0歳児、晩秋の上高地に突入す【中の湯・明神】

15:07
バスは新島々駅到着。

「ああ、旅が終わった。」という気持ちにさせられる瞬間。

東京の家にたどり着くためには、まだまだ相当時間がかかる。それでも、新島々は「下界に降りてきた」という安堵感を強く感じさせる場所だ。

それもこれも、上高地は下界から隔絶された空間であり、怪我とか病気をした際にはおおごとになる場所だからだ。現金の持ち合わせがない!という場合も、ATMは一切ないので途方に暮れることになる。

そういう世界から戻ってきた、ということでほっとした気持ちになる。

登山をした際、登頂後に登山口に戻ってきてほっとするのと一緒だ。たとえその登山口がとんでもない山奥にあったとしても、安心する。自己責任の範疇からすこし脱出できた感がある。

そうそう、忘れちゃいけない。アルピコ交通上高地線は、渚駅~松本駅が不通になっていてバスの代行輸送になっているのだった。

理由は、「大雨による田川橋梁被災(2021.8.14)のため」だ。

昨今、豪雨などの自然災害多発であちこちの登山道や登山口に通じる道が崩れ、廃道ないし再開の目処が立たないという事象が起きている。または、人員不足で登山口行きのバス運行が廃止になっている。

「山は逃げない(から、万全を期して無理せず、後日登ればいい)」という呑気な格言を言ってられたのは20世紀までの話だ。21世紀に生きる僕らにとっては、山は逃げていく存在だ。登れるうちに登っておかないと、登る手段を失ってしまう。

僻地の山から順に廃れ、登るのが困難になっていくのだろう・・・と思っていたが、北アルプスの大動脈であるアルピコ交通上高地線もこうやって甚大な被害を受けたのを見ると将来が不安になる。

もちろん、今回は早急に復旧作業を行っている。しかし、相当な金銭負担になったはずだ。橋の修理だけでもとんでもないお金がかかるのに、代行輸送のバスを運行する費用もとんでもなくかさむ。こういうことが今後何度も続くと、いずれは廃線ということになりかねない。

15:50
「渚 ←→ 新島々」と書かれたプレートが掲げられた電車に乗り、渚駅へ。

この駅で下車するのは初めてだ。

渚駅。

駅のホームに駐輪場があるという大胆な作り。でもこれ、確かに合理的だ。駅前に駐輪場を作るスペースがないなら、ホーム上でいいじゃない・・・というわけだ。

この界隈は、まだ「電車の駅に行くにしても、車が必須」というわけではないようだ。自転車が活躍している。

渚駅前にはロータリーや広いスペースがないため、代行輸送のバスが発着する乗り場は少々歩いた場所にあるらしい。

乗り場への道を説明する、案内看板がでていた。

「乗車券をお持ちのお客様 そのままバスにご乗車ください」

と書いてある。代行輸送なので当然なのだが、バスに乗ったからといって追加料金がかかるわけではない。電車で新島々から松本に行くのと同じ運賃で、バスに乗る。

地元民はともかく、観光客からは復旧用の追加費用をとっても良い気がするんだが、日本人はこういうところで律儀というか、気が小さい。

渚駅の写真を撮っていたら、誰もいなくなった。

おっと、急がないとバスがでてしまう。

こんなところにバスの発着場が?と心配になるような道を歩いて、バスを目指す。

15:54
あった。「列車代行」と案内表示にでている、バス。

16:00
バスはあっという間に松本駅アルプス口に到着。わずか5分程度。

こっちは、「さあバスに乗り換えたぞ」とこれからの交通機関に対して心と体の準備をしつつあったのだけど、あっけない到着だった。

渚駅から松本駅は、直線距離はとても近かった。

列車代行バスは、レトロ風味なバスも登場していた。

このバスはおそらく松本城方面を走る路線バス用だと思うが、使えるバスはどんどん出すしかない!ということで列車代行にも使われている模様。

(つづく)

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