06:54
前方を歩いていた大学生男女ペアが、何やら困惑した様子でストップしていた。
どうしたのかと思ったら、道がこれで合っているのか自信がないのだという。
えっ、そんなにわかりにくい道だっけ?と自分が歩いてきた道、そしてこれから歩こうとする道を見直してみる。確かに、明確なルートはないようだ。ペンキによる標識はないし、踏み跡も薄い。とはいっても、迷うような場所ではない。
いいね、わからなくなったらその場で立ち止まる勇気。「たぶんこっちだろう」という思い込みでそのまま進むのは遭難の元だ。
僕は「こっちだよ」と自分が信じる道をそのまま指し示して良かったのだけど、ひょっとしたら大間違いをしているかもしれないと少し心配になった。なので、念のためコンパスを取り出し、地図と比較して、「うん、こっちで合ってる」とアドバイスをした。
人生初だ、登山中でコンパスを使ったのは。
読図の講習会に出た際に買ったものだけど、この手の登山コンパスってすっげえ高いのよ。このSUUNTOのやつ、3,000円くらいしたっけ。
なんで登山用のコンパスはこんなに高いんだ?と不思議に思ったけど、それは作りが良いからだ。安物のコンパスは、針がグルグル回ったりゆらゆら揺れたりして安定しない。一方、登山用コンパスは、円盤の中にオイルが充填されており、針が揺れることがない。ぴったりと方向を指し示すので、その分お高い。
なお、地図を見て、「上が北だ!」と思っていてはダメ、というのが読図講習会で習った知識。「北」と「磁北」はずれていて、コンパスが示す北(=磁北)は、上高地の場合左斜め7度くらいずれている。事前に地図を買っておいて、この「7度のずれ」を地図に書き込んでおかなければいけない、というのが登山のお約束。やべー、僕、これまでそんなの一度もやったことがなかったぜ。今回はやっておいたけど。
「なんだ、7度程度のずれか」と言うことなかれ。そのずれを認識しないまま、「北はこっちだ!」と歩き続けていくと、どんどん目的地からずれていくことになる。目的地が遠ければ遠いほど、そのずれは大きくなる。
06:54
若い二人を見送ったあと、若干不安な気持ちにはなる。嘘を教えていないだろうか、と。
さっき、「何でも聞きたまえ青少年よ!」とばかりに自信たっぷりに山頂の方向をレクチャーしたからなあ。
でもちゃんと合っていたので良かった。
06:54
ガスはますます深くなりにけり
わずか20メートルくらい先を歩いている若人二人の姿が、見えなくなっている。
06:55
分岐があった。
中尾峠だろう。岐阜側に向かって行く道がある。
この道を下れば、新穂高温泉郷方面に下山できる。2時間半程度で下界に出られるので、早い。
焼岳登山は上高地ルートが使われることが多いけど、上高地という「外界から遮断された空間」を起終点にするよりも、下界そのものである新穂高温泉側から上り下りするというのも一つの選択肢だと思う。
07:04
中尾峠を通過したところから、だんだん稜線が細くなってきた。
危険地域
これより頂上までは落石や浮石等があり大変危険ですので 十分注意して下さい
と書かれた看板が倒れていた。
これは危険な目に遭った後なのだろうか。
07:07
確かに看板があったところから、山の様相が変わってきた。
岩がゴロゴロ転がっている山肌になり、登山道を示すペンキがくっきりと示されるようになった。
今日みたいにガスが出ている日は、このペンキは助かる。
07:21
岩場をよじ登るような場所はないのだけれど、ちょっときつめの傾斜を登っていく。あいにく、そういうところの写真は撮っていないのだけど。人間、キツいときは写真を撮る余裕がない。
中尾峠がだいたい標高2,100メートル弱で、山頂が2,393メートル。あとだいたい300メートルの標高差となる。
07:30
雨というよりも濃い霧になってきたので、レインウェアを脱ぐ。いくらゴアテックスでも、汗が気持ち良く全部蒸発してくれるなんていう魔法はあり得ない。着なくて済むなら、着ないで歩きたい。
07:40
もう霧が濃すぎて、何がなんだか、状態っすわ。
道には迷わないので磁石をいちいち取り出すことはない。なので、ただひたすらペンキに従って歩いているだけなんだけど、いま僕は北を向いているのでしょうか南を向いているのでしょうか。
中ノ湯との分岐にやってきた。
上高地の玄関・釜トンネルのところにある中ノ湯登山口への分岐で、ここから下ればだいたい3時間。
釜トンネル脇にある「卜伝の湯」という秘湯に浸かってから、バスで帰るというのも手だ。ただし、ハイシーズンの場合中ノ湯からバスに乗ろうと思っても、客がいっぱいで乗れないなんてことがあるという。
硫化水素の匂いがあたりに漂う。
そして、岩肌が硫黄分で黄色く染まっている場所もある。
回りは草木が一切生えていない。
火山ムード満点なのだけど、悲しいかなこの深いガスでは、視界が50メートルあるかないかだ。全然何がなんだか、わかりゃしない。
(つづく)
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