が寒いので部屋が蒸れていない。なので、比較的快適に寝ることができた。毛布を布団にしているという配慮も、ありがたかった。
過去僕が一番寝苦しかったのは、多分五竜岳を登った際に使った「五竜山荘」だったと思う。寝るポジション取りは宿泊客の自治に委ねられ、その結果無理筋な寝相で練ることになった。今となっては良い思い出だ。若いうちでないと、ああいう体験はしたくない。
で、今度は自分が外に出る番だ。そーっと、忍び足で歩き、扉も音がならないようにスルリスルリとゆっくり引く。うん、我ながらうまくいった。これならニンジャにでもなれるかもしれない。
空は晴れ渡り。 月が綺麗に見えてきた。ああ、(ほぼ)満月なんだな、今日は。
昼間の分厚い雲が消えてしまうと、馬ノ背ヒュッテ頭上がこんなに広い空だったということを今更気がついた。すげえ!
そりゃそうだ、標高2,600メートルだもの。
夜空に目が慣れてくると、だんだん星が見えるようになってきた。
目が慣れる、というより気持ちを星空にフォーカスを当てるというか。普段都会ぐらしをやっていると、空を見上げたり星を見ようという気にすらならない。そんなものは無い、くらいの認識だ。
でも、こうやって山小屋泊で、夜中に空を見上げると、失われていた自分のパズルのかけらを見つけたような気になる。
嬉しくなって、カメラを三脚に据えつけて星を撮影する。手のひらサイズのコンデジでも、これだけの星が撮影できる。素敵。
でも、何の星だか、さっぱりわからないのだけれど。
シャッタースピードが長いので、僕はじっと身動きをしないでベンチのところで固まってカメラの様子を伺っている。
そんな脇を、時折トイレに行く宿泊客が通り過ぎていき、「わっ!」といって驚いていた。暗闇に、黒っぽい人影がいるからだ。ツキノワグマに見えたかもしれない。
その都度、「すいません、星がきれいなんで、つい」と苦笑しながら状況を説明する。
でも心の中では、「通り過ぎた人のヘッドライトで、写真がダメになったぞ。また取り直しだ」と思っていたりする。
何度も撮りなおして、ようやくそれっぽいのが撮れた。たぶん。
カメラの液晶画面を見ても、星が写っているかどうかなんて全然わからない。家に帰ってからパソコンの大画面で見て、ようやく「ああー」と納得することになる。
写真は、1時14分、ベンチに座って記念写真撮影中の僕。星の撮影が一段落したので、そんな自分を撮影してみた。
あまりに真っ暗なので、カメラのピントがあわない。そのために、ヘッドライトのあかりをつけて「ここに被写体がいるよ!」とカメラにアピールしている。写真では山小屋のオレンジ色の明かりを受けて相当明るく見えるけど、これはカメラの性能によるものだ。
あと、ヘッドライトを照らしておかないと、トイレを行き来する人に三脚を蹴飛ばされ、カメラが壊れる恐れがある。カメラを照らしておくというのも大事。
この写真を撮るために、10秒以上身動きしないでじっと我慢していた。まるで江戸末期や明治初期の写真撮影のようだ。
2017年10月08日(日) 2日目
05:05
2日目朝。
さっそく朝食。
つくづく山小屋の人はすごい。朝5時にご飯を提供するとなると、いったいいつ寝ているんだ?と舌を巻く。ありがたいかぎりだ。
仙丈ヶ岳には、テント場が存在しない。なので、山小屋泊か、北沢峠にテントを張ることになる。
今日はもう下山するだけだよ、という人はのんびりとまだ寝ているし、これから山頂を目指すよ!という人はいの一番に食堂に向かっている。
夕食がカレーだったので、朝ごはんも何かシンプルなものだろうか?と思ったら、おかずがいろいろある和定食だった。
メインは、サワラの塩焼き。まるで宿のごはんのようだ。
標高2,600メートルだからといって、ごはんがベチャベチャしていることはない。圧力釜を使っているのだろう、しっかりと炊きあがっていた。うん、朝から嬉しいひととき。
おかわりはしなかった。今日は山頂まであと1時間。昼前には下山完了する予定だ。あんまりここでカロリーを摂取しなくてもいいだろう。
05:21
食後すぐに出発の準備に取り掛かる。
いつもそうだけれども、山小屋に泊まった時はできるだけ朝ごはん後すぐに出撃できるようにしている。そのために、前日夜のうちに荷造りは済ませ、朝食後にすぐ歯を磨けるように歯ブラシも手に届くところに出しておくくらいだ。
団体登山の人たちは、だいたい朝の出発が遅くなる。ご飯を食べるのに時間がかかるし、そのあと身支度、そしてトイレ、女性ならばお化粧をしたい人もいるだろう。
そんな諸事情がある人たちを尻目に、単独行の僕は一気にスタートダッシュをカマす。ここで大差をつけておかないと、集団登山と道中抜きつ抜かれつになる羽目になる。これはペースが乱れ、とてもイヤなことだ。
ただ、あんまり痛快なスタートダッシュをカマしすぎると、「朝ごはんをお弁当にしてあって、夜明け前に山小屋を出発した団体」に追いついてしまうことがある。これはもう運次第だ。
05:22
朝焼けが見えてきた。
青から赤にかけて、空の美しいグラデーション。この時間ならではの、この場所ならではのハッと眼を見張る光景。
でも、それよりも、朝焼けを遮る、目の前にある黒黒とした山塊が気になる。かなりの迫力だ。これが甲斐駒ケ岳。
甲斐駒ケ岳の右肩のもっこりは、「摩利支天(まりしてん)」と呼ばれているピークにあたる。
05:22
東の空が明るくなってる一方で、西の空ではまだ星が瞬き月が煌々と光っていた。
05:25
身支度が終わったので、いよいよ出発する。
最後に、お世話になった馬ノ背ヒュッテの前で記念撮影。
12時間以上滞在していたというのに、すごくあっけない気がする。そりゃそうか、殆どを寝て過ごしたのだから。で、起きて30分後にはもう出発だ。余韻が全然ない。
今回山小屋に泊まってみて、「ああ、やっぱり山小屋っていいなあ」と思った。正直、過酷な環境だ。でも、一泊くらいならこういう非日常空間というのは楽しい。何泊もすると疲弊しそうだけれど。
飽食の時代、便利さで覆い尽くされた時代の今。むしろ、「不自由な体験」こそが貴重な体験だ。快適な寝床はもちろん好きだけど、山小屋の窮屈な寝床も、たまには愛おしい。今回、それを改めて体験できて良かった。
でも、今この歳だから耐えられるけど、歳をとってくるとどうなんだろう。疲労回復できず、フラフラしちゃったりするのだろうか。
しんどい思いを好んでいられるのは、あと10年もないだろうな・・・と自分の加齢を自覚しながら嘆息する。
今日の格好だけど、気温が低いので相変わらず下半身が寒い。女子高生が真冬でもミニスカートで素足というのは一体どうなってるんだ、とマジで信じられない。まさか標高2,600メートルの山小屋で、少女たちに思いを馳せることになるとは思わなかった。
とにかく寒いけど、日が昇ってきたら山の上というのは急激に暑くなるものだ。石がゴロゴロした場所だと、石の表面から熱が反射してくるから。なので後もう少しの辛抱だ。
05:31
害獣よけネットに菱和系を囲まれた登山道を登り始める。
05:42
「植生保護柵」と書かれた看板があった。
それによると、日本鹿によって貴重な高山植物が食べられるのを防ぐため、柵を設置しているのだそうだ。
標高2,600メートルまで鹿が上がってくるって、どれだけ健脚なんだ。鹿といえば、僕は奈良の鹿とか宮島の鹿しか馴染みがない。あいつらはずる賢いけど、タフな印象はない。全然違うメンタリティなんだと思う、山の鹿というのは。
(つづく)
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